EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 加藤信彦
製造業や小売業の会計監査に従事した後、現在は金融機関における会計監査、アドバイザリー業務に従事。主な著書(共著)に『Q&A コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード』(第一法規)がある。公認会計士、米ニューハンプシャー州公認会計士。当法人アシュアランスイノベーション本部イノベーション戦略部及びAIラボ部長。
拡大し続ける新型コロナウイルス感染症への対策として、日本政府は2021年1月に2度目となる緊急事態宣言を発出しました。昨年一度目の緊急事態宣言期間中に筆者が寄稿した本誌20年6月号※1において「アフターコロナといわれる今後のビジネス環境では、さまざまな領域でのデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みとその成果が、企業の競争優位に大きな影響を及ぼすと考えられます」と述べましたが、20年12月公表の経済産業省「DXレポート2」※2によれば「企業の9割以上はDXへの取り組みが不十分」で、ウィズコロナの環境変化に対応できた企業との差が拡大していると分析されています。
また、19年12月に公表された金融庁「市場構造専門グループ報告書」※3によれば、東京証券取引所の新たな市場区分のうち最上位に位置するプライム市場に上場する企業には、「今後のデジタル化の急速な進展に伴うビジネス等の変革に対応したガバナンス」を求める方針を示しています。
このような環境を踏まえ、経営者、ガバナンス(監査委員等)双方の視点でDXについて考察します。
前述した「DXレポート2」には「ビジネスにおける価値創出の中心は急速にデジタルに移行しており、今すぐ企業文化を変革しビジネスを変革できない企業はデジタル競争の敗者に」なる旨が示されていますが、企業が進むべきDXの羅針盤として、以下のトピックを考察してみたいと思います。
DX推進指標(DX推進のための経営の在り方、仕組みに関する指標及びDXを実現する上で基盤となるITシステムの構築に関する指標)※4は企業が直面している課題やアクションを継続的に自己評価し、自社のDXの進捗(ちょく)管理に利用することを想定しており、20年10月時点で500社以上が利用しています。デジタル社会に対応したビジネスモデルの変革後の姿(To Be)に向けた現状(As Is)の自己評価に有用と考えられます。
昨年、経営とシステムのガバナンス状況の優良な企業を国が認定することで、特に企業経営者の意識変革を促進し、日本全体のDXを促進することを目的とした制度(以下「DX認定制度」)※5が開始しました。当初は書面申請のみでしたが、20年11月にはウェブ申請も始まり申請のハードルは下がったと言えるのではないでしょうか。
DX認定を取得するにはDX-Readyの状態(企業がデジタルによって自らのビジネスを変革する準備ができている状態)の説明が求められますが、デジタルガバナンス・コード(経営者がデジタル技術の活用を前提として、企業価値向上のため実践すべき事柄)※6 の基本的項目に記載された事項と同じレベル感に対応する内容を申請する必要があります。自社のDX推進にも役立てることができるDX認定制度ですが、他にどのようなメリットがあるのでしょうか。
まずはDX認定事業者として一般公表されるため、自社の取り組みを社内外にアピールすることが可能となります。
DX認定は経済産業省が東京証券取引所と共同で進める「DX銘柄2021」(デジタル技術を前提としてビジネスモデル等を抜本的に変革し、新たな成長・競争力強化につなげていくDXに取り組む企業をDX銘柄として選定)に選定されるための要件になっていることも大きなポイントです。DX認定事業者のなかで、ステークホルダーとの積極的な対話(DX-Emerging企業)や優れたデジタル活用実績(DX-Excellent企業)が認められれば、DX認定の水準を超える企業として選定される可能性もあります。
さらに、経済産業省が令和3年度税制改正で創設を目指す「DX投資促進税制」※7の要件の一つになっていることも見逃せない点ではないでしょうか。
企業全体のDXを進めていく上で、DXをリードする経営者、ビジネスモデルの変革の影響を直接受ける事業部門、DX推進を担うDX部門やIT部門だけでなく、経営者をサポートするコーポレート部門(経理、財務、人事など)も非常に重要な役割を果たすことになります。なぜなら事業部門が保有する顧客データだけでなく、コーポレート部門が保有する会計データ、財務データ、人事データなど企業全体のデータを経営に活かすことがDXを支えるデータドリブン経営の本質だからです(Why)。
コーポレート部門のDXを進める上で、ビジネスモデルの変革を支えるためのDXを強く意識する必要があると思います。具体的に経営者など社内のステークホルダーに提供できる価値の具体例としては、テクノロジーやシェアードサービスを活用したオペレーションの効率化、社内外の財務・非財務データを活用した財務報告リスクの早期発見、DX推進に必要な人材の育成・確保などさまざまな施策が想定されます(What)。
では、コーポレート部門のDXはどのようなステップで進めればよいでしょうか。EYでは次のステップ※8を推奨しています。まず紙情報などのデジタル化(デジタイゼーション)を進めたのち、経営ビジョン達成に必要なデータの蓄積・加工・管理を実施します。その後、コーポレート部門の業務プロセスのデジタル化(デジタライゼーション)を実現させることで、組織全体の業務プロセスのデジタル化や顧客起点の価値創出のための事業やビジネスモデルの変革(デジタルトランスフォーメーション)に資することが可能となります(How)。
このようにコーポレート部門のDXにおいては、オペレーションの生産性を向上させるだけでなく、経営者をはじめとした社内のステークホルダーに有益な情報を提供するクリエイティブな業務にシフトしていくことが重要と考えます。
DX時代のガバナンスの役割はどう変化していくのでしょうか。経営者をはじめとした執行部門でDXを進める一方で、経営の監督を担う取締役会、取締役の職務執行の監査を行う監査役会、業務監査を担う内部監査部門も健全なDXを後押しするガバナンス体制を構築する必要があります。
まずは適切なリスクテイクを促す攻めのガバナンスの観点ですが、経済産業省が公表している「DX推進における取締役会の実効性評価項目」に基づくアンケートを実施した上で、自社のDXが「デジタルガバナンス・コード」の「認定基準」を満たしているか、「望ましい方向性」に取り組んでいるか、確認していくことも有用です。
次に、過度なリスクテイクを回避する守りのガバナンスの観点ですが、「デジタルガバナンス・コード」にも記載されているサイバーセキュリティリスク対策、個人情報保護対策、システム障害対策などデータを適切に維持管理するための態勢(データガバナンス)を構築するとともに、DXで活用されるデータやテクノロジー(AI、ブロックチェーンなど)などの信頼性を第三者が評価する仕組み(デジタルトラスト)を利用することも重要になってくると考えられます。なお、20年8月には「真のデジタルトランスフォーメーションを加速すべくサイバー・フィジカルの世界で重要なデジタルトラストを形成する」目的で慶應義塾大学SFC研究所内に「デジタルトラスト協議会」が設立されました。
ここまでは日本企業が官民一体で進めるDXとガバナンスの役割を考察してきましたが、会計監査業界は会計監査DXをどのように進めているのでしょうか。
日本公認会計士協会(JICPA)は、印鑑廃止の傾向に代表されるような企業側の業務プロセス・内部統制の変革への対応を進めるとともに、電子的監査証拠の利用促進、残高確認電子化といった監査業務の変革を進めており、第1弾として昨年12月にリモートワーク対応第1号「電子的媒体又は経路による確認に関する監査上の留意事項 ~監査人のウェブサイトによる方式について~」ならびにリモートワーク対応第2号「リモート棚卸立会の留意事項」を公表しています※9。また当法人もデータとテクノロジーを駆使したデジタル監査(本誌20年6月号)に取り組んでおります。独立性に留意しながらも会計監査人の専門性を活かして監査先企業のDXと共創していくことが適正な財務報告、適正な監査の観点でも望ましい姿になるのではないでしょうか。
まずはデジタル監査と執行部門のDXの連携について考察してみたいと思います。会計監査において、経営環境の把握やビジネスリスクの識別のために、経営者とのディスカッションを行いますが、DXによるビジネスモデルの変化に関しても、業界のDX動向、監査先企業のDX戦略、業務プロセスのデジタル化などの情報をたたき台に新たなビジネスリスクが生じていないか、どのような業務プロセスが望ましいか、DXをリードする経営者とビジネスを深く理解する監査人が真剣に議論していくことがガバナンスの観点からも望ましいと考えます。
また、デジタル監査におけるリスク評価※10の過程で入手した広範囲な財務・非財務データからリスクやインサイトを適時に発見し、早期に経営者やコーポレート部門に提供していくことで経営者は問題が起こる前に対処できるメリットもあります。
さらにデジタル監査の進展により、監査先企業の会計システムと監査プラットフォームの常時接続によるリアルタイムなリスク識別(継続的監査手法)※11が実現すれば、低リスク領域については、データの取り込みから実施すべき監査手続の完了までを一切ヒトの手を介さずに自動化し、年間を通じて適時に検証を完了させることができるため、会計監査の効率化高度化だけでなく、監査先企業の監査対応負荷の軽減や決算早期化にも貢献することが可能です。
一方で、デジタル監査は監査先企業のガバナンスにどのように貢献することができるのでしょうか(<図1>参照)。まずは財務報告に関連する業務プロセスにデータやテクノロジーが活用された場合、監査の過程でその信頼性を評価することになるため、内部統制の不備など気付事項については前述したデータガバナンスやデジタルトラストの参考情報として内部監査部門や監査役会に提供することが可能となります。
また、システムの常時接続によりリアルタイムに連携された財務・非財務データを会計監査人と内部監査部門で共同利用することで内部監査の効率化と高度化の両面に資することも可能です。
さらに、監査役会にデジタル監査の取り組みや執行側と同じリスクやインサイトに関する情報を提供することで会計監査人の評価や取締役の業務執行の監査に役立てることができます。
このようにデジタル監査の観点でも監査役、内部監査部門、会計監査人による三様監査を進めていくことが重要となります。
さらに最近では海外を含めたグループガバナンスが課題となっていますが、会計監査人が監査で活用しているデータアナリティクスツールで全世界の海外拠点の財務諸表の異常検知を行い、その結果を内部監査部門の海外拠点の往査先選定に役立てることも可能です。
全世界の財務・非財務データの親会社本社(またはシェアードサービス)集中化が進んでいる海外のグローバル企業の監査においては、集中化・標準化されたデータとシステムへの常時接続により、監査サンプリングを親会社本社(又はシェアードサービス)所在国の監査人が実施するとともに、子会社の監査では現地経営者とのコミュニケーション、財務報告のレビュー、サンプリングされた取引のエビデンス検証、異常検知された取引の確認など重要な監査手続にフォーカスしている事例もあります。
このようなグループ監査の抜本的な見直しが進めば、限られた監査資源のなかでも海外拠点の不正リスクの識別など特定のリスクにフォーカスした監査が適時に提供できるため、連結決算の早期化だけでなく、リスクの早期発見などグループガバナンスにも貢献できると考えられます(<図2>参照)。
デジタル社会に向けてビジネスモデルを抜本的に変革させるためには、DX推進を官民挙げて取り組んでいる時代を好機と捉え、デジタル監査との共創を進めながらガバナンスを向上させることが重要になってきます。当法人ではデジタル監査とガバナンスの共創に関する監査先企業との協議を積極的に行っており、取締役会、監査役会、経理部などコーポレート部門、内部監査部門のメンバーとのセッションを100回以上実施してきました。なお、コロナ禍においてはEYのイノベーションセンターである「EY wavespace™」バーチャルセッションを利用してリモートで対応しております。経営ビジョンで明確化したビジネスにフォーカスするためにどのようなデジタルガバナンスが必要なのか、デジタル監査をどのように活かせば双方にとって、経営品質と監査品質の向上につながっていくのか、より良い社会の構築のために、EY新日本は挑戦し続けます。
※1 本誌20年6月号「データとテクノロジーは会計監査をどのように変革させるのか-アシュアランスイノベーションの加速」
※2 経済産業省デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会「DXレポート2(中間とりまとめ)」
※3 金融庁金融審議会市場ワーキング・グループ「市場構造専門グループ報告書-令和時代における企業と投資家のための新たな市場に向けて-」
※4 19年10月経済産業省「デジタル経営改革のための評価指標(「DX推進指標」)
※5 20年5月経済産業省「情報処理の促進に関する法律の一部を改正する法律」(令和元年法律第67号)
※6 20年11月経済産業省Society5.0時代のデジタル・ガバナンス検討会「デジタルガバナンス・コード」
※7 DXの実現に必要なクラウド技術を活用したデジタル関連投資に対し、税額控除(5%/3%)または特別償却30%を措置
※8 EY新日本ウェブサイト「ビジネストランスフォーメーションとコーポレート部門の役割 第1回:味の素Chief Transformation Officerが語る、パーパス起点でのビジネストランスフォーメーション」
※9 20年10月JICPA「リモートワーク環境下における企業の業務及び決算・監査上の対応」
※10 本誌20年10月号「リスク評価におけるAI活用について」
※11 本誌21年新年号 新年特別対談「パラダイムシフトを迎えた日本社会と、加速するイノベーション」