試算表を用いた連結子会社のリスクの識別

試算表を用いた連結子会社のリスクの識別

関連トピック

連結財務諸表監査において、多数の子会社の中からリスクの高い動きを捉えるアプローチとしてAI/機械学習と不正の手口を想定した伝統的な財務分析を組み合わせた分析手法を紹介します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランス・イノベーション本部 AIラボ

公認会計士 市原 直通

2003年、当法人入社。金融機関におけるデリバティブの公正価値評価やリスク管理に関する監査、アドバイザリー業務に従事。16年より会計学と機械学習を用いた不正会計予測モデルの構築・運用や監査業務におけるAI活用に関する研究開発に従事している。日本証券アナリスト協会 検定会員。

公認会計士 成行 浩史

2007年、当法人入社。不動産業、製造業等の監査業務、またIFRS導入支援、内部統制助言等アドバイザリー業務に従事。20年より異常検知システム等の開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。

公認会計士 出口 智子

2010年、当法人入社。製造業、製薬業などの上場企業の監査に従事。16年より機械学習を用いた異常検知システム等の開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。


要点

  • 不正会計予測モデルを用いた子会社ごとのリスクスコア
  • 説明可能AIの技術を用いたリスクの特定
  • 不正シナリオに基づいた伝統的な財務分析


Ⅰ はじめに

EYでは監査法人と被監査会社のファイナンス部門が共創しながらデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めることで、双方にとって新たな価値が生まれると考えています。前回(本誌 2023年新年号)より連載として、監査のDXがどのように被監査会社への価値提供(リスクの適時把握やインサイト提供など)につながるかをお伝えしています。

本稿では、連結財務諸表監査において監査対象としなかった子会社のリスクの識別や、多数の子会社の中からリスクの高い動きを捉えるアプローチとしてAI/機械学習と不正の手口を想定した伝統的な財務分析を組み合わせた分析手法を紹介します。
 

Ⅱ より効果的な子会社分析の必要性

連結財務諸表において、子会社による不正や誤謬(びゅう)は、連結グループ全体の財務報告に重大な影響を及ぼす可能性があり、子会社管理の重要性はあらためていうまでもありません。一方で、上場企業の中には、数百もの子会社を有する企業も少なくなく、世界各地に点在する子会社等の拠点を毎年全て往査することは現実的ではありません。また、決算早期化の要請が高まる中で、短期間で子会社を含む連結グループ全体を見る必要があります。現状では子会社の仕訳や元帳などの詳細なデータを適時にそろえることが難しいケースも多く、実務上試算表レベルの集約情報からリスクの高い子会社を識別することが求められています。試算表を用いた分析として伝統的に回転期間などの比率に大きな変化はないか、金額に大きな変化はないかといったことがなされてきましたが、機械学習や統計的な手法を使い、より進んだ分析を用いることで新しい視点でのリスクの識別やより効果的な検証対象の絞り込みができる可能性があります。
 

Ⅲ 機械学習を用いたリスクの識別

1. 不正会計予測モデルを用いた子会社ごとのリスクスコア

財務・非財務情報から将来の訂正を予測する不正会計予測モデルを構築し、構築したモデルに子会社の試算表や非財務情報を用いてリスクスコアを測定することで過去の不正・訂正事例と類似する子会社を特定できる可能性があります。

予測モデルの構築に当たっては会計学の領域におけるさまざまな先行研究において予測力のある財務情報や非財務情報の調査が行われているほか、アノテーション(不正・訂正のラベル付けに当たり何を予測するか、学習データの中で不正・訂正に当たるものをどう定義するか)についての検討、機械学習やモデル構築手法についての検討、学習データの不均衡である(不正・訂正事例が極端に少ない)ことへの対応、予測精度の測定方法についての検討などさまざまな点で参考になる議論がなされています。

このアプローチにおいて、モデルの学習に開示されている上場企業のデータを使う一方、リスクスコアの測定に子会社のデータを用いる場合、データの分布が異なる点に注意が必要です。子会社の中には特定の役割を果たすために設立され運営されているものもあり、その場合、財務・非財務情報の傾向は通常開示される上場企業のものと異なることが考えられます。上場企業のデータに基づくモデルを適用する際は子会社の中でも学習データと比較可能なところとそうでないところを峻(しゅん)別しアプローチを変える必要があります。

また、モデル構築の際は子会社データとして利用可能なもののみを用いることになるため、試算表のみが利用可能という前提の場合、キャッシュ・フロー計算書の情報や株価、ガバナンス情報などが利用できず精度に影響が出る点にも工夫が必要です。精度が十分得られない場合、モデルを使ったリスクスコアの測定自体の実用化が難しくなるため、精度向上にさまざまな知見や技術が必要になるかもしれません。

2. 説明可能AIの技術を用いたリスクの特定

不正・訂正の予測にロジスティック回帰などの線形モデルを用いる場合、推定した係数とインプットとなる実際の子会社の財務・非財務情報(特徴量)を掛け合わせることで、リスクスコアへの寄与が大きい特徴量が何かを示すことができます。これにより、リスクが高い子会社を特定した際に具体的にどの勘定科目や指標に着目すべきなのかというところまで知ることができるため、次のステップとして該当する勘定科目を対象としたデータ分析や異常検知など、より詳細な分析につなげることができます。

このように線形モデルは解釈がしやすい一方で、精度向上において機械学習を用いた他の手法が有利となることも多く、解釈のしやすさと精度とのどちらを優先すべきかといった議論もなされてきました。近年、説明可能AIという技術が広まり、こういった状況において精度がより高い複雑なモデルを使いつつ、リスクスコアの測定などのモデルの推論の背景としてどの特徴量がどの程度寄与したのかを示すことが行われています。

例えば、SHapley Additive exPlanations(SHAP)は子会社1社1社のリスクスコアの計算について、特徴量の情報がない場合のスコア(平均的なスコア)と実際のスコアとの差を特徴量ごとに分解することで、それぞれの特徴量の寄与を示すことができます。各特徴量が分かっている場合と分かっていない場合とのスコアの差分を取ることで、各特徴量の値のスコアへの寄与を計算します。特徴量が複数ある場合には、どの特徴量が分かっていてどの特徴量が分かっていないのかというケースごとに各特徴量が判明した際の寄与を計算し平均することになります。

SHAPを用いることで線形モデルと同様にリスクスコアが高い子会社について、どの財務・非財務情報が原因となっているかを特定することができるのです(<図1>参照)。

図1  各子会社のリスクスコアおよびSHAP value

3. 財務・非財務情報が類似し、過去に訂正が生じた事例の提示

不正会計予測モデルの構築に当たって過去に不正・訂正のあった有価証券報告書は特定しており、財務・非財務情報として保有しています。そこでリスクの高い子会社の財務・非財務情報をベクトルとして捉え、これと類似するベクトルを持つ過去の訂正事例を見つけることで、手口として参考になるかもしれない過去の不正・訂正事例を提示できる可能性があります。また、全ての特徴量を同様に扱わずに、上記で紹介したSHAPに応じて重みを付けることでスコアへの寄与の大きい特徴量が似通っている過去事例を抽出するということも考えられます。

Ⅳ 不正シナリオに基づいた分析

1. 試算表における不正の兆候

ここまで機械学習を用いたアプローチについて紹介してきました。過去の実際の不正・訂正情報に基づきリスクを測定するというアプローチは、仮説ではなく実際のデータに裏付けられたリスクを識別できる可能性がある一方、精度や上場企業の開示情報と子会社のデータとの違いなどの限界もあります。そこで、特殊な子会社など不正会計予測モデルが効果を発揮しないケースや補完的なリスクの識別として伝統的な財務指標を用いた分析手法と組み合わせることが有効と考えられます。

不正会計が行われた際には、財務諸表等にその兆候が現れることがあります。試算表の集約情報からその兆候を捉えるためには不正会計の手口に基づきどのような兆候が表れるかを想定することが重要です。

不正会計の手口は千差万別であり、細かい点まで見れば、同じものは1つとしてないともいえます。しかし、その特徴に基づいて分類することは可能であり、証券取引等監視委員会が公表している「金融商品取引法における課徴金事例集」には類型化された不正会計の手口が例示列挙されています。

例えば、代表的な不正の手口の1つとして「売上原価の資産への付け替え」があります。これは、当期に発生した売上に対応する売上原価を、資産(棚卸資産など)に付け替えて、売上原価を過小計上することにより、利益を創出する手口です。過小計上された売上原価分だけ架空の資産が生じることとなり、翌期以降に原価(もしくは他の費用)として処理しなければ、架空の資産として残り続けることになります。業績が改善せずに、このように費用を繰り延べる手口が繰り返されれば、特定の資産が年々増加していくといった傾向が見られることになるでしょう。さらに、売上との比率の観点で見ると、売上原価を過小に計上した分、売上原価率が下がる効果があります。一方、付け替え先の資産は、対売上の回転期間が伸長し高い水準となります。

このように、不正の手口に応じて、表出する財務数値および財務指標の異常を捉えることによって、不正リスクの高い子会社を抽出することができます。

2. 時系列での比較、子会社間での比較、同業種での比較

財務数値や財務指標の異常を捉える際には何かと比較し通常の範囲を超えているという判断をすることになります。財務数値や財務指標は、業種や業界の特徴、また経営方針や経営環境に応じて変化するため、何かと比較しどの程度乖(かい)離があったら不正の兆候であるという一律のルールの設定は難しく、その時々で決定する必要があります。その際の視点として時系列での比較、子会社間での比較、同業種での比較の3つが考えられます。

時系列での比較は、1つの子会社の財務数値や財務指標を時系列で眺めたときに急変した、もしくは常に増加傾向にある、など一定のパターンを捉えるものです。例えば、棚卸資産の回転期間を前期と比較し大きく増加しているような子会社を抽出することで<図2>のような子会社を捉えることができます。

<図2>は、各子会社の棚卸資産回転期間について、横軸に当期、縦軸に前期の値をプロットしています。

図2 前期および当期の棚卸資産回転期間分布

<図2>から①前期・当期の棚卸資産回転期間の値②前期から当期にかけての変動の傾向を見ることができます。全体的には45度線近辺に点が存在しており、多くの子会社は前期と比較して大きな変動がないため、通常ではない傾向を捉えるのに前期との比較が有効であることが分かります。

時系列での比較の別のアプローチとして、同じ年度の中で第1四半期~第3四半期までの傾向と第4四半期の傾向に着目するというアプローチも考えられます。<図3>は、営業利益および営業利益を構成する3つの項目(売上・売上原価・販売費及び一般管理費)の四半期ごとの発生高を表示しています。

図3 四半期ごとの営業利益および各損益の推移

このケースでは、第1四半期は営業赤字、その後営業黒字に転換し、第4四半期に多額の営業利益を計上しています。ビジネスモデルとして毎四半期同程度の営業利益が想定される場合、このようなパターンを捉えることで効果的にリスクの高い子会社を識別できます。また営業利益の構成要素ごとに分解することで、販管費が売上の推移と連動していない子会社・期間を特定し、詳細な手続きにつなげることができます。

子会社間での比較は財務数値や財務指標をグループ内の他の会社と比較した際に外れ値にあるものを捉えるものです。原材料の価格変動や法規制の変更などの経営環境の変化や経営方針の変更、そのほかさまざまな要因により時系列で見ると全ての子会社の財務数値や財務指標が大きく変動している場合、通常ではない動きを捉えるのは難しくなります。一方でグループ会社は、同じ経営方針のもとで事業を行っており、その事業環境および事業内容の同質性から、財務指標等の変動の傾向が似通うと考えられるため、グループ内の他の会社と比較し、動き方が異なる子会社を捉えることが有用な場合があります。<図4>は、各子会社の売上と売上原価の関係を会社・年度ごとにプロットしたものです。各点がおおむね一本の直線上に乗ることからどの会社・年度も売上と売上原価の比率(原価率)が一定の水準に収まっていることが分かります。この中でマークを付けた会社はこの傾向から外れており、原価率が相対的に高いことが分かります。

図4 各子会社の売上と売上原価の関係

なお、グループ内にさまざまな業種・地域に存在する会社が含まれる場合、比較対象としてふさわしい集合を選択すべき点に留意が必要です。

同業種内での比較では<図5>のように、開示されている同業他社の財務指標を用いることで、同業種内での各子会社の位置関係を把握することが有用です。

図5 財務指標の同業他社の分布との比較

同業種でビジネスモデルが類似している場合、同業種の特定の企業における財務指標を各子会社と比較したり、同業種の企業の財務指標がどのように分布したりしているのかを把握し、各子会社が分布の中に納まっているのか、または大きく上下に外れているのかなど位置関係を見ることで、会計方針の違いなど合理的な説明ができないような動きを捉えることができる可能性があります。

なお、特定の役割のために設立・運営されている子会社はビジネスモデルも特殊であり、上場企業の公表されている財務諸表とは比較できないケースや、他企業の財務諸表が複数のビジネスを含んだものであるときに同業種と判断することが難しいケースなどがあることには留意が必要です。

Ⅴ おわりに

多数の子会社を持つグループ企業においても、試算表の集約情報から機械学習を用いたリスクの高い子会社の識別やSHAPなどの説明可能AI(SHAP)技術を用いてリスクが高い要因と考えられる科目の特定、類似する財務内容で過去に不正・訂正のあった事例の提示などにより効果的にリスクを捉えさらなる詳細データを用いた深堀が可能になると考えられます。また、不正シナリオに基づき不正の兆候を示す財務数値、財務指標を時系列で比較する、子会社間で比較する、同業種で比較することにより効果的に異常値を把握し、不正リスクの高い子会社および勘定科目を識別することが可能となります。

当法人では、すでにこのような分析をシステム化し監査チームに提供するオペレーション体制が整備されています。高度な分析により連結財務諸表全体に対して効果的にリスクを識別するソリューションの開発を進めており、今後もよりさまざまな分析ツールを展開予定です。


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サマリー

連結財務諸表監査において、多数の子会社の中からリスクの高い動きを捉えるアプローチとしてAI/機械学習と不正の手口を想定した伝統的な財務分析を組み合わせた分析手法を紹介します。


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