食料生産・流通の課題とイノベーション ― その解決に金融機関が強みを発揮するには

食料生産・流通の課題とイノベーション ― その解決に金融機関が強みを発揮するには


関連トピック

EY Japanは、食に関して国内事業者が直面している課題と、デジタルテクノロジーなどを活用したイノベーションをテーマとしたセミナーを開催しました。

当セミナーで行われた専門家によるパネルディスカッションから、民間での新たな取り組みの方向性や官民の連携についてご紹介します。


要点

  • 農業の6次産業化では金融機関の強みが発揮できるが、各地の農家が抱える課題の理解と整理。さらに歴史的ネットワークを持つJAとの円滑な協業が肝要になる。
  • アグリテックやフィンテックなど、農業と金融のつながりでもデジタル化の取り組みは不可欠だが、金融機関には農業データを読み解く能力が求められていく。


荻生 泰之(以下、荻生):まず、現在の日本が抱えている農業の課題についてお聞かせください。農業生産や法人の再生を行っている大和フード&アグリの久枝さんからお願いします。

久枝 和昇 氏(以下、久枝氏):私が一番課題だと思うのは、農業従事者の減少です。2023年5月に最新版が出た農業白書を見ると、農業で生計を立てている人は122万人程度。その中でも65歳以上が7割で、平均年齢68.4歳という厳しい状況になっています。現状で49歳以下が14万人ですから、このままではやがて農業で生計を立てる人がいなくなるでしょう。この危機的状況を変えるには、農業従事者を増やすとともに、農業自体を稼げる産業にしていかなければなりません。

越田 雄三 氏(以下、越田氏):北海道でも同じ状況にあり、農地の放置や耕作放棄の課題にも直面しています。一度耕作を放棄してしまうと、元に戻すには大変なお金と労力がかかるので、それを未然に防ぐベストな道の模索も必要です。よく異業種から農業に参入したいという相談がありますが、農業には農地法など独特のルールがあって、通常の商系のM&Aのようにはいかない部分があります。そのため新規参入事業者も農業の世界を勉強し理解しなければならないと思います。もうからなければすぐに撤退というわけにもいきませんから、お互いを理解することが大事です。

吉田 正史 氏(以下、吉田氏):森林面積が84%を占める高知県では、中山間地の課題が大きいです。行政の施策が産出額の改善に向いてしまうと、斜面が多いために産出額が少ない中山間地の課題が埋もれがちになると感じています。

荻生:吉田さんと越田さんにお尋ねします。北洋銀行も四国銀行もJA(農業協同組合)との関わり合いがあるとお聞きしました。JAが担ってきた役割と領域に銀行が入るようになったのは最近ですが、地域的な課題や社会課題解決が金融機関にも求められるようになってきたからだと思います。地域ネットワークで先んじているJAと銀行が手を取ると、どのような相乗効果が導き出せるとお考えですか。

吉田氏:銀行が農業法人の設立支援でありがちなのは、系統外の販路をつくっていくケースです。しかしながら、その方法ですと事業の継続性に支障が出ます。「山北みらい」の取り組みでは、設立時の協定グループに地元会社とともにJAに入っていただき、JAとの協業をしっかり宣言することができました。それによって、JAや園芸連が強い園芸王国の高知であっても、ビジネスマッチングから普段の困った事まで相談してもらえる関係を構築できたのです。

萩生:農業は6次化に向かうことで農家の収入が増えると考えられますが、6次化に至る過程ではJAより銀行のほうが力を発揮できるのでしょうか。

吉田氏:地元取引先のコネクションはJAのほうが強いですから、やはり協業によって相乗効果が出ると思います。

越田氏:餅は餅屋と言いますか、JAとわれわれのそれぞれの強みをうまく組み合わせれば、最終的には事業者のメリットにつながるはずです。日本の食糧基地である北海道の農業を支え続けているのがJAですから、その役割をすべて市中金融機関が務めるのは極めて困難です。しかしわれわれは2次、3次のお客さまの取引が多く、太いネットワークもあります。私どもがやっている首都圏での大型展示商談会では、毎年約10のJAに出展をいただき、JAコーナーを設けて販路拡大のサポートを行っています。このような形で互いの長所と短所を埋め合わせていくのが良いと考えています。また、商談の場や情報提供の場を金融機関が整えて地元のメーカーや生産者をサポートし、地域の原石を磨き上げ首都圏に紹介して、新しいブラントを生み出していく。それが地域金融機関の役目だと思っています。


左から安達 知可良/EY新日本有限責任監査法人、荻生 泰之/EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社、越田 雄三 氏/株式会社北洋銀行、吉田 正史 氏/株式会社四国銀行、久枝 和昇 氏/大和フード&アグリ株式会社
左から安達 知可良/EY新日本有限責任監査法人、荻生 泰之/EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社、越田 雄三 氏/株式会社北洋銀行、吉田 正史 氏/株式会社四国銀行、久枝 和昇 氏/大和フード&アグリ株式会社

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EY Japan、「食の未来創造支援オフィス」を新設

【EY Japan】EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長:近藤 聡)は、食に関連する生産者、消費者、中間業者、研究機関や政府などをつなぐハブとなり、食に関連する課題解決を目指す「食の未来創造支援オフィス」を設置することを発表します。

    荻生:ここまでは銀行の取り組みについて教えていただきました。久枝さんの会社は大和証券グループに属している直接金融ですが、証券会社ならではの強みを生かした農業の取り組みと役割に関して期待されていることは何ですか。

    久枝氏:日本の場合は農業関係の法律によって、すぐにできないことがたくさんあります。そこで、私自身が農業の専門家であると同時に、金融ではM&Aの担当も務めた上での知識を基に、今後実行に移せればよいと思う三つの件についてお話します。

    一つ目は、農業関係でスタープレーヤーとなる農業の生産で上場している企業をつくることです。産業として成り立たせるには上場企業の登場が不可欠ですが、上場のプロセスはまさに証券会社の仕事となります。

    二つ目は、ビジネスモデルです。海外のビッグプロジェクトの場合、ファンドをつくって投資を行い、それを金融商品として売る仕組みが出来上がっています。確実にもうかるモデルをつくれば、一般の金融商品と同じ形で外部のお金を使えます。日本であれば日本のお金で投資するようになると思いますが、そういったことができればと考えています。

    三つ目は、不振に陥った地域の中核となる農業会社に対する取り組みです。企業が農業に目を向ける動きは10年ほど前からありますが、農地法や補助金に関わる問題で調子が悪くなると、M&Aがとても難しくなります。われわれの案件にも補助金をもらったケースがありますが、債権放棄などしかるべき手順を踏んで再生を果たしました。そうした部分をM&Aのアドバイザーとして証券会社が入り、確実なモデルづくりを直接金融がやれれば良いと思っています。

    荻生:上場企業の話が出ましたが、農家は圧倒的に個人事業主が多く、資金調達はもちろん、調達を頼れる相手を探すのも課題になっています。上場企業にならずとも株式会社化するなどして、会社としてどれくらい健全に運営できるか。そのあたりも今後の農業に必要な視点だと思いました。

    最後に、農業と金融におけるデジタル化の取り組みについてうかがいます。金融機関が農業に携わる話になると、アグリテックやフィンテックといったデジタルが欠かせない時代になりました。海外の保険分野では、干ばつや洪水に備えた保険商品を提供している会社があります。また、農産物のマーケットプレイスを持ち、そこでの売り上げ状況で融資を行うサプライチェーンファイナンスのような取り組みも行われています。しかしシステム化が進んでいない日本では、いろいろなものの見える化が進んでいません。その点のデジタル化も大きな課題ですが、注目されている取り組みがあればご紹介ください。

    越田氏:農業とITの結び付きに関して、北洋銀行では「株式会社ファームノートホールディングス」の事例があります。20年くらい前の一時期、牛を担保にした融資方法がありました。牛担保にして融資するだけでなく、酪農家と「牛の動態」を共有することが目的でした。「ファームノートホールディングス」が開発したクラウド牛群管理システムは、搾乳量や牛の個体数などの牛群のデータ化による情報共有が可能ですから、金融機関も月別の売り上げ予測が立つので安心感が出てくると思います。ただし問題は、データの受け手である金融機関が酪農の正しい知識を持って読み解くことができるか。そこは農業をきちんと理解し整理する能力が金融機関に求められていきます。ただし、AI(人工知能)が発展すればさらに効率が上がると思うので、今後が楽しみです。

    荻生:農産物は収穫の量や時期によって価格変動が大きいですから、収益の効率化を考えると、金融機関においては市場のデータと結び付けた解析も必要なのではないでしょうか。

    越田氏:それができれば、売り上げの将来予測に妥当性が出てくるので、金融も理解しやすくなると思います。

    吉田氏:高知では、県が主導してデータ駆動型の施設園芸に取り組み、「SAWACHI」というプラットフォームを構築しました。その運用が始まったことで、単位面積当たりの農業産出額が638万トンという、全国でも圧倒的首位に立つ成果を上げていますが、現時点でJAだけが入っている状況で、無償利用の現状から民間の自走に切り替わっていく中で、地域金融機関の関わり方が新たな課題になりました。何かしらの関与でデータの共有をいただき、市場予測などに基づいたお手伝いができればWin-Winなのかと考えています。

    荻生:プラットフォームビジネスをするベンチャーと農家をどうつないでいくか。そこは、JAと同時に銀行の役割も大きいのではないでしょうか。もちろん農業に関しては農家がプロで、JAにもこれまで携わってきた歴史があります。とすれば銀行は今後、新しい技術に目を向け紹介していく取り組みが求められていくと感じました。

    久枝氏:金融機関が農家に融資を、あるいは証券会社が出資をしようとする時、非常に難しいのがデューデリジェンスです。しかしスピーキング・プラント・アプローチの手法を使うと、同じ植物でも光合成の能力が判定可能なので、生産者の実力が把握できます。そうしたアグリテックが進むと、的確な査定や融資の是非が判明するので、その技術が日本の農業の発展につながればいいな、と。そういう部分にわれわれも投資していければいいと思います。

    荻生:農業では匠(たくみ)という言葉がよく使われますが、どこが匠なのか、どうなった結果なのかを見える化し、広く共有できれば全体の底上げになるでしょう。情報が目に見えてやり取りできる関係性がますます重要になっていくと思います。



    プロフィール

    【パネリスト】

    越田 雄三 氏/株式会社北洋銀行 地域産業支援部長
    北洋銀行の地域産業支援部は、北海道経済の活性化をスローガンに産学官金連携を推進。農業法人の支援に向け、日本政策金融公庫と「ほくよう農業地域活性化ファンド」設立。ジンの製造販売を行う新規法人の設立や、ワイナリーと新ブランドの立ち上げを含む6次産業化支援などを実施。北洋銀行独自の「北洋SDGs推進ファンド」では、クラウド牛群管理システムや牛向けウェアラブルデバイスの開発・販売を行う「株式会社ファームノートホールディングス」に出資。加えて農家と企業のマッチング事業では、東京・大阪・福岡で「食の展示商談会」の開催により、販路拡大支援を展開中。
     

    吉田 正史 氏/株式会社四国銀行 地域振興部 部長
    四国銀行では、営業店取引先支援を主体としながら、行政との連携を深めつつ、地域活性化ファンドの傘下で観光×6次化商社機能を持つ一次産業活性化の取り組みを進行中。中でも6次産業化分野では、高知県香南市の山間部でみかんの製造販売、加工品開発、地域商社事業を行う「株式会社山北みらい」を重点支援。地域課題解決に向けた取り組みでは、全国の中山間地に共通する課題の整理と特定の下、「地域就農」をコンセプトにした活動を展開。休耕地・廃園予定地の管理委託業務を増やし、地域おこし協力隊とともに移住者による農業転職で後継・担い手不足の解消に努めている。
     

    久枝 和昇 氏/大和フード&アグリ株式会社 取締役
    株式会社スマートアグリカルチャー磐田 代表取締役社長
    大和産業グループの農業事業および農業参入支援では、オルタナティブ型ハイブリッド投資を実行。人材もまたハイブリッドで、パネラーの久枝和昇氏自身が農業プラントの設計施工に従事した経歴を持つ、農学のスペシャリストでもある。2018年、新たな投資アセットの創出を目的に「大和フード&アグリ株式会社」を設立。目指す農業の姿は、オランダ型大規模施設園芸。直接金融が資金調達を行い、大きなプロジェクトをつくっていこうとしている。すでに大分県玖珠郡の「みらいの畑から」と、静岡県磐田市の「スマートアグリカルチャー磐田」の経営に参画。前者はトマト、後者はパプリカを生産。両社合わせた売り上げは約7億円弱。
     

    【モデレーター】

    荻生 泰之/EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラジテックインパクト パートナー EY Japan フィンテックリーダー

    ※所属・役職は記事公開当時のものです。


    サマリー

    食料問題は社会全体で対応すべき課題。その解決に向けて農水産業の現状を直視すると、高齢化と生産者の減少傾向、農地の荒廃と転用などによる食品生産基盤の脆弱(ぜいじゃく)化と向き合うことになります。
    一方、地域振興・地方創生の推進において、農水産業の活性化を中心に据えることで奏功している事例もあります。


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