EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) 福島俊一
財務省で30数年にわたり経済制裁およびマネロン・テロ資金供与対策に従事。その間、FATF事務局職員およびFATF第4次審査の対シンガポール審査員を務め、2019年からはFATF対日審査を統括。20年7月より現職。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)アソシエート・パートナー。
マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策(以下、AML/CFT)に取り組むFATF(ファトフ)(金融活動作業部会)による対日審査報告書(以下、報告書)が2021年8月30日に公表されました。
日本は、審査対象である有効性と法令遵守状況の双方で合格基準を下回り、「重点フォローアップ」に分類されました。21年8月30日現在、重点フォローアップは19カ国ですが、日本より評価が低いのは中国やメキシコなど5カ国のみです。今後、不合格だった項目の改善を図り、22年10月のFATF総会で第1回目の報告を行うことになります。
FATFおよび相互審査の概要を説明した本誌21年6月号の続編として、審査結果と今後の課題を解説します。
FATFの第4次相互審査では、FATF勧告に照らした有効性(11項目)と法令遵守状況(40項目)が各々を4段階で評価されます(<表1>および<表2>の注参照)。日本は、有効性では全11項目中8項目で不合格、法令遵守状況では全40項目中11項目で不合格でした。
有効性11項目の内容および日本の評定の内訳は<表1>のとおりです。
報告書はまず、政府としてのマネロン・テロ資金供与(以下、マネロン等)のリスクの評価に改善の必要があると指摘しています(<表1>IO.1参照)。そして、金融機関等およびその監督当局における当該リスクの理解や評価も限定的と指摘しています(<表1>IO.3、4参照)。
AML/CFTの基本であるリスクベース・アプローチ(リスクの大きさに応じて対応策に強弱をつける方法)においては、リスクが正しく把握されなければ、効果的なリスク低減ができません。金融機関等においては、警察庁が毎年公表する「犯罪収益移転危険度調査書」を参考にしつつも、自らが置かれた取引環境や扱っている商品・サービスにどのようなリスクが内在するのかの再点検が急がれます。
報告書は、金融機関等において、マネロン等のリスクへの対応(リスク低減措置)が画一的で、変化するリスクへの対応が不十分であると指摘しています(<表1>IO.4参照)。また、金融機関等は、取引開始時に制裁対象者などのリストとの照合は行っているものの、取引開始後の異常の検知や、検知された場合の厳格な取引時確認などが不十分であると指摘されました。
これは、1.で記した不十分なリスク認識と表裏一体の関係にあります。リスクの可変性、その大きさや性質に応じて柔軟であるべき対応が機械的・事務的になっていないかの再点検が急務です。
このリスク認識および低減策の策定に当たっては、経営陣が広い視野で業務や組織全体の現状を把握し、主導的に態勢強化に取り組むことが必須であることは、金融庁のガイドラインが記しているところです。
報告書は、AML/CFTに係る義務違反に対して、当局が、効果的かつ抑止力のある制裁措置を活用していないと指摘しています(<表1>IO.3参照)。
金融庁は本年4月、業界団体向け通知文で、AML/CFTに問題があると認められた場合には、法令に基づく行政対応を行う場合があることを示しました。
また近年、欧米において、AML/CFTの不備や制裁対象者との取引があった金融機関が当局から多額の制裁金を課される事例が顕著に見られます。本邦金融機関等においては、海外に拠点を有するところはもとより、クロスボーダーで送金等を取り扱う際には、その取引がどの国の法域に抵触するかを的確に把握し、法の不知や法令違反がないように取り組むことが求められます。
報告書は、国連安保理が指定したテロリストおよびイラン・北朝鮮の核開発関与者等に対する資産凍結措置について、FATFが求める迅速な形で履行できていないこと、外国為替及び外国貿易法(以下、外為法)に基づく措置の対象(凍結する資産の範囲および関係者の範囲)が不明瞭であることを指摘しています(<表1>IO.10-11、<表2>勧告6-7 参照)。
日本は長年、このテロ資金や核開発関連の資産凍結措置を、対外取引の一般法である外為法で手当てしてきました。しかし、規制対象者が“非居住者”であることを前提とし、銀行等を基点に資金移転を規制する建付けの外為法では、国内外の別を問わないシームレスな資金移転や多様化する決済方法に十分対応しきれなくなっていると言えるでしょう。財務省が21年8月30日に公表したFATF対応に関する「行動計画」では、資産凍結措置に係る見直しが掲げられていますが、小手先ではなく、本質を捉えた制度の見直しが求められます。
第4次審査では有効性の審査が主体です。しかし、有効性の評価は、審査員の「心証」や、報告書の審議における各国のコンセンサスで振幅が生じ得る面があります。これに対し、法令遵守状況の評価は、各国の取り組み状況の現状を、より正確に示しています。
<表2>は、この法令遵守状況の審査結果のうち、日本が不合格の評価を受けた勧告の一覧です。
この結果を前回の第3次審査(08年10月採択)の評価と重ね合わせますと、網掛けをした9つの勧告が前回と同様に不合格となっていることがわかります。
とりわけ、<表2>勧告5(テロ資金供与の捜査・訴追)はFATFが重要勧告の一つと位置付けています。
AML/CFTの取り組みでは、金融機関の取り組み(金融システムが犯罪収益の隠匿やテロ資金供与に悪用されないための予防措置)と法執行(刑事罰によるマネロンやテロ行為の抑止と違法な資金の剥奪)が車の両輪です。国際基準に沿った強固なAML/CFT態勢を構築するためには、目先のFATF対策で対症療法的に対応するのではなく、官民がより連携し、指摘された課題の本質を捉えた取り組みが求められます。