どの国においても、イノベーションとテクノロジーが進歩すれば、常にそれに応じて規制リスクとコンプライアンスの課題も進化します。その結果、PayTechを早期に導入した企業には、ビジネスモデルの転換や再評価の必要が生じます。また、多くの場合、潜在的な導入者の大部分(主に厳しい規制下にある企業)が傍観者として、「様子見」のアプローチを取ることになります。この点は、デジタル割賦融資サービスであるバイ・ナウ・ペイ・レーター(BNPL)にもよく当てはまります。BNPLの規制については、オーストラリア(成熟段階)からEU(新たに規制実施)、米国(初期段階)まで、国・地域によって成熟段階はさまざまです。
BNPL市場の規制では、オーストラリアが先行しています。規制により、与信の提供に先立ち購入能力の確認を行うことが事業者に義務付けられており、顧客には契約のキャンセルに14日間のクーリングオフ期間が認められています。また、事業者は、延滞料を含め、サービスに付随する料金・手数料を前もって提示しなければなりません。英国は、BNPLの提供開始から数年を経て、現在、同様の措置を導入するための協議が最終段階に入っています。
2021年、欧州委員会は消費者信用指令の改訂案を発表しました。改訂案では、金融教育と借り入れに関する助言提供の促進とともに、顧客の信用力評価に関する規制の厳格化を求めています。これとは別に英国では、規制対象外のBNPL企業を捕捉するため、規制範囲の拡大が提案されています。また、金融行動監視機構(FCA)はBNPL企業に対し、誤解を招く広告について警告しています。
BNPL事業者は、全米では州レベルの規制の対象となり、貸付真実法(TILA)の開示に準拠する必要があります。消費者金融保護局は、2022年、BNPL業界の規制強化を計画していることを示唆する報告書1 を公表しました。この報告書では、BNPLの顧客は、与信費用の開示や自動支払いの強制オプトインなど、消費者金融市場で標準となっている保護を伴わない商品に行き当たる可能性があることも明らかになりました。
BNPL以外の例としては、決済サービスにおける生成AIの使用があります。生成AIの使用例として、決済サービスだけではなく、決済サービスの広告や販売促進についても多大な期待が寄せられています。規制当局は、生成AIの新しさとアクセスのしやすさに関心を寄せていますが、現時点では行動を起こしていません。これも、規制対象の決済サービス事業者が様子を見る理由の1つになっていると思われます。BNPLなどの新しい商品やサービス、また生成AIのような機能に関して、具体的なコンプライアンス方針が定められていない状況は、一部の金融機関の動きを止めると同時に、イノベーターが規制されることなく市場を開拓する機会となります。このようなリスクとコンプライアンスを巡り変化する状況においても、それを乗り切る方法はあります。決済サービス、特に消費者向け決済サービスのイノベーションに注力する先見性のあるリーダーは、未知の領域を開拓する上で、特に有益な4つの行動を取っています。
1. イノベーションに関するリスクおよびコンプライアンスのチームを任命する
決済サービスにおける新商品とイノベーションだけに集中する小規模のチームを結成します。このチームの役割は、新しいパートナーシップと能力を継続的に評価し、決済サービスを専門領域として、その知識を深め、イノベーションのさまざまな論点について規制当局と緊密に対話し、他国の事例から得た知見を決済サービスのリスクおよびコンプライアンスの枠組みに組み込むことです。同チームは決済サービス事業立ち上げの開始から途中の変更のすべてにおいて、成果を継続的に評価する役割を担います。英国では、このようなチームが規制当局や政府機関と共に未来の決済環境の構築に取り組んでいます。
2. リスクマネジメント・バイ・デザインの考え方を浸透させる
従来のリスク管理プロセスに重点を置くのではなく、カスタマージャーニー全体のさまざまな重要なインタラクションにリスクインテリジェンスを深く組み込み、斬新な顧客中心のアプローチを開発します。これには、カスタマージャーニーの分析、リスクの特定、各段階における統制、リスク許容度の継続的な評価、さらなる統制が必要かどうかの判断などが求められます。
3. 明確な指針がない場合も、新しいイノベーションに対して鍵となるリスク原則を適用する
この好例が、デジタル決済におけるマネーロンダリング防止(AML)の概念の適用や、受領者情報のスコアリングと共有が行われる領域への投資です。また、PayTech企業がさらに取り組みを強化できる領域には、組み込み型決済やエコシステムパートナーシップに着手する際のサードパーティーに関するリスク管理機能の自動化、不正行為やサイバー攻撃の予測、公平な手数料の設定があります。新商品に関して明確なルールがない場合でも、既存の規制の枠組みにおいて試行錯誤の下に得られた原則は、イノベーションのための優れた指針になり得ます。
4. 避けられない規制の変更に備える
規制環境が変化し、規制がイノベーションに追いついていくことから、PayTech事業は柔軟に設計される必要があります。その準備には、契約条件、CX、情報開示、ビジネスモデル、データを新たな規制環境に適合するように変更できるようにしておくことが求められます。また、規制環境の成熟に伴い、新しいガイダンスと厳しい期待に応えられる、柔軟なテクノロジープラットフォームが必要になります。賢明なアーリーアダプターは、変化を予測し、その柔軟性をビジネスモデルに組み込んでいます。