自動車産業におけるKAM開示

 自動車産業におけるKAM開示


自動車産業に関わる会社のKAM開示の動向を把握し、業界における特徴的な内容を理解すると共に、次年度に向けて今から準備をしましょう。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 自動車セクター 公認会計士 三井洋介

主として自動車部品メーカー、エンジニアリング会社及び分譲住宅建設会社の監査に従事している。日本基準、国際会計基準及び米国基準に基づく多国籍企業の監査を主として担当している。オーストラリア メルボルン事務所での勤務経験あり。当法人 シニアマネージャー。


要点

  • 「固定資産の減損」「製品保証引当金の見積り」「たな卸資産の評価」に関するKAM事例を分析しましょう。
  • KAM制度が導入され、監査の透明性を向上させ監査報告書の情報価値を高めることになりました。
  • 会社も、財務諸表利用者にとって財務諸表を適切に理解するために、開示を拡充した事例が多くありました。


Ⅰ はじめに

原則的に2021年3月期より、金融商品取引法に基づいて開示を行っている企業の監査報告書において、監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)が記載されることになりました。本稿では、自動車産業に関わる会社のKAM開示の動向を把握することで、自動車業界における特徴的な内容を解説します。

 

Ⅱ 自動車産業におけるKAMの動向

自動車メーカー、自動車部品製造会社及び自動車関連の小売業(ディーラー)の21年7月までに公表された有価証券報告書を対象にKAMを分析した結果、単体財務諸表に関連するKAMの個数は、平均1.3個(最大3個)、連結財務諸表に関連するKAMの個数は平均1.4個(最大5個)となっており、多くの監査報告書で連結・単体共に、1個~2個のKAMの記載がありました。特に記載が多かった項目は以下のとおりです。

  • 有形固定資産及び無形固定資産(のれんを含む)に関連する減損検討
  • 繰延税金資産の回収可能性
  • 関係会社の投融資評価
  • 製品保証引当金の見積り
  • たな卸資産の評価

その理由として、これらの項目は対象資産または負債の評価に関する見積りに経営者の判断を含む点、見積りの前提となる重要な仮定が不確実性を伴っている点、さらに会計処理の結果によっては多額の追加費用の計上が必要となる可能性を含む点が考えられます。特に、新型コロナウイルス感染症拡大による各国のサプライチェーンや工場の稼働率への影響、半導体不足による自動車生産計画数量の引き下げによる業績悪化等が、各社の将来事業計画の見積りに強く影響を与えたことで、将来事業計画の見積りに関連したKAMの記載が多かったと考えられます。

次に、特に事例として多かった固定資産の減損、そして自動車業界に縁の深い製品保証引当金及びたな卸資産の評価について、分析結果を解説します。

 

Ⅲ 固定資産の減損に関するKAM

固定資産の減損に関するKAMは、①減損損失を計上した事例、②減損の兆候を識別したものの減損損失の計上には至らなかった点に焦点を当てた事例、③減損の兆候の有無の判断に関連する事例が見受けられました。

減損損失を計上した事例では、「内容及び決定理由」に減損損失を認識した場合の注記を参照し、その金額の見積りの前提となった重要な仮定を記載すると共に、「監査上の対応」にその仮定に対応した監査手続の記載がありました。

減損損失を計上しなかった事例では、減損の兆候を識別した資産グループの名称や残高をKAMの内容に記載している事例が多く見られました。これは、企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」の適用によって、会計上の見積りに関する開示が拡充され、検討対象の資産グループの名称及び残高が注記で明らかになったことが背景にあると考えられます。

重要な仮定として、将来キャッシュ・フローの見積りに含まれる販売台数(マーケットシェア)、市場成長率及び費用に対する予測(原価率・利益率)に加えて、使用価値の算定に使用される割引率が挙げられています。

監査人のKAMの決定理由として、重要な仮定の見積りに不確実性を伴う経営者の判断がある点や、使用価値、公正価値の算定の評価モデルの検証に高度な専門知識が必要な点が挙げられていました。

前述した重要な仮定や評価モデルの複雑性に対応する手続として、割引率や評価モデルに対して、専門家による評価を利用して監査を実施している事例が多くありました。また、監査人が重要な仮定を評価することを目的として、会社から提供された内部資料を閲覧するだけでなく、顧客からの内示情報や外部調査機関が提供している国別及び車種別の生産台数予測等の外部データと内部資料を比較し整合性を確認する手続きを実施している事例や、過去の業績推移を分析する趨(すう)勢分析や重要な仮定の変動によって見積りの影響度を評価するための感応度分析を取り入れた事例も多くありました。

 

Ⅳ 製品保証引当金の見積りに関するKAM

高い安全水準が要求される自動車業界では、やはり製品保証引当金や市場クレームに係る債務(未払費用)をKAMとしている事例が多く見られました。「内容及び決定理由」に、不確実性の高い具体的な事案の引当金残高を記載する事例もありましたが、残高全体をKAMとしている事例の方が多くありました。

重要な仮定として、予測発生台数、修理または交換費用の単価及び客先との費用分担割合が挙げられています。

前述した重要な仮定に関連した監査上の対応として、監査人が、見積りに使用したデータの正確性と網羅性を検討したことや第三者との交渉状況、社内の調査資料の閲覧を実施した旨を記載している事例が多く見受けられました。また、リコール届出一覧や製品の販売実績データ等の利用可能な情報に基づいて対象製品の数量を検証する事例もありました。

 

Ⅴ たな卸資産の評価に関するKAM

通常のたな卸資産の評価に加えて、自動車部品の製造に必要な金型の評価についてKAMに記載している事例がありました。金型を固定資産として会計処理することが一般的ですが、自動車業界においては、自動車部品製造会社が製品の生産に必要となる金型の製造・購買を行い、それを顧客に販売するという商慣習があり、取引の過程で、製造仕掛中または購買したものの販売前の金型を在庫として保有する場合に、たな卸資産として評価が必要となります。金型をたな卸資産として評価する場合においても、通常のたな卸資産の評価と大きな違いはなく、評価に関する重要な仮定として、正味売却価額の見積りや見積追加製造原価の算定に加えて、滞留資産の販売予測数量や販売価格が挙げられていました。当該重要な仮定に関連した監査上の対応として、監査人が経営者の採用した評価基準が適切なものであるか、滞留品目の販売実績との比較や経営者への質問によりその妥当性を検討している点や、在庫評価資料の検証手続きの一つとして、入出庫状況に基づいて在庫の保有期間別による分類の正確性を検証している点を記載している事例が見受けられました。

 

Ⅵ 分析結果を踏まえて

監査人がKAMを記載する上で、財務諸表利用者に誤解を与えることは避けなければならず、KAMとする背景となったリスクの範囲(名称や金額)や内容等を具体的に記載することで、監査の透明性を向上させ監査報告書の情報価値を高めることになります。財務諸表作成責任者である会社においても、「会計上の見積りの開示に関する会計基準」の適用も伴い、財務諸表利用者にとって財務諸表を適切に理解するため開示を拡充した事例が多くある印象を受けました。

 

Ⅶ おわりに

最後になりますが、自動車業界は、新型コロナウイルス感染症の影響も含めた不透明さに加え、環境規制の強化による自動車のEV化や自動運転技術の進化等により、変革の時期を迎えています。このような経営環境の著しい変化の中、企業の財政状態や経営成績、さらには抱えるリスクについて投資家に十分な情報を提供すべく、企業のさらなる開示の拡充と監査人による透明性のあるKAMの記載が図られることが今後も期待されます。


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サマリー

自動車産業に関わる会社のKAM開示の動向を把握し、業界における特徴的な内容を理解すると共に、次年度に向けて今から準備をしましょう。


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