サステナビリティ情報の効果的な開示と関連規制の動向 ~ライフ再縁す業界を中心に~

情報センサー2023年6月号 特別対談

サステナビリティ情報の効果的な開示と関連規制の動向 ~ライフサイエンス業界を中心に~


近年の投資家の多様性とその関心領域、欧米や日本の関連規制の動向、第三者保証などに関して、サステナビリティ情報開示の第一人者である北川哲雄先生をゲストにお招きし、ライフサイエンス業界を例に現状の確認、および今後の動向を探っています。

ゲスト:
青山学院大学名誉教授 東京都立大学特任教授 経済学博士 北川 哲雄

EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・アシュアランスリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー 公認会計士 冨田 哲也

モデレーター:
EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター シニアマネージャー 公認会計士 鶴田 雄介



要点

  • 3つのタイプに分けられる各投資家のニーズに応じて、企業は開示情報、開示媒体を十分検討して投資家とコミュニケーションしていく姿勢が重要である。
  • 非財務情報に対する第三者保証について、グローバル全体で見ると61%が監査法人またはその関連法人による保証を受けている。
  • 投資家が求めているのは、ファクトに基づく冷静かつロジカルな情報開示である。


ますます重要性が増す非財務情報開示の中でも、サステナビリティ情報開示については投資家の注目度が特に高まっています。近年の投資家の多様性とその関心領域、欧米や日本の関連規制の動向、第三者保証などに関して、サステナビリティ情報開示の第一人者である北川哲雄先生をゲストにお招きし、EY新日本でヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・アシュアランスリーダーを務める冨田を交えて、ライフサイエンス業界を例に現状の確認、および今後の動向を探っていきます。


Ⅰ 投資家を3つのタイプに分類しそれぞれの情報ニーズを探る

鶴田 北川先生は一般社団法人 ESG情報開示研究会代表理事をはじめ多方面でご活躍をされ、わが国におけるサステナビリティ情報開示研究の第一人者でもあり、ライフサイエンス業界を専門とした元証券アナリストとしてのご経歴もお持ちです。本日のディスカッションは、情報開示の先端を行くといわれているライフサイエンス業界を例に、EY新日本の冨田を交えて3名でお話を進めさせていただきます。

早速北川先生にお伺いします。近年、投資家のタイプは多様化しているといわれており、それぞれの投資家の情報ニーズに応じた開示をしていくことが大切であると考えられます。この点について、お考えをお聞かせいただけますでしょうか。

北川 私はライフサイエンス業界のアナリストを20年ほど経験し、その後大学で約20年間教えています。その間、継続的に医薬品やライフサイエンスの業界分析を進めてまいりました。そうした経験を踏まえて本日はお話できればと思います。今、鶴田さんからご指摘があった投資家の多様性ということですが、投資家を3つのタイプに分類すると分かりやすくなると思います。

鶴田 3つのタイプの投資家とは?

北川 「長期アクティブ投資家」「パッシブ投資家」、そして「社会インパクト投資家」です。まず長期アクティブ投資家というのは従来の投資家を想定していただければいいと思います。長期の企業価値予想に基づいてファンダメンタルズ価値を重視する投資家ですね。ライフサイエンス業界の場合、アナリストは5~10年というサイクルの調査によってファンダメンタルズ価値を分析します。対してパッシブ投資家はファンダメンタルズ価値への関心が薄いのですが、今日ではガバナンス行動指針などにサステナビリティやESGを考慮すべきことが明確に打ち出されているため、パッシブ投資家の間にもこれらに対する関心が高まっています。とはいえ基本的にはパッシブ投資家はESGなどの分析に即して積極的に行動しているかというと、一部を除いてはそうでもないというのが私の見解です。そして社会インパクト投資家は、企業のサステナビリティ活動やESG活動に対して非常に積極的に振る舞う投資家です。例えば環境問題についても期限や目標を定めて企業に訴えていくなど、アクティブに行動することを目的に投資を進めていく投資家です。

鶴田 それぞれ重視する情報が異なっているわけですね。

北川 企業価値測定の目的から考えると、大きく分けて「長期業績予想に基づくファンダメンタルズ価値の測定」および「サステナビリティ活動の社会価値への影響の測定」の2つのタイプがあり、長期アクティブ投資家は主に前者、パッシブ投資家や社会インパクト投資家は主に後者を重視します。ただし、どちらか一方ということではなく、それぞれのタイプで比重が異なるということです。アナリスト時代の私は長期アクティブ投資家として、長期の業績予想から企業の投資価値を測定するという役割を担っていました。その場合にサステナビリティやESGについて考慮しないかというと、決してそうではありません。10年というサイクルの中で経営者の姿勢や環境問題、人権問題への配慮は当然考慮します。そうした諸課題について具体的に企業から投資家に報告するのが「報告書」です。

鶴田 北川先生は「ファイナンスリポート」「価値創造報告書」「サステナビリティ報告書」の3種の必要性をアピールされています。

北川 特に長期アクティブ投資家を想定する場合は「ファイナンスリポート」が重要だと考えています。サステナビリティ投資やESG投資が盛んな昨今、ファイナンスリポートを軽視する風潮もありますが、それは誤った考えであり、きちんとした財務情報を出すべきだと私は考えています。

「価値創造報告書」はライフサイエンス関連の企業としてどのような価値創造を行うのか、どのように利益率を高めていくのかということを具体的に語る報告書のことです。一般的に「アニュアルレポート」「統合報告書」と呼ばれているものですが、その充実が必要になるということです。この2つは特に長期アクティブ投資家を念頭に置いたものですが、多岐にわたるサステナビリティ活動、ESG活動について詳細に報告する「サステナビリティ報告書」はやや肌合いが異なり、パッシブ投資家や社会インパクト投資家を考慮する場合、とても重要になります。企業においては、これら3種類の報告書を念頭に置き、充実を図ることが求められているのではないかと思っています。

鶴田 北川先生、ありがとうございます。投資家といっても、そのタイプはさまざまであるということが理解できました。整理しますと、市場平均を上回るパフォーマンスの獲得を目指して投資先企業の選別を行う長期アクティブ投資家、投資先企業の選別を行わず、市場全体に投資するパッシブ投資家、そしてESG推進そのものを重視する社会インパクト投資家の3タイプということですね。企業は各タイプの投資家の情報ニーズに応じて、どのような情報を、どのような媒体を使って開示していくのかを十分検討し、投資家とコミュニケーションしていく姿勢が重要であると感じました。


Ⅱ IFRS財団がリードするグローバルな情報開示基準

鶴田 北川先生に、もう1つお伺いしたいことがあります。サステナビリティ情報開示基準は今、発展途上にあります。そのため「いろいろなアルファベットのルールが出てきて分かりづらい」という声もしばしば耳にします。一方で、これらのルールは徐々に収斂(れん)する動きもあるようです。この点について先生のお考えをお聞かせいただけますか。

北川 ご指摘のように、2、3年前までは多様な基準設定機関があり、あまりにも混沌(とん)としているということで欧州を中心に1つに収斂する動きが出てきました。その中でも1番注目されるのはやはりIFRS(国際会計基準)財団です。傘下のIASB(国際会計基準審議会)は長年国際会計基準を司ってきました。世界を大混乱に陥れた1929年に始まる大恐慌の要因の1つが会計基準、特に財務会計基準が不完全だったことによりますが、欧米ではその反省から会計基準をきちんと整備する目標が生まれ、現在、グローバルではIASBの会計基準が主流になっています。2021年、IASBは新たにISSB(国際サステナビリティ基準審議会)という機関を設立しました。このISSBが今度はサステナビリティ情報開示に関して、IASB同様にグローバルスタンダードを作ることを目指します。私自身もその前身となる機構に関わっていたことがありますが、IFRS財団は今回のISSBのように的確でタイムリーな取組みができる体制が整っていると考えています。サステナビリティに関する課題を広範にわたってしっかり認識していくことで、それをテーマ別に、グローバルに、そして業種別に関しても開示基準をつくっていこうとしています。非常に膨大かつ大変な作業に思えますが、すでに前身となる機構がそうした取組みを始めていましたので、私はこの作業は相当進んでいると捉えています。IASBの会計基準は、時価総額ベースでは現在日本企業の約47%が採用していますので、それと同様にISSBの開示基準も日本企業に浸透すると考えます。

冨田 哲也、北川 哲雄氏、鶴田 雄介

鶴田 今後日本でも、ISSBがスタンダードになっていく可能性があるということですね。
 

北川 投資家やさまざまなステークホルダーの信頼を得るためには、やはり情報開示において第三者による監査やアシュアランス(保証)が欠かせません。そうした流れの中でISSBの情報開示基準の意義はとても大きいと思います。


日本においても、すでに多くの企業でサステナビリティの情報開示に取り組んでおり、ISSBが主体となるのは極めて自然な流れと言えるでしょう。さらに、「第三者保証報告書」は、今後、あらゆる上場企業にとって必須の報告書になると想定しています。

鶴田 北川先生、どうもありがとうございました。サステナビリティ情報開示の義務化や、それに対する第三者保証のお話を少ししていただいたかと思います。この話題について次に冨田さんにもお伺いします。この領域は今まさに世界各国でルール作りが進んでいますが、特に欧州の動向は日本企業にも影響を与える要素が多く、注視が必要であると理解しています。この観点から、欧州の代表的な規制の動向についてお話しいただけますか。

冨田 鶴田さんのおっしゃる通り、欧州の動きは日本企業にも無視できないものとなっています。特に非財務情報の報告に関しては、報告内容の有用性、比較可能性、信頼性など、それぞれが向上を求められており、注目されています。そのような中、2022年11月にCSRD(企業サステナビリティ報告指令)が欧州議会と欧州理事会によって承認されました。CSRDの対象となる企業は、マネジメントレポートの専用セクションを通じて、サステナビリティ課題に対する企業が及ぼす影響、ならびにサステナビリティ課題が企業の発展、業績、財政状態にどのような影響を及ぼすかを理解するために必要な情報を伝えることが求められています。

CSRDでは、マネジメントレポートにおけるサステナビリティ報告の開示の義務化に加えて、法定監査人、あるいは監査人等による保証の義務化という内容が含まれています。保証の義務化は、会社の規模などで開始時期が異なりますが、2024年1月より順次導入されます。これは欧州企業だけではなく、当然、一定規模以上の日系企業の欧州子会社も対象となりますし、欧州での売上高などの条件が合致した場合には、日本の親会社もCSRDの報告・保証対象となることもあります。欧州に進出している多くの日系企業は、CSRDへの対応の影響を考慮しながら、グループ全体のサステナビリティの課題整理、開示対応(プロセス構築を含む)、保証業務の導入などを考えているようです。こうした欧州の動きに、プレッシャーを感じている経営者もいらっしゃいました。


Ⅲ 非財務情報開示に対する「第三者保証」の重要性

鶴田 続けてもう1つ伺いたいのですが、このような動向を受けて、サステナビリティ情報を含む非財務情報に対して、監査法人またはその関連法人による第三者保証を受ける企業も増えているようです。その背景についてご教示ください。

冨田 <図1>は、非財務情報に対する第三者保証を受けている場合において、その保証はどのような機関が提供しているかということを国別に調査したレポートです。

図1 IFAC(国際会計士協会)実施の調査抜粋(Type of Firm Providing Assurance by Jurisdiction)

結果は国ごとに大きく異なっていますが、3点について注目しています。まず日本では監査法人またはその関連法人による保証を受けているケースが半数程度であること、次に規制の先端を行く欧州各国では多くの場合において監査法人による保証を受けていること、そしてグローバル全体で見ると61%が監査法人またはその関連法人による保証を受けていることです。第三者保証の提供は、現状監査法人以外も含めあらゆる機関が実施可能であり、それぞれメリットとデメリットがありますが、この調査結果からは保証に関する独立性や信頼性の観点、あるいは財務情報監査と非財務情報保証の結合性という観点から監査法人またはその関連法人による保証を受けるというケースが多くなっていると読み取れます。

鶴田 冨田さんは、多くのライフサイエンス企業の方々と意見交換を行っていらっしゃいますが、最近最も注目度が高いと感じている領域について教えていただけますか。

冨田 2023年はサステナビリティ開示の中でも人的資本の開示に対する関心が高まっていると感じます。2023年1月31日に改正された内閣開示府令によって、有価証券報告書でサステナビリティに関する情報の開示が求められ、全ての企業が人的資本・多様性に関する情報開示を行うことになりました。人的資本はライフサイエンス企業の課題と共通しており、同業他社との比較も可能な情報となることなどから他の情報よりも重要視されています。特に有価証券報告書の「戦略」「指標及び目標」の記載については、経営戦略と齟齬(そご)がないように慎重に対応する傾向が見られます。ライフサイエンス業界では、もともと投資家からの非財務情報開示への関心が高かったため、サステナビリティ開示においても好事例となるような記載が多いと思われます。


Ⅳ 投資家が求めているのはファクトに基づくロジカルな情報開示

鶴田 北川先生は、非財務情報開示について「乾いた開示」と「湿った開示」という言葉を用いて考察されることがありますが、こちらについてお聞かせいただけますでしょうか。

北川 「乾いた開示」と「湿った開示」とは聞き慣れない表現だと思いますが、私が欧米企業と日本企業の開示の状況を比較して抱いた印象を表した言葉です。日本企業に感じる「湿った開示」というのは、ある意味、情熱的でエモーショナルな開示です。プロフェッショナルな投資家を対象とする場合、企業は冷静かつロジカルな説明をすることが重要ですが、日本企業では「思いの丈を語る」スタイルの開示が少なくありません。幸い日本企業でもライフサイエンス企業の場合はサステナビリティやESGの活動に親和性があり、比較的「湿った開示」は少ないと思います。一方、欧米企業の情報開示は基本的に淡々とファクト、つまり事実に基づいて語るスタイルです。これは言語と文化の違いもあるかもしれません。例えば日本企業の幾つかの統合報告書を見ますと、英語に翻訳すると意味が分かりづらい文面が多いのです。私はとりわけライフサイエンスに従事する企業は欧米のスタイルであってほしいと思っています。

鶴田 欧米の「乾いた開示」の観点から、先進的な開示を行っているといわれる欧米のライフサイエンス企業の開示例をご紹介いただけますでしょうか。

北川 米国の大手製薬会社であるA社のESGレポートを読みますと、各項目について淡々と数ページで説明していくスタイルに徹しています。一方、日本企業のレポートには右肩上がりのチャート図などを示して、数年後に利益が5倍ぐらいになるという情熱的なアピールを行うものがありますが、そうしたレポートは投資家からすれば信頼性に欠けるわけです。A社の例で私が興味を引かれるのは、人的資本について触れている箇所です。長期的な視点で社会に貢献する薬剤を送り出していくために、必要な人材や、人材育成をどのように行ってきたかなどについて、過去事例を含めて実に丁寧に記述しています。それを読めば、A社という企業が人類に貢献する研究開発に当たって、ウェルビーイングな発想で人的資本の問題を捉えているということがファクトに即してしっかりと理解できます。日本企業も大いに参考にすべき事例だと思います。日本のライフサイエンス業界に関しては、私の見るところで3分の1程度の企業は、そうしたことを理解されているのではないかと思います。ライフサイエンス業界の情報開示の問題は、グローバルで共通する課題が多いので、日本企業も海外企業の好事例を参照して、積極的に対処していくのが得策ではないかと思います。

鶴田 北川先生、大変参考になるご指摘をありがとうございました。このディスカッションがサステナビリティを重視した経営の推進と、それに関する投資家とのコミュニケーションの活性化、さらには企業価値の向上の一助となりましたら幸いです。あらためて北川先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。

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サマリー

近年の投資家の多様性とその関心領域、欧米や日本の関連規制の動向、第三者保証などに関して、サステナビリティ情報開示の第一人者である北川哲雄先生をゲストにお招きし、ライフサイエンス業界を例に現状の確認、および今後の動向を探っています。


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