EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授 蟹江憲史
国際連合大学高等研究所客員リサーチアソシエイト、東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授などを経て、2015年より現職。日本国政府「持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議」委員、内閣府「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」委員など多数の外部委員も務め、SDGsおよび環境問題を中心に多方面で活躍。
EY Japan Climate Change and Sustainability Services
(CCaSS) Leader 牛島慶一
EY Japanにおける気候変動・サステナビリティサービス(CCaSS)のリーダーとして業務に従事する傍ら、環境省中央環境審議会、東北大学大学院非常勤講師なども務める。グローバルなスタンダード形成に関与しながら日本企業の持続可能なビジネスモデルの構築に尽力。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。
要点
今回の特別対談は、日本のSDGsの第一人者である慶應義塾大学大学院の蟹江憲史教授をお招きし、高まるサステナビリティ意識のさらなる向上と企業が取り組むべき課題について、当法人の牛島慶一と語り合っていただきました。今回は、渡米中の蟹江教授とオンラインでの対談となりました。
牛島 現在、日本ではSDGsが大変な盛り上がりを見せています。国レベルでは内閣府をはじめとする関係省庁、関係機関が積極的に取組みを行っており、これを受けて民間でも多くのキャンペーンが展開されており、さまざまな場面でSDGsバッジを着けている方をよく見かけるようになりました。SDGsを推進する立場の蟹江先生は、今の日本の状況をどのようにご覧になっていらっしゃいますか。
蟹江 ここまで盛り上がった理由の一つは、2017年に経団連の企業行動憲章が改定されて「Society5.0の実現を通じたSDGsの達成」が掲げられ、経済界が一気に動き始めたことにあると思います。これにより、SDGsの認知度が大きく向上しました。とはいえ、実質的なアクションを起こしている企業はまだ多くはありませんので、日本のSDGsはいよいよ本格的なスタート地点に立った段階だと見ています。
牛島 欧米諸国と比べた場合、どの程度の位置付けになるのでしょうか。日本では報道も多く行われていますし、統合報告書やアニュアルレポートでSDGsに言及している企業も多いのですが、海外メディアではあまり取り上げられていないように感じます。この違いは何なのでしょう。日本と海外では、SDGsの考え方や取り組み方に何か違いがあるのですか。
蟹江 確かに、米国でSDGsに関するニュースはほとんど聞きません。話題になったのは、昨年9月に韓国の音楽グループのBTS(防弾少年団)が、国連でスピーチをしたときくらいです。とはいえ、サステナビリティという言葉はよく耳にします。アメリカ人は国連にあまりシンパシーを感じていないという社会的背景があって、SDGsよりも分かりやすいサステナビリティという言葉を使うのです。さすがに、国連のお膝元のニューヨークは事情が異なるようですが。一方、欧州では、エリート層と話をすると、しばしばSDGsという言葉が出てきます。ですから、使う言葉に相違はあれど、世界的に持続可能な社会への関心が高まっていることは確かです。
牛島 では、国によってSDGsあるいはサステナビリティに対する見方や理解のアングルに違いはありますか。というのも、かつて日本では、ESG(社会的責任投資)やCSR(企業の社会的責任)は、社会貢献やコンプライアンスと近い意味で捉えられていた時期がありました。今のSDGsも、一般的には、環境保護や人権運動のように考えられている風潮があると感じています。海外では、SDGsはどのように理解されているのでしょうか。
蟹江 欧州では、言葉よりも実態が先行していますね。例えばフランスやオランダでは、マイバッグ持参は20年前から当たり前のことですし、食品ロスに関する意識も高い。サステナブルな取組みが社会に根づいています。これは、米国の一部の州や企業も同様です。また、欧州も米国も多民族国家ですから、もともと国の中に多様性が溢(あふ)れています。そうしたこともあって、あえてSDGsを強くアピールしなくてもさまざまなレベルでの具体的な取組みが進んでいます。対して日本は、一般人も含めSDGsの認知度が非常に高いことが特徴です。ただし、実質的な活動となるとまだこれからです。これまで環境は環境、貧困は貧困といったように分離的に行われてきたこともあり、包括的な視点があまり育っていませんでした。それが、SDGsという一つのフレームワークで捉えられるようになって一気に流れができ、大きな動きにつながってきたところだと思います。
牛島 社会的な土壌が十分に育っていないがゆえに、キャンペーンという花火を打ち上げる必要があり、それが実際に効果を発揮しているということですね。
蟹江 特に多様性については、歴史的に日本の社会や企業が慣れていないのは、残念ながら否定できません。これではいけない、何とかしなければと考えていたところで、SDGsが後押ししてくれたということではないかと思います。
牛島 先ほども少し触れましたが、CSRのように企業が持続可能な社会を目指して行動すること自体は、これまでにもありました。こうした従来型のサステナビリティとSDGsの違いはどこにあるのでしょうか。
蟹江 一番の違いは、SDGsは経済の持続可能性を正面から切り込んでいることにあります。02年の南アフリカ共和国で開催されたヨハネスブルク・サミットでは、環境・社会・経済を3本柱としていましたが、まだ当時は、行動計画は環境や社会の比重が相対的に高かった。しかしその後、リーマンショックや世界的に大規模な自然災害を経験したことで、環境や社会のサステナビリティは、経済のサステナビリティ抜きでは考えられないことが分かってきました。こうしたことから、SDGsでは経済・環境・社会が同じ比重のトライアングルとなっています。
牛島 SDGsが目指すサステナブルな経済とは、具体的にどのようなものでしょうか。
蟹江 簡単に言えば、脱炭素循環型で人間を重視した経済です。この経済モデルでは、企業は自社のことだけではなく、サプライチェーンなども含めたビジネスのライフサイクル全体をマネジメントする必要があります。実際、アップルやボルボ・カーズでは、100%再生可能エネルギーへの切り替えを、経営の重要課題としてサプライチェーン全体で推進しています。こうした動きは法的規制によるものではないので、企業ごとの取組みには差がついてしまいますが、それが企業の価値の差につながり、消費者や投資家の評価ポイントにもなってきます。そこで企業が差別化を図ろうとする機運が醸成されていくことも、SDGsの目指すところだと思います。
「環境や社会のサステナビリティは、経済のサステナビリティ抜きには語れません。」
牛島 とはいえ、脱炭素循環型経済への移行は、コロナ禍で大打撃を受けている経済界の現状を鑑みると、なかなか高いハードルだと感じます。企業としては何をするにも資金が必要ですし、消費者マインドも変化してはいるものの、「サステナビリティのために少し高いこの商品を買ってください」と言われても厳しいものがあるでしょう。投資家も動き始めていますが、やはり国がある程度の役割を担う必要があるのではないでしょうか。
蟹江 まさにその通りです。グローバル展開を行っている企業の経営者は、国際競争力や海外機関投資家からの資金調達の観点から、かなりの危機感を抱いていますが、残念ながら、それをサポートする政策が遅れています。経団連などからも声があがっているように、補助金や税制優遇なども含めて、産業界を支援する仕組みをドラスティックに変えていかなければいけません。変化を起こせなければ、いずれ日本自体の価値が落ちてしまいます。つまり、SDGsの本質は、サステナブルな社会で日本経済がいかに生き残るか、そのための成長戦略はどうするかということなのです。
牛島 円卓会議を設置するなど、国も力を入れていますが、現状ではまだ、SDGsが経済成長の問題だとは捉え切れていない感じがありますね。
蟹江 私自身、円卓会議では度々進言していますが、それを政策に反映させる法的枠組みがないため、閣議にかけられないことが大きな問題です。2000年に高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)が制定されたことで、日本のインターネット政策は大きく前進したのですが、SDGsもそろそろこのフェーズに移行しなければなりません。そのためにも、基本法の制定による官民連携は必須です。
牛島 近年、会計制度もSDGsやサステナビリティを意識した改正が行われています。例えば、IFRS財団はサステナビリティに関する指標の標準化の検討を始めており、ESG投資やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の在り方が議論されています。さらに、一部の投資家からはインパクト投資の動きも出ています。そうした中で、日本企業がSDGsで生き残っていくために、どう行動すべきだとお考えですか。
蟹江 まずは、経済成長戦略として経済産業省などが動くよう、経済界が政府に強く働きかけていくことが必要です。民間レベルの話としては、ビジョンを共有し合える企業同士が、業種を超えて相互補完していくようなコラボレーションが重要です。そこにNGOが関わっても良いと思います。そうすることで、先ほどの「高いけれどSDGsのために買ってください」ではなく、双方にメリットのある形がつくれるのではないかと思います。社会問題解決がビジネスになるのであれば企業間競争も生まれてきますので、それを活用していくという考え方です。
牛島 蟹江先生がおっしゃっているのは、元請けなのか下請けなのか、あるいはB to BなのかB to Cなのかも関係なく、同等のパートナーシップでリソースやスキルを持ち寄って社会問題を解決し、そこで生まれた利益をシェアしていこうという発想ですよね。だからこそ、社会問題をいかにマネタイズするかのビジョンを共有することが重要だと。これは、とても大きな今後のヒントだと思います。
蟹江 あとは、物やサービスであれ、企業そのものであれ、そこにどんなストーリーを乗せるのかも大事だと思います。例えば同じような製品でも、途上国の工場で大量生産されたのか、地方創生の産物なのかで価値は変わってきます。企業であれば、非財務的な価値がまさにこのストーリーであり、そこにSDGsと共感・共鳴するポイントがあれば、インパクト投資にもつながっていきます。
牛島 SDGsを契機に企業の在り方は大きく変わっていくと考えられますが、蟹江先生のお立場から経営者の皆さまにお伝えしたいことはありますか。
蟹江 先を読むことの重要性です。気候変動のリスクなどもあり、先を読むのが難しい時代ですが、サステナブルな経営のためには近未来を見定めることが大切です。国連加盟国の総意であるSDGsは、かなり信頼性の高い将来の指標と考えられるので、これにフォーカスしてビジョンを持っていただければと思います。あとは、非財務的な価値を高めるということでは、監査の役割も大きいと思います。
牛島 そうですね。先ほど触れたIFRS財団の話のように、サステナビリティの標準化・可視化の議論はすでに始まっています。非財務情報を法定開示するにあたり、信頼性をいかに担保するかは非常に重要なので、議論を重ねて理解を深める必要があるでしょう。そういう意味でも、SDGsは環境・社会・経済のトライアングルで進めるべきものであり、企業にとって差別化や成長のチャンスとなり得るという蟹江先生のお話は、示唆に富み、今後の大きなヒントとなりました。本日は、どうもありがとうございました。
「サステナビリティの標準化・可視化は会計・監査の分野でもすでに始まっています。」
日本のSDGsの第一人者である慶應義塾大学大学院の蟹江憲史教授をお招きし、高まるサステナビリティ意識のさらなる向上と企業が取り組むべき課題について、お話しいただきました。
EYのプロフェッショナルが、国内外の会計・税務・アドバイザリーなどの企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。
全国に拠点を持ち、日本最大規模の人員を擁する監査法人が、監査および保証業務をはじめ、各種財務関連アドバイザリーサービスなどを提供しています。
長期的価値は、目的を明確にし、幅広いステークホルダーに焦点を当て、長期的にビジネスを維持することから生み出されます。