再び秋山氏と鈴木氏が登壇。「世界に拠点を構えるグローバル企業にはどのような対応が求められるか?」という尾山の問いに対して、秋山氏は「グローバル企業の皆さまはまさに今、苦労されているところではないでしょうか」と前置きした上で、「世界的に求められているのは、自社だけでなく、調達元や輸送過程、商品そのものも含めたサプライチェーンについて、気候変動によるリスクをどのように分析しているかと、どう対応していくかです。大企業の方に聞いた話では、海外の投資家からさまざまな問い合わせが来ているようで、移行リスクの話と合わせて今後も避けて通れないテーマだと思います」と回答。
鈴木氏も「秋山氏がお話しされたように、サプライチェーンも含めた分析が非常に重要になってきていると認識しています。加えて、例えばサプライチェーンの拠点における洪水や高潮などの急性リスクだけでなく、原料の調達からその輸送までのバリューチェーンに応じた物理リスクについても求められることが増えるのではと感じています」と同様の見解を示しました。
続いて「物理リスク分析においては水害がフォーカスされがちだが、ほかに注意すべきリスクにはどのようなものがあるか」と尾山が質問すると、秋山氏は「1つは前の質問で話した原材料調達、特に農産物や漁業資源ですね。それから2023年5月に法律が改正されて気候変動適応法の中に組み込まれた熱中症についても注意が必要です。日本でも年間で1,000人を超える方が亡くなるなど深刻な影響が出ています。暑さによって従業員の労働生産性が落ちることもあるため、対策を検討いただきたいです。
また、皆さんにぜひ考えてほしいのが海面上昇について。海面上昇に伴い、台風による高潮がさらに高くなる可能性があるので、沿岸に拠点がある場合は将来の影響を想定しておくべきでしょう」と3つのリスクを紹介。長期的に影響が及ぶ慢性的なリスクと認識されがちな海面上昇について、台風によって沿岸で被害を受けた企業の例を出し、警鐘を鳴らしました。
一方、分析に多く携わっている鈴木氏はこの問いに対して「原材料調達における農作物の収量影響についてご依頼いただくケースが増えています」と回答。さらに「例えば船舶で商品を輸送する時に、波が高くなって着船できないといったリスクも今後は増えると推測しています。輸送コストの増加や原材料の安定調達に対する遅れが生じる可能性もあるため、波の高さの変化による影響の分析も必要になるかもしれません」と補足しました。
「今後企業の物理的リスクへの対応がより活性化されるためには何が必要なのか?」という質問に対しては、「さまざまな方々との連携が必要不可欠です」と秋山氏は強く訴えます。「環境省だけでは立ち行かないところも多いですし、国だけでは分からないことも多いので、企業や金融機関の皆さまから、データの活用方法や分析のアイデアなどをいただきながら、今後もデータや手引きなどの整備を進めていきます」(秋山氏)
また、鈴木氏は「物理的リスクの分析はリスクマネジメントに重きを置かれるケースが大半ですが、活性化のためには『機会』により焦点を当てることが重要になると考えています。私たちもリスクと機会の両面があることを意識しながら、事業機会についてのシナリオ分析に力を入れていきたいです」と述べました。
続いて、セミナー参加者からの「気候変動に備えた経営を行わないことのリスクや、気候変動に先んじて備えることの機会を経営層に定量的にシンプルに伝える際のコツや方法論についてアドバイスいただきたいです」という質問に対しては、鈴木氏は「10年後20年後30年後の将来予測を活用する際、これまではデータの粒度が粗いという課題がありましたが、近年はダウンスケーリング技術によってピンポイントで数値を示すことができるようになってきています。定量分析の結果を用いれば、より分かりやすく、同じ目線で話ができるのではないでしょうか」と答えます。
尾山も「数字を見せることは非常に重要なポイントだと思います」と同調。「数字を示すと『そんなわけない』『何か前提がおかしいんじゃないか』と反応される場合もあるので、しっかりと議論していくためにも科学的根拠に基づくファクトの準備や、試算の前提となるロジックをクリアにしておくことが大切です」(尾山)
一方、秋山氏は2人の意見に賛同しつつも、「必ずしもすべての影響について定量化できるわけではない」と指摘します。その上で、「定性的なものでも構わないので、『IPCCなどで指摘されているリスクがどういうふうに自社に影響するのか』といったことを役員や上層部の方々を巻き込んで議論していくことが重要だと思います」と助言を送りました。
また、「国内で活動している中小企業は、どこまでの対応を心掛ければいいのでしょうか」という質問に対しては、秋山氏・鈴木氏両名とも「サプライチェーンの一員として、物理的リスクを分析し、BCPやBCMを準備しておくことが事業機会につながり得る」と回答しました。
「最近は顧客である大企業から『リスクを分析して提出してほしい』といった要請があると聞きます。実際に災害対策をしている企業は、災害が起きたとしてもいち早く商品を提供でき、被害を受けにくい部分を対外的にアピールできます。これを事業機会と捉え、サプライチェーンとしての強みを生かしていけるよう準備しておくことが非常に大切です」(秋山氏)
最後に「自然災害に対する備えは、かつて被害を受けた地域とそうでない地域では取り組み具合に差があるように感じます。全体的な底上げに必要なことは何でしょうか」という質問に対して、2人は次のように回答し、セミナーを締めくくりました。
「将来のことなので不確実性が多く、何が起こるか分からないし、起きないかもしれないという点で、なかなか深刻に受け止められない方もいるかとは思いますが、『適応』の領域――例えば雨が多くなったり、気温が上昇したりすることの影響については一定程度想像できると思うんですよね。だからこそ、まずは『雨によって近くの道路が寸断された』といった細かな経験を記憶の中から呼び出していただき、その頻度が増えた将来を想定して対策を検討していくことが重要だと思います。
私たちも気候変動影響についてデータの整備を進めていきますので、ぜひそちらもご活用いただけるとうれしいです」(秋山氏)
「気候変動が進むにつれて、大雨や強風のパターンの変化を考えると決して今までの経験だけでは語れないことも出てくるかと思います。
その一方で、将来にわたって影響がない企業も存在すると思うんですよね。今までもこれからも影響がない企業はそれが強みになるので、影響がない理由を定量的に分析し、ステークホルダーの皆さまにアピールいただければと思います。
対して、今は影響がないけれども将来的に顕在化する可能性がある企業も多いはずです。そういった企業こそステークホルダーに対する安心感を与えられるよう、現時点からしっかりとリスクを可視化し、ハード・ソフト両面からの対策を講じて開示することがとても大切になってくるはずです」(鈴木氏)