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獨協大学 法学部教授 高橋 均
一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。会社法等の専門家としての法理論と企業勤務経験に基づく実務面の双方に精通している。近著として『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)、『監査役監査の実務と(第7版)』同文舘出版(2021年)。
令和元年会社法において、取締役の報酬等※1(以下、報酬)に関する新たな改正が行われました。改正の立法趣旨は、報酬内容の決定手続に関する透明性の向上とともに、報酬のインセンティブ機能に着目したものでした※2。
一方、監査役の報酬※3については、直接的な改正はありませんでした。取締役の報酬は、代表取締役が恣(し)意的に決定するという弊害のおそれがあるのに対して、監査役の報酬は、監査役の協議によるとの規定があり(会社法387条2項)、代表取締役等の執行側による直接的な関与を排除するとともに、各監査役の意見が反映される仕組みになっているからです。また、取締役の報酬のインセンティブ性については、取締役の業務執行機能に基づく点が改正の趣旨であり、監査役の監視機能とは別内容と考えられたからです。
しかし、監査役の報酬については、協議に至るまでの手続や報酬内容を含めて、監査役自身が法と実務の乖(かい)離を強く感じているように見受けられます※4。そこで、本稿では、監査役の報酬に関して、現行法の確認を行った上で、実務上の留意点と今後の報酬の在り方について検討します。
企業実務面では、取締役の報酬の決定について、会社が株主総会で報酬総額の上限を定めた上で、具体的な個々の取締役報酬の決定は取締役会に一任し、さらには取締役会において代表取締役にその決定を再一任する方法が慣行とされてきました。株主総会で上限額を定め、その範囲内で取締役会において決定する方法は、取締役報酬のお手盛り防止の観点から可能であるとする判例(大判昭和7年6月10日大審院民事判例集11巻1365ページ、最判昭和60年3月26日判例時報1159号150ページ)に則った対応です。また、学説においても、報酬は、株主総会において取締役全員の総額またはその最高限度額を定めれば足りるという考え方が通説となっており、株主総会で報酬の上限額を決定すれば、上限額を超えない限り、再度株主総会の決議を要しないと解されています※5。さらに、取締役報酬の具体的配分を代表取締役に再一任する実務についても、報酬決定が取締役会の専決事項ではないことから、判例では適法(最判昭和31年10月5日最高裁判所裁判集民事23号409ページ、最判昭和58年2月22日判例時報1076号140ページ)であるとされ、学説においても多数説となっています※6。もっとも、代表取締役に取締役の報酬を再一任することにより、取締役会の監督機能に影響を及ぼす可能性があることから、再一任は許されないとする少数説もあります※7。
このように、取締役の報酬について、株主総会での総額方式とした上で、取締役会での一任、さらには代表取締役への再一任という長らく続いていた実務慣行に対して、令和元年改正会社法において、取締役の報酬の在り方を見直すことになった経緯があります。
一方、監査役の報酬については、監査役が執行部門から法的に独立しているという観点から、取締役とは別に株主総会の決議で定めることになっています(会社法387条1項)。監査役が複数就任していれば、取締役の報酬と同様に、株主総会で報酬総額を決議した上で、その範囲内で、監査役間の協議によって配分を定めます(会社法387条2項)。総額の範囲内ですから、上限額で配分するか、上限額より少ない額で配分するかについても協議事項に含まれます※8。協議とは、話し合った結果、全員の合意を目指すことを意味しますので、監査役の報酬については、監査役間で意見交換を行った上で、報酬総額の範囲内で最終的な報酬内容(金額)の配分を決めることになります。監査役の報酬についても、取締役の報酬と同様に、特定の監査役に報酬の配分の一任は認められると解されています※9。監査役会議長に一任する場合は、監査役の役位別・在任年数に基づく支給とするなど、報酬に関する考え方が決まっていて、後は自動的に事務処理を行う場合が考えられます。
また、監査役は、株主総会において監査役の報酬について意見を述べることができます(会社法387条3項)。例えば、取締役が特定の監査役の報酬を減額する議案の内容を株主総会に提出した場合に、当該監査役がその減額に対して反対意見を陳述することが可能です。さらに、監査役自らの報酬に限らず、他の監査役の報酬水準についても意見陳述ができます。具体的には、海外進出等により業容拡大に伴う監査役の職務負荷が著しく増大しているにもかかわらず、取締役が監査役の報酬額の上限を引き上げる議案を株主総会に提出しなかった場合、監査役全員の総意として、特定の監査役が監査役を代表して、株主総会の場で正当な報酬でない旨の意見陳述を行うことも可能です。監査役による報酬に対する意見陳述権は、取締役には法定化されていない法的権限であり、監査役の報酬が取締役により不当に低額に据え置かれる場合に、監査役の対抗措置として定められた規定です。また、監査役は、株主総会において監査役の報酬について意見があるときは、その意見の内容の概要を株主総会参考書類に記載する必要があります(会社法施行規則84条1項5号)。
もっとも、監査役が報酬に対する意見陳述権を行使することは、実務の現場では極めてまれであることが実態ですので、監査役の意見陳述権は、不当な監査役の報酬議案に関して、取締役に対する牽(けん)制機能と捉えることができると思います。
監査役の報酬規定の立法趣旨は、監査役の報酬面での独立性の確保であることを鑑みると、監査役の実務を行うにあたって、予め留意すべき点があります。
第一の留意点は、監査役の報酬協議を行う時期です。報酬協議とは、株主総会で決議されている上限額の範囲内で具体的な配分を決める行為ですので、報酬協議の時期は株主総会後に速やかに行うこと、例えば株主総会終了の同日に行われることが実務の通例です。監査役の報酬は、取締役の報酬と同様に会社との委任に基づく対価ですので、株主総会で新しい体制となった段階で具体的な報酬を決定することになります。
他方、株主総会に監査役の報酬変更議案が提出されることがない場合には、株主総会前に監査役の報酬の協議を行っておくことも実務上はあり得ます。この場合でも、不測の事態で監査役の体制が急遽変更になる場合もあり得ますので、株主総会に極力近い時期での協議を行うことになります。もっとも、従前と同様の報酬額であると考えて協議を実施しないことは望ましいことではなく、報酬は各年度で決める中で、従前通りで異論がないことの確認の意味からも、毎年協議を行うことが原則です。
第二の留意点は、監査役の報酬に関する取締役の関与についてです。前述したように、監査役の報酬については、監査役の独立性の観点からの規定ぶりになっていることから、取締役に監査役の報酬の配分決定を一任することは許されません。他方で、取締役が監査役の報酬の原案を示すことは許されると解されています※10。あくまで、原案にとどまりますので、取締役(あるいは報酬実務を行う事務局)が具体的配分内容を決定し、それに従わせるような手続は法令上、不当となります。また、具体的な配分金額ではなく、監査役の報酬について、役位別や就任年数に基づく考え方による支給となっている場合でも、あくまで原案の考え方として理解すべきであり、その方式の適用の是非やその方式以外に考慮すべき特別の要因があるか否かについても、監査役の協議が必要です。例えば、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により会社の業績が著しく悪化した状況を受けて、取締役が報酬減額を決定したとしても、取締役が同様の減額を監査役に強要することはできません。この場合、監査役としては、取締役の決定内容を勘案し、監査役の協議によって監査役の報酬の減額の是非や具体的な減額幅を決めることになります。言い換えれば、取締役と同内容の監査役の報酬減額を決定したとしても、あくまで、監査役が自主的に減額を協議・決定したという手続が必要となります。
各監査役の報酬を決めるにあたって、事前に監査役間で協議を行うことは法定化された手続ですので、協議手続を行わないことは法令違反となります。
監査役会設置会社の場合の協議の方法としては、①株主総会後において、常勤監査役や特定監査役を選定する監査役会終了直後に、そのまま監査役全員で協議する方法※11、②監査役会の議題として、監査役報酬協議の件として行う2つの方法があります。監査役の報酬は、監査役会の決議事項ではないことから、監査役会の議題として実施する必要は必ずしもありません。しかし、①の場合は、監査役の報酬協議は法定事項であるために、協議結果を正式な文書として記載し保存しておくべきです。記録として残さなければ、法定手続を実施した証拠とはならず、後日、監査役の報酬を巡って争いが発生したときには、手続的な瑕疵(かし)とみなされて、報酬が過去に遡(さかのぼ)って無効との主張が行われる可能性があります。
②の監査役会の議題として実施した場合には、必然的に監査役会議事録に記録されますので、手続的な瑕疵が問われることはないメリットがあります。もっとも、監査役会議事録は、裁判所の許可があれば、株主の閲覧及び謄写の対象となりますので、監査役間で協議した結果、個々の監査役の報酬金額が株主に明らかになる可能性がないとはいえません。したがって、企業実務の現場では、監査役会の議題として実施するのか否かについて、2つの方法の長短を比較して決めます。また、監査役会で報酬を決める場合には、監査役会規程で、監査役の報酬は監査役全員一致の同意による決議とする旨を定めておくことが一般的です。
なお、報酬協議が滞りなく実施された後は、報酬協議決定書として、具体的な報酬内容と実施開始時期について記載した書類を作成・保存します。その上で、報酬協議決定書として取締役に通知すれば、監査役の報酬の独立性を反映した手続になります。取締役が報酬の原案を決めた場合であっても、監査役間の協議結果を取締役に通知することが望ましいと考えます。
監査役の報酬については、監査役の職務は会社の業績とは直接に連動していないとして、定額固定基本給のみの支給が伝統的であり、日本監査役協会の直近のアンケート結果でも95.3%(3,016社)を占めています※12。取締役の報酬は、取締役のインセンティブの観点から、業績連動報酬やストックオプション制度の導入について、近時、盛んに議論され、実際に導入が増加している傾向がありますが、それとは対照的です。
しかし、監査役が職務を遂行するにつき、定額固定基本給のみで足りるとする根拠として、業務執行を担っていないからという理由は必ずしも説得的ではありません。監査役は、取締役の職務執行を監査し、不祥事や不適切な行為があれば、早い段階で指摘して不祥事等の拡大を防止したり、内部統制システムの観点から監視することを通じて、不祥事等を未然に防止したりする役割は、会社の業績に間接的に関係していると言えます。したがって、監査役の報酬に一定の業績連動を取り入れることは検討の余地があります※13。例えば、間接部門を管掌している取締役と同様に、連結経常利益等を業績連動の指標とすることが考えられます。さらに、監査役の報酬の一部にストックオプションを付与することもあり得ると考えます。
監査役の報酬水準は、監査役の報酬の制度設計とも関係します。前述したように、監査役の報酬が定額固定基本給のみである実態からは、在任期間中の報酬変動の余地は、基本的には存在しないことを意味します。すると、監査役に就任する際に、監査役の報酬水準は、社内においてどの水準にあるかがその後の報酬水準を決定付けることとなるために、新任監査役にとっては重要な関心事になります。日本監査役協会のアンケートでは、社内常勤監査役の報酬は、執行役員レベルが33.1%(914社)ともっとも多くなっており、その次は役付のない取締役の26.9%(743社)が続いています※14。監査役は、部長等の上級管理職から昇任している割合がもっとも多いこと※15が関係していると思われます。したがって、部長クラスから監査役に昇任すれば報酬水準が増額するのに対して、取締役からの就任の場合は減額の可能性が高く、特に役付取締役から監査役となった場合には、減額幅が大きくなります。しかも定額固定基本給のみであることから、株主総会において、監査役の報酬上限額の増額変更議案の提出がない限り、4年間の任期期間中、報酬の変動がない可能性が高くなります。
監査役の報酬は、取締役の報酬と比較して極めて硬直的です。執行部門から法的に独立しており、取締役から報酬面で影響を受けない趣旨から、昔から定額固定報酬額の慣行が定着してきたものと思われます。代表取締役による評価ポイントによって監査役の報酬額が変動するのであれば、監査役の地位の独立性の視点から問題ですが、執行役員と異なり、会社法上の役員である監査役は、取締役と同様に株主代表訴訟の対象者であるなど、職務につき法的責任が伴っています。したがって、監査役の報酬水準は、取締役の報酬水準と同様であってもおかしくはありません。現行の監査役の報酬水準や制度設計は、監査役の社内外の地位の確保という点では、改善の余地があると思います。
確かに、監査役は非業務執行役員の位置付けであり、監査を通じて、意見陳述を行ったり改善要請を行ったりするものの、具体的にそのことを計画し実行するのは、業務執行取締役であることから、職責の程度は取締役の方が重いとの意見も正論かもしれません。しかし、企業の持続的発展のためには、「攻めのガバナンス」と「守りのガバナンス」が両輪として大切であり、特に「守りのガバナンス」における監査役の役割は大きいものがあります。また、従前とは異なり、近時はコーポレートガバナンスの一翼を担う監査役に対して、会社の利害関係者の期待も大きくなっています。したがって、監査役にも、取締役と同様のインセンティブ報酬としての側面を持たせても良いのではと思います。
監査役の報酬の一定の割合に業績連動報酬を採用したり、業績連動に伴う賞与を支給する制度を設計したりすることはあり得ると思います。また、監査役が再任された場合には、監査役の報酬水準を一定の割合で増額すること、役付取締役から常勤監査役に就任する場合には、取締役時代の報酬を加味した水準とすること、海外監査や企業経営の多角化等により、監査役の職務負荷が明らかに増大した場合には、監査役の報酬上限額を引き上げて、結果として個々の監査役の報酬を増額することも検討に値します。また、株主総会での報酬総額の上限に達していない場合は、職務の負荷状況により、個別報酬額の見直しを監査役間で協議・検討し執行側に協議結果を示すこともあり得ます。さらに、報酬総額の見直しについても、インセンティブ報酬の導入の可否も含めて、役員報酬の一環として監査役間で十分に議論した上で、代表取締役や人事担当取締役と意見交換し、調整することが考えられます。
報酬の性格上、自身の報酬の増額を主張することに心理的躊躇(ちゅうちょ)があるのも事実と思います。しかし、いつまでも硬直的な報酬水準を継続する合理性は薄いと考えます。そもそも、経営陣の中には、監査役の職務についての理解や認識が十分でないために、見直しの動機付けになっていない可能性も大きいと思います。
監査役の報酬について、代表取締役が実質的に決定した報酬水準を追認や確認するための協議ではなく、監査役もある程度主体性を持って自らの報酬について意識し関わるべきと考えます。このためにも、監査役の報酬の制度設計について、取締役の報酬と同様に、在るべき制度設計を代表取締役や人事担当取締役に提案し意見交換をすることから始めることが考えられます。現任の監査役(会)として、仮に現在の報酬水準や制度設計に疑念があるならば、自らの報酬に限らず、後任の監査役のためにも行動に移して良いと思います。
※1 「報酬等」とは、報酬・賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益のことである(会社法361条1項柱書)。
※2 竹林俊憲編著『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務、2020年)73ページ
※3 取締役監査等委員の報酬は、監査役と同じ内容の規定である。
※4 筆者が監査役向けの研修会やセミナーにおいて、監査役から質問を受ける上位項目である。
※5 大隅健一郎=今井宏『会社法論 中巻(第3版)』(有斐閣、1992年)166ページ
※6 落合誠一『会社法コンメンタール8巻 機関(2)』[田中亘](商事法務、2009年)167ページ
※7 上柳克郎=鴻常夫=竹内昭夫編『新版注釈会社法(6) 株式会社の機関(2)』[浜田道代](有斐閣、1987年)391ページ
※8 2名の監査役が選任されている時期の株主総会決議により、監査役の上限額が定められていた場合において、その後一人となった監査役が自らの報酬を上限額まで増額した行為は、監査役間の協議を定めた会社法387条2項に準じた報酬決定方法として許容されるとした裁判例(「千葉地判令和3年1月28日」(金融・商事判例1619号、2021年)43ページ)がある。
※9 江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』(有斐閣、2021年)566ページ
※10 前掲注(9)566ページ
※11 監査役が一堂に会する必要はないので、株主総会に欠席した監査役に対しては、別途個別に協議または予め報酬に関する同意書を受領する。
※12 (公社)日本監査役協会「役員等の構成の変化などに関する第22回インターネット・アンケート集計結果」(2022年5月18日公表)90ページ
※13 監査役の報酬に、定額固定基本給に加えて業績連動報酬を取り入れている会社は、4.5%(144社)と極めて少ないのが実態である。前掲注(12)90ページ
※14 前掲注(12)100ページ
※15 アンケートにて「社内常勤監査役の前職の割合として最も多いのは、部長クラスの34.1%(1,295人)」との結果がある。前掲注(12)17ページ