EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
強靭(きょうじん)なサプライチェーンリスクは、今日の国際貿易において直面する最も重要な課題としてよく挙げられます。その要因はさまざまで、新型コロナウイルス感染症、地政学的な不確実性、強制労働、国家安全保障および気候変動などが背景として挙げられます。
しかし、サプライチェーンをより強固なものにするために、政府はどのような政策を実際に推し進めているのでしょうか。結局のところ、世界を縦断するグローバル・サプライチェーンを管理しているのは政府ではなく、企業です。
サプライチェーンの強靭化に対する政治的な文脈と、企業の実務的な対応(サプライチェーン構築、サプライヤーとの関係構築、代替品の調達およびロジスティクスの整備)との間には食い違いが生じています。さらに、そこには無数のアナウンス、取組みおよび協定があるため、各国が実際に進めようとする政策、またそれらがビジネスに与える影響を把握することが企業にとって優先課題となっています。
この困難な時期を乗り切ろうとする企業にとって、米国、欧州連合(EU)、オーストラリア、日本および英国における最近の情勢を把握することで、各国政府の法的措置が何を意味するのかを明らかにすることができます。
サプライチェーンの強靭化に対する米国のアプローチは、ジャネット・イエレン米財務長官が2022年4月に大西洋評議会で行ったスピーチで最も明確に示されました1。
イエレン議長は、「われわれは、貿易による市場統合を推進するために用いてきた多国間アプローチを近代化する必要がある」と述べました。また、「われわれの目的は、自由で安全な貿易体制を実現することでなければならない。主要な原材料、技術、製品における市場での地位を利用して、わが国の経済を混乱に陥れ、地政学的な影響力を好ましくない方向に行使することは許されない。米国の労働者にとってより良い条件で、市場統合とこれがもたらす効率性を構築し、さらに深めていこう。そして、私たちが信頼できる国々と一緒にこれを実現しよう。多くの信頼できる国とのサプライチェーンにおけるフレンド・ショアリングを促進し、市場アクセスを安全に拡大し続けることができれば、われわれの経済だけでなく、信頼できる貿易相手国のリスクも低下する。」とも述べています。
この「フレンド・ショアリング」という新たなキーワードは、現在の米国の通商政策が、自由貿易協定(FTA)を通じた厳格な自由貿易や市場アクセス交渉から、より介入的な通商政策へと、根底から変化していることを象徴しています。
イエレン財務長官の演説は、米国サプライチェーン・タスクフォースが行ってきた検討に基づいています。このタスクフォースは 2021 年にバイデン政権によって設立され、新型コロナウイルス関連の物資、高性能なバッテリー、半導体、医薬品・原薬、重要な原材料および永久磁石への対応に焦点を当てて検討してきました。
米国通商代表部によると、このタスクフォースにおける1年間の評価報告2で、以下の6つの分野で成果を上げた、としています。
これらの分野の政策を補完するために、各種法令が制定されています。CHIPS 法は、米国の半導体部門への投資を促進することを目的としています。1930年に制定された関税法における緊急事態条項の発動により、中国を除く、4カ国から輸入されるソーラーパネルに対する関税が引き下げられました。国防生産法の発動されることでソーラーパネルを含むクリーンエネルギー技術の生産を加速させ、連邦調達プロセスにおいてクリーンエネルギーの国内サプライヤーに対して優遇措置を与えます。
今のところ、タスクフォースの報告書での報告内容は同盟国や貿易相手国との「対話の開始」「交渉の声明」や「合意」となっており、具体的な成果はこれからです。しかしながら、これらの一連の取組みは、サプライチェーンの強靭化に向けた支援のために、政府が広範かつ多様な課題に取り組んでいくことを示しています。
これらの一連の取組みは、最近発足した米国主導の「繁栄のためのインド太平洋経済枠組み3」(Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity)にも引き継がれています。この枠組みは、経済の強靭化のための一連の施策を通じて、国際的な早期警戒システムを構築し、主要部門におけるトレーサビリティのために重要な鉱物資源のサプライチェーンを特定する、「世界初のサプライチェーンに対するコミットメント」を確立することを目的としています。これには、調達の多様化に対する取組みも含まれます。
オーストラリアは、日本とインド、米国、英国との間で個別の協定やプロジェクトを立ち上げ、サプライチェーンの強靭化に関する取組みのハブとしての地位を確立しつつあります4。これらの国との合意内容は、2022年の重要鉱物資源戦略(2022 Critical Minerals Strategy)にも反映されています5。
このような一連の強靭化のための施策を推進する理由は単純で、ハイテク経済に必要な原材料、重要鉱物資源・レアアースから生産される部品が不足は、サプライチェーンにおける大きなボトルネックになり得ます。例えば、半導体の場合、シリコン、ゲルマニウム、ガリウムなど、有機・無機を問わず多くの化合物や原材料が必要とされています。また、ネオジム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ガドリニウム、イットリウム、テルビウム、ユーロピウムなどの希土類金属は、再生可能エネルギーの技術やディスプレー画面などのハイテク部品に幅広く使用されています。さらに次世代電池には、大量のリチウムとグラファイトが必要となります。
2021年に、バイデン政権は、重要な鉱物資源・原材料のサプライチェーンにおける脆弱(ぜいじゃく)性をレビューする大統領令14017号6(Executive Order 14017)に署名しました。これにより、米国初のサプライチェーン評価7が実施され、その結果、「重要鉱物資源や原材料において海外や敵対国に過度に依存することは、国家と経済の安全保障上の脅威となる」ことが明らかになりました。
重要な原材料の調達は複雑でコストがかかるだけではなく、その加工工程はしばしば環境にダメージを与えます。これらの供給面での制約を解消するためには、大規模な投資も必要になります。現在、世界のレアアースの金属資源の多くは中国で産出されています。
オーストラリアに加え、カナダも直近の2022年度予算ではこれらの金属資源への研究、抽出、加工、再利用への取組みを表明しており、重要な金属資源の供給力に対して大規模な投資を開始しています8。米国も2022年の初めに大規模な公共・民間投資を発表しています9。
また、電子機器などに含まれる重要鉱物については、現在は部品の多くについて、製造に使用できるレベルの原材料にまでリサイクルすることは困難ですが、今後のリサイクル・再利用に対する将来的な技術発展が注目されています。
EUは、これまで未着手の分野を新たに対象に加えた政策パッケージを通じて、EUの通商政策の分野でも戦略的自立を目指す枠組みが具体化しつつあります10。このことは、以下の3つの分野においてよく表れています。
ACIの目的は、気候変動、税制および食品安全などの分野において、EUに政策転換を迫るために、他国による貿易・投資の制限、あるいは制限を示唆することによる経済的威圧を抑止することにあります11。これはあらゆる措置における最終手段として適用されます。ACIは、EUの各機関で現在検討中です。
IPIは、EU企業が第三国の調達市場へのアクセスにおいて制限を受けていると疑われる場合に、EUが独自に調査を開始し、調達における市場開放について関係国と協議することを可能にすることを目的としています12。協議が合意できずに終わった場合、EUはその国の企業のEUへの調達における市場アクセスを制限することができます。この手段は、すでに欧州議会で採択されています。
FSIは、EU企業の買収やEUの公共調達に参加しようとする外国企業に対して与えられる、市場歪曲(わいきょく)的な補助金に対する調査・取締の権限を、欧州委員会に対して与えるものです13。FSIは現在、欧州議会で採択のプロセスが行われています。
これら3つの手段は、EUの貿易相手国の不公正または強制的な貿易慣行によるEU市場のひずみを是正することを目的とするという意味で、EU貿易政策の根底からの転換を象徴しています。これらの新しい制度は近年考案され、発効に至る段階も一様ではないため、実際にどのように制度が適用されるのか、また、EUのこれらの措置によって影響を受けた相手国がどのような対抗措置を取るのかは、明らかになっていません。
EUは、これらの新しい措置をEUのRecovery and Resilience Facility(RRF)の一環として、全体的な枠組みと結び付けました14。RRFでは「主要なサプライチェーンを多様化し、開かれた市場経済とともにEUの戦略的自立性を強化することによって、EUのサプライチェーンをより強靭で他国への依存度の低いものにするための改革と投資」を目指しています。この動きには、デジタル技術やインフラへの投資も含まれます。
米国とEUは、EU米国貿易技術協議会を通じて連携しています。2022年5月の会合で、EUと米国の双方は「サプライチェーンの強靭性を進めるための緊密な協力がこれまで以上に重要である」ことについて確認しました。EUと米国は、半導体バリューチェーンに関する共通の早期警告・監視メカニズムを構築すること、また双方の政府補助金競争を回避するために情報交換を行うことに合意しました15。
特に後者は、EUと米国がそれぞれ半導体分野への大規模な公共投資を約束するCHIPS法を成立させたため、非常に重要な点になります。EUの法令においては、EU加盟国が提供する半導体補助金に関する国家補助規則の要件緩和と、供給不足やその他の混乱時に企業が欧州への供給を優先することを奨励するメカニズムを含んでいます。
政府が関心のある原材料として半導体に焦点を当てる理由は、新型コロナウイルス感染症拡大時に、半導体に依存する産業全体が停止するほどの大規模な混乱と供給不足を経験したためです。また、地政学的な懸念ももう一つの理由です。台湾は先端半導体の主要輸出国であり、その生産に過度に依存すると供給元が多様化されず、サプライチェーンが脆弱になる可能性があります。また、最先端技術や次世代半導体を巡る国際的な競争も激化しています。中国本土、台湾、韓国および日本を含むアジア諸国では、過去2年間、投資と政府の政策が非常に活発であり、大きな注目を集めています。
米国・英国間の貿易対話には、米英技術パートナーシップと同様に、重要なサプライチェーンの回復力とセキュリティに取り組むことに合意しています。また、英国政府の新しいデジタル戦略16では、半導体サプライチェーンを重要課題として特定した上で、その内容については将来の英国半導体戦略の一部に組み込まれることとしています。
2018年3月に、トランプ政権が1962年通商拡大法232条を発動、国家の安全を脅かす輸入製品(この時は鉄鋼とアルミニウムを指定)に対して関税を引き上げることができるようになりましたが、これ以降、国家安全保障上への懸念は高まる傾向にあります。
現在の地政学的情勢を踏まえて、貿易政策と国家安全保障の関わりが強まっています。企業にとって注意すべき傾向としては、欧米の政府による投資審査と輸出規制の適用例の増加が挙げられます。
英国では国家安全保障・投資法17、EUでは投資審査の枠組み18、米国では対米外国投資委員会(CFIUS)19、オーストラリアでは外国投資審査委員会20がこの事例に当てはまります。これらの制度は、歴史的に特に中国資本の対内投資を対象としてきた一方で、最近では、EUはロシアやベラルーシからの投資の影響に関するガイダンスを発表しています。
最近の米国議会では、米国企業による中国のセンシティブ分野への対外投資を審査する新制度の導入について議論されています。
これは、世界各国、特に欧米諸国において輸出規制や制裁が複雑化していることを反映したものです。ウクライナ情勢と、それに対する米国の対応、特にサイバーセキュリティや軍事用途に使用する先進的な新技術の流出を制限しようとする動きが誘因となっています。
米国とEUは、貿易技術協議会を通じた協力強化の取組みにより、このような規制の対象や利用について一定の整合性を持たせることに成功しました。これは、米国・日本・インド・オーストラリアとの四極安全保障対話、米国・英国・オーストラリアとのAUKUS三国安全保障条約に反映されています。企業の輸出管理が複雑化する環境は、今後も続くと予想されます。
2020年に、日本は「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」と「海外サプライチェーン強化補助金21」の2つのプログラムを開始しました。これらの施策に加え、先端半導体製造分野における日本への海外直接投資を促進するための取組みも行っています。
日本のサプライチェーンへの投資促進を目的とした補助金では、半導体、電気自動車用バッテリー部品、洋上風力発電機部品などの重要な製品に関わる企業への資金援助が行われます。
さらに、ワクチン注射針や注射器、使い捨て手袋、医薬品コールドチェーン物流関連用品などの新型コロナウイルスの必需物品に関連する資金提供も開始しました。2021年にこれらの補助金に基づいて、151種類のプロジェクトが立ち上がりました。
日本の海外サプライチェーンに関する補助金は、当初は日本から東南アジア諸国連合(ASEAN)に向けたサプライチェーンに焦点を当てていました。しかし、2回目の募集では、インドやオーストラリアを対象としたプロジェクトも加わり、アジア太平洋地域にも対象が広がりました。
この展開は、オーストラリア、インド、日本の3カ国によるサプライチェーン・レジリエンス・イニシアチブ(SCRI)22の取決めの設立に続くものです。
2022年3月のSCRI第2回会合で、これらの三カ国は「特に製造業とサービス業などの三国間協力によりサプライチェーンの強靭性を強化できる主要分野を特定し、これらの分野への投資とビジネスを促進するために、Austrade、Invest India、JETROがさらに協力することを奨励する。また、三カ国の大臣は、ベストプラクティスを推進し、サプライチェーンの強靭化のための共同プロジェクトを促進するために、企業や学界との協力の重要性を確認した。さらに、三大臣は、地域におけるサプライチェーン原則を策定し、推進することを決定した。」との合意を発表しました。
3月以降の進展はまだ発表されていませんが、国内での取組みをアジア太平洋諸国間の二国間・多国間の取組みの拡大は継続しています。将来的には、3国間のSCRIと、共通の貿易相手国間の他の取決めとの整合性が高まる動きに発展するとみられます。
サプライチェーンの強靭性を確保しようとする企業にとって、サプライチェーンの持続可能性を確認することは非常に重要です。気候変動によって既存の貿易形態が長期的には成り立たなくなり、貿易相手国の変更を余儀なくされる可能性があります。さらに、サプライチェーンのグリーン化は、ネットゼロの世界経済へのシフトの一環でもあります。
しかし、数多くの企業のサプライチェーンに対する規制は、以下の通りさらに複雑になってきています。
これらの項目は、企業がサプライチェーンをより持続可能で強靭なものにしようとする際に、サステナビリティの観点で、それぞれ異なる幅広い施策を対象として検討しなければならないことを示しています。
現代奴隷の問題は、今日のグローバルで複雑なサプライチェーンのあらゆる段階で存在しています。2016年、国際労働機関の推計によると、世界で4,000万人が現代の奴隷状態にあり、そのうち2,500万人が強制労働の対象となり、そのうち1,600万人が民間企業で搾取されていると報告されています23。
2021年にG724は「強制労働に関する共同声明25」を発表し、世界のサプライチェーンにおける強制労働の使用に懸念を表明し、強制労働の防止、特定、排除のために貿易政策と多国間ルールに基づく貿易システムが果たすことのできる役割を確認しました。この声明は、グローバル経済のあらゆるレベルで強制労働の防止に取り組むことの重要性を認識するシグナルとなりました。さらに、各国政府に対し、関連データや証拠、リスク管理ツールやベストプラクティスを共有し、サプライチェーンのトレーサビリティを向上させるために新たなテクノロジーを活用するよう促しました。
英国では、2021年の下院報告書で、英国企業がサプライチェーンの透明性を確保する上で強力な法的基盤を作るために、英国政府がより積極的に取り組む必要性が示されました。さらに現代奴隷法( Modern Slavery Act 2015)とその後のサプライチェーンの透明性に関する法律の適時性に疑問が呈されています26。この法律は、企業に対して、サプライチェーンにおける現代奴隷制問題のリスクを特定し、それに対処するための取組みについて報告することを求めています。
一方、バイデン政権は、通商政策を 「労働者中心」にする必要性を強調しています。このことは、USMCA27の迅速対応労働メカニズムの利用や、世界貿易機関(WTO)の漁業補助金交渉における強制労働に関する提案など、さまざまな形で表れています。
米国議会は2021年、「ウイグル人強制労働防止法28」を全会一致で可決しました。同法は、中国新疆ウイグル自治区を原産地とする商品が強制労働によって製造されたものではないことを証明するよう輸入業者に要求し、税関職員が入国地点で関連商品を押収する権限を与えています。同法の施行の一環として、強制労働執行タスクフォース(FLETF)はウイグル強制労働防止法(UFLPA29)施行戦略を開始し、米国税関・国境警備局は2022年6月21日の発効に向けて貿易関係者を支援する輸入者ガイダンスを発表しています30。
サイバー領域への脅威は常に進化しており、企業や政策立案者にリスクと課題を突きつけています。サプライチェーン全体の強度は最も弱い部分とリンクすることによって、その影響を受けるため、サプライチェーンの複雑化と相互依存性の増大により、攻撃対象が広がり、犯人にとっては選択したターゲットへのさまざまなアクセス経路を特定する機会が生まれます。英国デジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS)が委託した「Captains of Industry cyber resilience」レポートは、英国の大手企業の3分の1は、サプライチェーンのサイバーセキュリティのサポートにあたって対策を準備していないことを示しました。
政府や政策立案者は、企業が脅威に対して総合的に取り組む必要性を認識し、サプライチェーンを保護するためのイニシアチブをとっています。
規制当局は、企業に対する優良事例に関するアドバイスやガイダンスの提供を通じて、政策決定者は、消費者と企業を保護しサプライチェーンにおける国内およびグローバルでのサイバーセキュリティを強化するための関連法を策定することの重要性を認識しています36。
ウクライナ情勢の結果、世界の食糧安全保障の問題がここ数カ月で急浮上しています。ロシアとウクライナは共に小麦をはじめとする農作物の生産地であり、世界の肥料の主な供給地でもあります。
食料および農業・食料生産とサプライチェーンに不可欠な製品、サービス、投入物の継続的な流通を確保するため、G7、WTO、その他の国際機関は、各国がオープンで予測可能な農業市場と貿易を維持するよう呼びかけています。しかし、残念ながら、インド、インドネシア、マレーシアなど、特定の農産物の輸出制限を実施している国が数多く存在するのが現状です。
農業のサプライチェーンは、季節性、タイミング、コールドチェーンの必要性など、さまざまな特異点を抱えています。また、農産物のサプライチェーンが脅かされた場合に発生する国内の混乱は即座にその国や地域の不安定化につながるため、政府への影響も非常に深刻なものとなります。
政府は輸出信用機関を活用することで、輸出資金を調達することや、優先分野かつ友好国との貿易を促進させることが可能です。前述したバイデン政権による再生可能エネルギーに関する行政措置37 においては、以下のような措置が実施されます。
英国は同様に、英国輸出金融(UK Export Finance)を通じ、再生可能エネルギープロジェクトを後押しするため、2020年の24億ポンドから、2021 年には36億ポンドを投資すると同時に、石油・ガスプロジェクトへの援助を停止しています38。
強靭なサプライチェーン構築のため、世界各国において単一国あるいは二カ国間の対策は数多く存在しますが、多国間が参加する政府国際機関が果たすべき役割とは何でしょうか。
経済協力開発機構(OECD)の「強靭なサプライチェーンのためのガイド」によれば、その中核となる提言の1つに、市場開放を維持し、各国の多角的な国際協定や国際公約を順守することがありました39。その好例がWTOの貿易円滑化協定で、これは国境における無駄な手続の削減を目的としています。透明性があり、予測可能で使いやすい国境手続を実施することで、企業が新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの結果として感じるビジネス上の混乱を軽減させています。
多くの政府において、地政学的および国家安全保障上の懸念が、企業のビジネス環境の改善よりも優先されていますが、単に同じ政策を繰り返し主張しても共感を得ることはできません。
政府のサプライチェーンに対する政策の組み合わせが、プラスに働くかどうかは、まだ明らかではありません。少なくとも、これらの政策が少なくとも全く何の影響も与えないことが期待されますが、マイナスの影響を与える重大なリスクすらあります。
マイケル・ガシオレックの最近の論文「サプライチェーンの強靭性」にある”ピックアンドミックス”の危険性によれば、政策は多くの場合、国内生産者を保護し、競争を抑制するように設計されていると述べています40。長期的に見れば、これらの政策は消費者にとっての価格上昇とイノベーションの抑制の効果を与えることになり得ます。Raghuram Rajan の論文「Just Say No to ‘Friend Shoring’」においても、同様に“フレンド・ショアリング”は価格の上昇を招く一方で、サプライチェーンの強靭性に対してはあまり効果はないと述べています41。
この記事で紹介した地政学的な視点を通じて、企業が自社のサプライチェーンを俯瞰(ふかん)した場合、世界中で実施される政策の複雑さと広範さに圧倒されるでしょう。
ビジネスリーダーは、企業のサプライチェーンに対する政府の介入、国境を越えた投資の制限や排除、輸出管理規制、貿易制限的な措置および規制当局の監視については、今後も強化される可能性がかなり高いという前提を持つことが必要です。この前提を持つことで、初めてそれらのリスクを正しく評価し、サプライチェーンの回復力を高めるためのステップを見いだすことが可能になります。
これらの取組みにおける最初のステップは、サプライチェーンの細部にわたるリスク評価を実施することです。この取組みにおいては、サプライチェーンにおいて単にどのような貨物がどこから来ているのか、を確認するのではなく、ビジネスリーダー自身の主導の下に、以下のリスク因子について評価すべきです。
企業は、自身が所在する国と同じ勢力ブロック内に属する市場への投資においては、政治的リスクはより低いものとなり得ます。このことは、研究開発(R&D)協力、製造、販売に関連する新規および既存の投資の両方に当てはまります。可能な限り、同じ勢力ブロック内への投資を奨励するために政府が提供する補助金を利用できるか、についても評価するべきです。
この対応は、半導体、コンピューターおよび通信機器、電気自動車(EV)、医薬品および重要インフラなど、経済的または国家安全保障上の理由から政府より戦略的な対処が必要と見なされるセクターを抱えている企業にとって特に重要です。
ウクライナ情勢や米中間の地政学的緊張などの混乱は、世界中の企業にとって大きな供給面での課題をもたらしています。長期的なサプライチェーンの回復力を確立することは、この記事で説明した発生可能性の高いリスクの影響を軽減しますが、その対応は企業によって異なります。ビジネスリーダーは、新しい環境に適応するために、3つの事項に幅広く優先的に対処する必要があります。
1. 現在および将来にわたる地政学的リスクの評価
世界秩序の長期的な変化から生じる地政学的リスクを特定、監視、評価するために、体系的なアプローチを用い、これらの評価結果を全社的リスクマネジメント(ERM)体制に取り入れ、またそれらをサプライチェーン管理と連携させます。そうすることで、サプライチェーンのパフォーマンスに対するリアルタイムの分析を得ることができます。
2. 機能横断的な地域戦略チームの設立
強靭なサプライチェーン構築のために、企業内の幅広い機能分野(通商戦略、サプライチェーン、税関、物流、政府関連、法務、財務など)を横断してその代表者を加えた形で統合的な分析を行います。社内の機能を横断的に統合するためには、経営幹部の強いスポンサーシップとリーダーシップが必要となります。
3. 新たな地政学的な実情に合わせた企業戦略の再構築
地政学的リスクに関して全世界的な評価を実施し、その地政学的リスク分析の結果を企業戦略、特にサプライチェーンにおける調達の方針、助成金とインセンティブ、市場参入戦略に積極的に反映させます。
巻末注
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