EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部
公認会計士 加藤 紘司
公認会計士 石川 仁
公認会計士 森 さやか
品質管理本部 会計監理部において、会計処理及び開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事している。
近時の世界的な脱炭素、低炭素化によるサステナブルな社会の実現に向けた動きを踏まえて、種々の環境関連取引が行われるようになってきているものの、会計処理が明らかにされていないものがあります。このような状況を受けて、2023年9月21日に日本公認会計士協会より、会計制度委員会研究報告第17号「環境価値取引の会計処理に関する研究報告 - 気候変動の課題解決に向けた新たな取引への対応 -」(以下、本研究報告)が公表されました。本稿では、本研究報告の全体概要を示した上で、特に注目度が高いと思われる非化石証書及びバーチャルPPA(以下、VPPA)の概要と会計処理の考え方について詳細を解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
本研究報告は、環境価値取引に係る会計上の取扱い等について、これまでの日本公認会計士協会における調査・研究の結果及びこれを踏まえた現時点における考えを取りまとめたものであり、環境価値取引に係る会計上の取扱い等を検討する上での一助となるものです。しかし、あくまでも現時点における1つの考え方を示したにすぎず、本研究報告は実務上の指針として位置付けられるものではなく、実務を拘束するものでもないとされています。
我が国では、環境関連取引に関する唯一の会計基準として、企業会計基準委員会より公表されている実務対応報告第15号「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」(以下、実務対応報告第15号)がありますが、近年見られるさまざまな環境価値取引の会計処理を検討する際に、実務対応報告第15号の適用対象となる取引なのかどうかを判断することが難しい状況が生じていると思われます。
本研究報告では、まず、どのような取引が実務対応報告第15号の適用対象となるのかについて判断を行う際のポイントを考察しています。その上で、クレジットを用いた近年の環境価値取引として、<表1>の4つについて、制度ごとに会計上の取扱いが検討されています。
また、クレジットを用いた環境価値取引とは区分して、非化石証書を用いた環境価値取引として、再生可能エネルギー由来の電力を調達する電力購入契約(コーポレートPPA)の検討が行われており、その中でも特にVPPAについて詳細に検討されています。こちらは、本稿のⅢ以降で詳しくご説明します。
本研究報告の提言では、クレジットと非化石証書の特徴の間には一定の相違が存在し、非化石証書に関連する取引に関する会計上の取扱いが明確でないことに留意しています。特に、VPPAの会計処理については複数の見解のいずれを採用するかによって財務諸表に及ぼす影響が大きく異なるため、非化石証書及びVPPAの会計処理を明確化することで環境価値取引を推進することが望ましいとされています。
さらに、排出量取引に係る会計処理に関して、今後各企業に排出量削減義務が課されるような場合などには、実務対応報告第15号の見直しを含めて検討し、取引参加者の会計上の懸念を払拭(ふっしょく)することが望ましいとされています。
「非化石証書」とは、発電時にCO₂を排出しない電気が持つ「環境価値」を、電気自体の価値とは切り離して証書化したものであり、2018年5月より我が国の非化石価値取引市場において取引が開始されています。
非化石証書には、FIT※1非化石証書(再エネ指定)、非FIT非化石証書(再エネ指定)及び非FIT非化石証書(指定なし)の3種類が存在し、その種類によって対象電源や証書の売買参加者等が異なる仕組みとなっています。本研究報告では、非化石証書の種類と取引概要が(<表2>)のとおり示されています。また、FIT非化石証書及び非FIT非化石証書(再エネ指定証書あり・なし)取引の流れが(<図1>)のとおり説明されています。
FIT非化石証書 |
非FIT非化石証書 |
非FIT非化石証書 |
|
---|---|---|---|
対象電源 |
FIT電源 |
非FIT再エネ電源 |
非FIT非化石電源 |
取引市場 |
再エネ価値取引市場 |
高度化法義務達成市場(非FIT再エネ指定証書) |
高度化法義務達成市場(非FIT再エネ指定なし証書) |
証書売手 |
電力広域的運営推進機関(OCCTO) |
発電事業者 |
発電事業者 |
証書買手 |
小売電気事業者 |
小売電気事業者 |
小売電気事業者 |
最低価格 |
0.4円/キロワット時 |
0.6円/キロワット時 |
0.6円/キロワット時 |
最高価格 |
4円/キロワット時 |
1.3円/キロワット時 |
1.3円/キロワット時 |
価格決定方式 |
マルチプライスオークション |
シングルプライスオークション |
シングルプライスオークション |
※1 本研究報告内の脚注43では「Feed-in Tariffの略で、『固定価格買取制度』を指す。太陽光発電のような再生可能エネルギーで発電した電気を国が決めた価格で買い取ることを電力会社に義務付けた制度である。」とされている。
(出典:本研究報告を参考に筆者が作成)
本研究報告では、市場取引又は相対取引において有償取得した非化石証書(FIT非化石証書と非FIT非化石証書のいずれも含む)に係る会計上の取扱いについて検討しています。
まず、非化石証書を京都メカニズムにおけるクレジットと類似しているものとして取り扱い、実務対応報告第15号の適用対象であると判断できるか否か、実務対応報告第15号で排出クレジットの性格として挙げられている<表3>の4つの特徴に照らして検討しています。
(1) 京都議定書における国際的な約束を各締約国が履行するために用いられる数値であること
(2) 国別登録簿においてのみ存在すること
(3) 所有権の対象となる有体物ではなく、法定された無体財産権ではないということ
(4) 取得及び売却した場合には有償で取引され、財産的価値を有していること
本研究報告では、上記(2)及び(3)に関しては、非化石証書は京都メカニズムにおけるクレジットとの類似性を一定程度有していると考えられるとしています。一方、上記(1)に関しては、非化石証書は外部調達した電気の使用と併せることによってその環境価値を活用できる点や、必ずしも追加的な温室効果ガス排出削減量の創出につながるものではない点が京都メカニズムにおけるクレジットとは大きく異なるものと考えられるとしています。また、上記(4)に関しても、非化石証書の取得者の属性及び証書の種類により判断が異なる可能性がある点は、京都メカニズムにおけるクレジットとは異なるものと考えられるとしています。
これらの検討から、現時点で非化石証書を京都メカニズムにおけるクレジットと類似しているものとして取り扱い、実務対応報告第15号の適用対象であると判断することは難しいと考えられるとしていますが、一方、実務対応報告第15号においては、類似性の判断基準が示されていないため、実務上、適用可否の判断についてばらつきが生じている可能性があるとしています。
上記2.の検討の結果、非化石証書は実務対応報告第15号の適用範囲ではないと判断される場合、非化石証書の会計処理について直接定める会計基準等が存在しないと考えられるため、本研究報告では、上記1.にあるとおり、非化石証書が、その取得者の属性(需要家、小売電気事業者又は仲介事業者)及び証書の種類(FIT非化石証書又は非FIT非化石証書)によって取得後の取扱いが異なる点を踏まえ、取得者にとっての非化石証書の性質に沿って次のとおり会計処理が検討されています。
本研究報告では、非化石証書の取得者が営業目的を達成するために非化石証書を所有し、かつ売却する予定である場合には、企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」第3項の棚卸資産に該当する可能性があるとしています。
また、非化石証書は、実務対応報告第15号の適用対象ではないと考えられるが、取得者が非化石証書を第三者へ売却できる場合、非化石証書と排出クレジットとの類似性の観点から、実務対応報告第15号の会計処理の考え方を斟酌できる可能性はあるものとし、取得者が非化石証書を第三者へ売却するためではなく、自社の温対法への報告等のために所有する場合であっても、第三者への売却可能性に基づく財産的価値を有している点に着目して、実務対応報告第15号の排出クレジットの会計処理を斟酌して「無形固定資産」又は「投資その他の資産」として資産計上を認める余地があるものと考えられるとしています。
本研究報告では、非化石証書の取得者が、自社の財又はサービスの提供において再生可能エネルギーを用いるために非化石証書を活用する場合、外部調達した使用電力と非化石証書の環境価値の対応関係を明確に管理した上で、非化石証書を活用するものと考えられることから、対象となる電気代の費用処理と合わせて非化石証書を費用化することが考えられるとし、非化石証書は取得時点で棚卸資産に該当する可能性があると考えられるとしています。
本研究報告では、非化石証書の取得者が、非化石証書を第三者へ売却することができず、また、外部調達した使用電力と非化石証書の環境価値の対応関係が不明瞭であるような場合、非化石証書が財産的価値を有していると説明することは難しいと判断される可能性があるとし、その判断結果によっては、非化石証書を資産計上することができないと考えられる可能性があるとしています。
本研究報告では、非化石証書は環境価値を証書化したものであり、無形の価値を有するものと考えると、「無形固定資産」として会計処理することも検討対象になると考えられるとしています。
また、本研究報告では、非化石証書の取得は、電気の価値の一部に対する前払いであると考えることにより、「前払費用」に該当するのではないかという考え方もある一方、前払費用は「一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、いまだ提供されていない役務に対し支払われた対価」(企業会計原則注解(注5))であるとする定義を踏まえると、非化石証書自体は対価と引き換えにすでに取得していることから前払費用の定義には当てはまらないとも考えられるとして、前払費用として取り扱うためには、非化石証書の取得に対する支払について、「いまだ提供されていない役務」をどのように考えるべきかの検討がさらに必要になるものと考えられるとしています。
PPAとは、「Power Purchase Agreement(電力購入契約)」の略であり、需要家である企業が発電事業者等との間で再生可能エネルギーの電力を長期間にわたり購入する契約を「コーポレートPPA」といいます。コーポレート PPA には幾つかの形態が存在し、需要家が電力を利用する拠点から離れた場所に発電設備を建設する形態をオフサイトPPAといいます。そして、オフサイトPPAは、発電事業者と需要家の間で電力の取引を伴うか否かという観点で、電力取引を伴うフィジカルPPA と電力取引を伴わないVPPAに分けられます。
VPPAでは、発電事業者が発電した再生可能エネルギー由来の電力は卸電力市場に売却され、需要家は小売電気事業者から通常どおりに電力を調達することとなり、環境価値(非FIT非化石証書)のみが発電事業者から需要家へ移転されることになります(<図2>参照)。
このように、発電事業者と需要家との間で電力取引を伴わないVPPAでは、再生可能エネルギーによる発電に適したロケーションを柔軟に選定することが可能となります。
また、VPPAでは、発電事業者と需要家との間で締結したPPA契約において固定価格を設定し、PPA契約上の固定価格と卸電力市場で決定される電力価格との差額について、発電事業者と需要家との間で精算することが一般的です。VPPAの仕組み上、発電事業者が卸電力市場の電力価格変動リスクを負うことになりますが、需要家との間の差金決済により、発電事業者にとっては、市場での電力売却収入と環境価値の移転による収入の合計をPPA契約上の固定価格に固定化することができます。これにより、安定した収入が長期間にわたって保証され、この収入を前提とした資金調達が可能となり、新たな再生可能エネルギーの発電設備の建設が促進されるメリットがあります。
一方で、この差金決済取引がデリバティブ取引に該当する可能性があるとして、VPPAの普及に際して会計上の整理の必要性が課題となっています。
(出典:自然エネルギー財団「日本のコーポレートPPA 契約形態、コスト、先進事例」6ページ)
VPPAに関して、本研究報告では、まず「会計処理を行う単位(会計単位)の検討」を行い、その上で「差金決済取引がデリバティブに該当するか否かの検討」を行っています。会計単位の検討に関しては、需要家と発電事業者との間の差金決済取引の「差金」には、「非FIT非化石証書の取引対価」という要素と「電力の市場価格の変動に係る精算」という要素があると考えられ、2つの要素に応じて差金決済取引を区分するか否かが論点になるとされています。また、差金決済取引がデリバティブであるか否かの検討に関しては、参考として、本研究報告の付録においてIFRSと米国会計基準の取扱いが紹介されています。
そして、「差金決済取引を2つの要素に区分するか否か」という視点と「差金決済取引がデリバティブに該当するか否か」という視点のマトリックスで、考えられる具体的な会計処理のパターンが四つ示されています(<表4>参照)。
また、本研究報告では、差金決済取引をデリバティブとして会計処理する場合に関して、当該デリバティブをヘッジ手段とし、「需要家が小売電気事業者から購入する電力に係る予定取引」、「発電事業者が卸電力市場へ売却する電力に係る予定取引」をヘッジ対象として、ヘッジ会計を適用することが認められるか否かについても考察されています。
2023年11月22日の第49回企業会計基準諮問会議において、VPPAの会計処理を新規テーマとすることが日本公認会計士協会より提案され、審議の結果、実務対応専門委員会にテーマ評価を依頼することが決定されました。VPPAについては、企業会計基準委員会における今後の審議の動向にもご留意ください。
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