EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
公認会計士 太田 達也
当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。
令和4年度税制改正において、住宅ローン控除の控除率が1%から0.7%に引き下げられました。この改正が行われた理由の1つに、昨今の低金利の状況下、住宅ローンの借入金利が控除率1%を下回ることが多いことが会計検査院から指摘されたことが挙げられます。税制改正の多くは各省庁の要望を受けて行われますが、中にはこの改正のように会計検査院の指摘がきっかけとなるものもあります。
今回は、法人税、消費税、源泉所得税に関する税制改正のうち、会計検査院の指摘が関係している主なものを紹介します。
日本国憲法第90条第1項では、「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない」としており、これに基づき、会計検査院は毎年度の決算検査報告を内閣に提出しています(直近は令和3年11月5日提出の令和2年度決算検査報告)。
会計検査院は内閣に対し独立の地位を有し(会計検査院法1)、憲法第90条に規定する検査のほか、法律に定める会計の検査を行うこと(会計検査院法20①)、常時会計検査を行い、会計経理を監督し、その適正を期し、且つ、是正を図ること(会計検査院法20②)が規定され、国会及び裁判所にも属さない独立の地位を有する憲法上の機関とされています。検査は、正確性、合規性、経済性、効率性及び有効性の観点その他会計検査上必要な観点から行われます(会計検査院法20③)。
会計検査院法では、会計検査院に対して次のような権限を与えています。
検査の進行に伴い、会計経理に関し法令に違反しまたは不当であると認める事項がある場合には、直ちに、本属長官または関係者に対し意見を表示しまたは適宜の処置を要求すること、及びその後の経理について是正改善の処置をさせることができる。
検査の結果法令、制度または行政に関し改善を必要とする事項があると認めるときは、主務官庁その他の責任者に意見を表示しまたは改善の処置を要求することができる。
第34条または第36条の規定により意見を表示しまたは処置を要求した事項その他特に必要と認める事項については、随時、国会及び内閣に報告することができる。
各議院または各議院の委員会若しくは参議院の調査会から国会法第105条の規定による要請があったときは、その要請に係る特定の事項について検査を実施してその検査の結果を報告することができる。
また、検査報告に掲記する必要があると認めた特定の検査対象に関する検査の状況について、所見を記述します。
このような権限に基づき財務省に対して「意見の表示」や「処置の要求」などがあった場合には、税制の運用の見直しや、税制改正の検討の対象となります。
たとえば、受取配当等の益金不算入の益金不算入割合は、非支配目的株式等に係る配当等について20%、その他株式等に係る配当等について50%とされているところ、納税者が誤ってその他株式等として申告していたのを税務署が見過ごしたため徴収不足になっていた事例を、平成28年度決算検査報告において不当事項として記載しました。これに対しては徴収決定の処置がとられ、国税庁ウェブサイト「税務手続の案内」の平成30年4月以後提供分に「別表八(一)を使用するに当たっての注意点」を追加し、注意喚起を図っています。
検査報告の「意見の表示」「処置の要求」「特定検査対象に対する検査状況」などは税制改正の検討の対象となります。
平成20年度以降の検査報告のうち、税制改正に至ったものについて、法人税・消費税・源泉所得税の主な事例を挙げてみましょう。
法人税では、租税特別措置法でさまざまな優遇措置が設けられていますが、中小企業者(資本金1億円以下の法人のうち、発行済株式総数の1/2以上が1社の大規模法人(資本金1億円超の法人等)の所有に属している法人や2/3以上が複数の大規模法人の所有に属している法人以外の法人など)に対しては、大企業が対象外になっているものや大企業よりさらに優遇されるものが用意されています。
会計検査院が有効性等の観点からこれらの優遇措置の適用の状況などについて検査を行ったところ、大企業の平均所得金額を超えるなど多額の所得を得ていて財務状況が脆(ぜい)弱とは認められない中小企業者が中小企業者に対する優遇措置の適用を受けている状況が見受けられたことから、平成22年10月26日付で、中小企業者に適用される特別措置の適用範囲について検討するなどの措置を講ずるよう、第36条の規定による意見表示を行いました。
税制側の対応には少し時間がかかりましたが、平成29年度税制改正において、中小企業者のうち前期以前3年内の各事業年度の年平均所得金額が15億円を超える適用除外事業者について、中小企業投資促進税制など一定の中小企業者向けの租税特別措置を適用できないこととされました。
消費税については、以前から個別の事例について指摘することはありましたが、平成20年度以降、次のように事業者免税点制度や簡易課税制度の問題点について指摘することが多くなっています。
消費税には、基準期間の課税売上高が1,000万円以下である場合には原則として納税義務が免税される事業者免税点制度がありますが、課税事業者となることも選択できます。この場合には2年間その適用が強制され、第3年度の課税期間に免税事業者に戻ることができます。
また、基準期間がない期首資本金1千万円以上の法人(新設法人)は、設立当初2年間は事業者免税点制度が適用できませんが、第3年度の課税期間に免税事業者となることができます。
次に、仕入れに係る消費税額は原則として仕入れ時に控除しますが、調整対象固定資産を取得して一般課税により仕入税額控除を行った場合において、第3年度の課税期間までの通算課税売上割合が取得時の課税期間の課税売上割合に比べて著しく変動したときは、第3年度の課税期間の仕入税額控除を調整する必要があります。
会計検査院が、通常であれば非課税売上となる賃貸マンションを取得した個人事業者の消費税の還付申告について検査した結果、課税事業者を選択した上で自動販売機を設置して課税売上(販売手数料収入)を発生させて賃貸マンションの取得に係る消費税につき還付を受ける一方、その後の課税期間において非課税売上(家賃収入)が発生し課税売上割合が著しく減少するため本来は第3年度の課税期間の仕入税額控除の調整が必要となるところ、課税事業者の強制適用期間が2年間であるため、第3年度に免税事業者に戻ったり、簡易課税を選択したりして調整を免れている事例が見受けられ、平成21年10月20日付で第36条の規定による意見表示を行いました。
過去の政府税制調査会でも問題点が指摘されており、この検査結果を踏まえ、平成22年度税制改正において、課税事業者となることを選択して2年以内の課税期間中または新設法人の基準期間がない事業年度を含む課税期間中に、調整対象固定資産の仕入れ等をして一般課税により仕入税額控除を行う場合には、その仕入れ等の日の属する課税期間の初日以後3年間、免税事業者になることおよび簡易課税を選択することができないこととされました※。
基準期間がない期首資本金1千万円未満の法人(新規設立法人)は、設立当初2年間は事業者免税点制度が適用されます。
会計検査院が、設立2年以内の納税義務の判定基準として資本金を採用している事業者免税点制度が有効かつ公平に機能しているかに着眼して検査したところ、資本金1千万円未満で設立した後、第2期開始日の翌日以降に増資したり、第3期以降に解散あるいは他の新設同族法人に売上を移転するといった法人が見受けられ、平成23年10月17日付で第30条の2の規定による随時報告を行いました。
平成24年8月の「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」では、新規設立法人のうち他の者により発行済株式等または議決権の50%超を直接または間接に支配され、かつ、その判定対象者のうちいずれかの者の基準期間相当期間の課税売上高が5億円を超えているもの(特定新規設立法人)については、基準期間がない事業年度に含まれる各課税期間の事業者免税点制度を適用しないこととし、調整対象固定資産の仕入れ等をした場合には①と同様に取り扱うこととされました。
事業者免税点制度や簡易課税制度は原則として基準期間の売上高で判断され、課税期間の課税売上高が多額であってもこれらの制度の適用を受けることができることから、会計検査院が、事業計画等により高額の不動産等の取得、賃貸、売買等を行う特別目的会社について検査したところ、これらの制度の適用により多額の消費税差額等が生じている状況となっていたため、平成24年度決算検査報告で特定検査対象に関する検査状況として掲記を行いました。
これを受けて、平成28年度税制改正において、事業者免税点制度および簡易課税制度の適用を受けない課税期間中に高額特定資産の仕入れ等を行った場合には、その仕入れ等の日の属する課税期間の初日以後3年間、事業者免税点制度および簡易課税制度を適用できないこととされました。
会計検査院が、簡易課税制度について有効かつ公平に機能しているかなどに着眼して検査したところ、すべての事業区分においてみなし仕入率が課税仕入高の課税売上高に対する割合の平均を上回っており、特に第5種事業において差が大きいなどの状況となっていたことから、平成24年10月4日付で第30条の2の規定による随時報告を行いました。
これを受けて、財務省においても実態調査を実施し、「金融業および保険業」、「不動産業」について乖(かい)離が大きいことが判明したことから、平成26年度税制改正において「金融業および保険業」を第4種事業から第5種事業とし、「不動産業」を第5種事業から新たに設ける第6種事業とし、みなし仕入率をそれぞれ10%引き下げることとされました。
所得税の扶養控除について、国外扶養親族は国内扶養親族に比べ多数の親族をその対象としているのにもかかわらず、適用要件を満たすかについて税務署が十分確認できないまま適用されているなどの状況が、平成25年度決算検査報告で特定検査対象に関する検査状況として掲記されました。
これを受けて、平成27年度税制改正において、国外居住親族に係る扶養控除等の適用を受ける際には、確定申告書等(給与等の源泉徴収・年末調整については扶養控除等申告書)に親族であることおよび生計を一にすることを確認できる書類の添付等を義務付けることとされました。
さらに、令和2年度税制改正において、令和5年から、非居住者である扶養親族の所得要件が国内所得ベースで判定され、海外で所得があっても扶養控除の対象にできてしまうことから、扶養控除の対象者を、
に限定する改正が行われています。
法人が内国法人から配当等を受け取る場合、完全子法人株式等に係る配当等についてはその全額、関連法人株式等に係る配当等については負債利子を控除した残額が益金不算入とされ法人税が課税されないところ、その配当等の額に対して所得税が源泉徴収されるため、源泉徴収に係る事務が生ずるとともに還付金・還付加算金が生ずる場合があり、令和元年度決算検査報告で特定検査対象に関する検査状況として掲記されました。
これを受けて、令和4年度税制改正において、令和5年10月1日以後支払いを受けるべき配当等から、配当等に係る基準日等において発行済株式等の1/3超を有する場合には源泉徴収を要しないこととされました。
居住者が内国法人から受ける上場株式等に係る配当等については確定申告が不要とされ、確定申告を行う場合には申告分離課税方式により、他の上場株式等の譲渡損失との損益通算ができる特例が適用されますが、持株割合3%以上の大口個人株主についてはこれらの特例の適用はなく総合課税の対象とされます。
これらの特例の適用状況について上場会社の大株主である個人株主の申告書等を検査したところ、本人の持株割合は3%未満だが議決権の過半数を保有して支配している法人を通じるなどして実質的に3%以上となっている特殊関係個人株主に対してこれらの特例が適用され、大口個人株主より所得税等の負担割合が低くなっていたことが、令和2年度決算検査報告で特定検査対象に関する検査状況として掲記されました。
これを受けて、令和4年度税制改正において、令和5年10月1日以後支払いを受けるべき配当等から、個人株主の持株数とその同族会社の持株数の合計で3%以上となる場合には総合課税の対象とすることとされました。
ここまで紹介したほかにも、国外に所在する中古建物に係る所得税の減価償却や、更正に基づく還付加算金の計算期間など、会計検査院の指摘が契機となった改正がある一方、会計検査院で指摘されたものの改正に至っていない主な事例として、次のようなものが挙げられます。
上記Ⅲ 1.の意見表示では、所得の多い中小法人に対する軽減税率の適用の可否についても指摘しています。これに対し、適用除外法人については措置法上の軽減税率の特例15%は適用できないこととされましたが、法人税法上の軽減税率の本則19%は現在も適用できます。
上記Ⅲ 2. (1)②の随時報告では、個人事業主の法人成りなど、設立直後から相当の売上高を有する法人の事業者免税点制度についても指摘しています。さらに、平成29年度決算検査報告では、個人事業者である旧経営者が引退して事業の廃止を届け出、親族が新経営者として引き継いで事業を開始した場合に、新経営者は当初から相当の売上高を有しているが2年間免税事業者となっている点を特定検査対象に関する検査状況として掲記しています。
事業者免税点については徐々に厳格化されてきているものの、まだ対応していない部分があるというわけです。
中小法人は、平成19年度税制改正において財務基盤の強化を図る観点から留保金課税の適用範囲から除かれていますが、令和元年度決算検査報告で、財務基盤が一定水準以上であっても除外されていたり、留保金課税が適用される子会社から適用されない中小法人である親会社に配当し、親会社で留保しているといった事例が見受けられるなど、留保金課税が適用される法人との課税の公平性が保てていないおそれがあると掲記しています。
今回は、会計検査院の指摘と税制改正について、平成20年度以降の事例から一部を紹介しました。個人や中小企業を対象とした指摘が多い印象ですが、国外居住親族の扶養控除や消費税の事業者免税点制度など、大企業やその子会社の経理・税務にも影響が及ぶ指摘も含まれています。
指摘のすべてが改正につながるわけではありませんが、報告書には検査事例について詳細に記述されていますから、納税者にとっても参考になる点が多いと思われます。
※ 令和2年度税制改正において、居住用賃貸建物の取得等に係る課税仕入れ等の税額については仕入税額控除の対象としないこととされている。
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