EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
TMI総合法律事務所 弁護士 境田正樹
企業のコンプライアンスおよび内部統制対応、スポーツやヘルスケア・医療分野のDX戦略、国立大学法人や独立行政法人およびスポーツ団体・組織のガバナンス構築などを専門とする。東北大学客員教授、日本バスケットボール協会理事、Bリーグ理事、日本ラグビーフットボール協会理事、大学スポーツ協会執行理事、スポーツ審議会委員、元内閣官房政策参与、元東京大学理事。
EY新日本有限責任監査法人 政府・公共部門・不動産リーダー 公認会計士 伊澤賢司
大手電機メーカー勤務を経て1997年に会計士登録。20年以上にわたり、主にパブリック分野に関する会計・監査に従事。2007年から10年間、国際会計士連盟の国際公会計基準審議会のテクニカルアドバイザーとボードメンバーを務める。パブリック分野に関する学会の理事を務めるなど、学術活動も行っている。当法人パートナー。
要点
さまざまな分野のキーパーソンをお招きして、EY Japanのプロフェッショナルたちと語り合っていただくシリーズ。今回は、TMI総合法律事務所の境田正樹弁護士にお越しいただきました。「日本におけるパブリックガバナンスの現状と課題」をテーマに、政府・公共部門・不動産リーダーである伊澤賢司と忌憚(きたん)のない意見交換を行いました。ファシリテーターは、パブリック・アシュアランス・センター(第4事業部)河野シニアマネージャーが務めました。
河野 境田先生は、国立大学法人や独立行政法人、さらにはスポーツ団体などのガバナンス構築に携わっておられるほか、医療およびヘルスケア戦略に関するお仕事もされています。東北大学の客員教授であり、昨年3月までは東京大学の理事も務められています。パブリック分野で幅広くご活躍されている境田先生のお話を伺えることが楽しみです。どうぞよろしくお願いいたします。
伊澤 東京大学の会計監査人としてお会いして以来ですね。今日はよろしくお願いいたします。
境田 こちらこそ、よろしくお願いいたします。
河野 早速本題に入らせていただきますが、境田先生から見て、日本のパブリックガバナンスにはどのような問題点があると捉えていらっしゃいますか。
境田 一番の問題点は、チェック&バランスが有効に働いていないのではないか、ということです。国立大学法人や独立行政法人は、元々あった国や地方自治体の組織の一部を分離し、その骨格部分を温存したまま、独立法人化したという経緯や特性がありますので、株式会社に(会社法によって)本来的に備わっているチェック&バランスの仕組みが、ほとんど兼ね備えられていないのです。私は以前から何とかすべきだと考えていたのですが、2009年に内閣府の独立行政法人ガバナンス検討チームの委員として改革案の策定に関わった際、ここにメスを入れるべきと考え、幾つかの提言をさせていただきました。
河野 どのようにしてチェック&バランス機能を持たせるようにしたのでしょうか。
境田 まず、業務執行権限が専属する理事長の選任方法や解任方法をどうすべきか、理事長に対する監視機能・牽(けん)制機能をいかに強化すべきか、また監事機能をいかに強化すべきか、理事の選任方法や解任方法をどうすべきか、理事会の機能をいかに強化すべきか、などについてさまざまな提言をさせていただきました。次に、業務執行権限が専属する理事長を補佐するバックオフィス部門の改革の必要性についても提言させていただきました。独立行政法人の経理部門、財務部門、人事部門、法務部門、知的財産部門、広報部門、調達部門などのバックオフィス部門においては、株式会社のバックオフィス部門と同様のスキルと経験のある人材の配置が求められるのですが、彼らの多くは元々公務員であり、そのような専門教育を受けたこともなく、また、スキル・経験を身に付ける機会も十分にありませんでした。実際のところ、幾つかの独立行政法人では、経理部員の中に、複式簿記をマスターした人材がほとんどおらず、人事部門の中にも、適正な労務管理がきちんとできる人材もほとんどいないという状況でした。全ての業務執行権限を握る理事長の官房組織が、実はいわば素人集団ばかりで構成されているわけです。これでは、理事長がまともな意思決定や業務執行ができるはずもないのですが、より深刻なのは、独立行政法人にこのような本質的かつ根源的な重要課題があることについて、独立行政法人の役職員はもとより、それを監督する立場の官庁や地方自治体の担当者もほとんど自覚していないということです。ここの意識改革の必要性とバックオフィス部門の改革の必要性についても提言をさせていただきました。
なお、平成26年改正の独立行政法人通則法では、役員の忠実義務の条文化など前述の提言の一部が取り入れられましたが、まだまだ、不十分であると考えています。
河野 チェック&バランスの機能が不十分だというのは、独立行政法人だけでなく国立大学法人についても言えることなのでしょうか。
境田 そうですね。先ほど申し上げた独立行政法人の課題は、国立大学法人にも通底した課題なのですが、ただ、国立大学法人は、2004年に法人化後、すでに18年の歴史があり、その中で専門人材の育成や外部からの専門人材の登用を行ってきたことと、大学の教員や研究者の中に、元々会社法の専門家やマネジメントやコンプライアンスの専門家がいたという事情もありますので、ガバナンスのレベルはかなり改善されているのではないかと思います。2020年には、文部科学省高等教育局が国立大学法人ガバナンスコードを策定しましたが、多くの国立大学法人は、このコードを遵守しているのではないかと推察します。ただ、多くの国立大学法人において、法務・コンプライアンス機能はまだ改善の余地があると考えています。株式会社、中でも多くの上場企業においては、社長の直轄部門として、法務部やコンプライアンス室が設置され、全組織の末端に至るまでリーガルマネジメント体制が整備されていますが、国立大学法人の場合は、職員の定数枠や人事予算枠の制約もありますので、法務部に対し、上場企業レベルの人材と予算を投入することが難しいという事情があります。
さらに、大学においては、各部局にかなり広範な自治が委ねられており、部局がそれぞれ顧問弁護士と契約を締結し、コンプライアンス問題に対応しているというケースもありますので、大学という組織全体を適正にリーガルマネジメントしていくということがなかなか難しいのです。私は、2015年から6年間、東京大学のコンプライアンス担当理事を拝命していたのですが、東京大学にも全学のリーガルマネジメントを担当する部署がありませんでした。そこで、理事在任中に、監事には弁護士と公認会計士を登用していただき、また、本部法務課と知的財産部、病院、人事労務部には、企業法務に精通した弁護士を配置し、また、可能な限り駐在していただきました。そしてそれら専門家や事務部門の担当者とコンプライアンス担当理事である私との間で、定期的な情報共有や意見交換のための会合を行い、また、緊急時にも情報共有を行う体制を構築することで、大学全体のリーガルマネジメント体制を構築するように努めました。また、各部局の顧問弁護士とも定期的に情報共有を図り、さらには、監査法人(EY新日本有限責任監査法人)との間でも定期的に意見交換をさせていただきました。このときは、伊澤さんにもご協力いただきましたね。
「多額の公的資金が投入される組織としてグッドガバナンスの構築は絶対義務です。」
伊澤 はい、東京大学ではガバナンス組織を構築するだけではなく、ガバナンスを実質的に機能できるようにするために専門家を育成したり、外部から専門家を登用したりするなど、工夫をされましたよね。
境田 理想を言えば、コンプライアンスやガバナンスに精通したコンプライアンス担当理事のもとに、大学全体をリーガルマネジメントする部門を設置し、そこに専門人材も配置すべきだと思います。そこで、国のさまざまな法制度、法政策の創設・改正にも迅速に対応できるようにするとともに、また、コンプライアンス担当理事が、全学に関わるあらゆるコンプライアンス案件について、迅速かつ適正に把握・対応できるように体制を整備しておくことも重要です。しかし、諸事情でそのような体制を構築することが難しい場合は、先ほどお話したような外部の専門家を各重要部門に配置し、横串を刺すという連携型でも良いかと思います。加えて、理事長、理事会、コンプライアンス担当理事、顧問弁護士、監査法人との間で、緊密な連携を恒常的に図ることもとても重要です。
伊澤 大学や研究所などでは「部局の自治」を重視する傾向が強いのですが、だからこそ、自由な活動を担保するためにもコンプライアンスや適切なガバナンスは不可欠だということですね。
境田 その通りです。先に述べました課題は、全国数千の独立行政法人・地方独立行政法人、研究開発法人、国立大学法人などの公的組織の共通の課題と言えるでしょう。多額の公的資金が投入される公的機関であれば、ガバナンス体制・コンプライアンス体制の構築は極めて重要な課題で、今後もいっそう推進していかなければなりません。
伊澤 ガバナンスに精通した人材が不足したまま組織を運営するというのは、非常にリスクが高いと思うのですが、なぜそのような事態になっているのでしょう。もしも私がトップだとしたらかなり不安です。
境田 私たち法律や会計の専門家は、コンプライアンス違反による株主代表訴訟により企業が受ける深刻なダメージ、そして、自己破産を余儀なくされる取締役が受ける深刻なダメージをよく理解しています。このような深刻なダメージを受けないように、さまざまな最善の予防策を講じている訳です。一方、大学のトップになる方はほとんどが研究者で、ビジネスマネジメントの経験はほとんどなく、企業で求められるようなリーガルマネジメントの知識や経験も十分ではなく、そしてコンプライアンス違反が起きたときのダメージの深刻さについての理解も十分ではありません。実際、他のパブリックセクターも同様で、前述したマネジメントに関する経験もないまま組織のトップに立ってしまう方も数多くいます。他方、独立行政法人や大学を管轄する省庁にしても、リーガルマネジメントの内容やリスクについての理解も十分ではないため、指導自体が難しい状況です。そこで、大学の経営層はもちろん、管轄省庁の事務職員の方々も、しっかり現状認識と課題の把握をしていただく必要があると考え、当TMI総合法律事務所におきまして、昨年8月に「大学における攻めと守りのガバナンス」をテーマにしたシンポジウムを開催いたしました。このシンポジウムには、柴山昌彦前文部科学大臣(当時)や伯井美徳文部科学省高等局長(当時)、国立大学法人名古屋大学の松尾清一総長、そして私も登壇させていただきましたが、前述の私の問題意識については、登壇者全員で共有理解が得られたのではないかと思っています。柴山昌彦前文部科学大臣(当時)は弁護士でもあり、大学のガバナンスに強い関心を持たれている国会議員のお一人です。私立大学も楽観視できないとおっしゃられていて、公益財団法人と同様の仕組みを導入すべきと提言されていましたが、その矢先に日本大学で非常に重大な問題が起きてしまいました。残念なことではありましたが、だからこそ今後も政策提言や啓発・普及活動、人材育成などにも取り組んでいかなければいけないと考えています。
伊澤 チェック&バランス機能を適切に働かせていくことが、パブリック分野のガバナンスの最も大きな課題であり、そのためには、体制面でも人材面でもさらなる整備が必要だということですね。他に、課題と考えていらっしゃることはありますか。例えば、リスク管理体制の強化と整備ということでは、これからは特にICT化やデータの利活用も重要だと思いますが、この点はいかがでしょうか。
境田 近年、世界的に技術革新が進展したことにより、データの利活用は国益を左右する重要な課題となっています。特に、安全保障分野において、先進技術の導入によってデータを収集・分析し、スピーディーに判断していくことは国家の急務であり、予測を上回る変化が常態化する現在においては、停滞が許されない状況となっています。しかし、日本は他国に比べると個人情報保護に対する意識が非常に高く、公益のためにデータを収集しようとしても強い抵抗を受けることが少なくありません。この現状を踏まえて私は、昨年10月、TMI総合法律事務所内に、防衛・経済安全保障プラクティスチームを立ち上げるとともに、「我が国の経済安全保障上の重要課題と先端テクノロジーで切り拓く未来」と題するシンポジウムを開催しました。このシンポジウムには、岸田文雄総理、小林鷹之経済安全保障担当大臣、高市早苗自民党政調会長、谷内正太郎初代国家安全保障局長、飯田陽一経産省貿易経済協力局長、高橋憲一内閣官房サイバーセキュリティセンター長など、国の防衛・経済安全保障の責任者の方々にもご登壇いただきました。このシンポジウムでは、各企業における経済安全保障体制の構築の必要性のほか、Society5.0社会の実現に向けた議論と提言を行いました。
この分野でもパブリックセクターのガバナンス構築と同様に、貴法人とのコラボレートができればと考えています。
「ガバナンス強化には、専門家たちがより深く関わる必要があります。」
河野 未来に向けた有意義な取組みだと感じます。昨年は、当法人でも新たな組織が誕生しましたね。
伊澤 はい。EY新日本では、パブリック分野のあらゆる活動の司令塔として、パブリック・アシュアランス・センター(PAC)※を2021年10月に設立しました。EY新日本は、これまでもパブリック分野におけるリーディングファームとして活動しており、現在ではパブリック分野の財務やガバナンス、サスティナビリティなどに精通した公認会計士や弁護士、技術士などの専門家が500名ほど在籍しています。このネットワークを活かし、政府や地方自治体などの非営利団体に対して、ワンストップで包括的なサービスを提供することが、PACの主な目的です。今後は、われわれのミッションとPACをうまく連動させ、なおかつ公認会計士以外の専門家との連携も強めることにより、国民目線で「誰も取り残されない」社会の構築に貢献していきたいと考えています。
河野 境田先生のご尽力で改革が進んできてはいるものの、パブリックガバナンスには、まだまだ課題は多いと思います。今後、国民の信頼と期待に応えていくには何が重要だとお考えでしょうか。
境田 根本から改革していくには、法律の整備と予算の確保が必須です。となると、まずは国会議員や関係省庁のトップに、パブリックガバナンスの重要性をしっかり認識していただかなければなりません。そのために、われわれ専門家がさまざまな形で啓発・教育・普及に努める必要があるでしょう。その一つの例ですが、約3年前に、スポーツ庁におきまして、スポーツ団体のガバナンスコードの策定に関わったのですが、その際に、役員体制について、外部理事(有識者)の割合を25%以上とする、女性理事を40%とするなどの規定を盛り込みました。これにより、スポーツ団体の理事会において、しがらみなく自由に発言できる環境が整備されたのではないかと考えています。実際に、私が役員やアドバイザーとして関わっているスポーツ団体の理事会の雰囲気も最近、がらりと変わりました。
河野 外部の専門家に入っていただくことで、より強固なガバナンスが構築されるということですね。
境田 身内で固めた気心が知れた理事会ではなくなるので、自(おの)ずと緊張感も生まれます。こうした改革・刷新を、組織の役員や関係者自ら行うことは容易ではありませんので、やはり国が積極的に主導していかなければならないと思います。
伊澤 国民からの公的資金を無駄にしないためにも、また、世界の中で経済安全保障に後れを取らないためにも、パブリック分野のコンプライアンスやガバナンスを強固にしていくことは、わが国の大きな課題の一つと言えるでしょう。そして、そのためには法律や会計、組織運営の専門家が、これまで以上に深くパブリックセクターに関わっていく必要があります。しかし、ひとくちにパブリックセクターといっても内容は非常に幅広く、なおかつ組織や団体の数は膨大です。
境田 法律事務所や監査法人は、やるべきことがいくらでもありますね。
伊澤 お互いに、自分たちだけではカバーできない領域がありますから、専門家同士も連携して取り組む必要性を感じます。
境田 人事や予算配分といったお金が絡む部分については、監査法人の知見が必要不可欠であり、法的側面や倫理的側面については、私たち法律家の出番です。お互いの強みを活かしてご一緒することで、より良い形で使命を果たすことができると思います。
伊澤 同感です。ぜひ、よろしくお願いいたします。
河野 パブリックセクターならではの課題や今後の展望など、大変興味深いお話を伺うことができました。本日は、どうもありがとうございました。
※【パブリック・アシュアランス・センターについて】
パブリック分野のサービスを全国均質に提供するための包括組織です。EY新日本では、パブリック分野における先駆者として、中央省庁、特殊法人、(地方)独立行政法人、国立大学法人、学校法人、地方公共団体、第三セクター、公益法人、社会福祉法人、NPO法人など多くの公的機関に対して、監査・保証サービス、財務会計アドバイザリーサービス、Forensic & Integrity Services、気候変動・サスティナビリティ・サービスなど監査業務だけではなく、社会から期待される各種コンサルティングサービスを幅広に提供しています。
さまざまな分野のキーパーソンをお招きして、EY Japanのプロフェッショナルたちと語り合っていただくシリーズ。今回は、TMI総合法律事務所の境田正樹弁護士にお越しいただき、「日本におけるパブリックガバナンスの現状と課題」をテーマに、忌憚(きたん)のない意見交換を行っていただきました。
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