EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
EYが2021年6月に書籍『カーボンZERO 気候変動経営』を出版してから1年以上がたちました。その間、カーボンニュートラルを巡ってどのような動きがあり、企業経営層にはそれを受けてどのような取り組みが求められるのでしょうか。
Section 1
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)で気候エネルギー・海洋水産室長を務める山岸尚之氏は、気候変動枠組条約締約国会議(COP)に毎年参加し、脱炭素や気候変動対策に関する国際協定の動向を目の当たりにしてきました。
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)
気候エネルギー・海洋水産室長
山岸 尚之 氏
山岸氏は2015年のパリ協定、グラスゴーでのCOP26を経て、「これからは『約束』から『実行』が求められる時代に移っていくのではないでしょうか」と指摘しました。政府・自治体にはただ削減目標を定めるためでなく、具体的な「計画」が求められ、企業も同様に削減目標を達成するための「戦略」を持っているかどうかが問われる時代に入りつつあると考えられています。
山岸氏によるとCOP26においては、場外でも複数の国際機関や研究グループがレポートを提出し、「パリ協定で掲げられた目標は、果たして本当に達成できるのか」を問いかけたそうです。「Climate Action Tracker」という研究グループが公開したレポートもその1つで、「カーボンニュートラルやネットゼロといった目標は歓迎すべきことであり、これらを足し合わせれば温度上昇は1.8度程度までに抑えられるが、実際に各国の政策に目を向けると実は2.7度上昇してしまうかもしれない」、つまり「目標は良いものの、実際の政策が追いついていない」と指摘する内容でした。
これは、国々や企業に対し、より広く、より深い期待がかけられているということです。「2000年代初頭は、排出量をまず測り、できれば削減目標を持ってくださいという呼び掛けが主流でした。これがだんだん広がり、今やサプライチェーンやバリューチェーン全体、いわゆるスコープ3をカバーする削減目標を持つことが求められるようになりました。そしてここ1〜2年は、バリューチェーンの外でも削減に貢献し、世の中を変える政策を支援するよう期待する声が高まっています」(山岸氏)
こうした声を上げ始めたのは国際的なNGOや研究機関ですが、今後は、GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)といった金融機関や投資家の観点からも重視され始めるようになるといいます。
山岸氏はまた、パリ協定に代表される国際的な目標は最終目標ではなく、5年ごとに新たな目標を作成し、対策を強化するサイクルが定められていることにも触れ、「2020年から2025年にかけては、削減を強化しましょうという国際的な大きな波がもう一度来ることが予想されます」と留意を呼び掛けました。同時に、気候変動と並ぶもう1つの大きな危機として「生物多様性」が掲げられており、COP15において「ポスト2020生物多様性枠組」(GBF)が採択された暁には、気候変動だけでなく生物多様性という二重の危機に効果的に対応することが企業に期待されるだろうと述べました。
続けて、これまでもこのセミナーシリーズに登壇いただいたBNPパリバ証券株式会社の中空麻奈氏(グローバルマーケット統括本部 副会長/チーフ クレジットストラテジスト/チーフ ESGストラテジスト)が、「サステナブルファイナンス市場アップデート」として最新の動向を紹介しました。
BNPパリバ証券
グローバルマーケット統括本部 副会長/チーフ クレジットストラテジスト/チーフ ESGストラテジスト
中空 麻奈 氏
「事業会社の方々は、2つ疑問があるとおっしゃいます。1つは、これだけたくさんのプレッシャーを受け、こんなに多くの情報を開示しているが、金融機関や金融市場は果たして評価してくれているのだろうかという疑問です。もう1つは、ウクライナ情勢をきっかけに浮上した現実の問題です。実際にエネルギーがなくなっているのに石炭をたいてはいけないのか、現実と理想の間でどう動くべきなのか、考えるべきことは多いと思っています」(中空氏)
中空氏によると、2022年、サステナブルファイナンス市場には大きな変化がありました。「2021年対比で大きくなることが期待されていましたが、おそらく初めて『伸びない年』になると思われます」(中空氏)。前述のウクライナ情勢に加え、金利上昇局面の債券投資には魅力がなくなること、コロナ債の減少によるソーシャルボンドの発行減が要因です。ただ、欧州市場については、ESG投資の見た目が減少しているのは定義が厳密になっていることにも留意が必要です。パフォーマンスについても「S&P500とS&P500の中のESGだけを選んだインデックスを比べると、まったく同じに見えます。ESGで投資をしても、そうでなくても同じとなってきたのが足元の状況です」(中空氏)
しかし「まだESG投資熱が下がっているわけではありません。需要と供給が増えてくるとマーケットは拡大方向に行きますし、それを後押しする力も大きくなっています」と中空氏は述べました。なぜなら山岸氏が説明した通り、世界の潮流として目標を立て、その実行が問われる時代に入りつつあるからです。国内でも各省庁や日本銀行が後押しをしています。加えて、GFANZのレポートを踏まえ金融機関の融資姿勢も厳しくなる方向です。そのため、世界的に見れば出遅れていると捉えられがちな日本ですが、ここからいかにリーダーシップを取って、開示していくかを考えるべきだと思います」と中空氏は述べました。
それでなくとも今、サステナブルファイナンス法制が整い、サステナブルファイナンス行動計画が定められ、さらにESG開示の基準と統合も進んでいます。こうした動きを踏まえ、積極的に情報開示していくべきことに変わりはありません。「ESG投資の停滞状況が続くとは思いません。ESGに対するプレッシャーは強いままですから、需給の改善を通してまだまだESG投資市場は拡大していくと考えています」(中空氏)
さらに、再生可能エネルギーの普及を目的にプラットフォームを提供しているデジタルグリッド株式会社の代表取締役社長、豊田祐介氏が、電力市場、再生可能エネルギーの動向について説明しました。
デジタルグリッド
代表取締役社長
豊田 祐介 氏
2012年から始まった補助金制度によって、太陽光を中心に再生可能エネルギーの容量は増加してきました。「世界的に見ても日本はナンバー3の太陽光発電導入国ですし、国土面積当たりで見れば世界ナンバー1です。この10年間でかなり投資を行い、再生エネルギーをつくってきていると評価できると思います」(豊田氏)
ただ、この投資を後押ししてきた補助金制度は先が見えています。2022年から段階的に固定買い取り制度が廃止となり、再生可能エネルギーには「自立」が求められるようになりました。
そして再生可能エネルギーには、常に計画通りに発電できるとは限らず、電力調整が難しいという性質があります。少し天気が良くなかったり、風が弱かったりすると需要を満たせず、火力や揚水発電所などの調整電源に頼る必要がありますが、そのコストは上昇の一途をたどっており、歴史的にない高い水準に至っているのです。こうした中で「エネルギー業界に求められているキーワードは調整力です」と豊田氏は述べました。
こうした動きと並行して、電力自由化がもたらした負の側面も浮上しています。新電力として市場に参入した企業は多々ありましたが、その中でも少なくない割合が、仕入価格の高騰を理由に事業撤退や停止を表明しているのです。「この結果、最終保障供給制度で高価な契約で電力を買わなければいけなくなった『電力難民』が、通常の約60倍までに増えています。いずれは10人に1人、10社に1社がこうした高額な契約での購入に迫られるといった予測もあります」(豊田氏)
豊田氏はこうした課題を踏まえ、「電力会社から電気を買えば済むという世界観から、分散電源を自社で確保したり、長期契約を結んだりして少しでも荒波を抑え、自分たちで自分の身を守るという世界観へのシフトが進んでいくのではないでしょうか」と述べ、いかにエネルギーセキュリティを確保するかが問われるようになると予測しました。
Section 2
トークセッションではまず、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社の尾山耕一からの「変化の激しいこの1年を、どのように振り返るか」という問いに対し、山岸氏は、「脱炭素もようやくここまで来たかと感慨を抱いています」と述べました。
実は10年前には「そんなキーワードを使うのはやめてほしい」と言われたこともあったそうです。しかし毎年のように異常気象が起こり、気候変動がいかに大きな問題であるかという認識がようやく広がりました。さらに、気候変動対策がビジネスの活路につながることが認識され、リーダーもこの問題を重視するようになったことで「思った以上に変わりました」と説明しました。
中空氏は、ここ数年拡大を続けてきたESG投資に対する疑問が浮上し、若干ブレーキがかかった1年になったことをあらためて繰り返しました。ただ「それでこの潮流が変わるわけではなく、さまざまな後押しによって引き続き推進されていくでしょう」と予測し、現実を見て足踏みをしたからこそ、あらためて取り組みに腰を入れ直している段階にあると捉えました。
豊田氏は、これまで太陽光一辺倒で再生可能エネルギーを増やそうとしてきた動きに見直しがかかり、エネルギーセキュリティ、特に調整力をいかに確保するかが問われ始めたと述べました。需要側、企業側も同様で、「電力が高騰しているからこそ、エネルギーセキュリティの確保という観点から敷地内に太陽光発電を設置する方々が増えています。気候変動へのコミットメントに加え、それが経済合理的な動きであるという捉え方が増えてきた印象を受けています」と言います。そして、こうした全体像を見据えたインセンティブ設計も求められるとしました。
続けて尾山が投げ掛けた「これからの変化」について、山岸氏はあらためて「実行が重視されるフェーズに入りました」と強調しました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト パートナー/EY Japan SDGsカーボンニュートラル支援オフィス メンバー
尾山 耕一
見逃してならないのは、政府だけでなく、「この指止まれ」方式でGFANZのようなさまざまなイニシアチブが生まれていることです。そこに集まった先行者がルールを作っていくのを座視していると、「分野ごとに、いつの間にかスタンダードが設定されているといったことになりかねません」と山岸氏は警鐘を鳴らし、WWFも参加するScience Based Targetsイニシアチブ(SBTi)のような重要な動きをウォッチしていくべきだとしました。
続けて中空氏は、いったん足踏み状態となったESG投資が、今後も大きくなるとの予測を示しました。なぜなら「ESG投資に関するガイドラインだけでなく、ESGのスコアを出す会社に対するガイドラインも整備され始めており、今まで不確かだった情報が確かなものに変わってくることがうかがえるからです」(中空氏)。グリーンウォッシングについても取り組みの内容の証明を義務付ける仕組みが広がったことで、より良いリターンが期待できる商品設計が進むことになります。日本政府が発行するであろうGX経済移行債もESG投資に拍車をかけるきっかけになると期待されます。
なお、「投資家は果たしてどれだけ開示情報を見ているのでしょうか」という尾山の問いに対し、中空氏は「見てはいるものの、どういった部分を見るべきかよく分からない部分があります」と正直な答えを返しました。だからこそ「この指標を見るべき」といった定石を整えて互いの切磋琢磨に期待したいとし、尾山も「最適な基準の整備に加え、見る側のマチュリティが高まることに期待したい」と付け加えました。
そして、気候変動の中で電力市場はどう変化していくかについて、豊田氏は、まずRE100を宣言する企業がますます増加し、証書を購入して追加性に投資する企業が増えていくと予測しました。また調整力という観点では、タイミング良く発電できるような工夫や投資が求められ、そのためのインセンティブを上げていくべきだといいます。そして、国内でも法制度が確立していることを背景に、コーポレートPPA、バーチャルPPAマーケットへの取り組みが広がっていくとしました。
視聴者からは、「さまざまなイニシアチブが存在しており、たくさんの3文字、4文字略語が存在する中、どれに対応すべきでしょうか」という質問が寄せられました。これに対し山岸氏は「実際に使うかどうかは別として、森林周りのルールとしてGHGプロトコルは見ておいた方が良いでしょう。また、削減目標を掲げるときにはSBTiを見ることで、どのラインが求められ、何に気を付けるべきかが分かり勉強になるでしょう」とアドバイスを返しました。
最後に豊田氏は「この1年は逆にチャンスです。リーズナブルな価格で再生可能エネルギーが調達できる状況になっており、エネルギーセキュリティを高めていくことで、CO2削減に貢献しつつ電力価格の変動も抑えられる機会だと思います」と企業にエールを送りました。
また中空氏は「気候変動対策、ESG投資は、やらないともう市場の土俵に立っていられないものになっています。今、多くの企業がどのように気候変動対策をとれば収益に結びつき、理想と現実をうまく融合できるかを考えており、いずれルール化されてくることもあるのではないでしょうか」と述べました。その意味で、出遅れたと感じることはなく、今からでもぜひ取り組みを始めてほしいとしました。
山岸氏は、過去には何度も脱炭素の流れが危機にひんしたことに触れ、「それでもこの流れは止まらずにここまで来ました。短期的にエネルギー危機などで揺り戻しはあっても、長期的に見れば違います。脱炭素という流れはそれを乗り切り、企業として発展していくためにも必要でしょう」とし、さらなる取り組みを呼び掛けました。
Section 3
『カーボンZERO 気候変動経営』でも触れられている通り、世の中はカーボンニュートラルに向けて動いています。
尾山は「脱炭素に向けた社会変革が求められていますが、変化はチャンスにもなります。CO2の吸収が価値となり、それがクレジットとして市場で活発に流通していくことで、多くの企業のセクターにおいてビジネスチャンスになっていくでしょう」と述べ、自社のビジネスにどのような収益をもたらしていくかという観点で考えるべきだとしました。
ただ中空氏も指摘したように、現実との兼ね合いも忘れるわけにはいきません。「1.5度の約束」に向かいつつ、どこに着地するかについて戦略を練っておく必要があると尾山は述べました。そこを支援するのが気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)におけるシナリオ分析であり、経営層には、いくつかのシナリオに沿ってどのような戦略をとるべきかを考察することが求められます。
書籍でも紹介されていることですが、「自社と社会の脱炭素をリードしていく立場になる」「社会や顧客の意識を変革する」「不確実な未来に備えておく」「複線的な将来に対する構えとして長期的な原資をしっかり確保しておく」という4つの取り組みが、経営において実際的に求められている事柄です。
例えば、脱炭素をリードしていくに当たっては、事業そのものを変えたり、顧客を捉え直す必要があります。そのためには、人材登用や技術イノベーションの促進といった従来的な手法以外に、「新たに登場した手段も積極的に活用しながら変革を図り、リードしていくことが求められていきます。サステナブルファイナンスの活用もそうですし、ビジネスそのものをイノベートしたり、エコシステムやルールの形成を通してゲームの土台そのものを変えていくことへの挑戦も必要になってきています」(尾山)
そして、TCFDのシナリオ分析と、企業がそれぞれ策定した中期経営計画や長期経営計画を連動させつつ、日々変化する情勢を踏まえて臨機応変に軌道修正していくことが望ましいとしました。「大きな方向性は見定めておきながら、複線シナリオでの経営という形で日々意思決定を下し、考え方を変えていくことができるかが重要です」(尾山)。また、長期的な原資を確保していくためにサステナブルファイナンスを積極的に活用し、その前提として環境経営の進捗を外部に開示していくことも求められます。
最後に尾山は、スコープ3での削減要求が、サプライチェーンの上流に対してもさかのぼって求められるようになっていることに触れました。まだ十分な危機感を持たない企業も少なくありませんが、「取引先だけでなく、金融機関や投資家、政府や地方自治体からも変化に向けたプレッシャーはやってくるでしょう。そうした状況を見据え、早めに対策を検討していくことを意識すべきです」と述べました。すでに先進的な企業では、トップ自らが経営における重要性を認識し、率先して備えを始めているといいます。
中小企業にとっても脱炭素は無縁の話ではありません。尾山は「やるべきことが増えるのは確かですが、金融機関や顧客企業、エネルギーの調達先など、いろいろなステークホルダーを仲間にし、共に変革を実現していくことをお勧めしたいと思います」と述べ、コラボレーションしながら変革にチャレンジしてほしいと呼び掛けました。
続けて、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社で企業のTCFD対応を支援している田村響が、気候変動情報開示に関する最新動向と、その中でも大きなポイントとなっている再生エネルギーの調達について紹介しました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト マネージャー/EY Japan SDGsカーボンニュートラル支援オフィス メンバー
田村 響
TCFDについては、2021年11月に「追加ガイダンス」が発表されたことが大きな動きで、今後大きな影響力を持つと考えられます。2017年に公開された実施ガイダンスでは、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標という4つの領域にわたって11項目の開示項目がまとめられていましたが、今回初めて加えられた改訂ではそのうち5項目で記載内容に変更が加えられました。
また、IFRS財団の傘下に、サステナビリティ全般の基準策定に携わる組織としてISSB(International Sustainability Standards Board)が設置され、CDSB(Climate Disclosure Standards Board)とVRF(Value Reporting Foundation)も統合されていく見込みです。「多くの企業が非財務情報開示のフレームワークとして参照しているSASBなどが統合されることで、今後、要注目の動きだと考えています」(田村)
こうした流れの中で、TCFDの改定版付録文書においては、財務インパクトについてより強い表現で開示を要請する一方で、定量的な情報提供が難しい部分については定性的な情報開示でも済ませるという具合に、一定の理解を示すニュアンスも読み取れるそうです。「定量分析をしていくと、思った以上に大きなインパクトがあるのでこんな対策が必要だという具合に、定性的な情報だけでは分からないことが見えてきます。社内の議論を活性化するという意味でも、定量分析への着手が必要だと考えます」(田村)
同じく、スコープ3の排出量に関する開示についても、TCFDの改定版付録文書では「すべての組織に対して、スコープ3の開示を強く奨励する」と非常に強い表現が用いられている上に、ISSBの「気候関連開示基準公開草案」においても開示を前提としたトーンになっており、強く開示が求められる状況です。これに対し経団連では、開示の必要性を認めつつも、一律に強制すべきではない旨のパブリックコメントを提出しています。
田村はスコープ3に関して、サプライチェーン全体のCO2可視化について、一社単独で進めていくことは難しく、業界横断的なコンソーシアムのような形で進めていく動きに前進が見られていくだろうと予測しました。また、2024年3月をめどに、スコープ3に関して、一時データ算出方法の方針が示される見込みとなっており、「こういった動きを踏まえて、サプライチェーン全体の脱炭素化という動きが一層加速していくのでは」との見通しを示しました。
続けて田村は、再生エネルギーの動向に関しても説明しました。2050年のカーボンニュートラル実現に向け、各国が野心的な2030年の中間目標を掲げ、それと同じく再生可能エネルギーの導入量に関する目標を掲げています。そして、再生可能エネルギーの発電コストも、低下率は鈍化しているとはいえ、中長期的には安くなっていく可能性が十分にあるとみているそうです。
そして、企業の再生エネルギー調達方法については、PPA、自己託送、オンサイトPPA、バーチャルPPAなどいくつかに分類でき、それぞれメリット、デメリットがあります。田村は「経済性、導入量、維持・管理工数に加えて、先ほどの話で触れられた外部評価という観点での追加性などの点に鑑みて調達手段を決定していく必要があるでしょう」と述べました。RE100の認定要件として含まれることからも、追加性は重要なポイントになるといいます。
田村は最後に「会社としてどういった再生可能エネルギー調達を目指すべきか、そこに向けてどういった手法を選定すべきかを考えていく必要があり、内部、外部、それぞれの環境を分析していく必要があります」と述べました。そして、足元の動向から短中期の戦略をフォアキャストするだけでなく、将来どのような姿になっていたいかというTo Beからバックキャストしていくという、双方向で検討を進めていく必要があるとしました。
最後にEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社の白川達朗が、金融という側面から見た気候変動というテーマで解説を行いました。
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)
気候エネルギー・海洋水産室長
山岸 尚之 氏
そもそも金融という事業は、いかにリスクを取ってリターンを得るかが本質です。その意味で、気候変動に対する対策、ESG対策ができていない企業は金融機関から見て「リスクを抱えた企業」であり、投資・融資を受けにくくなったり、株価の下落、あるいは保険料率が高くなるといった具合に、不利益につながる可能性があります。そして、こうした金融機関そのものも、政府や社会、市民といったステークホルダーからの圧力に後押しされ、アクションを取っているのです。
国際社会の動きについては、山岸氏らのセッションにあった通り国際的な目標が設定されており、それを受けて金融機関も、GFANZやその他のイニシアチブを通して気候変動対策を進めていこうとしています。また、気候変動という大きな枠組みだけでなく、森林や生物多様性といった個別の枠組みでも基準が整備されていることも、山岸氏から説明があった通りです。
その観点ですでに金融機関に対しては、気候変動による変化がもたらされたときにどのようなリスクを抱え、それに耐えられるかを把握する「ストレステスト」によって検証する動きが始まっています。また資産運用の世界においても、EUのSFDR(サステナブルファイナンス開示規則)に代表される通り、ESGに関する投資方針やプロセスを開示し、グリーンウォッシュを排除するための規制が定められつつあります。
その中で、確実にESG投資は伸びています。先に中空氏が説明したように、直近1年間では踊り場にあるものの、「多くの投資家や企業経営者が、長いトレンドで見たとき、ESGは企業価値を高めると評価をしています」と白川は述べました。投資に対するリターンについてはさまざまな調査結果がありますが、「これまでもてはやされてきたESGの真価が試されるのがこの1年間でしょう。この1年を経て、雨降って地固まるではないが、ESG投資がポジティブに捉えられるのではないでしょうか」(白川)
現に、世界的な大企業でもCEOが自ら気候変動対策や脱炭素にコミットしている例もあります。「この一瞬における少しの停滞はあるかもしれませんが、中長期的に見れば、世界の資産運用額のうち約3分の1がESG投資になるという調査結果も出てきています」と白川は述べました。それも、大手金融機関だけでなくPEやVCでも取り組みが進んでおり、中小企業やスタートアップにおいても無縁ではないフェーズに来ている点に留意が必要だとしました。
もし、石炭や化石燃料に頼るなどESGに対する取り組みが不十分だと判断されれば、株主総会で反対票が投じられたり、投資先から撤退されるといったリスクもあり得ます。これは欧米だけではなく「日本企業にとっても対岸の火事ではありません」と白川は呼び掛けました。一方、こうした締め付ける動きだけでなく、トランジションファイナンスと呼ばれる形で環境負荷を減らす取り組みを評価し、資金を供給していくことでトランジションを支えていく動きもまた広がっています。
白川はこうした一連のトレンドを解説した上で、「情報開示については任意の取り組みや一部の大企業だけが求められるものではなく、必須化の流れがあり、待ったなしとなっています」と強調しました。そして「企業においては長期的な目線で、自社を、そして社会をどう変えていくかというビジョンを考えることが、ステークホルダー資本主義と呼ばれる社会に向けて発信していく意味で重要ではないでしょうか」と呼び掛けました。そこでは短期的な利益だけでなく、30年後、50年後といった将来のあるべき姿からバックキャストしていくアプローチが重要になってきます。
最後に白川は、「企業経営において、気候変動を念頭に置いた変革が求められています。対岸の火事ではなく自分事として、また社会善のためだけでなく自社ビジネスの継続性や安定性のために必要なことであると捉え、シナリオ分析や情報開示など、どのような対応が必要か、トランジションファイナンスのように使えるツールは何かといった情報を収集してほしいと思います」とし、こうした活動に積極的に取り組むことで金融機関からの支援をより得やすくし、企業の価値を上げていくことが必要だと締めくくりました。
国際的な動向やサステナブルファイナンス市場、再生可能エネルギーの外部専門家により、最新動向が紹介されました。
『カーボンZERO 気候変動経営』出版後、どのような変化があったのか。脱炭素推進に向けた企業への期待、気候変動情報開示や再生エネルギーを巡る具体的な動向といった側面から企業がどのような取り組みを進めるかのヒントを示しました。