グローバルなサステナビリティをめぐるコンプライアンス課題をいかにして乗り切るか

グローバルなサステナビリティをめぐるコンプライアンス課題をいかにして乗り切るか


グローバル規模でESG規制の課題に先⼿を打って対応することは容易ではありませんが、一方で企業がサプライチェーン政策で後れを取るリスクは避けなければなりません。


問うべき2つの質問

  • グローバル企業が直面するESGコンプライアンスの課題とは何か。また、企業はグローバル事業の方針をどのように策定すべきか。
  • 組織内で複数の部⾨やチームの横断的関与が必須の中、コストを抑えながら効率的にESG規制の要件に対応するにはどうすればよいか。


EY Japanの視点

サステナビリティは、グローバルで経済分野のアジェンダとして認識されるようになってから久しくなります。ESGは、過去には企業イメージの向上などといった差別化要因の文脈で語られていました。しかし現在では、欧州をはじめとしてESG関連の規制強化が各国に波及しており、もはや企業にとってのコンプライアンス上の必須対応事項となっています。

通商貿易の観点では、サプライチェーンにおける人権の可視化や、欧州の炭素国境調整メカニズム(CBAM)のような貿易における税制度として、あらゆる形で規制化されつつあります。企業がこれらのサプライチェーンを取り巻くESG上の課題に対応するためには、これまでの単一部署での対応には限界があり、経営の強力なオーナーシップの下で物流・税務・法務など関連部署を横断した対応が必要になっています。


EY Japanの窓口

大平 洋一
EY Japan インダイレクトタックス部リーダー EY税理士法人 パートナー

現代のサプライチェーンは世界中に網の⽬のように張り巡らされており、それらの複雑さは計り知れないものがあります。2021年に全⻑400メートルの貨物船「エヴァーギヴン」がスエズ運河の狭い⽔路において船⾸と船尾が両岸に挟まった状態で座礁、運河の通航を約1週間にわたり遮断し、1⽇当たり100億⽶ドル相当の世界貿易を停滞させたという事故がありました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより現在も続く混乱もさることながら、ネット拡散されたこの事故画像が物語っていたのは、グローバル化されたサプライチェーンと思われていても、順⾵満帆なオペレーションが必ずしも保証されているわけではないということでした。

企業はスムーズな物流に対して、より多くの事情を考慮しなければならなくなりました。最近では、環境・社会・ガバナンス(ESG)にまつわるコンプライアンスは、サプライチェーン領域に対してもプレッシャーを与えています。

世界各国の政府は、環境の保護、気候変動対策の促進、国⺠⽣活環境の改善という建設的な理念の下に、各国法令から⼆国間・多国間条約に⾄るさまざまなレベルで施策を導⼊しており、その結果、貿易をめぐるESG基準はかつてないほどに厳しくなっています。企業は⾃社製品のグローバルな調達、⽣産、流通が厳格なESG基準に適合するものであることを⽰さなければなりません。

こうした動きに伴い、国境を越えて商品を流通する企業には複雑かつめまぐるしい変化が行われる状況に直面しています。企業は、自社のサプライチェーンについての多種多様な新基準への準拠を徹底しなければなりません。そうでなければペナルティーや課税の対象となる可能性があるのです。また、各⾃が取り組みを正確に追跡し報告する必要もあります。

「消費者はサプライチェーンの透明性の向上を求めています」と、Ernst & Young LLP Global Trade and Sustainability Services Senior ManagerであるIlona van den Eijndeは述べています。「消費者は、服がどこで作られ、食品がどこから来ているのかを知りたいのです。一方で、各国は新しい収益源を模索し、それらを環境や社会に利益をもたらすものと結び付けようとしています。こうした要求を受けて、政府は企業に今までになく⼤きなプレッシャーをかけ、グローバルサプライチェーンの正確な情報を提供するよう求めています。つまり、このことはサプライチェーンにおけるデータ収集の必要性がさらに⾼まることを意味しているのです」
 

さまざまな形態を取る新たな要求事項

ESGの「E」(環境)だけをとっても、さまざまな形の新たな要求事項が⽣まれています。ほぼ全世界の参加を得る成果を上げた2016年のパリ協定以来、世界各国の政府は独⾃の環境プログラムの導⼊を始めました。

その代表的な⼀例が、2023年1⽉にEUが発表した「欧州グリーンディール産業計画」です。この計画はプラスチックの影響低減や炭素取引の追跡などのさまざまな意欲的な施策で構成され、環境に負荷を与える製品やプロセスに対する課税を含む財務的負担のほかにも⼤量の報告義務が含まれています。

このグリーンディール産業計画の内容は、多くの企業にとって混乱や⼤きなリソース負担を強いる可能性があります。グローバルなESGコンプライアンスの展開に伴い、企業に求められる取り組みについても詳細に説明しています。「企業はまず、ESG関連の税⾦の算出⽅法を把握するべきです」とEY Americas and US Global Trade Leader であるJ. Michael Heldebrandは述べています。「2つ⽬に、税負担の⼀部を相殺する優遇措置や税額控除があるのか。また、3つ⽬として製品のエンドユーザーにはどういった影響があるのか。例えば、製品の顧客はESG関連の税負担を、歓迎すべきものと捉えてコストとして価格転嫁されることを受け入れるか、または、製品価値を上昇させ、購⼊を見送ることになる不当な負担と捉えるか、について把握すべきです」

企業はまずESG関連の税⾦の算出⽅法を把握するべきです

こうした税制度の変更には、特に複数国間で課税⽅法に統⼀性がない場合には、多額の先⾏費⽤が伴います。EUは付加価値税(VAT)などの特定の税に関しては、共通最低税率を設定するなどおおむね統⼀的なアプローチを採⽤しており、貿易圏全体で税務登録の簡素化を図るためのさらなる施策も⾏っています。しかし、サステナビリティに関する新施策の多くは統⼀性に⽋け、EU加盟国は各国独⾃の規制を導⼊しています。EU以外でも、世界中で、新しい環境対策のために設けられた国ごとの報告義務や基準に対して合意形成が⽋如していることによって負担が拡⼤しています。
 

このように多くの取り組みには、多額の投資をしても明確な⾒返りが明らかでないことから、その⽀出を裏付ける明確なビジネスケースが存在しません。


「カーボンニュートラルに意欲的な企業も、顧客や市場の嗜好を踏まえて輸送量の最⼩化や貨物船の電化を図っていますが、単に政策レベルでの要件定義が完全にはなされていないため、企業⾃⾝が正しいことを⾏っているのかどうかさえも分からない状態です」と、EY Global Trade Leader – Indirect TaxかつErnst & Young Belastingadviseurs LLP Indirect Tax PartnerであるJeroen Scholtenは⾔います。「それが正しいことなのであれば、企業とその顧客が何を得られるのかを把握することも必要です」


新たなコンプライアンス義務の順守

現在の重要なビジネス課題の1つが、ESGコンプライアンスです。その潜在的影響を十分に把握するために、企業は課税対象となる事業活動について、その実施前後の状況を⼗分理解できているかどうかを確かめようとしています。


「ESGコンプライアンスに対する責任は、単純な徴税・納税の責任よりも重いものかもしれません」とHeldebrandは述べ、以下に続けます。「企業は正しくコンプライアンスを果たせているかの確認に苦戦しています。それができていない場合は、罰則の対象となる可能性があるからです。企業が自らの義務を正しく把握していない場合、ペナルティーは瞬く間に積み重なってしまいます」


グローバルコンプライアンスの継続的な監視に注⼒しなければならないことを考えれば、企業の戦略、計画、コミットメントに重⼤な影響が及ぶ可能性があります。多くの組織は内部プロセスを徹底的に⾒直し、合理化と透明性の向上を図る必要が出てくるでしょう。ESGをめぐる諸状況の変化により、進化する規制に対応する正確な情報を提供するための⾃動化やシステムの機能改善を強いられる場合もあります。


多くの経営幹部がサプライチェーンにおける⻑期的なサステナビリティ⽬標を掲げているにもかかわらず、進捗を適切に測るための可視化ツールやテクノロジーなど、全社的に⼗分なプログラムを確⽴している企業はわずかです。


「間違いなく企業を疲弊させることになるでしょう」とScholtenは⾔います。「多くの場合、既存の要件と密接に連携・調整されたシステムを持つ企業がデータ要素を追加・変更するには、多額の投資が必要となるため、⾮常に重⼤な問題です。仮に⾃由に使える⼤量のデータを所有していたとしても、それらを引き出す新たな⽅法を考案するなど、データの実⽤化に四苦⼋苦する企業が多いでしょう。データによる管理はパワフルですが、それらを使⽤して正しい情報に基づいた意思決定を⾏うという局⾯は⼿作業のままなのです」

多くの場合、既存の要件と密接に連携・調整されたシステムを持つ企業がデータ要素を追加・変更するには、多額の投資が必要となります

サプライチェーンにおける透明性の実現

ESGコンプライアンスのもう1つの重要課題は、グローバルサプライチェーンでの透明性を実現することの難しさにあります。そもそも、サプライチェーン内の活動の追跡や定量化は極めて困難です。

近年、カナダ、⽶国を含む複数の国や地域が、強制労働や児童労働によって製造された製品の輸⼊を阻⽌する施策を導⼊しています。その結果、世界的に展開する複数の⼤⼿アパレルブランドにおいては、製造⼯程において強制労働が含まれないことを証明するまで⽶国の国境で商品が留め置かれるケースが発⽣しています。この施策の施行以来、米国税関は信用ある貿易事業者プログラム(C-TPAT実地調査)に強制労働に関する要件を組み入れています。つまり、企業はコーヒーからスニーカーに⾄るあらゆる製品について、企業がソーシャルコンプライアンスに関するプログラムを確⽴し、それらを⽂書化することが求められるのです。少なくとも、輸⼊品が、強制労働、囚⼈労働、奴隷契約による労働による採掘、⽣産、製造が行われていないことを、海外のパートナーにどのように確認しているかという課題に対処することが必要です。それには、詳細なリスクベースのマッピングと毎年の⾃⼰評価の提出が不可⽋です。

「製造に係る事実関係を明確に証明できない限り、製品が強制労働によって作られたものであると推定されます」と Ernst & Young LLP Global Trade PartnerであるLynlee Brownは語ります。「それを実際に行うのは⾮常に困難なことです。まさに⼤きな課題であるため、企業は今までになく神経を尖らせる必要があります」

社会的配慮に基づく施策の⼀般的な方向性を考えると、他の国や地域も同様の強制労働関連規制を導⼊すると⾒るべきでしょう。つまり、企業はサプライチェーンの透明性をこれまで以上に⾼める必要があるのです。それには社内外の協⼒体制が不可欠です。

「誰かが⽂書の保管⽅法を決定し、社内の各部⾨にどの⽂書を監査の⽬的として保管すべきかを伝える必要があります」とBrownは⾔い、「そのためには、サステナビリティチーム、貿易コンプライアンスチーム、リーガルチームを巻き込む必要があります。サプライヤーに対して何を依頼できて、何を義務付け、何が対応不可能なのかを探る必要があり、さらに、こうした⽂書を⼊⼿するには、オペレーションチームの協⼒も重要です。いずれも⼀筋縄ではいかず、テンプレートに落とし込むこともできません。それぞれの状況に応じて異なり、それぞれがオーダーメイドなのです」と続けます。

そこで、責任に関するさらなる疑問を生じさせます。誰がESGの責任者で、どのようにアプローチするべきなのでしょうか。

「これらは税制改正や気候の持続可能性といった他の取り組みと同様の⽅法で取り組むべきなのでしょうか」とvan den Eijndeは疑問を投げかけます。「そして、その道のりはどこに帰結するのでしょうか。貿易の専門家の多くは、ESGに関する専⾨知識不⾜を理由にその責任を担うことについて決断しかねています。そのため、全体像を把握し具体的なリスクを管理するために、新たな⼈材を確保すべきか、もしくは外部パートナーを活⽤すべきかの選択に迫られています。全社で統⼀的な⾒解が必要ですが、それらの統一的な見解どのように⾒いだすかを知る⼈はほとんどいません。これは深刻な問題です」
 

進化を続ける貿易

EUグリーンディール産業計画と⽶国の強制労働規則はESGに関する新しい規制、税制、基準の⼀部にすぎず、今後拡⼤するものと考えるべきでしょう。サプライチェーンは数⼗年にわたってグローバル化を続けており、この動きをすぐにリセットすることはできません。スマートフォンによって消費者向け商品のオンデマンド配送が可能な地域が拡⼤するなど、世界貿易は常に進化を続けています。同時に、利便性を好む⼈たちでさえ、より公正で社会や環境への影響が少ないプロセスを求めるようになっています。また、新たな収⼊源を求める世界各国の政府が、そうした収⼊源を環境と社会に利益をもたらす施策と関連付けようとする動きも⾼まるでしょう。

急速に拡⼤する税制やコンプライアンスの状況に対応する知識、能⼒、意欲を⼗分に持たない企業がいまだ⼤半であり、さまざまな部⾨における知⾒を提供し、サプライチェーン全体のプランニングを改善し、リスク管理をサポートできるような、実績ある第三者が必要となるかもしれません。外部のサービスプロバイダーからの⽀援によって、業務の構造化をはじめ、複雑なバリューチェーンからのデータ収集や、複数の異なる部署間のコミュニケーション改善などがスムーズに⾏えるようになり、ESG対策に対する全社的なコンセンサスとKPIにおける連携が可能になります。また、ダウンストリームでの新たなテクノロジーやトレンドの注視に加え、現状の環境を突き動かす要因や何が変化する可能性があるかを理解しつつ、継続的な改善措置に取り組むことも可能です。

幸い、企業はこれらの環境変化に対して、より賢くなっています。より俊敏で柔軟になり、基準や規制の変化を予測できるようになりました。今後、多くの企業は変化する課税対象項⽬をより積極的に予測し⾏動できるようになるでしょう。世界の構造がいっそう複雑化し相互依存が⾼まるにつれて、部⾨横断的な協⼒体制が必要となり、それが税務と貿易部⾨の働きを強化する役割を果たすものと思われます。

「過去3年間で私はかつてないほど多くのグローバル関税統括責任者を見てきました」とBrownは述べ、続けて「4年前と⽐べ、ESG施策への企業の対応態勢は各段に整ってきています。部署間の連携が強化され、今ではより優れたビジネス上の判断を下すことができるようになりました。⽅針策定の側⾯でもすでに経験を十分に積んでいることから、このような急場しのぎの規則への対応能⼒が向上しました。今となっては、どのように取り組めばよいかと対応策に苦慮し、空回りして⽣産性を落とすことではなく、『また取り組めばよい』とポジティブに思えるようになっているのです」と語ります。

この「やればできる」というアプローチは理にかなっています。結局のところ、ESG施策は多くの企業に徹底的なプロセス⾒直しを迫るものの、企業は最終的により良い判断を下し、より良い実践を確⽴することで、全体の利益に貢献するのです。

「有毒な化学物質で⼟壌を汚染することや、アパレル⼯場で⼦どもを働かせることを望む者はいません」とBrownは⾔います。「企業から⾒れば、誰が、何を、どのように⾏うかは⼤きな問題ですが、そうした課題に取り組むことで、誰にとってもはるかに良い⽅向へと進むことになるのです」
 

企業が取るべき3つのステップ

企業が変化するESG貿易情勢を乗り切るための3つのステップを紹介します。

  • 責任者を定める。ESGは多くの専門分野にわたる複雑な課題であり、面倒な問題として組織内でたらい回しにされる傾向があります。複数分野の専門家からなるESGタスクフォースを結成し、さまざまなチームを引き入れて具体的な動きに対応することが、一般的なアプローチでしょう。しかし、これは応急処置にすぎません。責任者を定めることが、重要な第一ステップとなります。
  • サプライチェーンを徹底して理解する。企業がサプライヤーを理解するのは当然と考えるかもしれませんが、最新のESG基準では、世界のあらゆる場所でサプライチェーンに何が起こっているかを真に理解することが求められます。原材料や部品の調達から顧客の⼿元に届けるまでのバリューチェーンのステップを逐⼀正しく把握する必要があります。そのために、テクノロジーの最新化や適切な外部専⾨家との連携が必要になるかもしれません。多くの場合、誤った対応にはペナルティーがあり、正しい対応には優遇措置が適⽤されることにも留意が必要です。
  • 継続的な改善を目指す。ESG対策は消費者の嗜好や行動から新規制や収入源に至るあらゆる要素に影響を受けますが、こうした要素そのものも絶えず変化しています。不確実な状況に⾶び込むのは気後れするものですが、大きくなる外部の期待に反しないために、企業は今すぐ⾏動しなければなりません。つまり、組織と事業環境に関する⻑期的で包括的なビジョンの確⽴を意味し、それには時として外部の⽀援を求めることが必要になるかもしれません。

サマリー

多くの企業が可能な限りコストの合理化を試みようとする現在、関税法やグローバルなESG施策へのコンプライアンスはますます複雑化しています。各国独⾃の要件へのコンプライアンスを確かめることはもはや競争上の差別化要因ではなく、必須事項であり、あらゆる規制に対する報告義務は今後も不可⽋なものとなるでしょう。