「気候危機」の時代に、企業はいかにして物理的リスクの被害を回避・軽減できるか~激甚化する自然災害リスクへの備えと企業経営インパクト~

「気候危機」の時代に、企業はいかにして物理的リスクの被害を回避・軽減できるか~激甚化する自然災害リスクへの備えと企業経営インパクト~


「気候変動経営セミナー 激甚化する自然災害に備える経営とは」(2023年6月23日開催)


要点

  • 記録的大雨による河川洪水などの気候変動による気象災害リスクが顕在化している現在、各企業では適応策を推進することの重要性が増大。
  • 気候変動の物理的影響を事業リスクとして織り込み、リスク緩和や逆に機会として活用することは企業経営にとって必須の課題。
  • 物理的リスクの分析を行い、実効性のある対策を講じることで、経営のレジリエンスを高め、企業価値の向上につなげていく。

「気候変動経営セミナー 激甚化する自然災害に備える経営とは」(2023年6月23日開催)にて、民間企業における気候変動適応ガイドラインを策定された環境省 地球環境局 総務課 気候変動適応室の秋山奈々子氏と、株式会社ウェザーニューズ 気候テック事業部の鈴木孝宗氏をゲストスピーカーとしてお招きし、現状起きている気候リスクの可視化や適応策、定量分析手法や経営アジェンダなどについて解説いただきました。


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講演1

「気候危機時代の“備え”とは ~民間企業の気候変動適応~」

将来にわたりビジネスを安定的に持続するため、気候変動影響を回避・軽減し、ビジネス機会を見いだす気候変動適応の重要性が高まっている中で、企業の気候変動適応に関する最新の動向や取り組みをご紹介いただきました。


秋山 奈々子 氏 環境省 地球環境局 総務課 気候変動適応室 室長補佐

環境省 地球環境局 総務課 気候変動適応室 室長補佐
秋山 奈々子 氏

関連イベント・セミナー

気候変動経営セミナー 激甚化する自然災害に備える経営とは

気候変動経営セミナー 激甚化する自然災害に備える経営とは

気候変動の物理的影響を事業リスクとして織り込み、リスク緩和や逆に機会として活用することは企業経営にとって必須の課題です。気候リスクの可視化や適応策、経営アジェンダ等について、解説します。

近年の気候変動について、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2023年3月に公開した「第6次評価報告書」によると、世界の平均気温は工業化以前に比べて1.1℃上昇、多くのシナリオ上で2030年代前半までに上昇幅は1.5℃に到達するとされています。これについて秋山氏は次のように解説します。

「仮に気温上昇を1.5℃程度に抑えられるシナリオをたどったとしても、世界の平均気温は少なくとも今世紀半ばまで上昇を続ける見込みであり、極端な高温や大雨などの気象災害が起こる頻度とその強度も増加していくという見解が示されています。

日本での観測においても近年の平均気温はかなり高い水準にあり、またスーパーコンピューターを用いた研究では、地球温暖化による影響が猛暑となる確率や台風の総降水量増加などに寄与していることが明らかになりました。

世界各国でも気候変動による影響は顕在化しており、昨年多くの被害をもたらしたパキスタンの大雨と洪水や、涼しいとされるカナダで一昨年観測された49.6℃の異常高温などがその例です」(秋山氏)

2023年1月に開催された世界経済フォーラムでは、今後10年で発生可能性が高いとされたグローバルリスクの大半に、気候変動あるいは気候変動と関連の高い生物多様性などに関するリスクが挙げられました。「気温の上昇や降水パターンの変化などの気候変動に伴い、従業員の健康に被害が及んだり、顧客のニーズが変化したりとビジネス面に影響を与える可能性があります。気象災害がサプライチェーンの断絶といった大きな被害につながるかもしれません。原材料の調達に影響を及ぼすこともあるでしょう。だからこそ企業は、事業活動の持続可能性を左右する問題としてこれらの影響に備えておくことが重要です」と秋山氏は話します。

では「気候危機」ともいわれるこの時代に、企業はどのように物理的リスクによる被害を回避・軽減していくべきなのでしょうか。

事業活動における気候変動影響を開示するために、多くの企業が取り組んでいる「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」に沿ったシナリオ分析について秋山氏は、「戦略的に対応策を検討することは事業継続性を高めていくだけでなく、投資家や従業員も含めたステークホルダーからの信頼獲得や、競争力の拡大につながると考えています。また、気候変動の変化に柔軟に対応できる強靭(きょうじん)な経営基盤をつくることも期待できます」とメリットを紹介。ただしシナリオ分析をする際は「台風や洪水、極端な気象現象などによる急性の影響と、降水パターンの変化や海面上昇といった緩やかな変化に伴う慢性の影響の両方を考えなければなりません」と注意を促しました。

「“急性”については、台風やサプライチェーンが断絶するなどの大きな影響が急激に現れるため問題意識を持っている方も多いと思いますが、“慢性”については徐々に変化していくため、気づかれにくいのが特徴です。だからこそ企業は意識的に慢性的なリスクについて分析したり、対策を練っていく必要があります」(秋山氏)

こうした気候変動適応への取り組みを推進するため、国は「気候変動適応法」を2018年6月に制定。さらに気候変動への対応策を示した「気候変動適応計画」複数の省庁をまたいで策定し、科学的な知見や将来の予測などをもとにおおむね5年ごとに改訂を進めています。環境省が公開する「民間企業の気候変動適応ガイド」についても、TCFDの物理的リスクへの対応や気象災害に関するBCM(事業継続マネジメント)の考え方を紹介するため2022年3月に改訂されました。

「2018年には、情報基盤の整備を目的に気候変動適応センターを国立環境研究所に設置しました。「A-PLAT」と呼ばれる気候変動適応情報プラットフォームを通じて、企業のご担当者に向けた業種・分野ごとの気候変動影響に関する情報や各種対応策(適応策)など、さまざまな情報や予測、先進事例を発信しています」(秋山氏)


最後に秋山氏は今後の課題について、「皆さまからデータの活用基盤や分かりやすさといった点を整備してほしいというご要望をいただいています。今後、政府や各省庁においてしっかりと検討し、対応していくとともに、産官学が連携・協働するネットワークなどを通じて、国が公開する将来予測をTCFDなどの取り組みにつなげていただけるよう、活用の促進を図っていきます」と述べ、講演を締めくくりました。


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講演 2

「物理リスクにおける財務インパクトの精緻化のための定量分析手法について」

昨今の自然災害の頻発化・激甚化の起因となっている気候変動について、将来予測から事業への影響をより正確に把握するための財務インパクトの精緻化や、レジリエンスの効果を高めるための最適な適応策の決定をサポートする定量分析手法について解説いただきました。


鈴木 孝宗 氏 株式会社ウェザーニューズ 気候テック事業部 部長

株式会社ウェザーニューズ 気候テック事業部 部長
鈴木 孝宗 氏

続いて登壇したのは、株式会社ウェザーニューズの鈴木氏。ウェザーニューズ社では個人に対してスマートフォンアプリで気象情報を発信しているほか、45の市場における2,600社の法人に対して事業を展開しています。
 

「例えば流通小売業の企業さまであれば、ご提供いただいた過去の販売実績データから気象との相関を分析し、翌日の天気予報などから来店客数や商品の需要を予測するサービスを提供しています」(鈴木氏)

近年、自然災害の激甚化や頻発化が大きな社会問題となり、さらにESG投資やTCFDの情報開示に対する要求も加速。鈴木氏も「多くのお客さまから気候変動対策を求める声をいただいている」と話すように、企業にとっても気候変動に対する適応が必要不可欠な状況になっています。

「秋山氏のご説明にもあったように、世界中で気候変動による影響が多く見られ、自然災害の激甚化・頻発化は今後も続いていくと予想されます。そのような環境下で、企業さまの対象拠点における洪水や高潮などの急性の影響、あるいは原料調達に関わる農作物の収量減少といった慢性の物理的リスクなどを定量分析し、財務インパクトなどを算出するのが弊社の気候リスク分析サービス『Climate Impact』です」と鈴木氏。「大雨や強風、高温などの気象パターンがどのように変化するか影響を分析したり、洪水、高潮などが起こった際の事業の停止期間日数や資産の毀損(きそん)額を算出することで、物理的リスクの回避や軽減につなげていただきたいと考えています」とサービスの狙いを紹介します。

さらに鈴木氏は、レジリエンスの強靱(きょうじん)化についても言及。「災害などにより発生した大きな事業影響から、通常時まで回復するには大変長い時間が必要とされます。そこで事前に気候リスク分析などを行いバックキャスティングでBCP(事業継続計画)やBCMに反映しておくことで、復旧時間の短縮が期待できます」(鈴木氏)

鈴木氏によると「大雨」「強風」「洪水」「高潮」といった項目のリスク分析に対する依頼が多い一方で、それ以外にも「感染症」や、「熱波」による労働生産性について、あるいは「原料調達に伴う農作物の収量予測」など、多種多様な要望に対応できるよう、充実したラインアップを用意しているのだそう。

「具体的な事例として、札幌市の1日あたりの降雪量について、気候変動シナリオに基づいて分析したデータがあります。温暖化に伴って日降雪量が30センチ以上の日の発生頻度が下がった場合、道路の除雪という側面においては除雪する頻度が少し減るため経済的には優位に働く、つまり“機会”と捉えられます。一方で、スキー場は降雪量が減るとお客さまが減ってしまう可能性があるため、それは“リスク”となります。このように物理的リスクには“機会”と“リスク”が必ずあり、両面からの分析が欠かせません」(鈴木氏)


財務インパクト分析の算出手法については、1000年に1度の大雨を例に挙げ、次のように解説しました。

「大雨によるリスク分析をする際は、浸水のハザードマップを用意するとともに、お客さまから住所、業種、従業員、またその拠点における売上高のデータを提供いただきます。それらを基に最寄りの河川を抽出し、基準の雨量が拠点に降った時の財務インパクトを操業停止日数などを考慮しながら算出。その事象の発生頻度と掛け合わせて、年間のリスクを導き出すことが可能です。

また、浸水による操業停止の影響が及ぶ拠点が東京23区内にどのくらいあるかなどを定量的に把握できる、ポートフォリオ単位での財務インパクト分析なども提供しています」

こうしたリスク分析の結果をもとにウェザーニューズ社では、企業がハード・ソフトの両面からリスク対策を検討できるようサポートしています。

「今後も気象予測を活用しながら、例えば企業さまが施策を打つべきタイミングをお伝えすることで、事業継続の確保や資産損失の回避・軽減をご支援していきます」(鈴木氏)


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講演 3

「激甚化する自然災害リスクへの備えと企業経営インパクト」

TCFDをはじめISSBやCSRD、有価証券報告書など、世界および日本の気候関連情報に関する開示要請を改めて概観し、物理的リスクの検討事項と今後の広がり、企業経営へのインパクトを解説。また現状の企業の開示状況を概観し、経営のレジリエンス向上と成長、リスク最小化と機会最大化に向けた、個別の検討と開示に関するアプローチ案を提示しました。


尾山 耕一 EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジック インパクト パートナー

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト パートナー
尾山 耕一

続いて、EYストラテジー・アンド・コンサルティングでサステナビリティに関連する経営コンサルティングに特化したチームを率いる尾山が登壇。①気候変動を巡る物理的リスクの開示要請について、②物理的リスクの検討事項と企業の開示状況、③経営レジリエンスの向上と成長に向けての3点に焦点を当て講演を行いました。
 

まず1つ目のトピックである物理的リスクの開示について、「先程来の説明にもあったTCFD以外にも、気候変動を含むサステナビリティに関連した国際的な開示ルールの検討が進められている状況です」と尾山が述べるように、国際的なサステナビリティに関する開示基準「ISSB(International Sustainability Standards Board)」の適用が2024年1月から始まるなど、2024年前後が気候変動情報開示のターニングポイントになると予想されます。

「日本では金融庁が示す方針やコーポレートガバナンス・コードなどに沿って情報開示の方向性が規定されていくでしょうし、EUでも『CSRD(コーポレートサステナビリティレポーティングダイレクティブ)』というルールの本格的な適用が2024年頃に開始される見込みです。米国においても、米国証券取引委員会(SEC)で気候変動に関連する開示について義務化すべきか検討されています。

これらはTCFDの最終報告(2017年)と類似する部分も多い一方で、分析のプロセスやリスクに対する脆弱(ぜいじゃく)性および対応について、より具体的な開示内容を定義づける記載もあるため、企業にとってもTCFD以外の国際的なルールに適応するという点で、それらに対応した物理的リスクの検討と開示が必要になることをご認識いただく必要があります」(尾山)
 

続いて、2つ目のトピック「物理的リスクの検討事項と企業の開示状況」に移ると、尾山は「事業セクターによって物理的リスクが及ぼす影響は異なるため、企業は自社へ重大な影響を及ぼすリスク・機会を特定・分析し、対応策を検討・実行する必要があります」と提言。石油・ガスセクターと食品・飲料セクターを例に挙げ、前者は海面上昇や高潮が設備に対して影響を及ぼすことについて、後者は原材料の調達に対して干ばつや生態系の影響がリスクになり得ることを紹介しました。

財務インパクト分析については、各企業が開示している影響額の例をいくつか示し、「今回取り上げた企業さまの一覧で見ても、少ないところでは3億円、多いところでは数千億円のリスクがあると示唆している一方で、災害の増加によってイメージセンサーの需要が高まる企業もあり、非常にばらつきが大きいというのが印象的でした」とコメント。今後の改善点については次のように指摘しました。

「今はまだスタートポイントという背景もあってか、科学的な根拠に基づいたアプローチと言い切るには悩ましいような算出方法が散見されます。各企業さまには分析の精度を高めていただき、来年、再来年と開示の内容を拡充していただきたいです。

加えて、生物多様性について『自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)』のレポートが2023年9月にフィックスされます。物理的リスクに関しても生物多様性の影響を含めた考察が企業に求められると推測されるので、検討の対象領域をより広範にすることを見据えておく必要があるでしょう」(尾山)
 

3つ目のトピックであるこれから企業が取り組むべきことについて、「企業価値を高めるためのロジックツリーを踏まえて、物理的リスクを捉まえていくことが重要です」と尾山。具体的には、想定外をなくし網羅的にリスクや機会を認識できるように、科学的根拠に基づいた物理的リスクの分析やインパクト分析を行い、その対策を施すのが良いと紹介します。

「物理的リスクに対して実効性のある対策を講じることができれば、リスクの最小化と機会の最大化が実現。経営のレジデンスが高まり、事業継続性が確保されます。さらに『自然災害に強い会社』としてステークホルダーからの評価も高まるでしょう。こうした取り組みを通じて、企業価値の向上にチャレンジしていただきたいです」(尾山)
 

最後に、自社だけでリスクを評価し対応を強化するのが難しいと考えている企業に向けて、「環境省や国交省などの省庁や、地方自治体、あるいはわれわれのような民間の企業、大学研究会など、多くの方が物理的リスクの分析と対策について強みを持っているので、そうしたステークホルダーと連携しながら取り組んでいただければと考えています」とアドバイスを送りました。


パネルディスカッション&質疑応答

環境省 地球環境局 総務課 気候変動適応室 室長補佐
秋山 奈々子 氏

株式会社ウェザーニューズ 気候テック事業部 部長
鈴木 孝宗 氏

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト パートナー
尾山 耕一


再び秋山氏と鈴木氏が登壇。「世界に拠点を構えるグローバル企業にはどのような対応が求められるか?」という尾山の問いに対して、秋山氏は「グローバル企業の皆さまはまさに今、苦労されているところではないでしょうか」と前置きした上で、「世界的に求められているのは、自社だけでなく、調達元や輸送過程、商品そのものも含めたサプライチェーンについて、気候変動によるリスクをどのように分析しているかと、どう対応していくかです。大企業の方に聞いた話では、海外の投資家からさまざまな問い合わせが来ているようで、移行リスクの話と合わせて今後も避けて通れないテーマだと思います」と回答。

鈴木氏も「秋山氏がお話しされたように、サプライチェーンも含めた分析が非常に重要になってきていると認識しています。加えて、例えばサプライチェーンの拠点における洪水や高潮などの急性リスクだけでなく、原料の調達からその輸送までのバリューチェーンに応じた物理リスクについても求められることが増えるのではと感じています」と同様の見解を示しました。
 

続いて「物理リスク分析においては水害がフォーカスされがちだが、ほかに注意すべきリスクにはどのようなものがあるか」と尾山が質問すると、秋山氏は「1つは前の質問で話した原材料調達、特に農産物や漁業資源ですね。それから2023年5月に法律が改正されて気候変動適応法の中に組み込まれた熱中症についても注意が必要です。日本でも年間で1,000人を超える方が亡くなるなど深刻な影響が出ています。暑さによって従業員の労働生産性が落ちることもあるため、対策を検討いただきたいです。

また、皆さんにぜひ考えてほしいのが海面上昇について。海面上昇に伴い、台風による高潮がさらに高くなる可能性があるので、沿岸に拠点がある場合は将来の影響を想定しておくべきでしょう」と3つのリスクを紹介。長期的に影響が及ぶ慢性的なリスクと認識されがちな海面上昇について、台風によって沿岸で被害を受けた企業の例を出し、警鐘を鳴らしました。

一方、分析に多く携わっている鈴木氏はこの問いに対して「原材料調達における農作物の収量影響についてご依頼いただくケースが増えています」と回答。さらに「例えば船舶で商品を輸送する時に、波が高くなって着船できないといったリスクも今後は増えると推測しています。輸送コストの増加や原材料の安定調達に対する遅れが生じる可能性もあるため、波の高さの変化による影響の分析も必要になるかもしれません」と補足しました。

「今後企業の物理的リスクへの対応がより活性化されるためには何が必要なのか?」という質問に対しては、「さまざまな方々との連携が必要不可欠です」と秋山氏は強く訴えます。「環境省だけでは立ち行かないところも多いですし、国だけでは分からないことも多いので、企業や金融機関の皆さまから、データの活用方法や分析のアイデアなどをいただきながら、今後もデータや手引きなどの整備を進めていきます」(秋山氏)

また、鈴木氏は「物理的リスクの分析はリスクマネジメントに重きを置かれるケースが大半ですが、活性化のためには『機会』により焦点を当てることが重要になると考えています。私たちもリスクと機会の両面があることを意識しながら、事業機会についてのシナリオ分析に力を入れていきたいです」と述べました。
 

続いて、セミナー参加者からの「気候変動に備えた経営を行わないことのリスクや、気候変動に先んじて備えることの機会を経営層に定量的にシンプルに伝える際のコツや方法論についてアドバイスいただきたいです」という質問に対しては、鈴木氏は「10年後20年後30年後の将来予測を活用する際、これまではデータの粒度が粗いという課題がありましたが、近年はダウンスケーリング技術によってピンポイントで数値を示すことができるようになってきています。定量分析の結果を用いれば、より分かりやすく、同じ目線で話ができるのではないでしょうか」と答えます。

尾山も「数字を見せることは非常に重要なポイントだと思います」と同調。「数字を示すと『そんなわけない』『何か前提がおかしいんじゃないか』と反応される場合もあるので、しっかりと議論していくためにも科学的根拠に基づくファクトの準備や、試算の前提となるロジックをクリアにしておくことが大切です」(尾山)

一方、秋山氏は2人の意見に賛同しつつも、「必ずしもすべての影響について定量化できるわけではない」と指摘します。その上で、「定性的なものでも構わないので、『IPCCなどで指摘されているリスクがどういうふうに自社に影響するのか』といったことを役員や上層部の方々を巻き込んで議論していくことが重要だと思います」と助言を送りました。


また、「国内で活動している中小企業は、どこまでの対応を心掛ければいいのでしょうか」という質問に対しては、秋山氏・鈴木氏両名とも「サプライチェーンの一員として、物理的リスクを分析し、BCPやBCMを準備しておくことが事業機会につながり得る」と回答しました。

「最近は顧客である大企業から『リスクを分析して提出してほしい』といった要請があると聞きます。実際に災害対策をしている企業は、災害が起きたとしてもいち早く商品を提供でき、被害を受けにくい部分を対外的にアピールできます。これを事業機会と捉え、サプライチェーンとしての強みを生かしていけるよう準備しておくことが非常に大切です」(秋山氏)
 

最後に「自然災害に対する備えは、かつて被害を受けた地域とそうでない地域では取り組み具合に差があるように感じます。全体的な底上げに必要なことは何でしょうか」という質問に対して、2人は次のように回答し、セミナーを締めくくりました。

「将来のことなので不確実性が多く、何が起こるか分からないし、起きないかもしれないという点で、なかなか深刻に受け止められない方もいるかとは思いますが、『適応』の領域――例えば雨が多くなったり、気温が上昇したりすることの影響については一定程度想像できると思うんですよね。だからこそ、まずは『雨によって近くの道路が寸断された』といった細かな経験を記憶の中から呼び出していただき、その頻度が増えた将来を想定して対策を検討していくことが重要だと思います。

私たちも気候変動影響についてデータの整備を進めていきますので、ぜひそちらもご活用いただけるとうれしいです」(秋山氏)

「気候変動が進むにつれて、大雨や強風のパターンの変化を考えると決して今までの経験だけでは語れないことも出てくるかと思います。

その一方で、将来にわたって影響がない企業も存在すると思うんですよね。今までもこれからも影響がない企業はそれが強みになるので、影響がない理由を定量的に分析し、ステークホルダーの皆さまにアピールいただければと思います。

対して、今は影響がないけれども将来的に顕在化する可能性がある企業も多いはずです。そういった企業こそステークホルダーに対する安心感を与えられるよう、現時点からしっかりとリスクを可視化し、ハード・ソフト両面からの対策を講じて開示することがとても大切になってくるはずです」(鈴木氏)


サマリー

「気候変動経営セミナー 激甚化する自然災害に備える経営とは」(2023年6月23日開催)にて、民間企業における気候変動適応ガイドラインを策定された環境省 地球環境局 総務課 気候変動適応室の秋山 奈々子氏と、株式会社ウェザーニューズ 気候テック事業部の鈴木 孝宗氏をゲストスピーカーとしてお招きし、現状起きている気候リスクの可視化や適応策、定量分析手法や経営アジェンダなどについて解説いただきました。


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気候変動に備えるため企業に必要なシナリオとは

「100年に1度」の災害が、毎年のように世界のどこかで起きています。気候変動に起因する天災の「物理的リスク」は確実に高まっており、各国政府はさまざまな対策を講じようとしています。金融機関や投資家も、企業に長期的な視野に立った気候変動への対応を求めています。企業は天災による「物理的リスク」に備えるだけでなく、規制やルールが変わる「移行リスク」にも備えなければなりません。


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