投資事業有限責任組合における投資資産への公正価値評価適用の解説

情報センサー2024年6月 業種別シリーズ

投資事業有限責任組合における投資資産への公正価値評価適用の解説


新規及び既存の投資事業有限責任組合両方における投資資産の評価方法の検討に資するよう、投資事業有限責任組合会計規則の要点を概説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 公認会計士 清水 衛

ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティの監査業務の他、IPO支援等のアドバイザリー業務に従事している。これまでに金融機関でのM&AのFA(ファイナンシャル・アドバイザー)業務やアフリカでのスタートアップ支援業務経験を有する。



要点

  • 新しい「投資事業有限責任組合会計規則」の設定の経緯
  • 中小企業等投資事業有限責任組合会計規則(旧会計規則、廃止)との違い
  • 原則によらない場合の投資資産の評価
  • 公正価値評価プロセスに係るガバナンス関係における留意点


Ⅰ  はじめに

これまで、日本のプライベートエクイティやベンチャーキャピタルは投資事業有限責任組合(以下、LPS)のスキームを用いて中小企業等投資事業有限責任組合会計規則(以下、旧会計規則)に基づき会計処理を実施していました。このたび、2023年12月5日に旧会計規則は廃止されるとともに、LPSが保有する投資資産を原則として公正価値により評価するものと定めた、投資事業有限責任組合会計規則(以下、新会計規則)が新設され、同日に施行されました。また、新会計規則は、施行日以前に組成されたLPSにも適用されます。

なお、本稿では「公正価値」とは新会計規則第7条3項に定める「金融商品(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(昭和三十八年大蔵省令第五十九号。以下「財務諸表等規則」という。)第八条第四十一項に規定する金融商品をいう。)にあっては、計算を行う日において、市場参加者(財務諸表等規則第八条第六十四項に規定する市場参加者をいう。)間で秩序ある取引が行われるとした場合におけるその取引において、組合が受け取ると見込まれる対価の額又は取引の相手方に交付すると見込まれる対価の額」を指すものとします。


Ⅱ 変更の経緯

旧会計規則においても、LPSにおける投資に係る資産の評価は「時価を付さなければならない」と規定されていましたが、公正価値による評価は広く行われていませんでした。主な要因として、投資事業有限責任組合が設立された当時にベンチャー投資における未上場株式等の「時価」の評価方法が確立されておらず、長年にわたり「投資事業組合の運営方法に関する研究会報告書」(平成10年5月 通商産業省)において公表された「投資事業有限責任組合における有価証券の評価基準モデル」(以下、通産省モデル)を参考にして評価基準を設定するLPSがほとんどであったこと等が考えられます。

一方で、金融商品の時価算定については、2019年に「時価の算定に関する会計基準(企業会計基準第30号)」(以下、時価算定基準)が適用され、公正価値を指す形で時価が定義されました。企業会計基準委員会(ASBJ)では、時価算定会計基準の開発にあたっての基本的な方針として、統一的な算定方法を用いることにより、国内外の企業間における財務諸表の比較可能性を向上させる観点から、国際財務報告基準(IFRS)第13号(以下、IFRS第13号)の定めを基本的にすべて取り入れることとされています。ただし、これまでわが国で行われてきた実務等に配慮し、財務諸表間の比較可能性を大きく損なわせない範囲で、個別項目に対するその他の取扱いを定めることとされています。IFRS第13号では公正価値という用語が用いられていますが、時価算定会計基準では、わが国における他の関連諸法規において時価が広く用いられていること等を配慮し、時価という用語が用いられています。

また2022年11月には、政府により、「スタートアップ育成5か年計画」が策定され、「第一の柱:スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」、「第二の柱:スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化」及び「第三の柱:オープンイノベーションの推進」が掲げられました。「第二の柱:スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化」の中で、海外の投資家やベンチャーキャピタルを呼び込むための環境整備(海外ファンド等との比較可能性確保など)として、わが国における公正価値評価の導入の促進が掲げられました。

新会計規則の施行、すなわちLPSにおける公正価値評価の導入を通じて、年金基金をはじめとした国内外の機関投資家の呼び込みを進めることでスタートアップへの投資額の増加へとつながり、将来のユニコーン創出や、日本が世界有数のスタートアップハブとなること等が期待されています。


Ⅲ 新会計規則の概要

1. 旧会計規則との違い

新旧の会計規則を比較した際の主な変更点を以下にまとめています。太字箇所が変更箇所を指します。

旧会計規則新会計規則

第7条

第7条

2 投資は、時価を付さなければならない。ただし、時価が取得価額を上回る場合には、取得価額によることも妨げない。

2 投資は、原則として、時価を付さなければならない。

 

3 前項の時価は、金融商品(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(昭和三十八年大蔵省令第五十九号。以下「財務諸表等規則」という。)第八条第四十一項に規定する金融商品をいう。)にあっては、計算を行う日において、市場参加者(財務諸表等規則第八条第六十四項に規定する市場参加者をいう。)間で秩序ある取引が行われるとした場合におけるその取引において、組合が受け取ると見込まれる対価の額又は取引の相手方に交付すると見込まれる対価の額とする。

前項の時価の評価方法は、組合契約に定めるところによる。

投資に係る資産の評価方法は、組合契約に定めるところによる。

まず、新会計規則第7条第2項において、「原則として」の記載が追加され、取得価額による評価に関する記載が削除されました。また、同条第3項において時価の定義が追加されました。この時価に関する規定は、パブリックコメントへの回答※1(以下、パブコメ回答)において、時価算定基準第5項に定める時価(公正価値)を定めたものであると説明されています。したがって、旧会計規則のような「時価=組合契約で定めた評価方法」ではなく、新会計規則では「時価=公正価値」となっている点にご留意ください。

※1 投資事業有限責任組合会計規則(案)に対する意見公募手続の結果について public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000264099(2024年3月25日アクセス)

時価算定基準

5 「時価」とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格をいう。

資産の評価方法については、旧会計規則と同様に、組合契約において規定すること、すなわち全ての組合員が当該評価方法に同意していることが求められており、新会計規則第7条第4項で規定されています。原則のとおりの公正価値を測定する評価方法として、パブコメ回答ではInternational Private Equity and Venture Capital Valuation Guidelines(以下、IPEVガイドライン)に準拠する評価モデルの採用が一例として挙げられています。

また、新会計規則の施行に伴い、2018年3月に経済産業省から公表された「投資事業有限責任組合契約(例)及びその解説(平成30年3月版)」(以下、平成30年モデル契約)の別紙3「投資資産時価評価準則」について、実務において広く普及していると考えられる通産省モデルに係る例1は削除されています。平成30年モデル契約の別紙3「投資資産時価評価準則」(令和5年12月版)では、IPEVガイドラインに準拠する旨が記載された例のみが推奨される評価方法として、以下のように記載されることとなりました。

  • 投資資産時価評価準則

    ※ 投資事業有限責任組合会計規則(20231102 経局第 1 号、令和5年12月5日、経済産業省経済産業政策局産業組織課)に伴い、原則的な評価方法として推奨する「投資資産時価評価準則」を掲載いたします。

    無限責任組合員は、投資事業有限組合の財産及び損益の状況を算定するために、投資先企業への投資資産について適正な評価額を付さなければならない。その評価額は、International Private Equity and Venture Capital Valuation Board が設定した International Private Equity and Venture Capital Valuation Guidelinesに準拠した「公正価値」とする。

    https://www.privateequityvaluation.com/

引用:経済産業省「別紙 3 投資資産時価評価準則」、www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/2312bessi3.pdf(2024年3月25日アクセス)


2. 原則によらない場合の投資資産の評価

新会計規則において時価評価はあくまで「原則」であり、同条第4項により組合契約の定めにより、例外的に「時価=公正価値」評価以外の評価方法を採用することも依然として可能であると考えられます。パブコメ回答では、強制的に公正価値評価の適用を実施した場合、対応できないLPSが解散に追い込まれ、結果的にわが国企業への資金供給主体が減少することが懸念される、と説明されています。

次に、「例外」の評価方法について、パブコメ回答では、通産省モデルや帳簿価格(取得簿価)をベースにした評価手法の採用が想定されていると説明されています。新会計規則の施行に伴い、通産省モデルについては、平成30年モデル契約の別紙3「投資資産時価評価準則」(令和5年12月版)では削除されていますが、従前の評価方法から変更しないことも許容される、というパブコメ回答に鑑み、依然として通産省モデルを適用することも可能であると考えることができます。

新規に設立されるLPSにおいて、「原則」とは異なる評価方法を採用する場合には、無限責任組合員(以下、GP)がそのような評価方法を採用することに関して、合理的な説明ができるかどうかについて整理した上で、全ての有限責任組合員(以下、LP)の同意を得て、組合契約に定めることが想定されています。また、新会計規則は施行日以前に組成されたLPSに対しても適用されることから、既に設立されているLPSについても対応の検討が必要となります。パブコメ回答において、存続期間の途中で評価方法を変更することの困難性について言及されていますので、従来の評価方法から変更しないという選択肢も考えられます。まずは、評価方法の変更の要否について検討してLPへの説明を実施し、変更しない場合には変更しないことに対するLPの理解を得ること、変更する場合には組合契約の変更が必要です。


3. 新会計規則の適用時期

新会計規則の規定は、2024年10月1日以後に開始する事業年度から適用対象となります。ただし、新会計規則の施行日である2023年12月5日以後に終了する事業年度から適用することも可能とされています。したがって、施行日以降に設立するLPSについては、設立当初から新会計規則を適用した組合契約を定めることも可能であるため、公正価値評価の導入の体制を含め、早い段階からの検討が必要となります。

新会計規則

附則

1 この会計規則は、令和五年十二月五日(以下「施行日」という。)から施行する。

2 この会計規則の規定は、令和六年十月一日以後に開始する事業年度に係る財務諸表等について適用し、同日前に開始する事業年度に係る財務諸表等については、なお従前の例による。ただし、施行日以後に終了する事業年度に係る財務諸表等に適用することを妨げない。


Ⅳ 公正価値評価プロセスに係るガバナンス関係における留意点

公正価値を測定する場合は、マーケット・アプローチ又はインカム・アプローチ等を行うための評価技法の確立が、原則として、全ての個別投資先ごとに必要である他、これを少なくとも年次で運用する必要があります。また評価に必要な材料を継続的に収集把握する体制が必要となります。さらにこれらを運用するためのリソース捻出と、ミドルバックの管理体制強化が必須となるため、必然的に高水準の管理体制を整備し運用することが求められることになります。

ガバナンス関係の留意事項の中で、特にポイントとなる事項は以下のとおりです。

ポイントとなる事項

説明

バリュエーションポリシーの整備と管理

  • 公正価値バリュエーションポリシーに基づき、投資種別、業種、ステージ等の投資スタイルに合わせてGPが簡易のフローチャートを作成する場合もありますが、投資先ごとの個別性は高く、最終的に総合判断が必要であると考えられます。
  • なお、公正価値バリュエーションポリシーに基づく測定をする際は、評価対象に関する情報、評価において採用した仮定、評価技法、インプット等について、それらを採用した根拠と妥当性に関する評価、及び結論が十分に文書化されていることが望まれます。

内部統制、モニタリング体制

  • GPの投資部門は投資先の実態を最も把握しており個々の事情に即した実質的な判断を加味した評価を行うことができる一方で利益相反の可能性等、判断にバイアスがかかる可能性があります。
  • このため、評価実務に長(た)けた審査部門等のコントローラーが、評価モデルの適切性や利用方法の的確性の検証を目的とした定期的な評価結果の検討を行い、当該GPの評価委員会、取締役会等の経営陣によるレビュー・承認を受けるといった投資の評価に関する内部統制、モニタリング体制を構築することが必要と考えられます。

バックテスティング

  • 未上場株式の公正価値評価は見積の要素が多いため、事後的に確定した投資の売却額等の実際の流動性イベント(売却、IPO、資金調達ラウンド等)又は新たに予想される流動性イベントにおける評価額とその直前の公正価値評価金額とを比較し、その差はどのような事象を原因として発生したのかを分析検証することにより、当該分析結果によって明らかになった原因を評価プロセスにフィードバックし、他の案件の評価の精緻化に生かすための手法(バックテスティング)が有用と考えられています。

Ⅴ おわりに

新会計規則と旧会計規則との違いや新会計規則施行に伴う留意点、公正価値評価プロセスに係るガバナンス関係における留意点について概説しました。今後約1年の間に、議論の動向にも留意した上で、各LPSにおいて投資資産の評価方法についての検討を実施し、LPに対する説明や組合契約の変更等の対応が必要となります。


サマリー 

2023年12月5日、投資事業有限責任組合会計規則が公表・施行されました。当会計規則の施行による影響や留意点ついて解説しました。


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