収益拡大に注力するテクノロジー企業こそが景気後退を乗り切る

収益拡大に注力するテクノロジー企業こそが景気後退を乗り切る


企業評価額が低下する一方、手元資金は記録的な水準に。テクノロジーM&Aには絶好の機会が訪れています。


要点

  • 最新の調査で、過去5年間、収益拡⼤と価値創造に注⼒したテクノロジー企業の株主総利回り(total shareholder returns、以下TSR)が、成⻑率の低いテクノロジー企業の2.1倍であることが明らかになった。
  • 多くの買い⼿の⼿元資⾦が空前の⽔準に達している今、テクノロジー企業の戦略的買収は数⼗年に⼀度の絶好の機会を迎えている可能性がある。
  • テクノロジーM&Aの成功、そして最終的には⻑期的な収益拡⼤の実現を決める最も重要な要素は、統合の成否である。

経済混乱期には、攻勢を緩めず収益拡⼤に鋭く焦点を当て続けるテクノロジー企業が市場で報われる可能性が⾼いことが、EYパルテノンの最新の調査で明らかになりました。

EYパルテノンでは、2017年1⽉から2022年7⽉まで、時価総額10億ドル以上の世界のテクノロジー上場企業700社の業績を追跡しました。調査結果では、この期間中にM&Aを追求した企業の⽅が⾼いTSRを⽣み出していることが⽰されています。パンデミックによる市場変動、⾦利・インフレ・地政学的な不透明感の⾼まりに関わらず、こうした⾼成⻑テクノロジー企業の過去5年のTSRは、成⻑率の低いテクノロジー企業の2.1倍に上っています。

高成長企業の中でも、買収に積極的な企業の方がリターンの高さが顕著

図1:高成長企業の中でも、買収に積極的な企業の方がリターンの高さが顕著

EYパルテノンが2008年のグレート・リセッション時のTSRについて行った調査でも、同様の結果が見られました1。2007〜2009年の期間後に資⾦を調達しM&Aに投資した企業は、競合他社に⽐べてはるかに有利な状況になっていました。

グレート・リセッションから新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックまで、これまでも市場では、特に買収を中⼼に収益拡⼤に注⼒する企業が報われてきました。新しい調査では、この傾向が続いていることが⽰されています。テクノロジー、メディア・エンターテインメント、テレコム(TMT)セクターの数多くのCEOたちも、この点に気付いているようです。

最近公開された「EY CEO Outlook」調査によると、TMT企業の幹部の54%が今後1年の間に買収を計画していると回答しています。同時に、現在の経済状況に鑑みて、買収先を決める際にはより慎重なアプローチで進めている、とも話しています2。買収理由の上位には、アーリーステージの企業に投資することによるポートフォリオの拡張や、⼈材確保と未開拓の国の新市場へのアクセスの強化を狙う、などが挙げられています。

⼀⽅、収益拡⼤に注⼒しなかったテクノロジー企業のその後の展開と結果はこれとは異なり、⻑期にわたってリターンが20%低い状況に苦しんでいました。

さらに分析を進めると、インオーガニックグロースの⽅がオーガニックグロースより良い結果をもたらすことが⽰されています。次々と買収を⾏う企業は、オーガニックグロースを図った企業の1.6倍のTSRを⽣み出していました。

 

どの種類のテクノロジー関連買収も市場で報われる

TSRに関するEYの最新の調査では、「変革型」「戦略的タックイン型」「スケール型」という3種類の買収を調べました。調査対象となった企業では、3種類のどれでもTSRが上昇しました。上昇の理由としては、企業買収に伴って見られることの多い、製品の市場投入までの期間短縮、顧客獲得、市場拡大などが考えられます。

2017年1月から2022年7⽉の間に変⾰型またはスケール型の買収を追求した企業ではTSRが166%に増え、同様に戦略的・タックイン型の買収ではTSRが179%に増えました。⼀⽅、買収にあまり積極的でないテクノロジー企業はTSRが118%と、買収に積極的な企業より約50%少なくなっています。どの種類の買収でも、短期間での市場進出や新技術の増強につながる可能性があります。また、製品の市場投⼊までの期間や⼈材の問題についても、オーガニックグロースよりはるかに早く解決できます。以下に例を挙げます。

タックイン型

  • ある企業はイノベーションと売上拡大の推進を図るため、過去5年の間にテクノロジー企業に対するタックイン型の買収を数多く実施しました。それが最終的にはクラウドセキュリティ、アプリケーション・パフォーマンス・モニタリング、AI、アナリティクスを巡る能⼒構築につながりました。買収は徐々に進められ、この時期のTSRの77%に寄与しました。

変革型

  • ある企業はインフラストラクチャ・ソフトウエア市場への参⼊を加速するため、⾃社に変⾰をもたらすような買収でエンタープライズセキュリティ企業と仮想化テクノロジー企業を次々に獲得しました。これらの革新的なソフトウエア取引の統合が成功したことによってソフトウエアのポートフォリオを構築することができ、収益は3年で30%伸びました。

スケール型

  • ある企業は⾃社製品ポートフォリオのスケールを拡⼤し、⾃動⾞・製造業・IoT市場における可能性を探るため買収という⽅法を追求しました。買収によって、その後の3年で売上が46%伸びました。

 

買収で長期的な成長を狙うために採用できる3つのM&A戦略

図2:買収で長期的な成長を狙うために採用できる3つのM&A戦略

なぜ景気後退が収益拡⼤に注⼒する企業に恩恵をもたらすのか


買収による収益拡大は長期的に市場で報われる場合が多く、2008年のグレート・リセッションや今回のパンデミックによる経済的混乱の影響の緩和に役立っていることを、複数の指標が示しています。市場の混乱で企業評価額が下がる一方で手元資金が記録的な水準に達している今、将来的に有効な競争力を得るために業務やビジネスモデルの変革を狙うテクノロジー企業にとっては、買収に絶好の機会だといえます。


潤沢な⼿元資⾦があるところに企業評価額が低くなっているとなれば、買い⼿企業ではこれまで⾼額すぎて⼿が出なかった取引も視野に⼊ってくるかもしれません。Kellogg Insightの2022年4⽉のレポート³によると、10年近く続いた記録的な利益と数⼗年にわたる好景気を受け、⽶国企業には5.8兆ドルもの⼿元資⾦があります。EYパルテノンのTSRに関する最新の調査で対象となった700社以上のテクノロジー企業の⼿元資⾦は1兆ドルに上ります。

また、EYによるCapital IQのデータの最近の分析では、2021年12月以来テクノロジー企業の企業評価額が30%下がっていることが明らかになっています。低い企業評価額は、評価額が低い時に企業を買収して後に売却益を得たいと望むプライベートエクイティ・バイヤーにとっても有利でしょう。

 

成功の鍵を握るのは統合戦略とその実⾏――3つの重点分野

経済環境に関わらず、M&Aの成功にとって最も重要なのは、2社をうまく統合することです。

次の3つの分野に焦点を当てることで、テクノロジー企業はターゲットの統合に成功し、収益拡⼤の加速につなげることができます。

  • アジャイル的な統合計画の企画と実行:運営委員会、プラットフォームチーム、統合管理事務局(IMO)、特別課題チーム、専任企画チームなどを含めた体系的な専任チームを結成します。統合プレイブックを活⽤し、統合タイムラインのベンチマークと進捗追跡を⾏いレポートの頻度を増やします。

  • オペレーションモデルと組織設計の見直し:統合後の組織の将来、新しい事業部門や製品ラインの構成、統合開発環境(IDE)や各種フレームワークといったテクノロジーツールの採用と共有に関する主な疑問に答える将来的なオペレーションモデルを確立します。統合後の組織のビジョンとミッションについてトップマネジメントの合意形成を得て、より迅速な意思決定と従業員・顧客・サプライヤーに対する明確なコミュニケーションを図ります。

  • コストシナジーの獲得:共通の開発プラットフォームの確立、IPの再利用、ベンダーに対する交渉力の向上、部門やシステムの統合を通してコストを節約します。戦略・経営企画、財務、人事、IT、法務などの間接部⾨を連携させます。また、役割の重複の排除、営業・マーケティング活動の規模の統⼀、バンドリングしたソフトやサービスに関する営業チームの研修実施、製品ラインやエンドマーケットの専任担当者の連携を通して、営業、⼀般管理部⾨の規模を適切化します。

次に示すように、製品構成の統一化と市場参入(go-to-market、以下GTM)戦略によって規模拡大を加速することもできます。


  • ポートフォリオの合理化
    • 既存製品の重複を特定して最適化し、収益機会の最⼤化とコスト削減を図る。
    • サービスをまとめ、両社の既存顧客に伝達・広告する。
    開発手法
    • テクノロジーを採用する際に、統合性および機能的・規模的な拡張性を持ち、現代的なテクノロジースタックやアーキテクチャ設計を活用する、一般的なアプローチに移⾏する。
    製品管理
    • 将来的な組織の製品管理体制の概略をまとめ、各セグメントおよびビジネスラインについて両社から専任リードを任命し、指導体制を明確にする。
    プラットフォームの構成要素の共有とポリシーの統一化
    • 共有プラットフォームと個別アプリケーションのメリットを比較評価し、柔軟性とスケールメリットとのバランスを図る。
    • 両社のレガシー組織間でテクノロジーの共有を計画し、共通のオープンソースポリシーに統一する。
    5
    製品ロードマップおよびR&Dの統合
    • 共同戦略に沿った製品の共同開発を検討する。
    • 重複するR&D部門をなくし、既存のR&Dを強化することによって合理化を図り、技術的負債を把握する。
    • R&Dの統合はM&A締結後6カ月以内の優先事項とすることができる一方で、製品ロードマップの統一化は6カ月から12カ月にわたって重点分野とする必要がある。
  • 6
    販売組織体制の明確化
    • 最終的なセールスモデルを策定し、セールスの指揮体制を設計して専任リードを配置する。
    • 価格設定ポリシーを統一化し、両組織の価格設定手法と方法を検討して優れた慣行を適応させる。
    7
    営業チームの早期統合
    • 営業チームの統合を優先項目としてM&A締結後の6カ⽉以内に実施し、現⾏の営業チームをDay1の組織体制に組み⼊れる。
    • 営業チームの担当業務と営業チームに対して期待されることを定義し、販売を可能にするシステムを用意する(データ共有など)。
    8
    インセンティブの統一化
    • 新規販売があった場合には、買収企業と買収先企業の従業員間の格差や偏りは避け、両社の営業担当者に報酬を与える。
    9
    クロスセルの準備
    • 両社に類似製品がないかを探してバンドリングし、販促資料・用品を開発する。
    • リード生成オフィスを設⽴し、リードの有効性の確認とクロスセルの促進を⾏う。
    10
    両社の製品・サービスに関する営業チームの研修実施
    • Day1の前に、グローバルにセールスのキックオフを実施し、互いの製品に関する研修を実施する。
    • 営業チームの意欲向上を目的としたインセンティブ体制の更新について概略を⽰す。

M&A戦略に関する提言

  • 新しい能⼒を有利な条件で獲得できる可能性は少なからずあるため、経済的な混乱期にあっても、⾃社の⻑期戦略に沿ったインオーガニックな成⻑の追求を続ける。
  • ⾃社の要件に基づいてテクノロジー系のM&A戦略を採⽤する。変⾰型、スケール型、タックイン型という買収戦略があり、これらがより⾼いリターンを⽣み出せることが調査で明らかになっています。
  • ⾃社の既存事業ポートフォリオ、新規市場参⼊、製品を強化するテクノロジーM&Aに焦点を絞る。
  • 統合後の組織に関してオペレーションモデルの⽬標と新事業部⾨体制を確⽴し、製品ラインを計画して、ソフトウエアやシステムの無駄をなくす。
  • 統合プロセスについてトップマネジメント内に合意を形成し、より迅速な意思決定と従業員・サプライヤー・顧客・その他のステークホルダーに対する明確なコミュニケーションを実現する。
  • 製品の共同開発の可能性を検討してR&Dを合理化し、技術的負債を把握する。
  • 6カ⽉から12カ⽉以内に製品ロードマップを統⼀化する。
¹ https://www.ey.com/en_us/strategy-transactions/how-tech-companies-can-best-position-themselves-for-top-quartile-performance, May 21, 2020
² The TMT CEO Pulse Survey (October 2022) is a part of the CEO Imperative Series, which provides critical answers and actions to help CEOs reframe the future of their organizations.
³ Kellogg Insight, April 22, 2022
⁴ EY analysis of Capital IQ data (January 2017 through July 2022)

本記事の執筆にあたっては、Rahul. K. Agrawal、Deepanshi Jerry、Akrant Bhardwajの協力を得ました。


サマリー

テクノロジー企業が現在の経済変動に対応するには、戦略を調整し将来に備えるために戦略的買収を行うという方法があります。EYの調査によれば、景気後退と経済的混乱の時期に収益拡大に注力する企業は市場で報われ、買収の主な3種類のどれもがTSRの上昇につながっている場合が多く見られます。しかしながら、成功するにはテクノロジーM&A、統合、スケール拡大に対する適切な計画が極めて重要です。