EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本記事ではサステナビリティ関連財務情報の開示項目に対する全般的な要求事項のプロトタイプ(全般的な開示要求事項のプロトタイプ)について取り上げます。
要点
COP26を機に、国や企業によるカーボンニュートラルに向けた取り組みの重要性が再認識されるとともに、投資家の役割やそれを⽀える資本市場の制度整備への期待が⾼まっています。投資家は、企業価値評価において財務情報のみでなくサステナビリティ情報も重要視するようになりましたが、サステナビリティ情報に係る開⽰基準の開発は過渡期にあり、さまざまなイニシアティブやフレームワークが混在する状況です。
このような環境下、国際的に統⼀し⽐較可能なサステナビリティ開示基準の策定を目標に、IFRS財団下の技術準備作業部会(TRWG)3は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立と同時に2つのプロトタイプ(基準原案)「(i)サステナビリティ関連財務情報の開⽰項⽬に対する全般的な要求事項(全般的な開⽰要求事項)、(ii)気候関連開⽰要求事項」を公表しました。
前者の全般的な開⽰要求事項のプロトタイプは、主要なサステナビリティ開示基準設定主体である5団体の共同⽂書、TCFD提⾔の枠組み、並びにIFRS会計基準(IAS第1号「財務諸表の表⽰」等)やその概念フレームワーク等を基に作成されています。
以下で、TRWGが提案したIFRSサステナビリティ開⽰基準の体系と全般的な開⽰要求事項のプロトタイプの概要について解説します。
TRWGは、基準体系として、全般的な開⽰要求事項の下にテーマ別と業種別の開⽰要求事項を策定することをISSBに提案しています(図1参照)。4つの柱はTCFDが推奨する開⽰項⽬と整合するものであり、テーマ別や業種別という区分も既存のサステナビリティ開⽰基準に影響を受けたものと考えられます。
図1:IFRSサステナビリティ開示基準の体系(案)
出典:IFRS財団公表資料に基づき筆者作成
今回公表された「全般的な開示要求事項」と「気候関連開示要求事項」の2つのプロトタイプはあくまでも基準原案であり、ISSBはこれらを基に公開草案(ED)を作成し、2022年第1四半期(1-3月)までにEDの公表及びコメント募集を行う予定です。また、最終基準の公表は2022年下期(7-12月)を目指しています。
なお、気候変動以外のサステナビリティ関連事項については、対応した基準が策定されるまで、全般的な開示要求事項に沿って開示することが求められます。
気候変動以外に優先して基準策定するテーマは、今後ISSBがコンサルテーションを実施して決定する予定です。なお、全般的な開示要求事項のプロトタイプでは、サステナビリティ関連事項の例として、労務管理、人権、コミュニティとの関係、水及び生物多様性が挙げられています。
以下で、全般的な開示要求事項のプロトタイプの概要について主な項目別に説明します。
図2:全般的な開示要求事項のプロトタイプの構成
出典:サステナビリティ関連財務情報の開示項目に対する全般的な要求事項のプロトタイプ4に基づき筆者作成
サステナビリティ関連財務情報の開示の目的を、一般目的財務報告の主要な利用者の意思決定に有用となる、報告企業がさらされている重要なサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報を提供すること、としており、IFRS会計基準(IAS第1号)と整合した形で設定されています。また、企業の一般目的財務報告は、完全、中立かつ正確な企業の重要なサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する説明を含むべきとしています。
なお、「サステナビリティ関連財務情報」は、企業価値の向上を推進する力(ドライバー)に関する洞察を提供する情報であり、「企業のビジネスモデル」及び「経営者が当該モデルを維持かつ開発するための戦略」が依拠する資源や関係性を利用者が評価するために十分な基礎を提供する、と本プロトタイプにて定義されています。
IFRSサステナビリティ開示基準に準拠してサステナビリティ関連財務情報を作成及び開示する場合、全般的な開示要求事項を適用する必要があるとしています。また、特定のサステナビリティ関連事項や関連する業界横断的もしくは業種別の指標や目標については、他のIFRSサステナビリティ開示基準で取り扱われている場合、それらを適用することになります(例えば、気候関連事項には、気候関連開示の基準を適用)。
企業価値に影響しないサステナビリティ関連事項は、一般目的財務報告の対象外であるとしているものの、これらが広範なステークホルダー(財務報告の利用者を含む)に有用な情報を提供することがあるとも述べています。
また、IFRS会計基準適用企業以外もIFRSサステナビリティ開示基準を適用できることを明確にしています。
サステナビリティ関連財務情報は、それを省略したり、誤表⽰したり覆い隠したりしたときに、⼀般⽬的財務報告の主要な利⽤者が当該財務報告に基づいて⾏う意思決定に影響を与えると合理的に予想し得る場合には、重要性(マテリアリティ)があるとしており、IFRS会計基準(IAS第1号)での重要性(マテリアリティ)の定義と整合した形で定義されています。
重要(マテリアル)な情報には、企業の将来キャッシュ・フローに影響を与えると合理的に予想される企業が社会や環境に与える影響も含まれる可能性があるとしており、マテリアリティは時の経過とともに変遷するというダイナミック・マテリアリティ5の考え⽅を取っている点には留意が必要です。また、発⽣可能性は低いが、企業の将来キャッシュ・フローへの潜在的な影響が⼤きい事象(イベント)も重要(マテリアル)な情報となる可能性があるとしています。
一般目的財務報告の報告企業の境界は、財務諸表とサステナビリティ関連財務開示とで同一であるべきとしています。なお、報告企業の境界外の利害関係者の活動が、利用者による企業価値評価に影響を与える場合は、その利害関係者との活動、取引や関係性から生じる重要なサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する重要(マテリアル)な情報を開示すべきとしています。例えば、主要な取引先が環境規制に準拠するために製造プロセスを大幅に変更する必要があり、これが報告企業のサステナビリティ関連のリスク及び機会に関して重要(マテリアル)であれば、開示が求められる可能性があることには留意が必要です。
サステナビリティ関連財務開示は、主要な利用者がサステナビリティ関連財務情報とそれ以外の一般目的財務報告の情報との結びつき、相互依存性やトレードオフを理解することができるように提供することが求められています。これは、国際統合報告フレームワーク6の指導原則である「情報の結合性(コネクティビティ)」という概念に影響を受けたものと考えられます。
TCFD提言の枠組み及びIFRS会計基準と整合した形で定められていますが、主な内容は以下の通りです。
4つの観点全てについての情報を提供することで、企業間の整合性と比較可能性を高めることができると考えられています。気候変動リスクに関するTCFD提言の枠組みをサステナビリティ一般に準用した形で定められていますが、下記がTCFD提言の枠組みとの主な相違点です。
企業は、当期に報告される指標及び主要な業績指標(KPI)を含む全ての金額について、前期の比較情報を表示することとしています。また、記述情報についても、当期のサステナビリティ財務関連開示を理解する上で関連するものであれば開示が求められています。なお、見積りを更新した場合、その更新を反映させて比較情報を表示し、公表済財務報告と差異がある場合にはその旨を開示すること(実務上可能な限り)も求めています。これは、当期と過年度情報の比較可能性を高めるためです。
少なくとも12カ月ごとに、財務諸表と同時に、サステナビリティ関連財務情報を報告することを求めています。
IFRSサステナビリティ開⽰基準に基づく開⽰を、報告企業の⼀般⽬的財務報告に含めることが求められています。他の資料へのクロスリファレンスが認められる場合もありますが、厳格な要件が規定されています。また、⼀般⽬的財務報告のどの箇所に開⽰するかは、各法域の規制によって異なることにも⾔及しています。⽇本においては、有価証券報告書での開⽰が例として挙げられます。なお、金融庁の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」にて、サステナビリティ情報の開示体制について審議されていますが、将来的には有価証券報告書での開⽰も視野に入れて議論されています。
サステナビリティ関連財務開示が関係する財務諸表を特定する必要があります。当該財務諸表がIFRS会計基準に準拠して作成されていない場合には、適用基準を開示することになります。
サステナビリティ関連財務開示に使用される財務データ及び仮定は、関連する財務諸表に使用される財務データ及び仮定と整合的であることが求められています。
目的適合性、信頼性、比較可能性及び理解可能性がある情報を企業が開示することを要求しています。また、企業は、提供する情報が、重要なサステナビリティ関連のリスク及び機会が企業価値に及ぼす影響(潜在的な影響含む)を利用者が理解するために十分ではない場合は、追加的な開示を行う必要があります。従って、特定のサステナビリティ事項に適用するIFRSサステナビリティ開示基準が存在しない場合には、目的適合性があり、中立でかつ企業の重要なサステナビリティ関連リスク及び機会を忠実に表現する開示の提供について自ら判断することが求められます。この判断にあたり、企業は全般的な開示要求事項や類似もしくは関連する事項を取り扱う他のIFRSサステナビリティ開示基準を考慮することが求められています。また、一般目的財務報告の利用者のニーズを満たす他の基準設定機関の直近の公表物や一般に認められている業界実務慣行も考慮することができます。これはIFRS会計基準(IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」)のアプローチと整合したものです。
指標が直接測定できず、見積もることしかできない場合でも、合理的な見積りの使用はサステナビリティ関連財務情報の指標を開示する上で不可欠であり、見積りが明確かつ正確に説明されている限り、情報の有用性を損なうものではないとしています。また、重要な見積りの不確実性を有する指標を識別し、見積りの不確実性の原因や性質、不確実性に影響を与えている要因を開示することが求められています。
過去の1つ又は複数の期間に係るサステナビリティ関連財務開示における脱漏又は誤表示が存在する場合には、過年度の誤謬に該当し、実務上不可能でない限り、企業は、発見された後に最初に発行が承認される一般目的財務報告において、重要性(マテリアリティ)がある過年度の誤謬を遡及的に訂正することとしています。これは、IFRS会計基準(IAS第8号)と整合した規定です。
脚注
【共同執筆者】
江口 智美
(EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 兼 品質管理本部 IFRSデスク シニアマネージャー)
※所属・役職は記事公開当時のものです。
IFRSサステナビリティ開示基準は、既存のサステナビリティ情報開示に関する枠組みを基に、会計基準と整合された形で構成されており、これらの基準利用者にとっては、なじみのある体系となっています。一方、結合性(コネクティビティ)という概念の導入に伴い、一般目的財務報告における情報間の関連性を明確にすることが求められています。つまり、各企業は、サステナビリティ関連財務情報とそれ以外の一般目的財務報告の情報(財務諸表を含む)との関連性をさらに意識する必要があると考えられます。