CEOが直面する喫緊の課題:絶え間なく続く混乱を乗り切り、目標に向かって進むには

The CEO Imperative series

CEOが直面する喫緊の課題:絶え間なく続く混乱を乗り切り、目標に向かって進むには


過去に例を見ない衝撃的な出来事が、世界と経済を変容させています。企業は、サステナビリティが向上し、地域化とデジタル化が進む世界に備える必要があります。


要点

  • 繰り返し発生する混乱に備えるため、営業および財務的視点、環境的価値、および地政学に基づいたビジネス上の意思決定を行い、レジリエンスを高める必要がある。
  • エネルギーコストの上昇、サプライチェーンの再構成、サイバー脅威の増大、サステナビリティへの取り組みなどの減速を前に、世界経済の回復は後退している。
  • 長期的な動向の加速に伴い、企業は経済的ショックを乗り切ると同時に、社会的課題を解決できる柔軟なビジネスモデルを必要としている。

ウクライナ情勢により、社会、地政学、ならびにビジネスの世界は、根本から覆りました。元の姿に戻るには長い時間が必要となることでしょう。世界経済に多大な影響を及ぼす予期せぬ混乱の発生は増加する一方です。ウクライナ情勢はそのうちの1つに過ぎず、これで終わりでもないものと思われます。

過去15年間にわたり、相次ぐ経済危機や地政学的な危機の衝撃は瞬く間に世界中に広がり、あらゆる国や経済、貿易関係、そして事業運営に影響を与えてきました。ウクライナ情勢がどのように終息するか、あるいは悪化するかについて不透明な状況が続く中、ビジネスリーダーは暗闇の中を、すでに急務となっているトランスフォーメーションを加速しながら、今後受け得る混乱に備えて、レジリエンスを確立するという難題に面しています。

ey-a5081-compound-impact-graphic-v2

企業が現在直面している課題の多くは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック当初の状況の不透明さに始まり、従業員の安全確保に関する取り組みや、新しい働き方、サプライチェーンの分断への対処など、パンデミックによる混乱への対応のさなかに生じたことです。

ウクライナ情勢に対しては、企業は、当然のことながら、まず直接の影響への対処に注力してきました。対応してきたのは従業員と事業の安全の最大限の確保、ロシアとウクライナでの事業のリセット、停止または撤退、制裁措置への協力、当座のリソースの確保、サプライチェーンの分断の回避、そして直接影響を受けている避難者らの支援などです。この状況が長く続こうとも、連帯と危機管理が急務であることに変わりはありません。しかしビジネスリーダーは、いまや中期的な戦略の策定を始めるべきで、それも迅速に行動しなければなりません。

パンデミックは、新型コロナウイルス感染症発生前からすでに始まっていたトランスフォーメーションの多くを急速に進展させました。2020年3月以前から、レジリエンスとアジリティ、デジタル化、ハイブリッドワーク、サプライチェーンの多様化、そしてサステナビリティの必要性はすべて、企業の事業計画に含まれていましたが、パンデミックが、これらのアジェンダを促進させました。

ウクライナ情勢により、今もパンデミックによる複合的な影響が増大しており、このためトランスフォーメーションの短期化が求められています。従来の「通常のビジネス運営」のコースであれば、7~10年かけて実現されていたことが、今では7~10カ月で実現されているほどです。これほどリーダーに行動を求めるプレッシャーが切迫したことは、かつてありませんでした。また、リーダーの決断はデータに基づくものながら、このリーダーを支えるべきデータすら急変を続けており、結果リーダーの決断をさらに難しいものにしています。

ウクライナ情勢が将来に及ぼす影響は膨大なため、地政学的モデリングを使用してその収束について検討しました。用いたシナリオは短期的な交渉による終結という楽観的なものから、NATOとの交戦まで、さまざまです。皆が終結を望んでいますが、どのような結果になるかは誰にも分かりません。また、結果を左右できるような直接的な影響力を持つ人はこの地上にいないも同然です。

私たちは直接影響を及ぼすことはかなわないにせよ、混乱はこのまま継続し、地政学的状況を変容し得るような、ある種の「冷戦」が長期に及ぶ可能性が高いものと仮定することはできます。制裁と対抗措置、消費財やエネルギーの不足と価格上昇、インフレ、サプライチェーンの分断、投資家と消費者の心理の変化など、ウクライナ情勢がもたらすものの多くは、当面継続するものと考えられるでしょう。

「CEOが直面する喫緊の課題」シリーズでは、CEOが組織の未来を構築する上で役立つ重要な問題課題と対応策について考察しています。シリーズの一部である本稿では、主要なマクロ経済の変化、ならびにそれがサプライチェーンやサステナビリティ、デジタル化、サイバーセキュリティなどに及ぼす影響について概説し、混乱が積み重なる中でもたらされる複合的な影響を考察します。

ey-a5081-compound-impact-graphic
エスカレーター上の距離確保のための表示を上方から撮影した写真
1

第1章

世界経済の回復は暗礁に乗り上げるのか

ウクライナ情勢によって、インフレ率の上昇、エネルギー価格の高騰、金融市場の不安定化は進み、地域の後退の原因となっています。

ウクライナ情勢から受ける影響は、一部の経済領域では極めて重大なものになる可能性が高いとみられますが、世界的には、パンデミック後の回復に対する短期的なマイナスの影響は約0.4パーセントポイントで平準化し、2022年にはGDP成長率は3.5%になると予想されます。しかし、情勢が深刻化し、拡大するならば、その影響ははるかに大きくなり、世界的な景気後退のリスクの恐れもあります。

ウクライナ情勢に起因する主な逆風には、次のようなものがあります。

  • 消費財価格、特にエネルギー、金属、一部の食品と農産物の価格の上昇
  • 財政状況の逼迫および資本流出を含む金融仲介機能に対するストレス
  • 貿易とサプライチェーンの混乱の拡大
  • 民間セクターの信頼感の低下

このような混乱は、過去20年間で最高水準のインフレ率、エネルギー価格の上昇、サプライチェーンへの重圧、変動の大きい金融市場を背景とする不安定な状況下で生じたために、さらに深刻化しています。ウクライナ情勢が発生する以前からすでに、複数の中央銀行が金利引き上げという厳しい道を進んでいましたが、インフレ抑制に向けた取り組みの増加に伴い、金利はさらに高水準に達するものとみられます。

米国を中心に、すでに金融・財政政策の引き締めとパンデミックの影響軽減目的の財政支援の縮小・廃止が実施されてきましたが、これらの動きを埋め合わせているのは、避難者への直接支援、特に中欧におけるエネルギー自立と防衛力強化の措置に対する財政支援の増大です。

ワクチン接種と治療手段を通じて、多くの国でパンデミックの壊滅的な影響が緩和され、ウクライナ情勢発生以前には、供給のボトルネックが解消し始めていました。しかし、たとえパンデミックが地域的流行(エンデミック)に移行したとしても、まだ終息ではありません。新型コロナウイルス感染症と戦うための政策はさまざまです。例えば中国では、ゼロコロナ政策により、ロックダウンが依然として実施されており、流通の混乱を来しています。

世界貿易の減速に伴う各地域への影響

ロシアとウクライナ

ロシアとウクライナはどちらも、深刻な経済危機に直面しています。ロシアへの経済・金融制裁はさらに厳格化され、ルーブルの暴落、外国企業の撤退の拡大につながっています。GDP成長率は、2022年には5%~7%のマイナスになると予測されます。同時に、通貨安と輸入品の不足のため、インフレ率は2桁台後半になるとみられます。万一、中国とインドが制裁に加わった場合、ロシアへのマイナスの影響は約50%上昇するものとみられます。

ウクライナの経済活動には紛争の影響で甚大な混乱が生じています。長期的な影響の程度は現在のところ、紛争の規模と継続期間に左右されるとみられ不透明です。しかし他の紛争のモデルリングによるインフラコストの見通しでは、GDPの潜在成長率は最大マイナス50%が今後複数年にかけて継続するものとみられます。このことから、たとえウクライナの状況が短期に終息しても、2桁台のGDP減少につながる可能性があります。

欧州

欧州もまた、ウクライナおよびロシアとの貿易・金融面での関係の深さから、大きな打撃を受けることが懸念されます。エネルギー・食品価格の高騰が家計に重くのしかかり、金融環境の逼迫が企業活動の制約となる中にあっても、ユーロ圏のGDP成長率は3.0%前後(0.6%超のマイナス影響を織り込み済み)にとどまる可能性が高いとみられます。

しかし欧州内でも、各国間に大きな差が生じるものと予想されます。最も大きな打撃を受けるのはバルト三国とキプロスになりそうですが、南欧とアイルランドは比較的影響が小さいものとみられます。また、ポーランド、スロバキアと、またこの2カ国ほどではありませんがハンガリーでも、押し寄せる膨大な数の避難者が、衣食の消費量や財政支出、インフレ率を押し上げるものとみられます。ロシアからの石油と天然ガスの購入が禁止された場合、最も影響を受けるのはハンガリー、バルト三国、チェコ、スロバキア、ドイツ、イタリアなどの国々とみられます。

米国

対照的に、米国経済は、ウクライナ情勢の発生以前から続く堅調な経済動向に支えられ、欧州ほど深刻な影響は及んでいません。切迫した事態になれば、米国はエネルギーの輸入停止の実行が可能なようですが、米国内の石油生産者はこれまでも幾度か政府による活況と破綻のサイクルに踊らされる経験があるため、掘削に消極的な行動を取るリスクがあります。

中国

中国は不動産取引の低迷とゼロコロナ政策により国内経済に吹く逆風が収まらないため、GDP成長率が、2021年の8.1%から減速し、2022年には約5%になると予測されます。インドは石油輸入依存度が高いため(消費量のほぼ90%)、商品価格が高騰する可能性が高いものとみられ、実質GDP成長率は、2021年の8.1%から減速し、2022年は7%になると見込まれます。

異なるGDP成長率予測を企業がいかに織り込むかを検討する上で、ビジネスリーダーは混乱と低迷が続くクロスボーダー貿易の回復に取り組む必要があります。ロシアは西側との関係では孤立を深めるものとみられますが、中国や他のアジアの国々との関係は維持されるようです。消費財の輸入先は、他の国々に変更され得る可能性が高いですが、グリーンミネラル(リチウム、レア・アースなど)のような特定の資源は、産出地域が限定されるため、代替が困難なものもあります。

その他の国々

クウェート、アラブ首長国連邦、カザフスタン、サウジアラビア、オーストラリア、ノルウェーなどのエネルギーを大量に輸出している国々は、価格上昇の恩恵を、少なくとも短期的には受けています。対照的に、エジプトは小麦をウクライナとロシアからの輸入に依存しているため、ウクライナ情勢の影響を特に受けやすいでしょう。石油や他の消費財の「純輸入国」、特にアジア地域の国々(ベトナム、パキスタン、タイ、韓国など)も不利な立場にあり、貿易収支が悪化する可能性が高いものとみられます。

パンデミックによる混乱後に始まった世界経済の回復は、すでにいくらか後退し始めているものの、ウクライナ情勢が深刻な長期的紛争に発展せず他の国や地域にまで拡大しない限り、現時点では世界的な景気後退の可能性は低いものとみられます。

屋外の建設現場に立ってタブレットを操作している男性エンジニア
2

第2章

サプライチェーンのグレート・リセット

マルチソーシング、サステナビリティや透明性の点における必要性の高まりから、企業は地政学的見地から適切な地域クラスターへと集まってきているようです。

ウクライナ情勢により、効率性向上と最適化を目指す、「予備のチェーン」のない、リニアなサプライチェーンの時代が終わろうとしていることが明らかになりました。しかしそれ以前より、このレガシーモデルに対する国際的な信頼は、数々の危機により崩れつつありました。世界的なパンデミック、福島の原発事故、スエズ運河の封鎖などはすべて、リニアなサプライチェーンの亀裂と脆弱さを明らかにしました。以降、企業はレジリエンス強化を目指して、供給モデルの設計原則を絶えず見直してきました。

サプライチェーンのグレート・リセットを推し進める要因は以下の通りです。

関連記事

オペレーショナルレジリエンスとサステナビリティの実現に向けて

COOは変化した環境の中で、レジリエンスとサステナビリティの実現に向けて事業運営を率先して見直す必要があります。

    • 単一の供給地域への依存が、生産システムの全面的なシャットダウンや、優先されるべき医薬品や食糧の供給に影響する基本物資の不足につながった。
    • 貿易関税を通じた保護主義により、市場全体で収益性が低下し、特定のサプライチェーン構造や地域からの調達を実行不能に陥らせた。
    • 従来のインセンティブ制度により遠隔地で大規模な事業が展開され、長大な物流チェーンと不釣り合いな人材ニーズがもたらされた。
    • 国際税制が抜本的に改革され、一元的な共同設置型の管理体制に疑問が生じ、地方分散型管理への移行につながった。
    • 消費者は透明性を求めており、責任ある循環型のサステナブルな代替品への志向を強めている。
    • 従業員らは、社会全体で共通の社会的・環境的価値に基づき構築されたサステナビリティのアジェンダへの取り組みを求めており、その対象にはサプライチェーンも含まれている。
    • ビジネスパートナー、投資家、その他のステークホルダーも、サプライチェーンとネットワークのサステナビリティに関心を示し始めている。

    これらを組み合わせた結果が示唆するのは、効率性と廉価な人件費、あるいは規制裁定(企業が規制の緩い部門・地域を見定めて事業を行うこと)に基づいて構築された国際的ネットワークは、もはや機能しないということです。地政学も同様に大きく影響を及ぼしており、共通の価値観がネットワーク形成に果たす役割がより大きくなりつつあり、コスト面の議論よりも時には重視される可能性もあります。サプライヤーの地域的集積と、より積極的なマルチソーシングが、サステナビリティと透明性に関する懸念を背景に、今後望ましいモデルになっていくでしょう。
     

    サステナブルなサプライチェーン戦略を策定する
     

    ウクライナ情勢の中にあって、多くの企業の当面の目標は、可能な限り供給を維持し事業を継続することです。しかし、ロシアでの事業は、規制や制裁、制裁への対抗措置などにより発生する制約、あるいは倫理上および広報上の配慮のため、多くは撤退、あるいは中断を余儀なくされています。
     

    今後、よりサステナブルかつ地政学的に安定度の高い事業環境形成の必要性が増していくものとみられます。また、自律的かつサステナブルな生産手法が求められる中、循環型ビジネスモデルが主流になっていく可能性があります。
     

    サプライチェーンに継続的に加えられた数々の危機の積み重ねにより、企業は、遠からず問題が発生する可能性を認めざるを得なくなりました。その結果、ビジネスリーダーはコストがかかっても、二酸化炭素排出量の削減とサステナビリティを両立するサプライチェーン戦略を追求することを選択し始めたのです。

    森の中の高速道路のUターン箇所
    3

    第3章

    サステナビリティを前進させるための一時的な後退

    国家のエネルギー安全保障上の必要性から、再生可能エネルギーへの移行が減速する一方で、代替エネルギー開発の緊急性が高まっています。

    「グレート・リセット」の対象となっているのは、サプライチェーンだけではありません。今日社会が企業に対して抱く、環境に及ぼす外部への影響についての期待もリセットされたものです。世界は、効率性と収益性を求めることから、サステナビリティと価値を求めることへの転換のさなかにいます。

    環境・社会・ガバナンス(ESG)指標はすでに変化の主要な推進要因となっており、これまでディスラプション(創造的破壊)と規制強化からの追い風を受け進んできました。しかし、ウクライナ情勢によりエネルギー調達の方法と地域が変更されるように、危機管理のために短期的にサステナビリティ戦略が後退させられる可能性があります。

    サステナビリティは企業の最優先課題

    サステナビリティは、ここ数年にわたり、気候影響調査の報告書を通じ重要度を増してきました。2008年の金融危機を脱して以降、ビジネスリーダーの多くが「価値」が成長につながり、すべてのステークホルダーに対しさらに大きく貢献することを認識していましたが、パンデミックがさらに後押ししました。人々が外出を控え、エネルギーの需要とコストは劇的に減少しました。化石燃料の採掘は史上最低水準となり、政府や公益事業は有害な施設を閉鎖、温室効果ガスの排出量は減少しました。こうして一般の人々も、従来のエネルギー資源以外の可能性に気付き、エネルギー移行と低炭素の代替品に投資するようになりました。

    こうした経験を通じて、多くの理論的概念が、考えられていたよりも実現可能性が高いことが見えてきました。サステナブルなエネルギーに関する議論が再び活発化する中、ビジネスリーダーは、経済が回復し始めエネルギーの需要と価格が再び上昇に転じた後も、エネルギーと脱炭素で何が可能か、常に考えて行動してきました。そして2021年11月の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の成果から明らかになったのは、気候危機に取り組む上で、改めてビジネス界は特別な責任と重要な役割を担うべきであることでした。

    再生可能エネルギーを求める競争からの一時的な後退

    ウクライナ情勢により、すでに上昇していた石油とガスのコストがさらに上昇しました。また、サステナビリティの必要性については、社会的、環境的な性質のものから地政学的な性質のものへと変化しました。エネルギーの輸入依存度が高い国の一部、特に欧州連合(EU)は、すでにグリーン移行の加速や再生可能エネルギーへの多額の投資を行い、エネルギー自立度を高め、サステナビリティを推進すると誓約してきましたが、あいにくこれは世界全体に当てはまるものではありません。COP26の誓約があっても、脱炭素化に向けた行動は、各国で足並みがそろいません。他のエネルギー純輸出国は、価格上昇を化石燃料生産拡大の機会と見なす可能性すらあります。

    つまり、エネルギー・トランスフォーメーションは、もはやオプションではありません。しかし、前進する前に、一時的に後退する可能性は高いとみられます。欧州では、各国が次の冬に備えつつ、エネルギー安全保障の確保を急いでいます。その過程において、短期的には石炭と原子力の使用が増加する可能性がありそうです。政府、企業、および消費者は、地球の存続が重要であることはよく理解していますが、現実には目前の冬を越す必要があり、また石炭と原子力は今もエネルギー源として残っているのです。このように、再生可能エネルギーを求める競争は、一時的な後退を経た後に再開するものとみられます。この時には、脱炭素化だけではなく、国家のエネルギー安全保障強化の必要性も、この競争を後押しすることになりそうです。

    多数のマイクロチップの詳細写真
    4

    第4章

    デジタル化とサイバーセキュリティ

    テクノナショナリズムとサイバー攻撃の脅威の増大が、イノベーションとデジタル化の進展を危うくしています。

    デジタル化が混乱する可能性

    デジタル技術は、2019年以前から多くの企業にとってアジェンダの主要課題でしたが、パンデミックで劇的に導入が増加し、また多くの企業にとって救世主になり得るものであることが明らかになりました。しかしその成功は部分的に、ウクライナ情勢により損なわれる危険性があります。またこの事態は、2つの独立した、しかし関連するトレンドにより、デジタル経済に大規模な影響を及ぼす可能性があります。

    1. 世界的な半導体不足は深刻化する見込み

    世界的な半導体不足は、すでにコンピューターから自動車メーカーまで、さまざまな業界に影響を及ぼしており、深刻化する可能性が高いとみられます。ロシアとウクライナは、パラジウム、ニッケル、プラチナ、ロジウム、チタンなど、脱炭素社会の実現に欠かせないグリーンメタルの主要な供給源であり、また、希ガスネオンや化学品のC4F6は、チップだけでなく太陽光発電パネルの製造にも不可欠です。ウクライナ情勢の収束に時間がかかり、それに伴い貿易制裁が厳格化すれば、これらグリーンメタルの需要が世界的に増加する中、半導体不足は世界的に悪化するものとみられます。

    2. ロシアに対するハイテク製品輸入規制に関する影響は拡大する恐れがある

    金融制裁は即時的な影響を及ぼしますが、ハイテク製品への規制は長期的な影響をもたらす可能性があります。クラウド、航空、防衛に関する技術および石油精製機械などは、すべて定期的なソフトウェアの更新や部品の交換が欠かせません。ロシアに対する制裁はこういった必要なメンテナンス技術へのアクセスをも妨げてしまうことから、中国と同様にロシアは、西側への依存を回避し技術を集積する方向に向けてすでに発進しており、これをさらに加速させる可能性もあります。

    ウクライナ情勢を受けて欧米の民主主義諸国がロシアや中国との交換プログラムやR&Dにおける協力関係を解消する中、パンデミックの前にすでに始まっていたテクノナショナリズムが台頭する可能性は高まる一方です。こうした中、知的財産の近接地および自国内への移転が増加する可能性が高まり、総体的にイノベーションと技術の進歩のペースが減速する恐れがあります。

    高まるサイバーセキュリティの重要性

    デジタルイノベーションとデジタルトランスフォーメーションにも、サイバー攻撃の脅威は及んでいます。パンデミックの影響に対処すべく早急にデジタル変革を実行する必要が生じ、多くの企業が対応しました。しかしこの中で、サイバーセキュリティの重要性を見過ごしていたために、その代償を支払わなければならない事態に陥る企業が増えています。『EYグローバル情報セキュリティサーベイ2021』によると、回答者の77%が破壊的な攻撃が増加したと報告しています(その12カ月前では59%)。調査機関であるCybersecurity Venturesは、世界のサイバー犯罪による損害が、今後5年間で毎年15%増加し、2015年には年間3兆米ドルだったものが2025年までに10.5兆米ドルに達すると予測しています。

    2021年の米国コロニアルパイプラインの操業停止の例などで、ランサムウェア攻撃による損害額は、攻撃それ自体よりも周辺被害がはるかに甚大になることが示されています。この事例では、業務管理システムの完全な復旧には数日を要し、米国のガソリンの平均価格は8年ぶりに1ガロン当たり3米ドルを超える事態を招きました。2017年のウクライナの多くの銀行を標的にしたデータ消去マルウェアNotPetyaによる攻撃は、Maersk、WPP、Merckなどの企業に広がった後、さらに64カ国超に急速に広がり、推定100億米ドルもの損害が発生しました。

    このような脅威の増大を、多くの企業が軽視してきたわけではありません。Gartnerによると、2021年の世界のセキュリティとリスク管理に対する支出は1,500億米ドルを超え、前年比で12.4%増加しました。モノのインターネット(IoT)機器の普及が進み、事業運営の完全なデジタル化がますます進む中、2025年までの5年間の累積では、サイバーセキュリティ製品・サービスに対する世界全体の支出額は、1兆7,500億米ドルに達すると予測されています。

    しかし、ぎりぎりになっての対応では、企業や国家の重要インフラを守ることは不可能です。持続的かつ長期的な戦略的投資計画が必要です。これには以下の事項が含まれます。

    • ゼロトラストアーキテクチャをデジタルシステムに導入する
    • 優れたセキュリティ衛生管理プロトコル導入を推進する
    • 地政学的リスク評価、物理的セキュリティ、サイバーセキュリティの連携を図る
    • サイバー防御強化に向けて、関連するネットワークを積極的に構築する
    歩道橋を自転車で渡る男性
    5

    第5章

    混乱の時代の事業運営

    戦略的な優先課題を、利益重視の効率性から、価値主導型のサステナブルなパフォーマンスとレジリエンスへと転換する必要があります。

    最近の新型コロナウイルス感染症あるいは紛争などの破壊的な出来事は、多くの場合、リーダーが早く事態を正常に戻そうとするため、短期的な影響を事業に及ぼしてきました。しかし、私たちは今、極限的に破壊的な出来事が連続発生する時代にあり、この激変に対応するには、未来のため、意思決定をより持続的なものに変化させる必要に接しています。例えば、ウクライナ情勢の直接的な帰結として、中長期的に制裁と対抗措置、消費財不足、サプライチェーンの混乱などが継続する恐れがあり、企業はそれらへの対応をアジェンダに組み込む必要があります。

    私たちが皆知るように、コロナ禍とウクライナ情勢の前からすでに生じていた、長期的なトレンドであるデジタル化、消費者と従業員の価値観の変化、グローバル化から地域化への転換などが加速しています。リーダーは、目の前のさまつなことにとらわれることなく、長期的なトレンドに応じて計画を立てることが不可欠です。

    事業における優先課題を、極端な効率性と短期的利益の追求からサステナブルなパフォーマンス、レジリエンス、価値へと大きく転換すれば、戦略的優先事項に変化が生じます。重大な社会的・環境的課題の解決に資し、ショックや混乱に耐え得る、サステナブルかつ柔軟な、強固なビジネスモデルの構築が、短期的利益の最大化よりも重要になる可能性があります。ビジネスリーダーは、事業運営上の懸念事項、レジリエンス、リーダーシップという3つの主要領域での取り組みを強化するべきです。

    事業運営上の懸念事項

    1. 状況をモニターし、シナリオに沿って計画する

    世界を巡る情勢は依然として極めて不安定なため、起こり得る結果に備えるために、シナリオに基づく計画は不可欠です。また、ウクライナ情勢の収束までに要する期間、新型コロナウイルス感染症のエンデミックへの移行の状況や時期など地政学的要因に応じ、見通しは極端に変わる可能性があります。

    2. サプライチェーンのリセット

    数々の破壊的な影響が生じている中で、グローバリゼーションのあり方も変わってゆくものとみられます。市場や生産拠点の場所、サプライチェーンなどが影響を受けているのと同様に、利害関係者とのネットワークや関係もまた影響を受けています。新たなグローバリゼーションには、制裁と対抗措置、企業方針、規制上の影響、ESGに関する考慮事項、そして消費者、投資家、金融機関の心理といった事項が、グローバル化モデルに組み込まれなければなりません。サプライチェーンにおける炭素排出量削減目標を達成させる必要はもちろん、主要な調達先と代替的調達先のどちらにおいても、財務、営業、ESG、地政学上の適合性が求められます。

    3. ESGを財務目標のレベルに引き上げ、コンプライアンスの時代を終わらせる

    サステナビリティは、もはや負担として捉えられるべきものではありません。従業員、投資家、顧客、消費者、そして多くのステークホルダーとの関連性が高く、差別化要因となります。企業はもはやコンプライアンス順守だけを念頭に置いていては、利益を追求することは困難です。リーダーは、営業的な目標と、社会的、生態学的な各目標を同じ重要性のレベルで検討し、並行して取り組む必要があります。企業がすべてのステークホルダーに対し強い責任感を持って当たるには、次の3つを調和させる必要があります。サステナブルな目標を含む企業方針、規制上のインセンティブの利用と制裁措置への対応、そして個々人の高いモチベーションの3つです。

    レジリエンス

    1. 自社のデジタル化とサイバーセキュリティ対策をしっかりと実装する

    生産設備、バックオフィス、また、顧客との関係においてデジタルソリューションを徹底して導入した企業は、そうでない企業と比較して、レジリエンスに勝ることが明らかになっています。混乱著しい時期にこそ、接続性と透明性の実現は比較的容易に実現しやすいため、正しく今、行動を起こすべきです。企業が変革に取り組むことはもはや必須事項であり、そこには透明性が必要とされます。このため、デジタル化とサイバーセキュリティがより一層重要になってきます。

    2. パフォーマンスの管理とレジリエンスの構築

    企業が長期的な戦略を追求しつつ、重大な社会的・環境的課題の解決に貢献するためには、継続的に収益を上げる必要があります。これは、著しい混乱とその結果もたらされる変革の時期には覚悟が必要な課題です。社会的・環境的価値が、コンプライアンスの側面だけではなく、業績評価にも組み込まれるのに伴い、成功の再定義をする必要があります。

    リーダーシップ

    1. 耳を傾け、自分の意見を伝える

    今は、顧客、消費者、現在と将来の従業員、投資家、同業企業、その他ステークホルダーのすべてと、熱心に対話すべき時です。私たちは皆、互いに知恵を出し合いながら、この先行きの不透明な時代を共に歩んでいく必要があります。また、政策決定者とも積極的に意見を交換するべき時でもあります。待たれる変革を起こすに適した規制環境の整備には、ビジネスリーダーの意見が不可欠です。

    2. 経営管理からリーダーシップへの転換

    危機管理が事後対応的であるほど、危機は迫り、その必要度も急激に高まります。企業の未来を築き、さらに社会に貢献するためには、先見的なアプローチが必要です。これまでの安定した状況下では、リソース配分の最適化が最も有効に機能しましたが、昨今の混乱によってもはやそれでは通用しなくなっています。タスクベースの管理は過去に置き去り、包括的なアジェンダの実現に向けて、リーダーシップを発揮すべき時が来ました。よりサステナブルな戦略を策定することが重要であることは確かですが、同様に、多くの人々の苦難と悲しみに寄り添って連帯を示すこと、また、この苦境がもたらされた事実について確固たる意見を持ち、それを表明することも重要です。


    サマリー

    直面している混乱は、それぞれ独立の出来事とはもはや言えず、管理し、乗り越えなければならない危機であると言えるのです。混乱の発生が極めて頻回であったため、ビジネスに対する影響は累積しており、その影響は世界経済と社会全体に及んでいます。この混乱の時代において、地政学的な緊張、気候変動、サプライチェーンの混乱、およびサイバー攻撃の脅威といった衝撃に打ち勝つために、価値とサステナビリティに焦点を当てた、先見的なリーダーシップこそが求められています。


    この記事について