AIとWeb3を組み合わせてビジネスを再構築するには

AIとWeb3を組み合わせてビジネスを再構築するには


本記事は以前LinkedInに投稿したものです。

AIとWeb3には、お互いの弱点に対処し、今後導入を加速させ、ビジネスモデルと組織モデルを変革する可能性があります。


要点

  • Web3はAIが抱える信頼問題への対処を助け、AIはWeb3導入上の課題を克服するのに役立つでしょう。
  • AIとWeb3の融合で革新を起こし、その個々の効果を上回る成果をもたらせるかもしれない。
  • AIとWeb3には、組織を超流動企業に近づけ、事業運営上の摩擦を軽減し、別々のアイデアとリソースをつなぎ、成長を加速させる可能性がある。

EYは、2023年5月から6月にかけて、経営幹部を対象とした招待者限定のイベント「Innovation Realized in Focus」をシカゴ、ロンドン、ミュンヘン、ニューヨーク、パロアルト、シンガポールの6都市で開催しました。このイベントは、EYが長年にわたり開催してきたグローバルサミット「Innovation Realized」を補完することを目的としており「人工知能(AI)とWeb3の融合」を中核テーマとしています。

この2つのテクノロジーが戦略に及ぼす影響は広く研究されていますが、両者を組み合わせた効果については、ほとんど注目されていません。AIとWeb3を組み合わせることで、どのような影響が新たに生まれるのでしょうか。Innovation Realized in Focusでの議論と、EYの専門家によるその後の分析結果から、この2つのテクノロジーがお互いの主な弱点に対処し、今後導入を加速させ、ビジネスモデルと組織モデルを変革する可能性があることが分かりました。

 

2つのテクノロジーとこれまでの道筋

AIもWeb3も新たなテクノロジーではありませんが、ここ近年は異なる道筋をたどってきました。

AIは1950年代に出現し、その後、姿形を変えながら進化してきましたが、大きな注目を集めるようになったのはこの1年ほどです。注目が急激に高まった背景には、生成AIを利用して構築された大規模言語モデルが相次いでリリースされたことがあります。これらモデルが実現した驚くべき機能が、非常に大きな興奮と関心を喚起しているのです。企業によるアナリスト説明会で「AI」や「生成AI」が言及される回数は、ChatGPTがリリースされた2022年第4四半期から2023年第2四半期までの間に約2倍に増えました1。EYのCEO Outlook Pulse調査の結果から、2023年10月には企業の実に99%が生成AIに投資しているか、投資する方針であることが分かりました。

ところが、このような盛り上がりを見せているにもかかわらず、ほとんどの企業は、パイロットプロジェクトやユースケース、概念実証を試す初期段階にあります。生成AIへの投資は、従来型AIやクラウドソフトウエアに充てられる予算より少ないのが現状です。Innovation Realized in Focusに参加した150人以上を対象とする調査の結果から、90%がAI成熟度のまだ初期レベルにあり、最上級レベルの企業が4%にとどまることが分かりました。導入の加速を阻む障害の1つは、信頼度の低さと、AIが高める可能性のある潜在的リスクに対する懸念の大きさです。

Web3の基盤技術であるブロックチェーンは、少なくともビットコインが誕生した2009年には生まれていました。2021年になると、メタバースブームが起き、NFTや暗号資産がメタバースの構造に不可欠になるとの臆測から、こうした資産や商品に対する関心が高まりました。しかし、このような臆測とそれに触発された導入は、その後下火となっています。要するに、Web3は、NFTマーケットプレイスから暗号資産取引所や暗号資産ウォレットまで、特化した幅広い商品やプラットフォームを誕生させた一方、その導入が比較的少数の推進派に限定されたままであり、まだ普及・主流化していません。


導入を加速させる

各都市を回ったInnovation Realized in Focusで議論を交わす中で浮き彫りとなったのは、お互いの弱点に共生的に対処し、それを双方の導入拡大の加速につなげる可能性をAIとWeb3が秘めていることです。特にWeb3はAIへの信頼不足に対処する一助となり、AIはWeb3の導入拡大という課題を克服する一助となると考えられます。
 

偽・誤情報が爆発的に増えはじめたWeb 2.0時代から、信頼の獲得が既に課題となっていましたが、AIはこの問題を過熱させかねません。ハルシネーション(モデルが生成する偽・誤情報で、正確な情報と見分けがつかないことが多い)はインターネットで拡散し、誰もが依拠するリポジトリ(情報が保管されたデータベース)汚染しており、大きな問題となっています。これがさらに、悪意のある人物が生成AIを武器に合成メディア(フェイクニュース記事だけでなく、エンタープライズシステムに悪意を持って注入される合成データや、陰謀論をまき散らす動画とアバター)を瞬時に、とてつもない規模で生成する事態に発展しかねません。
 

Innovation Realized in Focusの参加者からは、Web3が認証と信頼構築で役立つ可能性があるとの指摘がありました。例えば、Web3はブロックチェーンの公証性を利用し、偽・誤情報の根絶に役立つと思われます。コンテンツ開発者は、記事や動画を「ハッシュ化」(本質的には、それぞれのコンテンツに一意のデジタル指紋を生成すること)し、その結果をブロックチェーンに置き、公開鍵で署名をします。そうすることで、あらゆる閲覧者や視聴者は、その公開鍵を使用してコンテンツ自体をハッシュ化し、ブロックチェーンに保存されていたものと同じ結果を得られれば、そのコンテンツが改ざんされていないと確信できます。こうした技術を、電子透かしなどの手法と組み合わせることが、生成AIとそのアウトプットへの信頼構築に大いに役立つと考えられます。
 

類似のアプローチは生成AIの価値を引き出す上で欠かせない組織横断的なチーム構成を実現するため、有益となるでしょう。生成AIは非構造化データを処理でき、最終的に構造化データと非構造化データを組み合わせることができるため、プロセスやベストプラクティスに関する知識(いわゆる「ナレッジグラフ」)を含め、企業がプールされたデータから価値を引き出す新たな機会が次々と生まれるでしょう。
 

しかし、こうした情報をプールする場合、国・地域をまたいでデータを移動させる能力を制約するなど、データの共有を制限して顧客のプライバシーを保護する規制や会社のポリシーに対処する必要が出てきます。こうした制限を守りながら、共有データから価値を引き出すために、企業はマルチパーティ計算やゼロ知識証明などのプロトコルに、ますます頼ることになりそうです。こうしたプロトコルを用いれば、自らのデータを他者に漏らすことなく、複数の関係者から得たデータの分析や計算を行うことができます。そうして得られたアウトプットの有効性は、ブロックチェーンで検証することが可能です。
 

Web3はこのような形で信頼と信用を高めることで、生成AIの導入を加速する一助となります。生成AIも同様に、幾つかの形でWeb3の導入を加速させることができると考えられます。
 

Web3の普及拡大を妨げる要因の1つは、使い勝手の良いインターフェースとエクスペリエンスの不足です。Web3の利用は、人によって技術的なハードルが高く、初心者の場合、分かりにくいインターフェースと複雑なワークフローに苦戦しながら、難解な用語を学ぶ必要があることが少なくありません。AIは、このハードルを乗り越える手助けができると考えられます。生成AIは今後、職場全体のさまざまな仕事や役割で労働者の伴走者(コパイロット)になるだけでなく、Web3の伴走者にもなり、使い勝手の良いインターフェースと、個々の好みに合わせたユーザー体験により、ユーザーが複雑なWeb3エコシステムへ対応するのに役立つでしょう。
 

さらに根本的に考えると、生成AIはWeb3アプリケーションにとって理想的な環境を構築できると考えられます。Web3の要素技術はデジタルファーストの構造であるため、人間より機械に適しているかもしれません。普通の人は、商品やサービスの支払い・決済に暗号資産を用いることに、説得力のある理由があるとは思えないかもしれません。ところが生成AIの場合、法定通貨より暗号資産を用いて価値を保管・交換したり、紙の契約書の代わりにスマート・コントラクトを利用したりした方が、恐らく簡単で効率的です。生成AIの普及が進む中、それがWeb3の導入拡大を促す可能性があります。
 

事実を誇張して伝えるつもりはありません。Web3とAIが直面する課題全てを、この2つのテクノロジーで解決することはできないでしょう。実際、6都市の参加者は、Web3の拡張性の問題から、両テクノロジーのカーボンフットプリント(CO2排出量)まで、幾つかの課題に着目していました。しかし、生成AIとWeb3を上手に組み合わせることで、主要なリスクと課題の一部を軽減し、導入を加速させる土台づくりができると考えられます。


ビジネスを再構築する

AIとWeb3の効果を組み合わせることで、ビジネスモデルと企業の在り方を根本的に再構築できるかもしれません。
 

そのためにはまず、事業部門を見直す必要があります。企業は既に、生産性と効率性の向上を図り、事業部門を合理化するには、AIを活用してどうすればよいかを模索しています。重点はやがて既存の事業部門の効率化から、事業部門の徹底的な見直しへとシフトしていくでしょう。その見直しは、AIとWeb3が持つ力と組み合わせたときに最大の効果を発揮するはずです。


再構築する事業部門の有力候補は、Innovation Realized(IR)2023のセッションでもたびたび言及されていたサプライチェーンです。再構築された未来のサプライチェーンは、ブロックチェーンを基盤とし、セキュリティと完全性(インテグリティ)の確保や正確な在庫管理ができます。また、サプライヤーなどサードパーティーとの取引でスマート・コントラクトを利用できます。またAIを活用すれば、サプライチェーンの創造的破壊をより正確かつ動的に予測し、対応できるようになると考えられます。


時間が経過すると、この創造的破壊は個々の事業部門からビジネスモデル全体へと広まることになるでしょう。考えられるその広まり方は、少なくとも3つあります。まず、AIとWeb3がサプライチェーン管理や研究開発、営業・マーケティングなど主要なスキルを自動化できるため、こうしたバリュードライバーは徐々にコモディティ化されていきます。このようなコンピテンシーをベースに価値提案をする企業は、競争優位性が低下するため、価値を創造、提供、獲得する新しい方法を模索する必要が生じ、存在意義を維持するため、新たなビジネスモデルの構築を余儀なくされるでしょう。


次に、Web3は分散型でオープンソース構造をとっているため、ビジネスモデルをディスラプトする大きな可能性を秘めています。進化し続ける生成AI分野では現在、オープンソースモデルとプロプライエタリモデル(個社ごとの独自開発モデル)が混在していますが、IR 2023の一部参加者からは、Web3がオープンソースへと流れを変える可能性があると指摘する声が聞かれました。より大きなディスラプションをビジネスモデルにもたらすのは、Web3の基盤を成す分散化です。ソーシャルメディアとユーザー生成コンテンツの時代であるWeb 2.0は、ネットワーク効果の秘めた力により、大手プラットフォーム企業が市場の著しい集中化を図ることを可能にしました。一方、Web3は、真のピア・ツー・ピアモデルを構築して、このようなプラットフォームを介さず直接取引できるようにする可能性があります。これは、ネットワーク効果に依存するビジネスモデルをとる企業にとって非常に大きな影響を及ぼします。


最後に、AIとWeb3は企業の組織構造を変えるかもしれません。Web3は既にDAO(共同で所有・運営し、中央集権的なリーダーシップを必要としない組織)という構造を実現させました。生成AIを組み合わせることで、DAOの対応力とインテリジェント性を高めてDAOモデルを次のレベルへと押し上げ、以前から追求してきた超流動企業という概念に、組織をかつてないほど近づけることができるかもしれません。


ビジネスリーダーが受ける影響

新興テクノロジーの動向を見守る

AIが変革を起こす可能性を秘めていることは、何年も前から広く知られていました。それでもChatGPTがリリースされた際、その画期的な能力にほぼ誰もが驚きました。ディスラプティブな技術がS字カーブをたどることは有名です。重要な変曲点に達すると、急速に加速し大きな進歩を遂げ、市場浸透が大幅に進みます。

他に身近過ぎて見えていないものはありませんか。変化のスピードを侮らないでください。企業は、新興テクノロジーの動向に細心の注意を払い、その動向を見守るスキャン機能を育む必要があります。
 

「AIプラス」戦略を策定する

企業は、セクターや国・地域を問わず、生成AIへの対応を積極的に策定しています。多くの企業がまず取り組むのは、ユースケースを試し、概念実証を構築することです。しかし、戦術的・受動的な姿勢から、戦略的・能動的な姿勢へと移行するには、AIで自社のセクターをどのように変革し、ビジネスモデルを変革するできるのかについてのビジョンを構築する必要があります。これが、バックキャスティング型戦略的プランニングの第一歩です。

ビジョンの構築と戦略の策定では、単なるAIの評価だけでなく、途中で、場合によっては予定より早く出現する可能性のある他のテクノロジーとの関連において、AIを評価しましょう。テクノロジーディスラプションが加速する社会で企業に求められるのは「AIプラス」戦略です。
 

融合を模索する

本記事とそのベースとなっているInnovation Realized in Focusでの意見交換は、AIとWeb3の融合が、いかにそれぞれの部分の総和以上の成果をもたらすかを表しています。これ以外の、テクノロジー部門と事業部門の垣根をまたいだ融合は、自社のビジネスにどのようなメリットをもたらす可能性があると思いますか。リスク管理チームはこれまでアナリストや弁護士の専門知識の恩恵を受けてきましたが、Web3専門家から何を学ぶことができるでしょうか。

何はともあれ、模索を続けましょう。



サマリー

AI導入の加速を阻む障害の1つは、信頼度の低さと潜在的リスクに対する懸念です。Web3については、使い勝手の良いインターフェースとエクスペリエンス不足が障害となっています。お互いの弱点に対処することで、この2つのテクノロジーの導入を加速させ、ビジネスモデルと企業の在り方を根本的に再構築する機会を組織にもたらすことができると考えられます。進化するテクノロジーの動向を注意深く見守り、その融合で、それぞれの部分の総和以上の成果を得られることを理解する必要があり、価値創造と成長を加速させるには、戦術的適用から戦略的ビジョンへと移行することが特に重要となる。それが、今回の発見から得られた学びです。


EYの関連サービス

Web3ビジネス向けアシュアランスサービス

ブロックチェーン技術は、かつては暗号資産等の分野での利用に限定されていましたが、現在ではさまざまな産業分野において検討が進んでいます。


EY.ai ― 統合型プラットフォーム(人工知能サービス)

EY.aiは、人間の能力とAIを統合したプラットフォームです。EYは、企業が信頼できる責任ある方法でAIを導入し、自社の変革を促進するための支援を目指しています。




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