PayTechの力を活用するための4つのイネーブラーとは

PayTechの力を活用するための4つのイネーブラーとは


決済サービスプロバイダーが賢明な成長を実現するには、顧客体験の設計、リスク、テクノロジー、データと分析について考える必要があります。 


要点

  • 本稿では、2022年版のPayTechに関するレポートを踏まえ、アーリーアダプターの行動が示唆する知見を基に、PayTechへの投資の時期とその方法を決定する際の指針を紹介する。
  • 変化とイノベーションが急速に進展する中、傍観者の立場をとる金融機関はチャンスを見逃す危険がある。
  • 「ファストフォロワー(fast follower)」として成功するには、デジタル決済がリスク、テクノロジー、データ機能、そして顧客体験に与える影響を検討する必要がある。

決済業界では、最新テクノロジー、新しいビジネスモデル、利便性、セキュリティ、使いやすさに対する顧客の期待の高まりを背景に、新規参入者や新たなトレンドが続々と出現していることは周知の事実です。エンド・ツー・エンドなカスタマージャーニーにおいて円滑な即時決済が増えており、今では多くの顧客が決済を個別の取引ではなく、顧客体験の一部と捉えています。

デジタルコマースが成長し、オムニチャネル体験、新たな決済手段、エンベデッド・ファイナンス(組み込み型金融)、クロスボーダー即時決済、デジタル通貨による決済などに対する需要が高まる中、従来の決済サービスプロバイダーは、長期的で複雑な根本的課題への対処を迫られています。その課題とは、テクノロジースタック、データ・分析ソリューション、絶えず変化する規制アジェンダ、エンド・ツー・エンドの顧客体験であり、あらゆるプレーヤーがその重要性を認識しています。

これらの分野への投資は、多くの金融サービス企業、特に数十年にわたり事業を確立してきた企業にとって、あまりにも困難で、対処することは不可能だと思えるかもしれません。しかし、これらの決済サービスに関する根本的課題に適切に対処し、十分な投資を行うイノベーターが、一気に競合他社を追い抜く可能性が高いのです。

本稿は、昨年公表されたEYのレポート、 “How the rise of PayTech is reshaping the payments landscape”に基づいています。本レポートでは、今日の決済サービスに最も強い影響を及ぼしている分野におけるイノベーションについて調査しています。その分野とは、オープンバンキング、リアルタイムペイメント、クロスボーダー決済、バイ・ナウ・ペイ・レーター(BNPL)、デジタルウォレットとスーパーアプリ、組み込み型決済、中央銀行デジタル通貨(CBDC)、デジタル通貨などです。

 

EYのクライアントとの対話から、企業がこれらのトレンドの多くを受け入れていること、また他のクライアントにおいても、少なくとも1つの分野に取り組んでいることが明らかになりましたが、多くの場合、その方法については疑問が残っています。クライアントはどのように準備し、障害を回避し、これらの新しい決済機能の力を活用するために、どのようにパートナーとのエコシステムを構築するかという課題に直面しているのです。

 

「金融機関から、今すぐやる必要があるのか、半年後でも間に合うか、1年後でも間に合うか、手遅れになるのはいつか、などとよく聞かれますが、多くの金融機関が望んでいるのは、最適の道筋をたどり、適切なタイミングを選択することです」と、Ernst & Young LLP、Financial Services ConsultingのManaging DirectorであるPatricia Partelowは言います。

 

本稿では、PayTech企業が直面している根本的な課題を取り上げ、アーリーアダプターのから学んだ知見を紹介することで、ファストフォロワーがより賢明で迅速な成長を実現するための指針を提供します。私たちが目指すのは、銀行が、市場を左右するPayTechのトレンドを活用できるよう支援することです。そのために、リスクとコンプライアンス、顧客体験、データと分析、テクノロジー分野における実用化に向けた知見を提供します。本稿では、企業が決済戦略において最適な意思決定を行う一助となるよう、市場の課題だけでなく、リーディングプラクティスやケーススタディも取り上げ考察しています。

多くの金融機関が望んでいるのは、最適の道筋をたどり、適切なタイミングを選択することです。

第1章  リスクとリターン:新たな環境下におけるイノベーションの推進
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第1章

リスクとリターン:新たな環境下におけるイノベーションの推進

決済の新たな商品・サービスに後れを取らないためには、リスクに関するアジェンダの再考が必要です。

どの国においても、イノベーションとテクノロジーが進歩すれば、常にそれに応じて規制リスクとコンプライアンスの課題も進化します。その結果、PayTechを早期に導入した企業には、ビジネスモデルの転換や再評価の必要が生じます。また、多くの場合、潜在的な導入者の大部分(主に厳しい規制下にある企業)が傍観者として、「様子見」のアプローチを取ることになります。この点は、デジタル割賦融資サービスであるバイ・ナウ・ペイ・レーター(BNPL)にもよく当てはまります。BNPLの規制については、オーストラリア(成熟段階)からEU(新たに規制実施)、米国(初期段階)まで、国・地域によって成熟段階はさまざまです。

BNPL市場の規制では、オーストラリアが先行しています。規制により、与信の提供に先立ち購入能力の確認を行うことが事業者に義務付けられており、顧客には契約のキャンセルに14日間のクーリングオフ期間が認められています。また、事業者は、延滞料を含め、サービスに付随する料金・手数料を前もって提示しなければなりません。英国は、BNPLの提供開始から数年を経て、現在、同様の措置を導入するための協議が最終段階に入っています。

2021年、欧州委員会は消費者信用指令の改訂案を発表しました。改訂案では、金融教育と借り入れに関する助言提供の促進とともに、顧客の信用力評価に関する規制の厳格化を求めています。これとは別に英国では、規制対象外のBNPL企業を捕捉するため、規制範囲の拡大が提案されています。また、金融行動監視機構(FCA)はBNPL企業に対し、誤解を招く広告について警告しています。

BNPL事業者は、全米では州レベルの規制の対象となり、貸付真実法(TILA)の開示に準拠する必要があります。消費者金融保護局は、2022年、BNPL業界の規制強化を計画していることを示唆する報告書1 を公表しました。この報告書では、BNPLの顧客は、与信費用の開示や自動支払いの強制オプトインなど、消費者金融市場で標準となっている保護を伴わない商品に行き当たる可能性があることも明らかになりました。

BNPL以外の例としては、決済サービスにおける生成AIの使用があります。生成AIの使用例として、決済サービスだけではなく、決済サービスの広告や販売促進についても多大な期待が寄せられています。規制当局は、生成AIの新しさとアクセスのしやすさに関心を寄せていますが、現時点では行動を起こしていません。これも、規制対象の決済サービス事業者が様子を見る理由の1つになっていると思われます。BNPLなどの新しい商品やサービス、また生成AIのような機能に関して、具体的なコンプライアンス方針が定められていない状況は、一部の金融機関の動きを止めると同時に、イノベーターが規制されることなく市場を開拓する機会となります。このようなリスクとコンプライアンスを巡り変化する状況においても、それを乗り切る方法はあります。決済サービス、特に消費者向け決済サービスのイノベーションに注力する先見性のあるリーダーは、未知の領域を開拓する上で、特に有益な4つの行動を取っています。
 

1. イノベーションに関するリスクおよびコンプライアンスのチームを任命する

決済サービスにおける新商品とイノベーションだけに集中する小規模のチームを結成します。このチームの役割は、新しいパートナーシップと能力を継続的に評価し、決済サービスを専門領域として、その知識を深め、イノベーションのさまざまな論点について規制当局と緊密に対話し、他国の事例から得た知見を決済サービスのリスクおよびコンプライアンスの枠組みに組み込むことです。同チームは決済サービス事業立ち上げの開始から途中の変更のすべてにおいて、成果を継続的に評価する役割を担います。英国では、このようなチームが規制当局や政府機関と共に未来の決済環境の構築に取り組んでいます。

2. リスクマネジメント・バイ・デザインの考え方を浸透させる

従来のリスク管理プロセスに重点を置くのではなく、カスタマージャーニー全体のさまざまな重要なインタラクションにリスクインテリジェンスを深く組み込み、斬新な顧客中心のアプローチを開発します。これには、カスタマージャーニーの分析、リスクの特定、各段階における統制、リスク許容度の継続的な評価、さらなる統制が必要かどうかの判断などが求められます。

3. 明確な指針がない場合も、新しいイノベーションに対して鍵となるリスク原則を適用する

この好例が、デジタル決済におけるマネーロンダリング防止(AML)の概念の適用や、受領者情報のスコアリングと共有が行われる領域への投資です。また、PayTech企業がさらに取り組みを強化できる領域には、組み込み型決済やエコシステムパートナーシップに着手する際のサードパーティーに関するリスク管理機能の自動化、不正行為やサイバー攻撃の予測、公平な手数料の設定があります。新商品に関して明確なルールがない場合でも、既存の規制の枠組みにおいて試行錯誤の下に得られた原則は、イノベーションのための優れた指針になり得ます。

4. 避けられない規制の変更に備える

規制環境が変化し、規制がイノベーションに追いついていくことから、PayTech事業は柔軟に設計される必要があります。その準備には、契約条件、CX、情報開示、ビジネスモデル、データを新たな規制環境に適合するように変更できるようにしておくことが求められます。また、規制環境の成熟に伴い、新しいガイダンスと厳しい期待に応えられる、柔軟なテクノロジープラットフォームが必要になります。賢明なアーリーアダプターは、変化を予測し、その柔軟性をビジネスモデルに組み込んでいます。


第2章  テクノロジーと競争力
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第2章

テクノロジーと競争力

成長を実現するには、テクノロジースタックの刷新が必須です。

リスクとコンプライアンスのガイドラインが明確ではないことは別として、PayTech分野での活躍を望む多くの金融機関にとって、テクノロジーが大きな障害となっています。リアルタイム決済、オープンバンキング、分散型台帳技術のいずれにおいても、時代遅れのレガシーインフラストラクチャーには、数十年にわたりカスタマイズされた無数のコードが蓄積し、イノベーターにとっては、気が遠くなるような高い障壁が立ちはだかっています。

レガシーインフラストラクチャーとリアルタイムでの拡張や対応が必要であることを組み合わせると、特に従来の企業や、設備やシステムを刷新する予算が限られる企業にとっては、イノベーションが不可能に思えるかもしれません。カードプラットフォームを刷新し、製品の発売・促進を数カ月ではなく数日で実施する場合であれ、企業の経理機能をクラウドに移行する場合であれ、時代遅れの技術で事業を継続するには困難が伴います。既存の決済フロー(電信送金、クロスボーダー決済、電子決済、カード取引)の刷新に注力することは、新しいプラットフォームの取り組みに注ぐ能力が限定されることを意味します。

新たな決済手段の導入が義務付けられていない米国のような国では、預金口座の60%以上がリアルタイム決済で資金を受ける条件を満たしていますが2 、リアルタイム決済を行えるのは米国の銀行のうちわずか10%に過ぎず、このことは導入のさらなる障害となる普及の課題を引き起こしています。リアルタイム決済情報の記録・送信機能の導入は比較的容易ですが、レガシーシステムもリアルタイム環境に適用し、進化していかなければならないため、不正行為、AMLツール、下流の業務処理などの問題により、多くの企業が導入に二の足を踏んでいます。

今、PayTech技術のアーリーアダプターはこれらの課題に立ち向かっています。私たちは、クライアントとさまざまな面で協働し、テクノロジーを阻害要因からイネーブラーに転換することを目指しています。その実現に向けた方法を以下でご紹介します。
 

1. エコシステム・アプローチの追求

社内のテクノロジーの不備を一挙に解決するために多くの企業が行っているのが、サードパーティーとのパートナーシップの模索です。コネクテッドコマースやデジタルウォレットなどの決済サービスのイノベーションを目的とするパートナーシップを通じて、新しい機能の導入を迅速に進められます。しかし、適切な収益モデル、データプライバシー、リスク管理などの課題も伴い、パートナーシップのリスクアジェンダに掲げられます。私たちはクライアントに、成功に導く計画を立て、「最善の組み合わせ」を求めてパートナーシップを締結し、多様なパートナーとの統合を通じて最高の柔軟性を実現するよう助言していますが、パートナーシップのエコシステム管理に伴うコストとリスク管理面を考えると、専用のリソースが必要であることも認識しています。
 

2. オーケストレーションへの投資か、コアエンジン全体の取り換えか

決済処理サービスは、原則としてコモディティです。ただし、決済プロセスのいくつかの要素(支払いの開始やルーティングなど)は、他の要素(決済や照合など)に比べ、より戦略的であり、差別化の機会になります。企業が時代遅れの決済インフラの刷新を目指すに当たり、チャネルや企業システムとのアプリケーション・プログラミング・インターフェイス(API)ベースの統合、柔軟な運営規則変更、価格設定、インテリジェントな決済ルーティングなどの機能を持つ最新のオーケストレーションエンジンを構築することで、顧客体験管理の向上、収益化の機会実現、処理コストの削減が可能になります。清算、決済、照合などのコモディティ的機能を専門パートナーや既存のコアエンジンに委ねることで、段階的刷新が可能になり、プログラムに関するリスクが軽減されるだけでなく、決済手段に関する規制変更の管理に要する継続的コストも削減できます。
 

3. 新サービスだけではなく事業全体のサポートのためのエンタープライズ機能(不正行為、監視、警報)刷新への投資

多くの場合、新サービスの展開には、より俊敏な拡張や対応を可能にするサポートシステムへの投資が必要です。EYのクライアントの中には、エンタープライズ機能全体の変更ではなく、小規模なサービス機能に絞って投資を実行する企業もあります。一例として、リアルタイムの不正行為監視機能を、企業組織全体ではなく特定の決済手段に導入するために投資する場合があります。この種のプロジェクトは、初期投資の点では効率的ですが、企業全体のロードマップが断片的になり、企業と顧客をサポートする機能全般が複雑化します。私たちが推奨するのは、多様なイノベーションを支える真の共有サービスモデル構築に向けて、投資を実行する際に、リアルタイムの不正行為管理や AMLなどの新たな機能を、企業全体に導入する道筋を想定に含めることです。

第3章  データと分析:PayTechの生命線
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第3章

データと分析:PayTechの生命線

データと分析の活用が、リスク軽減と顧客体験の向上につながります。

データは決済ビジネスの生命線であり、データの収益化はPayTechの事業計画の「究極の目標」です。成功を収めたPayTech企業はすべて、データ(社内/社外データを問わず)に常に注力し、卓越した顧客体験の実現、不正行為やリスクの軽減、商取引の拡大を図っています。データの取り扱いは、オープンバンキング、リアルタイム決済、組み込み型商取引体験などの新しいPayTech機能を導入する際の大きな課題の1つでもあります。

過去5年間で、ペイメント・アズ・ア・サービスとオープンバンキングのビジネスモデルの普及が加速し、英国など一部の国では規制が実施され、他の国・地域でも検討されています。アズ・ア・サービスのビジネスモデルの下では、ペイメントプロバイダーは、自社の決済システムと機能をデジタルエクスペリエンスに組み込むことを可能にし、サービスプロバイダーは、ユーザーエクスペリエンス全体(サービス利用中や終了時点での支払い、予算や資金状況の管理、請求書の支払いなど)を向上させることができます。 

これらの機能強化は、レガシー決済システムの全面的見直しの契機となるとともに、事業拡大能力のあるデジタルサービスプロバイダーにとって、非常に有望な機会になります。しかし、これらの新しいビジネスモデルの多くには、資金の照合、財務報告および規制上の報告、顧客サービスの統合に関して、不十分な可能性があります。多くの場合に問題となるのは、財務管理、サービス、業務運営などのバックオフィス機能にデータが統合されていないことです。

これらの領域は、オープンバンキング、あるいは、すべての新しいビジネスモデルにおける重要な側面であり、データに関する課題によって新規の取引や新製品開発が中断されたり、問題への対処が完了するまで大規模な成長が制限されたりすることが多いことから、PayTechのアーリーアダプターの成長と規模拡大を大きく抑制する要因になりかねません。

私たちは、金融サービス業界のクライアントやPayTech企業との協働から得られた経験に基づき、より良い成長と成功に向けて、以下の取り組みを推奨します。
 

1. 厳格なデータ要件に対処する

多くの新しいPayTechにおいて、企業同士のパートナーシップによるエコシステムの構築が必要となります。これらのパートナーは、サービス提供に不可欠なデータを所有していますが、パートナーシップ締結初期の段階では、財務管理/報告に関連する情報や、顧客サポートを十分に実施するために必要なデータの確保など、パートナーが求めている厳格な要件を見落としがちです。これらを見落とすと、事業の成長と拡大が止まり、その後の対応に多額の投資が必要となります。パートナーと新しいサービスを立ち上げる際には、財務および顧客情報の管理を、不可欠なデータ要件とすることを強く推奨します。
 

2. 最高データ責任者にイネーブラーとしての権限を与える

世界的に見ても、データの所有権、ポータビリティ、プライバシーは、あらゆるPayTech企業が取り組まなければならない基本原則になっています。明確な規制の有無にかかわらず、新しい決済サービス・製品には、顧客のデータ所有権と、データのポータビリティと統制の機能を組み込む必要があります。多くの国でデータのローカライゼーションが要件になりつつありますが、統制の義務化によりデータのオフショア保存ができなくなり、クラウド戦略が一層複雑になっています。また、PayTechの事業運営にはより多くのパートナーシップが必要となるため、誰がどのデータを所有し、どのように使用し、収益化につなげるかという問題を解決しなければ、進行が滞る可能性があります。最高データ責任者(またはチーム)は、あらゆるPayTech戦略を左右する重要なイネーブラーであり、すべての取り組みに関与することで、新しいサービスやビジネスモデルの立ち上げや拡大を成功に導くことができます。
 

3. 相互運用の基盤を構築する

多くの取り組みにおいて、立ち上げの際に、実用最小限の製品 (MVP) モデルについては考えますが、成功の長期的影響について考えることはまれです。必然的に、相互運用に関する障害が、革新的なアイデアの実現や、新しいビジネスモデルにおける成長の妨げにつながります。国際標準化機構(ISO)が定める ISO 20022 などの決済業界を対象とする標準規格を、相互運用の基盤構築に活用することはできますが、その導入が限定的であり、ネイティブ機能ではなく、下流システムへの変換を通じたコンプライアンスが重視されていることが、今後も業界の足かせとなるでしょう。リアルタイム決済ネットワーク、CBDC、さらにはオープンバンキングの取り組みでさえ、国境を越えた機能を念頭に置いて構築されることはめったにありません。米国でリアルタイム決済が実施されてから5年がたちましたが、2つの国内ネットワーク(Fed NOWとRTP)間の相互運用に関して、いまだに計画はなく、英国のFaster PaymentsとEUや米国のリアルタイム決済ネットワークとの相互運用については、その方法を調査するための概念実証の取り組みのみが実施されています。アジアでは相互運用について期待できますが、その歩みは遅々としています。相互運用の実現は難しい取り組みですが、PayTech業界が拡大するためには、ISOを基盤として採用し、相互運用が必然であることを踏まえて計画を進めることが重要です。

ISO 20022の活用を通じて決済サービス事業を飛躍させる方法をご覧ください。 

第4章  顧客体験の深化
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第4章

顧客体験の深化

デジタル決済は、顧客の日々の決済方法を根本的に変えました。

リアルタイム決済、デジタルウォレット、クロスボーダー決済など、すべてのPayTech事業において、確固たる優位性を示すには、比類のないエクスペリエンスを創出し、提供することが必要です。デジタルウォレットでは、決済のエクスペリエンスをフリクションレスで目に見えないものにすることが重要であり、オープンバンキングで重視されるのは、利用者を銀行に出向かせるのではなく、銀行取引をデジタル体験に組み込むことです。デジタル通貨においては、外貨交換の煩雑さをなくすことが不可欠です。つまり、エクスペリエンスがビジネスモデルそのものなのです。顧客体験は従来の企業が、PayTech企業に最も後れを取っている領域であり、エンド・ツー・エンドのエクスペリエンスにこだわる、従来の企業文化の概念が問われています。

従来の決済事業者は、エクスペリエンスを完全には統制できないという理由から、デジタルウォレットやオープンバンキングなどの多くのPayTechに対して懸念を持っています。率直に言うと、伝統的な銀行の存在感がなくなることを恐れているのです。米国では、これを「ダムパイプ(サービスを提供せずインフラだけを提供する事業者)化」と言います。アーリーアダプターは、PayTech分野で勝者になるために、以下の主要原則に従い規模拡大を行うことで、これらの伝統的な文化的障壁を克服しています。
 

1. リスク管理を資産と捉える

従来型の大手金融機関は、銀行のライセンスを貸し出す代わりに、不正行為やセキュリティに関するサービスを開発し、従来の決済商品に組み込むのではなく独立した商品として販売することで、利益を増やすだけでなくプレミアムな料金設定も行っています。金融機関がリスク管理サービスを分離し、従来の決済サービスの強化を目的とする独立した製品として販売することで、一般的な決済処理の料金ではなく、プレミアム料金を請求することが可能になります。

2. アズ・ア・サービス商品の顧客との関係を深める

多くのアズ・ア・サービス・モデルは、顧客が単一のサービスしか購入しないことや、このモデルを通じて獲得した顧客との関係を深めることができないという問題を抱えており、顧客との関係を強化するには、エンドユーザーに銀行が提供しているサービスを認識してもらう必要があります。アプリ、アラート、その他の手段(紙媒体を除く)を通じて、エンドユーザーとのデジタルなエンゲージメントを維持することが必須です。強力な顧客維持戦略がなければ、これらの新規顧客および顧客の預金や取引はすぐに他の企業に奪われ、顧客リストの度重なる変更を迫られる事態に陥るでしょう。決済サービスの提供は、付加価値サービスを通じて深化戦略を強化する機会になります。報酬や購入に関するパートナーシップから資金移動のリアルタイム予測まで、決済サービス事業は、従来の銀行業務とは比べものにならない、関係深化のための重要な手段になり得ます。

3. 銀行業務の活用:運用モデルとエンド・ツー・エンドのデジタル化を再考する

従来型の金融機関は、さまざまな事業を結集して「決済」事業として一体化することにより、B2B2Cモデルにおける加盟店との関係を通じて、自社の消費者向けの決済サービスや融資商品を活用できることに気付き始めています。従来型の金融機関が、エクスペリエンスの個別化、隣接分野への進出、消費者向け銀行業務や商業銀行業務全体において、戦略的にクロスセルの機会を特定するには、消費者データの活用が必須です。これらのプロセスをマッピングし、フロントオフィス、ミドルオフィス、バックオフィスの各機能を統合する完全なデジタルエクスペリエンスに焦点を定めることで、PayTech企業は、同業他社から抜きんでることができます。
 

4. 顧客体験を向上させる機能の導入につながるパートナーシップを模索し、構築する

テクノロジープロバイダーは、独立型から、背後でイネーブラーとして機能するような大規模なプロセッサーやネットワークがサービスを提供しているものまで、数多く存在しています。その例としては、中小企業がマーケット登録する際、デジタルなフロントエンドエクスペリエンスを円滑にするため、背後で不正行為・データ分析サービスを提供するプロバイダーや、顧客がボタンをクリックするだけでデジタル決済の資格情報(ウォレット、カード利用状況など)を管理できる機能を提供する事業者などがあります。このようなテクノロジープロバイダーに十分な投資をすることで、企業は顧客体験の課題に迅速に対処し、極めて動きの激しいデジタルファーストの市場で競争することが可能になります。
 

今後の課題

決済サービスの未来は、確かに期待に満ちており、今後も金融界に多大な影響を与えるでしょう。顧客にとって、デジタル決済の利点は明らかであり、フリクションレスでシームレスな決済は、事業者と消費者が毎日行う、数百万もの取引方法を根本から変えました。投資の時期と方法を検討している金融機関は、リスク、テクノロジー、データ、顧客体験の4つの柱を慎重に考慮する必要があります。賢明な成長を望むのであれば、何もしないという選択肢はあり得ません。新しい決済環境の展開は、すでに始まっています。参入を希望する企業にとっての問題は、それにいかに早く対応できるかです。


EYと共にPayTechでブームを起こす

決済業界の最新トレンド、イノベーション、課題を、EYのグローバルリーダーと共に考察しています。


サマリー

決済サービスプロバイダーは、リスクとコンプライアンス、データと分析、テクノロジー、顧客体験への有意義な投資を行うことで、ますます競争が激しい市場においても競合他社の先を行くことができるでしょう。

本稿では、新しい決済機能を安全に活用し、より賢明で、最終的により迅速な成長の実現をご提案します。


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