国際貿易におけるジェンダーギャップを早急に解消する必要がある理由

国際貿易におけるジェンダーギャップを早急に解消する必要がある理由


関連トピック

⼀部のジェンダーギャップは縮⼩しつつあるものの、貿易における進歩のペースはあまりにも遅くなっています。その道筋を⽰すことができるのは、政府と企業の改⾰者です。


要点

  • 推計によると、国際貿易を行う企業のうち、女性が率いる企業はわずか15%である。
  • 国際貿易におけるジェンダーギャップは、現在の政策改革のペースで解消するには1世紀以上かかると思われる。
  • 貿易におけるジェンダーギャップの解消は、企業と経済全体に利益をもたらす。先進的なリーダーはすでに対応を進めており、他のリーダーも早急に対応を進める必要がある。


EY Japanの視点

近年、世界的なESGに対する社会の要請の高まりから、ジェンダーギャップの縮小も大きな関心を集めるテーマとなっています。

このような潮流の中で、日本は、世界経済フォーラムが公表する2022年のジェンダーギャップ指数の調査でも146カ国中116位となるなど、依然として低い水準にあります*。

一方で、この記事でも触れている通り、近年では自由貿易協定(FTA)においてジェンダー規定を設けることが一般化しつつあり、日本でも日英包括的連携協定においてジェンダーに関連する規定が盛り込まれています。

今後も、これらの分野に対する社会的な関心が高まることによって国内外でのルール形成が進むことが見込まれる中で、企業においてもジェンダーギャップ解消に対する具体的な取り組みの実施を加速する必要性が高まっています。

* 男女共同参画局「『共同参画』2022年8月号」、www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2022/202208/202208_07.html(2023年10月5日アクセス)


EY Japanの窓口

EY税理士法人 インダイレクトタックス
パートナー 大平 洋一
マネージャー 福井 剛次郎
※所属・役職は記事公開当時のものです

2013年、Connie Stacey氏は、現在の化石燃料を動力源とする発電機に代わる、クリーンで環境に優しく、騒音の少ない発電機の製作に関するビジネスアイデアを思いつきました。Stacey氏(48歳)は以前IT業界で働いており、ディーゼルやガソリンの代わりにバッテリー技術を活用できると考えていました。彼女の考える発電機は携帯電話のバッテリーよりも大きく、技術者やエンジニアが不要で、無限に大型化できる可能性がありました。彼女はプロトタイプを製作してGrengineと名付け、それを製造および販売するために、Growing Greener Innovationsという会社を設立しました。

その後、まずは製品の大型化に関する課題、そして、グローバル市場への販売に関する課題に直面しました。彼女は多くの女性起業家が直面する障壁、すなわち資金調達という障壁に直面したのです。2022年時点で、世界中のベンチャーキャピタルのうち、女性が所有する企業への出資はわずか2%であり、その資金調達の決定のほとんどは男性によって行われています1。また、Stacey氏の資金調達の課題は、一部の女性が直面するソフト面での差別も浮き彫りにしました。「私はすでにプロトタイプを製作していましたが、『実際にこれを発明したのは誰なのか』と尋ねる人々がいました。」

私はすでにプロトタイプを製作していましたが、「実際にこれを発明したのは誰なのか」と尋ねる人々がいました。

そして、彼女の製品がグローバル市場に参入する際にも問題が生じました。世界貿易機関(WTO)によると、国際貿易を行う企業のうち、女性が率いる企業はわずか15%です2

Stacey氏は、2018年に米国国防総省が主催するコンテストに参加し、そこでようやく成功を収めました。そのコンテストでは、創設者や資金調達ではなく、イノベーションそのものに主な注目を置いていました。Stacey氏はエネルギー効率とグリッド技術のカテゴリーで優勝し、それが彼女の躍進に弾みをつけることになりました。彼女は2018年から2023年にかけて他の14の組織から受賞したほか、カナダ軍からサスカチュワン州の鉱山、ウェールズのゴルフリゾートに至るまで、多くのクライアントにGrengineを供給する契約を獲得しました。

Stacey氏は現在6カ国に製品を輸出しており、彼女が率いる企業はWTOが認定する数少ない女性が率いる国際貿易を行う企業の一社に数えられています。
 

ジェンダーギャップの解消

世界経済フォーラム(WEF)によると、国際貿易における不均衡は世界的なジェンダーギャップを構成する多くの不平等のうちの1つであり、現在の政策改革のペースでいくと、解消するのに今後131年かかると試算されています。

女性が率いる企業は国際貿易において後れを取っている
国際貿易を行う企業のうち女性が率いる企業の割合

WEFはジェンダーギャップを4つの分野に分けています。そのうちの2つの分野「教育(学歴)」と「健康・生存」については、ほぼ完全に解消されたと考えられています。残りの2つの分野「政治的エンパワーメント」と「経済的参加・機会」におけるギャップは、より根が深い課題となっています3。貿易は、「経済的参加・機会」のギャップに該当します。このギャップは、消費者、労働者、起業家としての女性に影響を与えるギャップです。

  • 消費者:女性が青ではなくピンクのカミソリを買うために追加で支払うことになる小売りプレミアム、いわゆる「ピンク税」についてよく取り沙汰されていますが、貿易におけるギャップは、より根が深いものとなっています。2020年にAmerican Political Science Reviewに掲載された世界167カ国における20年分の紳士服・婦人服の関税を対象とした調査によると、婦人服の輸入には紳士服の輸入よりも0.7%多く課税されていました4。米国における下着の関税は、男性用約0.75米ドルに対し、女性用は1.10米ドルとなっています5

  • 労働者:発展途上国では、グローバルバリューチェーンに統合されている企業の仕事は、その他大半の企業の仕事よりも報酬が高くリスクが低いため、男性と女性が雇用を巡り競い合っています。世界銀行によると、こうした雇用機会の3分の2は男性が獲得しています6

  • 起業家:女性は、彼女たちに見合う職業上の評価を得るのに苦労しています。また、資金へのアクセス、キャリア願望と家庭内の責任のバランス、必要な許可や書類手続きを求める際の賄賂や性的な要求、などの課題にも直面しています。

WTOで働く女性の比率は大使で36%、事務担当閣僚で30%でしかなく、貿易、経済、政治における根強いジェンダーギャップが関係しています7。貿易におけるジェンダーギャップの障害に対処するには、こうした指導的役割に携わる女性を増やす必要があります。

貿易におけるジェンダーギャップの是正は徐々に勢いを増している

良いニュースとしては、政策立案者の間で貿易における世界的なジェンダーギャップの是正が注目を集め始めていることですが、企業の貿易部門においても検討対象とするべきです。ジェンダーに基づく、より優れたデータを企業や貿易の戦略に適用することは、女性による市場へのアクセスに対する障壁を特定する上で大きなメリットをもたらすとみられます。ジェンダー問題を最重要視することは、女性が所有する中小企業(SME)をスケールアップし、長期的価値を付加するのにも役立つ可能性があります。
 

各国政府は二国間の自由貿易協定(FTA)におけるジェンダーギャップについて積極的に取り組むようになり、その表現は展望的なものから強制力のあるものへと進化しています。さらに現在ジェンダー主流化と呼ばれる方法論を用いて、すべての政策やプロセスがジェンダーに及ぼす影響を考慮する政府が増えてきています。


各国政府はまた、データ不足がジェンダーギャップを解消する上での障害であると認識しています。企業に関するデータを収集する際、より多くのデータがより優れた政策につながることを期待して、ジェンダーに特化した質問を行う統計学者が増えています。


より多くの州が変革を加速させるために利用可能な実務的措置を検討する中、一部の地域が主導的な役割を果たしています。北米、欧州、中南米・カリブ海諸国、サハラ以南のアフリカでは、全体的なジェンダーギャップは100年以内に解消される可能性が高いとされています。しかしWEFによると、中東と北アフリカ、中央アジア、東アジア・太平洋地域、南アジアでは、115年から189年かかると試算されています


しかし、変革が進んでいる国・地域とそうでない国・地域に共通していえるのは、変革のペースが遅過ぎるということです。国際社会がこの目標に真剣に取り組もうとするのであれば、その行動の範囲は問題の大きさに見合ったものである必要があります。

第1章  貿易における平等に向けた企業と経済の事例
1

第1章

貿易における平等に向けた企業と経済の事例

女性が男性と同じ機会を得ることができれば、すべての人々の貧富の差を縮小させることができます。

個々の企業および経済全体におけるジェンダーと貿易については、明確なデータがそろっています。

ワシントンDCを本拠地とする戦略国際問題研究所の調査によると、貿易におけるジェンダーギャップの解消による経済効果として、2025年までに最大12兆米ドルのGDPが創出されると試算されています9。英国では、政府が委託した独立調査、Alison Rose Review of Female Entrepreneurship(アリソン・ローズによる女性の起業調査:以下、Rose Review)によると、女性が男性と同じ割合で小規模事業を始めた場合、英国経済に3,077億米ドルの上乗せ効果があり、2021年のGDP3兆1,300億米ドルを9.8%増加させると試算されています10

企業の場合も明白な効果が示されています。Credit Suisseの2021年の調査によると、多様性基準値が20%を超える企業は、15%未満の企業と比較して、2010年以降平均して高いEBITDAマージン(1.6ポイント高い)を享受しています。さらに、管理職であれ取締役会であれ、多様性の水準が高い企業は、低い企業よりも株価リターンが高くなっています。取締役会と管理職における女性の割合が平均を上回る企業(9.7%)と下回る企業(6.8%)を比較すると、リターンの差は約300ベーシスポイントとなっています11
 

パフォーマンスを向上させる多様性

ベンチャーキャピタルの資金提供者における多様性の欠如も、女性起業家が困難に陥る理由といえます。Rose Reviewによると、英国のベンチャーキャピタルによる資金提供のうち、全員が女性の起業家チームに提供されている資金は1%未満です。これは、2%~3%の間で推移している近年の世界全体の割合と同程度です12。米国では、VCパートナーに占める女性の割合はわずか5.7%です13。 女性はスタートアップ企業の優れたリーダーになり得るという証拠が増えているにもかかわらず、ベンチャーキャピタルにおけるこうしたジェンダーギャップは続いています。例えば、ベンチャーが支援する女性が経営するテクノロジー企業は、より高い収益とより高い自己資本利益率を実現しています14

ベンチャーキャピタルによる資金提供
英国全体のベンチャーキャピタルから全員が女性の起業家チームに拠出されている資金の割合(出所:Rose Report)。世界全体の割合は2%〜3%。

こうした情報は、自国の貿易部門に包括的な代表権を確保し、貿易におけるジェンダーギャップ解消の取り組みと連携しようとしているグローバル企業にとって極めて重要です。

Latin America North のEY Global Trade and Indirect Tax LeaderであるRocio Mejiaは、次のように述べています。「あらゆる種類の多様性はパフォーマンスを向上させます。女性がトップの役割を担うことで、さまざまな視点が得られます。企業の決定事項は常にさまざまなアイデアの組み合わせなので、アイデアは少ないよりも多い方が良いのです」。インクルーシブな企業は、イノベーションリーダーとなる可能性が1.7倍高くなります。

第2章  自由貿易協定:象徴的ジェスチャーから真の変革へ
2

第2章

自由貿易協定:象徴的ジェスチャーから真の変革へ

一部の国の貿易交渉担当者は改革を推進していますが、自発的措置には拘束力が必要です。

2022年5月、英国とメキシコは二国間自由貿易協定の交渉を開始しました。調印式は、ロンドンのソーホー地区にあるDiageo Plcの新本社で行われました。スコッチウイスキー最大の蒸留所は、テキーラの大手生産会社でもあります。同社は最近、テキーラの製造に使用されるリュウゼツラン(アガベ)の産地であるメキシコのハリスコ州の新しい生産施設に、5億米ドルを投資することを発表しました15

両国の貿易大臣として握手をしながらカメラに向かってほほ笑んでいたのは、メキシコの当時の経済大臣であるTatiana Clouthier氏と、英国の当時の国際貿易大臣であるAnne-Marie Trevelyan氏という2人の女性でした。

国際貿易を監督する指導的地位にある女性はほとんどいないため、このような注目を集める交渉の場で、2人の女性が対話するのは珍しいことでした。2023年1月1日時点で政府閣僚に占める女性の割合は22.8%に過ぎず16、さらに、女性閣僚は通常、財務、貿易・投資、経済発展、外交などの貿易政策を監督する重要な省庁以外の省庁を率いる立場にいます。一般的に女性の大臣が最もよく担当しているのは、家族、子供、若者、高齢者、障がい者という5分野の課題に取り組む任務です。

EY Latin America South Global Trade LeaderであるIan Craigは、「こうした強力な地位に女性が増えると、女性の問題が重視され、女性が直面する課題への理解も自然に進むようになります」と述べています。

こうした強力な地位に女性が増えると、女性の問題が重視され、女性が直面する課題への理解も自然に進むようになります。

チリが主導的役割を果たしている

2014年にMichelle Bachelet氏がチリの大統領として2期目の当選を果たしたとき、彼女はジェンダーギャップに焦点を当てました17 。FTAがジェンダーギャップを問題として言及することはまれであり、言及したとしても協定本文の拘束力のある文言ではなく、導入部分で願望を込めて言及するのみであることが一般的でした。しかし、Bachelet政権の貿易交渉担当者は、その境界を崩すため、志を同じくする仲間とすでにチームを組んでいました。2016年、チリとウルグアイは、ジェンダー問題を扱う章を設けた最初のFTAを導入しました。その中では、女性に対する差別をなくすことの重要性を宣言し、貿易政策においてジェンダーを考慮することを求め、貿易における機会平等に対して警鐘を鳴らす一節が含まれました。

両国はまた、女性のスキルやネットワークの構築や女性の雇用市場への参加を促進する労働市場条件の設定を支援するプログラムで協力する意向を表明しました。さらにそれらの目的を促進するため、ジェンダー委員会を設立しました。ただし、こうした平等を支持する活動は自主的なものです。協定の文面では、紛争解決メカニズムはジェンダーの章には適用されないことが明確にされています。

チリの次世代FTAはさらに進んでおり、2019年時点でカナダとアルゼンチンとの2つの協定を発効しています。チリとカナダの交渉担当者は、1979年に両国が署名した国際協定、Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination Against Women(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約:以下、CEDAW)などを想起させる内容を二国間FTAに盛り込みました。アルゼンチンとチリの協定は、CEDAWのほか、報酬と機会の平等を義務付け、差別やその他のジェンダーに基づく職場問題に取り組む国際労働機関のいくつかの条約にも言及しました18
 

カナダはより高い基準を設定している

2019年に発表されたイスラエルとのカナダのFTAは、その基準をさらに引き上げました。カナダとイスラエルは既存のFTAの更新について交渉を行い、その内容がFTAの拘束力のある解決方法の対象となることをジェンダーの章に明記しました。さらに、ジェンダー問題はジェンダーの章のみに限定されるのではなく、FTAの前文や労働の章でも取り上げられています。

また、現在カナダの財務大臣、国際貿易大臣、外務大臣はすべて女性で構成されていることも注目に値するでしょう。
 

目に見える進歩を評価するのは時期尚早

2020年12月時点における577件の地域貿易協定(Regional Trade Agreement:以下、RTA)を対象とした最新の詳細評価では、83件のRTAにジェンダーまたは女性に直接言及する規定が1つ以上あることが分かりました。これには、現在発効し、WTOに開示されている305件の協定が含まれています。人権、持続可能な開発の社会的側面、弱い立場にある人々などの暗黙のジェンダー問題に言及する規定を含めると、ジェンダーまたは女性に言及する協定の総数は257件になります。

香港を拠点とし、紛争を取り扱うLC Lawyers LLP(EYのグローバルネットワークのメンバー)のパートナーであるKareena Tehは、次のように述べています。「これは進歩と見なされるかもしれませんが、測定可能な利益を期待するのは時期尚早です。カナダ・イスラエル間のFTAの紛争解決メカニズムは、まだジェンダー問題の訴訟で検証されていません。そして、FTA紛争メカニズムは、ジェンダーギャップを縮小するための1つの方法に過ぎません」

ジェンダーへの言及
2020年までに施行されている292件の貿易協定のうちジェンダーに言及する規定が1つ以上ある割合。

またTehは、次のように述べています。「アメとムチのアプローチをとる場合、紛争解決メカニズムがムチとなります。しかし、FTAには特定のジェンダー目標を達成するためのインセンティブも含まれることもあり、これは同じ目的を達成する上で、より簡単な手段になる可能性があります」紛争解決メカニズムは、和解として金銭の支払いを目的とすることが多く、ジェンダーに基づく苦情に対して支払われる損害賠償を定量化することが難しいため、適用が難しい場合があります。

さまざまな政策が男性と女性にどのような影響を与えるかを知るには、ジェンダー別に細分化されたデータが必要です。

貿易交渉担当者は、ジェンダー主流化と呼ばれるプロセスを通じて、FTAをさらに改善させることもできます。公共政策においては、ジェンダーの専門家だけがジェンダー課題を検討、分析および対処する責任を負うのではなく、政府全体としてのアプローチが必要です。法律、規制、政府のプログラム、研究などのすべての活動は、それを進める前にジェンダーへの影響についてスクリーニングを行う必要があります。FTAにおけるジェンダー主流化とは、ジェンダーに基づく問題や規定をジェンダーの章にまとめるというアプローチをとるのではなく、ジェンダーの検討事項がすべての章で扱われるようにすることを意図しています。「このアプローチには、アメとムチ両方の余地が残ることになります」とTehは述べています。

第3章  変革を加速させるための実践的なステップ
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第3章

変革を加速させるための実践的なステップ

ジェンダーへの配慮を目新しいものではなく当たり前のものにするには、複数のステークホルダーが協力する必要があります。

貿易におけるジェンダーギャップの解消を目指す政府は、FTAに焦点を当てることに理解を示しています。しかし、貿易政策だけが進歩への道筋ではありません。この問題に対する実践的な対応は、国内の法律や規制だけでなく、国際機関、民間セクター、市民社会からももたらされる可能性があります。これには最低基準の確立、ジェンダー主流化、トレーニングと監視プログラム、インセンティブプログラムなどのアプローチが含まれます。

女性が利用できるプログラムの多くは、起業家として直面する3つの主要課題、すなわち金融・モビリティ・情報へのアクセスに取り組むよう設計されています。

この課題に最も関連する国際機関であるWTOにおいて、変革への取り組みは、2017年にブエノスアイレスで開催された第11回閣僚会議で行動に移されました。そこでの協議により、世界127カ国が「貿易と女性の経済的能力強化に関するブエノスアイレス宣言」に署名しました19 。この宣言は、女性の貿易への関与を高め、その活動から確実に利益が得られるようにすることを目的としています。これにより、定期的に会合が開催される非公式のWTO作業部会(2023年には5回の会合が開催される)と、それ以降ジェンダー関連の貿易問題に関するデータを収集し、2年ごとにジュネーブでジェンダーに関する世界貿易会議を主催しているジェンダーリサーチハブ(Gender Research Hub)の発足につながりました。2022年に発行された最新のレポートは、パンデミック前後の環境における国境を越えた貿易に焦点を当てています。

一方、国連貿易開発会議(UNCTAD)は、Trade and Gender Toolboxを提供し、国の政策立案者が新しい貿易政策提案が女性にどのような影響を与えるかを予測するために利用できるようになっています。

国連とWTOも国際貿易センターを通じて協力しています。国際貿易センターのSheTradesプログラムは、ビジネスに携わる女性がネットワークを築いてお互いをサポートし、バイヤーが女性の提供する製品やサービスを見つけるためのプラットフォームを提供しています。経済協力開発機構(OECD)のGlobal Trade and Gender Arrangement(GTAGA)は、署名国に対し、女性に権限を与え、女性が直面する障壁を取り除く貿易政策を推進することを約束しています。世界銀行では、Women, Business, and the Law(女性・ビジネス・法律)イニシアチブをプログラムに組み込み、各国の法律や規制を評価し、輸出入を目指す女性に対する法的制限の撤廃につながる政策議論を促そうとしています。

また世界銀行とその他の多国間または二国間の開発銀行および援助提供者は、二重の役割を果たすことができます。最低基準を促進するプログラムや調査の提供に加えて、提供するローンや助成金に関する独自の意思決定プロセスを通じて、貿易におけるジェンダーギャップの解消を支援することができるのです。ほとんどの企業は、すでに融資しているプロジェクトに対する環境・社会影響評価と環境・社会管理計画を必要としています。UNCTADは管理計画に12の主要要素を組み込むことを推奨しており、そのうちの1つは労働におけるジェンダー課題に対処しています20
 

各国政府は女性の金融・モビリティ・情報へのアクセスを改善する機会を捉えるべき

貿易協定以外にも、女性の金融・モビリティ・情報へのアクセスを改善するために政府が利用できる機会がいくつかあります。

  • 基準を強制する:政府は、調達プロセスを通じて基準を強制することができます。法律や規則により、政府との契約を勝ち取った企業は、女性が率いる下請け業者に機会を提供するなどの特定条件にコミットしなければならないと定めることができます。世界銀行のレポートによると、現在の影響評価や調達ルールは、投資家が承認を得るために必要最低限のことを行う「チェックマーク手続き(官僚主義的確認手続き)」として扱われていることが多いとされています。

  • トレーニングとファシリテーションのリソースを女性向けに調整する:トレーニングとファシリテーションプログラムは、通常女性が起業家として直面する主な課題に焦点を当てており、国内の輸出促進機関、開発銀行、政府機関、または市民社会グループが提供しています。多くの場合これらのプログラムを運営しているのは男性であるため、内容を女性に合わせ、女性向けの環境で提供することで、差別の可能性を排除できると思われます。

  • モビリティソリューションを考案する際は、文化と地域の規範を考慮する:インドのデリーを拠点とするEY Global Delivery Services India LLPのPublic Policy Development ManagerであるTaramani Agarwalは、「モビリティの問題の大半は、現地の状況や文化に根ざしています」と述べています。世界の多くの地域では、女性は商品を持って他国に出向き販売したり、出荷を手配したりすることもできません。遠隔地に住む人々は、手頃な交通手段が不足している場合もあります。夫が妻には家の近くにいて、子供の世話をしてもらうことを望むこともあります。女性は、市場、サプライヤー、銀行、配送拠点など、出先のどの場面においても、差別や望まない性的な誘導に直面する可能性があります。デジタルプラットフォームを利用すれば、自宅で仕事を行うことができるため、将来的には解決策になる可能性はありますが、ジェンダーへの影響に関するこれまでの調査においては未知数です。Agarwalはインド北東部の現地の解決策として、インドの国境近くにある小規模な屋台ベースの市場を挙げています。この「boarder haat」(sic)の市場モデルは、女性専用のものではありませんが、国境市場で製品を取引するのに適した条件があれば、現地の女性が持続可能な生計を立てるために収入を得ることができます。当時、貿易促進を目的とした非政府組織(NGO)に属していたAgarwalは、「これが機能するには、税関職員と貿易当局がジェンダーに配慮する必要があることが分かりました」と述べています。彼女のチームは、税関職員、貨物輸送業者やその他の関係者に対してジェンダートレーニングを推奨し、実施に向けて取り組んでいました。boarder haatのコンセプトには、非公式貿易を削減し、起業家とつながりを持ち、彼らが事業登録を行って納税することを奨励する機会が得られる、といった税務当局にとっての便益があります。また、ジェンダー限定で情報にアクセスする機会を提供することができます。インド辺境にあるナガランド州出身で、Crate & BarrelやChristian Louboutinなどの世界的な小売業者に商品を販売する室内装飾・繊維製品ビジネスの創設者であるJesmina Zeliang氏は、成長が鈍化し、バイヤーの問い合わせがなくなったとき、支援が必要であることに気づきました。Zeliang氏は、デリーを本拠地とする手工芸品輸出促進評議会とオランダ起業家開発銀行が提供する発展途上国の起業家向けのプログラムから始めました。彼女は自分のビジネスの強みと弱み、機会と脅威を評価し、輸出マーケティングを学びました。また、さまざまな国の家庭の装飾に一般的に用いられる色を理解し、サンプルを提供したり訪問したりするよりも、洗練された売り込み方法を開発することで、市場をターゲットにする方法を学びました。彼女は自身の仕事上のネットワークに国際的な人脈を加え、すぐに契約につながる関係を築き、現在、輸出促進評議会で唯一の女性理事を務めています。Zeliang氏は、トレーニング、ネットワーキング、業界団体や地元の商工会議所への参加など、男性も価値があると考える同様のサポートも多く利用しました。彼女が利用したグループやプログラムは、特に女性向けに調整されたものではありませんでしたが、ジェンダーを限定したグループやプログラムには、価値がある可能性があります。

  • 女性の心に響くモデルを開発する:Vicki Saunders氏は、Coralus Internationalという非営利のクラウドファンディング・プラットフォームを運営しています。彼女は価値観に基づくアプローチを採用して、女性起業家のために資金を調達しています。寄付者には女性起業家からの提案に投票する権利が与えられ、受賞者は現地通貨で10万米ドル相当の5年間の融資を無利子で受け取ることができます。Coralusは、カナダ、米国、ニュージーランド、オーストラリア、英国で事業を展開しています。彼女はこれまでに約1,400万米ドルを調達し、146社のベンチャー企業に資金を提供しました。Saunders氏は「私たちのモデルは、参加条件は女性であるということ以外に、特に女性とはほとんど関係がありません」と述べています。彼女のプラットフォームは、専門コミュニティでの女性ネットワークの構築方法や交流方法、経済格差の是正にも取り組んでいます。彼女が支援する起業家たちは、主にビデオプラットフォームを介して定期的なセッションに参加します。Saunders氏は、次のように述べています。「参加者は、順番に自社の製品やサービスについて語ります。多くの場合、彼女たちは輸出することを考えていませんでしたが、セッションに参加していた誰かが地元の販売業者を知っていたため、突然国際市場を開拓できるようになりました。1人でビジネスを立ち上げるのは難しいことですが、同じような志を持つ人々が集まれば、非常に楽になります。私たちは取引ではなく、関係性の構築を重視しています」
第4章  データ不足の克服
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第4章

データ不足の克服

統計データの改善は、政策立案者がジェンダーに基づく貿易障壁に対する適切な改革を特定するのに役立つ可能性があります。

貿易はかつてジェンダーに左右されない活動と見なされていましたが、現在ではジェンダーによる影響を受けると理解されています。2017年のブエノスアイレスにおける共同宣言では、この問題を解決する方法としてデータ収集の改善が挙げられています。

「さまざまな政策が男性と女性にどのような影響を与えるかを知るには、ジェンダー別に細分化されたデータが必要です」とTehは述べています。

OECDによると、政策立案者は比較可能な貿易に基づく経済セクターまたはバリューチェーンにおける女性と男性の収入の比率、セクターやバリューチェーンセグメント全体で高収入のポジションにある女性の割合、貿易に特化した能力開発トレーニングプログラムに参加している女性と男性の比率、女性が経営する企業の認証が増加した結果、締結された調達契約の数などの指標データを収集する必要があるとされています22

WEFによると、データ中心のアプローチは、他の種類のジェンダーギャップの測定と解消に役立っているとされています。例えばこのレポートでは、2006年以降、中等教育を受けた男性と女性の比率を測定しています。このデータを普及させることで、世界184カ国がインクルージョンを確保するためのモニタリングフレームワークを採用することになり、「教育」はWEFがほぼ完全に解消したと考える2つの主なジェンダーギャップのうちの1つとなりました23

しかし、UNCTADによると各国のデータ収集方法が異なるため、貿易政策が女性にどのような影響を与えるかについて国を超えた結論を出すのは難しいと思われます。これに対処する1つの方法は、政府が調査やその他のデータ収集活動を実施する方法をより統一し、各国間でデータを比較しやすくすることです24

データをジェンダー別に細分化することで、女性の商品やサービスにおける体験についての民間セクターの理解も深まりました。自動車業界では、自動車事故に関するジェンダー別データにより、安全性評価で使用される衝突試験用ダミー人形は男女両方ではなく男性の身体のみを模倣しているため、女性はけがをする可能性が47%高く、死亡する可能性が17%高いことが明らかになりました。金融サービスにおいては、投資アドバイザーは生前、夫とのみ関係を築くことに努めていたため、夫が亡くなった場合、妻は新しい投資アドバイザーを探す傾向が高いことがデータによって示されています25

政策立案者が利用できるデータを改善する立場にあるのは、政府とされていますが、政府単独でそれを行うことはできません。大国では関係機関が統計的に有意なデータサンプルを収集するためのリソースを持っていない場合があり、特に困難です。

国際機関もデータ収集と分析において役割を担っています。近年、いくつかの組織がデジタルコマース・プラットフォームと、そのプラットフォームが男性起業家と女性起業家に与える影響がどのように異なるかを研究していますが、結果はさまざまです。国連の調査によると、インドネシアでは、女性が所有する零細企業の54%がインターネットを用いて製品を販売しているのに対し、男性が所有する零細企業では39%であることが分かりました。インドネシア政府の調査データを用いたこの調査では、女性が率いる零細・中小企業の約40%がデジタルプラットフォームを利用して事業を拡大しているのに対し、男性が率いる企業では約10%少ないことが分かりました26 。しかし、フィリピンでは、女性がプラットフォームを利用する可能性は高いが、同様の方法でデジタルプラットフォームを利用する男性の方が高収入である場合が多いことをアジア開発銀行が発見しました27

女性の貿易に対する構造的障壁が依然として存在する中で、データギャップに対処するもう1つの解決策として、国際貿易センターが開発したSheTrades Outlookが挙げられます。このエビデンスに基づく政策ツールは、女性による経済や貿易への参加に貢献または妨げる政策、法律、またはプログラムを特定するのに役立ちます。SheTrades Outlookは、相互にリンクした6つの柱の下に、グループ化された55の指標をカバーしています。また、世界中の女性の経済的能力強化に関する100を超える優れた取り組みのリポジトリも用意されています。

FTAにおけるジェンダー規定の有効性を評価するのが時期尚早であるのと同じように、デジタルプラットフォームがもたらす永続的な影響を理解することについてもまだ初期段階にあるといえます。データの捜索は続きます。「ジェンダーに配慮したデータが必要であれば、ジェンダーに配慮した質問をする必要があります」とTehは忠告しています。

これにより、統計収集はFTA、政府高官の役割における割合やアクセスへの障壁と同様になります。ジェンダーニュートラルな成果をさらに上げるには、関係するすべてのステークホルダーが、そのプロセスにおいて女性が参加し、主導し、影響を与える機会を創出する必要があります。

第5章  ビジネス上のレトリックを意味のある行動に変える
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第5章

ビジネス上のレトリックを意味のある行動に変える

貿易におけるジェンダー平等を加速させるために組織ができる3つの方法とは。

ジェンダー平等は、社会問題や環境問題への注力を加速させている企業の間で、注目を集める課題の中心となっていますが、企業はジェンダー平等の進歩に関するレトリックを、永続的な影響を与える意味のある行動に変換する必要があります。

国際貿易におけるジェンダー平等に真剣に取り組んでいる組織に向けて、ジェンダーギャップの解消に役立つ3つの方法を紹介します。

  1. 国内政策、貿易、戦略目標の間の連携を強めるよう政府に働きかける:組織は、包摂的な経済成長に関する戦略目標にジェンダーの視点を組み込むことの重要性を認識するよう政府に働きかけるだけでなく、アメかムチ、またはその両方を使って行動を義務付ける意味のある政策を策定・制定するよう政府に働きかけることができます。

  2. より多くの女性を重要な意思決定を行う任務に配置することで模範を示す:前述のように、女性が上位の意思決定の役割を担っているとき、政府がジェンダーギャップの解消に向けたより良い政策を策定していることはデータから明らかになっています。その上、企業の収益性が高まります。取締役会や上級管理職、特に国際貿易に影響を与える役職の多様性を優先する組織では、収益を高める以上の効果が期待できます。模範を示すことにより、貿易におけるジェンダーギャップの解消を加速できる女性が増え、すべての人々にとってWin-Winになることを、政府や政策立案者に示すことが可能となります。

  3. 女性が率いる企業がグローバル市場にもたらす価値を認識する貿易部門を組織内に創設する:より混乱した国際貿易環境おいて、組織が貿易部門を創設することによって、利益を享受することができるとみられます。この貿易部門では、新しい市場の開拓、適切なパートナーの発見、事業を展開する国・地域における貿易コンプライアンスのフレームワークの開発に加えて、女性が率いる企業とのパートナーシップや提携を優先する方針を確立することができます。このような方針は、エコシステムを強化し、女性が率いる企業がグローバル市場でその潜在力を最大限発揮できるよう後押しすることにつながります。

国際貿易におけるジェンダーギャップを解消するのに、131年もかかるはずはありません。政府、政策立案者、非政府組織(NGO)、企業が協力して、女性が率いる企業が直面する障壁を打破すれば、今後10年以内に国際貿易におけるジェンダー平等が現実のものとなる可能性があります。そしてそれは実現するに値する目標です。

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  2. Delivering on the Buenos Aires declaration on trade and women's economic empowerment
  3. Global Gender Gap Report 2022
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  5. What women’s underwear tells us about our trade system
  6. Women and Trade: The Role of Trade in Promoting Women’s Equality
  7. World Trade Congress on Gender
  8. Global Gender Gap Report 2022
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  10. GDP sourced from  The World Bank.
  11. Credit Suisse
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  13. These Investors Want More Women To Become VCs
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  17. Gender inclusion in Chilean free trade agreements
  18. Including Gender Chapters In Free Trade Agreements
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  22. Delivering on the Buenos Aires declaration on trade and women's economic empowerment
  23. WEF 22 gap report
  24. Making trade policies gender-responsive: Data requirements, methodological developments, and challenges
  25. Gender analytics: how gender-based insights create value
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    サマリー

    国際貿易を行う企業のうち女性が率いる企業はわずか15%で、世界経済フォーラムが現在の政策改革のペースでは解消に1世紀以上かかるとしている世界的なジェンダーギャップの主な要因となっています。この貿易におけるジェンダーギャップの縮小は、すべての人々の繁栄に寄与するとみられています。一部の国・地域、特に南米がその主導権を握っており、自由貿易協定ではジェンダー規定がより一般的になりつつあります。進捗状況については不均一ではありますが、その傾向は明確であり、貿易部門は、進歩をもたらす価値と機会を自社が確実に捕捉できるように対応する必要があります。


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