EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
近年では、空港型地方創生を掲げて、南紀白浜エリアの二次交通の課題解消・脱炭素の実現に向けた検討等を実施しています。地方活性化を導く取り組みのコツについて、南紀⽩浜エアポートオペレーションユニット長の池田直隆氏にお話を伺いました。
要点
出所:
*1 和歌山県 企画部「和歌山県の推計人口(2023年年10月1日現在)」
*2 南紀白浜観光協会「南紀白浜ってこんなところ」https://www.nankishirahama.jp/
(2024年5月29日アクセス) 図表は当サイトを基にEY作成
*3 和歌山県 県土整備部「南紀白浜空港民間活力導入事業」(2018年)
*4 和歌山県 県土整備部「熊野白浜リゾート空港(正式名称:南紀白浜空港)の概要」
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/082400/shirap/d00216064.html
(2024年5月29日アクセス)
*5 国土交通省「空港管理状況調書」(2022年)
(EY) コンセッションを開始してからどのような変化がありましたか。また、空港を利用する方はどのような方が多いですか。
(池田氏)⼀番⼤きな変化は観光⽬当てで来られる⽅が主であったこのエリアに、ビジネスパーソンが増えたことです。以前は観光客が圧倒的に多かったため、平⽇は⼈数が少なく、夏休みになると⼀気に増えるという状況でした。紀南エリアでロケット事業などの新たな産業が興ろうとしており、またワーケーション需要が拡⼤しているためです。働く場所を選ぶ必要がなくなったので、⽩浜を働く場所として選ぶ、移住までいかなくても、短ければ2、3⽇、⻑ければ3カ⽉と、中⻑期で⽩浜に滞在してくれる⼈が増えています。
出所:国土交通省「暦年・年度別空港管理状況調書(H25~R4)」を基にEY作成
紀南は⽇本初の⺠間ロケット発射場の設置や、⾼速道路の開通が2025年に予定されているなど、ビジネスが現在も動いています。それに加えて、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の流⾏以降、特にIT企業の⽅を中⼼にワーケーション需要が増えています。⽩浜は、60分で東京に帰ることができ、海が⾒られて⾷事もおいしく、⽣活コストが安い。こうしたことを背景に、ビジネスパーソンが右肩上がりで増えています。2022年度は旅客数が23万⼈と過去最⾼になり、2023年度も同程度でした。
(EY) 南紀白浜空港の課題を教えてください。
(池田氏) 地方空港に共通することですが、全国で97カ所ある空港のうち、羽田空港や福岡空港などの拠点空港と呼ばれる8カ所を除く、8割以上の空港が赤字となっていることです。路線の便数が少ないにも関わらず、滑走路や空港施設を維持する費用がかさみ、赤字構造となっています。また、地方は生産労働人口の減少が著しく、空港運営に必要な人および技術力を継続的に確保することが難しくなっています。
(EY)少ない人数で効率的に社会課題と個社課題の解決に向けて、両輪での推進を実現しているコツはどのようなところにありますか。
(池田氏)PFIは「官から⺠へ」、官が担っている役割を⺠に移すというように認識されていますが、⽩浜の場合は、1馬⼒から2⾺⼒へという意味で「官と⺠へ」だと思っています。単に官が⾚字空港の経営を⺠ 間に任せるのではなく、官も空港の経営を⼀緒に取り組み、2⾺⼒で進めています。われわれの社員は30⼈にも満たないですが、和歌⼭県の空港部局の協⼒は最⼤限仰いでいます。突破⼒は⺠間の強みですが、信⽤⼒は官の強みです。新しい取り組みを進めるときに官の名前が間違いなく印象の向上に役⽴っています。
(EY) 地域密着型の企業のお立場で、社会課題として挙げられる「防災力強化(レジリエンス強化)」や「脱炭素化(カーボンニュートラル)」についてはどのようにお考えでしょうか。
(池⽥⽒)レジリエンスは重要です。南紀⽩浜はご存じの通り、南海トラフ地震の発生時に影響を受けることが想定される地域です。⽩浜町としては震災が起きることを前提として、備えを強化していますし、起きた後のBCP対策、復旧対応にも⼒を⼊れています。南紀⽩浜空港は⾼台にあるので、津波の被害を受けにくいです。紀伊半島⾃体、真ん中が全て⼭で、町が全部海沿いにあるので、空港⾃体が災害拠点になることができます。空港が機能してさえいれば、救援部隊が来てくれます。われわれはとにかく⾮常時でも空港が動かせるように準備をしています。例えば、ターミナルビルの電⼒使⽤量の30%が賄える規模の太陽光パネルや、災害時に携帯の充電などに使えるような⼩規模の蓄電池の設置を⾏っています。
⼀⽅で、脱炭素については少し⼯夫が必要であると思っています。なぜなら、⽩浜では日常生活で十分なソーシャルディスタンスが取れており、また交通量は多くないこともあり、温室効果ガスを都⼼ほど出していません。脱炭素は⼤都市がやってくれという意識が⽐較的強い地域だと思います。われわれとしては、脱炭素は⽬的ではなく、結果として実現することを⽬指しています。具体的には、南紀⽩浜空港では主に2つの取り組みを実施しています。
① 空調効率を上げて、電気の効率的な利⽤を⾏うこと。
② 空港でビールを造るためのホップを栽培、その栽培過程においてホップのグリーンカーテンを設置することで空調効率の改善に役⽴てること。
②のビールは、名前やラベルのデザインを地域の⼈に考えてもらうなど、地域の⼈に楽しいと思ってもらえるようなコミュニケーションも実現しています。
したがって、EYがやっている脱炭素×レジリエンスの強化、脱炭素×二次交通の整備のような、脱炭素が他の地域課題解決の取り組みと組み合わされていることは非常に意味があると思います。
白浜でも、交通利便性の向上・観光活性化・雇用活性化等、さまざまな地域課題に対して取り組みを行い、結果として脱炭素化につながる工夫をしながら課題解決が図れると良いと考えています。
(EY) 地域公共交通について、全国的に深刻な問題となっています。白浜において交通の面ではどのような問題を抱えていますか。
(池田氏)航空便であれば便数、車両であれば台数が閑散期ベースでしか考えられないということです。供給力に対して需要が上がってしまい、繫忙期に十分なサービスを提供できません。
また、特に、18時台以降の交通利便性にも課題を感じています。18時台は飛行機の着陸時間、JRの特急くろしお号の到着時間になります。それに加えて観光施設の閉園時間、ホテルから外食に出掛ける人も18時台が多いため需要が急に拡大します。一方で、タクシーの運転手は18時台にはみんな帰宅してしまいます。需要が増えるのに供給が極端に減ってしまう。非常に根深い深刻な問題だと感じています。
(EY) 多くの難題を抱えているなかで、地域に根差した企業として、課題解決に向けてどのようなアプローチをとられているのでしょうか。
(池田氏)まずわれわれの考え⽅としては、空港の発展は地域の発展だという「空港型地⽅創⽣」という概念を掲げています。空港が主体となり、地域課題を⾃分事として捉えて、新しい取り組みを取り⼊れていく。例えば、先ほどお話しした⼣⽅や夜にビジター(ビジネスパーソン等)や観光客の⽅がタクシーをつかまえられないという地域課題に対して、地域の課題だから⾃治体がやればいいというのではなく、空港が⾃分事として捉えて、地域の課題に関与するという姿勢が必要だと思っています。空港だけが良ければいいのではなく、地域の発展を⽬指す、地域の発展があって空港が発展する、という考え⽅です。
出所:国土交通省「地方空港だからこそ活かせる官民連携~空港型地方創生:空港を超えた空港の役割~」を基に整理
(EY)地域の課題解決に取り組む活動と、企業としての経済活動について、どのような工夫を行い、両立を図られているのでしょうか。
(池⽥⽒)冒頭申し上げた通り、地⽅空港は空港ビジネスだけで収益を上げることができません。空港は安全安⼼が⼤前提なので、コスト縮減を過度に進めることは不適切です。取り組むべきは収益を上げることですが、空港の中で上げるのは難しいので、紀南全体をフィールドにして、収益を上げるためにそこにお⾦が落ちるように、取り組みを量と質の両⾯でどんどんと進めていきたいと考えています。地域が活性化すれば、最後の最後にでも空港も収益が得られるのではないか、地域にお⾦が⼊れば、空港にもお⾦が⼊るので地域に⼈やお⾦を呼び込んでいこうという考え⽅です。
(EY)南紀⽩浜エアポートさまのさまざまな取り組みにおいて、1つ共通するポイントは、「かけるお⾦を最⼩限にして、望む成果を取りきる」という姿勢だと感じております。
(池⽥⽒)われわれはお⾦を持っていない分、知恵を出し合って皆で汗をかくことで地域の活性化を図っていきたいと考えています。
(EY)地域を巻き込みながら地方活性を行っていく上で困難に感じることはどんなことでしょうか。
(池田氏)防災、交通などの課題に対して、今までやってきた当たり前のことを変えることを地域の人は慎重に考える傾向にあります。また白浜だけで見ると、平成期にバブルで人が押し寄せてきた経験があります。新しいことを始めるのにハードルの高さがあるということに対して、空港は新しいことを人に勧める前に自分たちでまずはやるという姿勢をとっています。例えば、実証実験を行った顔認証によるおもてなしも、最初は町の人も行政も懸念を感じていました。空港がやるから、やらないかと巻き込んでいくことでそのような障壁を乗り越えていきました。
(EY)オンデマンドバスの実証運行の検討でも強く感じました。他人任せではなく、空港が自ら主導して巻き込んでいくという動き方をされていますね。
(池田氏)そうですね。それは特に意識しています。
あとは皆で合意形成しないことが重要だと思っています。紀南エリアは12市町村ありますが、行政がやる場合は、関係者全員の合意を取って進めようとします。1人でも反対があるとなかなか物事が進みません。その点われわれは民間会社なので、自分たちがいいと思う人たちに声をかけて、早く走れるメンバーだけで先に動いていく。先に事例を作っておくと、後から仲間に入れてくれと声をかけていただけるのであれば、仲間になっていただき、どんどん仲間を増やしていく。そのような進め方を意識しています。
(EY)合意形成は重要ですが、全員の意見を全て聞いていると進みが遅くなるというトレードオフの関係になる場合がありますね。一方で、合意形成する上で大切にしているポイントはありますか。
(池田氏)いろいろな意見を聞いた上で、目利きすることが重要です。自分たちが重要だと思うものを反映してリードしていくということを意識しています。
(EY)地方創生・活性化を目指されている企業の方にアドバイスをお願いします。
(池田氏)私たちはAIを使った開発やウルトラCの技を繰り出している訳ではありません。単に目の前の課題に愚直に向き合って、正しいと思う解決策に向かって真っすぐに向かっています。視察に来る他の企業の方々とお話ししていると、課題に対して遠回りしてしまっているように感じる内容のお話をよく聞きます。
(EY)大多数の方々は最短距離を目指すことの難しさを感じていると思いますが、その要因はどのような点にあるとお考えですか。
(池田氏)ステークホルダーが多すぎて、忖度(そんたく)してしまうのだと思います。正しいと思うことを実現することが目的ではなく、どう合意してもらうかに意識がいき、本来すべきことを見失ってしまうというケースが多いのではないかと思います。EYのような頭を使うだけではなく一緒に汗をかいてくれる足の速い企業と手を組んで取り組むことで、エクスポネンシャルな成長の可能性を感じることができます。
(EY) 将来の白浜町や白浜空港をどのように描いていますか。
(池田氏)南紀白浜エアポートとしてのゴールは、「空港型地方創生」を大前提とした、紀南全体として地域の人々の所得が上がることと、エンゲージメントと呼ばれるような、働く人たちの夢や誇りにプラスがあるような会社にしていきたいと思っています。
地域の人々の所得を上げるために空港ができることは、主に、受け入れ態勢における課題を解消し、磨き上げることを空港が主導・ファシリテートすることだと思っています。そのような取り組みを進めたいと思っています。
(EY)地域活性にかける思いを教えてください。
(池田氏)空港は単なる移動における通過点ではなく、地域の唯一無二のランドマークであると思っています。かつ東京に60分でいけるという唯一のゲートウエイでもある。エネルギー、人の地域への流入・流出の出入り口が常に空港になるので、空港であるからこそ地域に力を注いでいく、地域の人たち、特に若い人や子供たちに夢や希望を与えることを先導していくことは当然の責務だと思っています。
【共同執筆者】
鷲見えりさ:EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 エネルギーセクター シニアコンサルタント
菊地彩華:EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 エネルギーセクター コンサルタント
※所属・役職は記事公開当時のものです。
空港型地方創生は、地域の発展があってこそ空港が発展するという考え方の下、空港が地域課題の解決に向けた取り組みを主導していくことを指します。南紀白浜空港では、脱炭素を単なる目的としてではなく、交通課題の解消やレジリエンス強化等という地方活性につながる内容と組み合わせて推進していくことを検討しています。