なぜ地政学的リスクに対処するために平常心が必要なのか

なぜ地政学的リスクに対処するために平常心が必要なのか


政治的リスクを管理する適切な戦略を見いだすことが、新たな成長機会につながります。


問うべき3つの質問

  • 収益、フットプリント、サプライヤーにおける自社の政治リスクへのエクスポージャーはどの程度か。
  • 自社の政治リスク管理の取り組みとガバナンス構造の堅固性はどの程度か。
  • グローバリゼーションの新時代において、自社の政治リスクプロファイルはチャンスとなるのか、それとも課題となるのか。


本記事はEY.comに掲載のWhy a level head is needed to deal with geopolitical riskを翻訳したものです。英語版と本記事の内容が異なる場合は、英語版が優先するものとします。

グローバルな政治リスクがかつてなく高まっています。地政学的に不安定な状況は今後数年にわたり続くとみられ、企業はこの状況に対応する行動を取っています。EY CEO Outlook Pulse 最新版によると、ほぼすべてのCEO(97%)が地政学的な課題に応じて戦略を変更しています。例えば、41%がサプライチェーンを再構築し、34%が特定の市場から撤退、32%が計画していた投資を中止しました。

高まる地政学的リスクに対し、自社の戦略を変革するために十分尽くせているか、確信が持てない経営幹部も多いかもしれません。あるいは、自身が過剰に反応し、そのために、成長機会を逸しているのではないかと懸念している経営幹部も少なくないことでしょう。このような疑問に答えるには、まず、自社に固有の政治リスクプロファイル(政治リスクへのエクスポージャーと政治リスク管理能力)を評価し、より多くの情報に基づいてグローバル戦略を転換する必要があります。

私たちは上場企業について、4つの政治リスクプロファイルを特定しました。

  • 受動的に軽減している企業(Passive mitigators)
  • リスクに備えている企業(Risk-ready companies)
  • 積極的に管理している企業(Active managers)
  • リスクにさらされている企業(Exposed entities)

これらの政治リスクプロファイルに属する企業には、政治リスクへのエクスポージャー管理の改善とnew era of globalization(グローバリゼーションの新時代)におけるグローバル戦略の最適化について、そのリスクプロファイルに応じて異なる戦略的必須課題があります。

興味深いことに、政治リスクプロファイルに企業セクターごとの明確な傾向はみられませんでした。また、収益規模や本社所在地も決定的な要因ではありませんでした。結果は企業のサプライヤー、顧客、競合他社によって大きく左右されるため、地政学的リスクに応じてグローバル戦略を転換する前に、経営幹部が自社の政治リスクプロファイルを理解する必要性が、さらに高まります。


「受動的に軽減している企業」はリスクを分散させているが、地政学的戦略を欠いている

「受動的に軽減している企業」の場合、事業拠点の分散によりリスクを軽減することが可能です。この象限の企業は比較的収益規模が小さな傾向がありますが、最もグローバル化が進んでおり、42%が20カ国超で事業を展開しています。このようにグローバル化されたビジネスモデルは、高リスク市場から低リスク市場まで多様な市場を混在させた事業展開になることが多く、総合すると政治リスクへのエクスポージャー・スコアの合計が低下する傾向があります。

企業のサプライチェーンや主要市場全体でリスクが相関していないという仮定の下では、そうした拠点の分散により政治リスクを効果的に軽減することが可能です。しかし、不安定性と不確実性が高まる新たな地政学的戦略時代には、このような状況が生じる可能性は低くなる一方です。

さらに、これらの企業は、政治リスク管理に対する戦略的アプローチが十分でないため、地政学的変化に対応するための態勢が整っていないようです。このグループは、政治リスクの特定、影響評価、および企業戦略への組み込みという点で、最も非積極的です。これが、自社が政治リスクにさらされていると感じている企業の割合が最も高くなっている理由かもしれません。この象限にある企業では、政治リスク管理能力に「極めて」または「非常に」自信がある経営幹部は43%に過ぎず、他のどのグループよりも、自信が持てないようです。

これらの企業が取るべき行動

「受動的に軽減している企業」は、政治リスク管理ガバナンスを改善する必要がありますが、そのためには、政治リスクを特定し、より広範なエンタープライズ・リスクマネジメント・システムに政治的リスクを統合する力を高めなければなりません。より積極的に政治リスクを管理することで、これらの企業が世界各地で取りうる戦略的選択の幅が広がる可能性があります。

この象限の企業はまた、特に世界が「第二次冷戦」シナリオまたは「自立統治」シナリオ(以下を参照)に向かう場合には、地政学的リスクに対するレジリエンスを高めるために、グローバルなフットプリントの転換を検討する必要があります。例として、EYのチームは先般、ある製薬会社に、グローバル化したサプライチェーンのリスクを、上述のシナリオに基づいて評価する方法について助言しました。さらに、今後10年間に起こりうる地政学的変化に対するレジリエンスを得るために、事業を適応させるための戦略を特定しました。

下の各シナリオを選択し、グローバリゼーションの将来について、それぞれの主な特徴とビジネスへの影響の概要をご確認ください。これらのシナリオの詳細については、「CEOが直面する喫緊の課題:Prepare now for a new era of globalization(グローバリゼーションの新時代に直ちに備える)」を参照ください。


「リスクに備えている企業」は、より大胆なグローバル戦略を追求する資格がある

「リスクに備えている企業」は、政治リスクへのエクスポージャーが比較的低くなっています。中程度の国際性がありますが、事業を展開している国の数が20カ国未満の企業が75%を占めます。また、収益規模が大きい傾向があり、年間収益が300億ドル以上の企業の割合は42%です。このグループに属する企業の本社の場所とセクターはさまざまですが、調査対象のテクノロジー企業の大半がこのグループに分類されています。

この象限の企業はエクスポージャーが低いにもかかわらず、政治リスクに最も積極的に対処しています。特に、政治リスクをより広範なリスクマネジメントシステムに組み込むことや、政治リスク分析を戦略に組み込むことについては、他のグループを上回る成果を上げています。この象限の企業の経営幹部は、政治リスク管理能力に最も自信を持っていますが、その理由はこの点にあると思われます。

これらの企業がとるべき行動

「リスクに備えている企業」は、その効果的な政治リスク管理能⼒を活⽤し、政治リスクへのエクスポージャーの増⼤をもたらし得る戦略的成⻑市場にも、市場の他の条件が好ましいものであるならば、⾃信を持って進出する機会を⼿にしています。例えば、ある製造企業は最近、⼤きな収益成⻑機会をもたらす新市場への参⼊における、政治リスクの評価および戦略的管理の⽀援を得るために、EYのチームに相談しました。EYのチームは、政治リスクをマッピングし、戦略やサプライチェーンに関して助⾔するとともに、新市場への参⼊の際に取るべき政治リスクの緩和策について提案しました。

「リスクに備えている企業」は、各企業の本拠地、および同盟関係または友好関係にある国においてもっとも安定的な成⻑機会が得られる可能性が⾼いことから、グローバリゼーションのシナリオに基づいて将来の成長機会の獲得を検討する必要があります。企業が長きにわたって成⻑する上で、政治リスク管理における競争優位性を維持するには、政治リスク管理に関するコミュニケーションと協働を、より良いプロセスのため改善しながら、機能部⾨や事業部⾨全体で並行して実施する必要があるようです。

 

「積極的に管理している企業」はバランスが取れているが、自信過剰になっている可能性がある

この象限の企業は、積極的な管理を通じて⾼⽔準の政治リスクへのエクスポージャーに対処しています。⽐較的グローバル化が進んでいない傾向があり、約半数が単⼀の国で事業を⾏い、64%がアジア太平洋地域に本社を置いています。このグループの企業の多くが、エネルギーやライフサイエンスなど、各国政府が「戦略的」であると考えるセクターに属しています。

「積極的に管理している企業」はその名の通り、様々な⽅法で政治リスクを積極的に管理しています。ただ、各社はこれらのリスク全般の管理能⼒に⾃信を持っていますが、そのためにリスクに関して重⼤な盲点が⽣じてる可能性があります。例えば、これらの企業の75%は地政学的リスクの管理能⼒に「極めて」または「⾮常に」⾼い⾃信を持っていますが、グローバルフットプリントが⽐較的⼩さい傾向があることを考えると、この点はそもそも関連性がさほどないものです。反対に、現在の事業により⼤きな関連性のあるリスクである、国(46%)、規制(39%)、または社会的リスク(37%)の管理について、だいぶ⾃信が持てなくなっています。より積極的な管理を必要とするのは、後者のタイプの政治リスクです。


これらの企業がとるべき行動

「積極的に管理している企業」は、⾃社が直⾯すると思われる主要なリスクタイプ、特に規制リスクに対する取り組みを強化することにより、政治リスク管理アプローチを改善するべきと思われます。対応の⼀例として、EYのチームは、ある消費財企業の地政学的戦略委員会の設⽴を⽀援しましたが、その⽬的は、経営幹部が自社の進出先である各主要市場固有の規制リスクや社会的リスクについて理解を深め、より適切に備えることでした。

 

これらの企業の経営幹部は、不安定性と不確実性が増⼤する時代において、⾃社の地政学的リスク管理に対する⾃信が妥当かどうかについても検討するべきです。グローバルフットプリントが⼩規模であるため、「第⼆次冷戦」シナリオや「⾃⽴統治」シナリオにおいては、これらの企業は適切にリスクを管理できるかもしれませんが、「グローバリゼーションLite」シナリオや「友好国優先」シナリオの下では、競争上不利な⽴場に⽴つことになる可能性があります。

「リスクにさらされている企業」は戦略とリスク管理を改善できる

「リスクにさらされている企業」は、最も解消の難しいミスマッチ、つまり⾼⽔準の政治リスクへのエクスポージャーと不⼗分な政治リスク管理に⾯しています。このグループは中程度に国際性がある傾向があり、20カ国以下にフットプリントがある企業が73%を占めます。その多くが欧州に本社を置くため、グローバルなフットプリントよりも、地域的なフットプリントの⽅が⼤きい場合もあります。このミスマッチに伴う戦略的および事業上の課題を踏まえると、このグループが調査対象中、最も企業規模が⼩さいことは当然かもしれません。

この領域の企業の収益、フットプリント、サプライヤー全体における政治リスクへのエクスポージャーは最⾼⽔準です。また、政治リスク管理全般の点でも、最も積極性に⽋けます。このミスマッチは「グローバリゼーションLite」を除くすべてのシナリオにおいて、成⻑を⼤きく抑制する要因となり、また新たな機会を制限する可能性もあります。

これらの企業がとるべき行動

「リスクにさらされている企業」は、政治リスク管理に対するアプローチの刷新により、地政学的不安定性への備えを改善する必要があります。リスクを特定し、その潜在的な影響を評価し、それらの評価を戦略的意思決定に組み込むことができるようにするなど、全社的に能⼒拡充に投資するべきです。あるエネルギー企業が、主要市場で政治リスクを過度に負っていることを経営陣が認識し、EYチームに助言を求めた際、私たちはまさにリスク管理能力の拡充を実現できるよう⽀援しました。その後、EYチームはこの企業の政治リスク管理業務を監査し、不備を特定して是正につなげました。

また、この領域の企業は、今後、政治リスク管理をより適切に調整するため、業務、財務、政府関連事項、戦略など、さまざまな機能部⾨や事業部⾨の⼈員で構成される、地政学的戦略委員会の設⽴をぜひ検討すべきです。

 

戦略の転換は、企業の政治リスクプロファイルに基づき実施する必要がある

企業の政治的リスク管理能⼒を決定するのは、売上規模や業種、本社の所在する国・地域ではありません。むしろ、企業固有の政治リスクプロファイルを決定するのは、⾃社のグローバルビジネスモデルと政治リスク管理について⾏う、経営者による戦略的選択により決定されます。

経営幹部は、⾃社に固有の政治リスクプロファイルを検討することなく、⼀⾜⾶びに戦略的な変更を⾏うべきではないと言えそうです。企業は、このマトリクス上の⾃社の立ち位置と、⾃社が負う固有の政治リスクを理解する必要があります。それらを踏まえてどのように⾃社を位置付けるかが、グローバリゼーションの新時代の進展とともに企業が直⾯するであろう機会と課題の多くを左右することになりそうです。

⾃社の政治リスクプロファイルがどのようなものであれ、そのさらなる整理を通じて、企業は戦略的機会を掴むことができます。今後グローバリゼーションがどのように進展するのか不透明な中、企業が将来の成⻑に向けて態勢を整えるためには、エクスポージャーの⽔準に適した政治リスク管理能⼒を備え、これらの評価を企業戦略に組み込むことが、さらに急迫した課題になっています。


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    サマリー

    企業が直⾯する喫緊の戦略的必須課題は、その企業の政治リスクへのエクスポージャーと政治リスク管理の質に応じて、さまざまに異なります。経営幹部は、各地政学的リスクに対して過⼤に、あるいは過⼩に反応することを避けるためにも、⾃社の政治リスクプロファイルをよく理解する必要があります。政治的リスクとリスクマネジメントの質の整理・向上を図ることで、企業は次のグローバル化時代に向けて戦略的なポジションを確⽴することができるものと思われます。


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