情報センサー

ブロックチェーンと独禁法


情報センサー2018年10月号 Antitrust Law Compliance


EY弁護士法人 弁護士 伊藤 多嘉彦

裁判官として4年、弁護士として約15年の経験を有する。独禁法、コーポレートM&Aを専門とするほか、近年は、IT・ライフサイエンス領域のスタートアップ支援にも力を入れている。EY弁護士法人への加入前は、英米の外資系法律事務所、日本の大手法律事務所に所属していた。


Ⅰ はじめに


ブロックチェーンとは、分散型台帳技術又は分散型ネットワークを用いた取引の記録技術で、ビットコインなどの仮想通貨の中核的技術として使われています。ブロックチェーンは、非中央集権、改ざんが困難などの特色があり、次世代の中核技術として、決済・送金のみならず、サプライチェーン、医療、資産管理などさまざまな分野への応用が期待されています。
本稿では、将来ブロックチェーン技術の発展に伴って、独禁法上の問題が生じる懸念がないか、仮説に基づきながら、検証してみたいと思います。

Ⅱ ブロックチェーンによる私的独占


まず考えられるのが、私的独占(又は不公正な取引方法)に該当することです。
もちろん、現在黎明(れいめい)期にあるブロックチェーンが今すぐに私的独占(又は不公正な取引方法)に該当することは想像しにくいかもしれません。
しかし、将来、例えば、国内外の複数の有力銀行がブロックチェーンを使った銀行間決済ネットワークを構築し、新たに加入を希望する銀行の加入を拒否した場合、これは新規加入希望者の排除行為(共同の取引拒絶)に該当する可能性があります。
また、以下のような例も考えられます。ブロックチェーンは、取引の承認にプルーフ・オブ・ワーク(PoW)という合意形成アルゴリズムが用いられており、ブロックチェーンネットワークの過半数の参加者(ノード)が取引を承認すると、取引が正当なものと認められます。参加者(ノード)が取引の承認を行うためには、膨大な計算を行って正解を導きだす必要があるのですが、もし参加者(ノード)の寡占化が進み、高い計算能力を支配的に持つことができると、二重取引、取引の承認妨害、報酬の独占などが可能になる可能性があります。当該ブロックチェーンが重要な取引に使われ、代替手段がないような場合には、ブロックチェーンの支配力を使って、競争者を排除したり、取引先に不利な取引条件を強要したり、反競争法的な条件を付すこともできてしまうかもしれません。
 

Ⅲ ブロックチェーンによるカルテル


次に、ブロックチェーンが不当な取引制限(カルテル)に該当する可能性があることにも注意しなくてはなりません。
まず、ブロックチェーンのプロトコルに関する合意は、ブロックチェーンを機能させるためのものであり、仮に競合相手同士の間の合意であったとしても、標準化に関する合意と同様に、独禁法に違反するとされる可能性は低いと思われます。
ただ、ブロックチェーンの本質は、透明性(過去の取引を全て見ることができる)であり、ブロックチェーンの参加者間で情報が共有される可能性があることについては、注意が必要です。最近は、メディア等を通じて価格引上げの意思を発表することが、競争相手との協調につながるシグナリングとして問題視されていることを考えると、ブロックチェーン上の取引記録から分かる価格その他の情報を通じて自社の行動を競合相手に知らせ、競合相手も同様に行動することを期待するという行為が行われても決して不思議ではありません。
もっとも、これがブロックチェーンの問題なのだとすると、すでに幾つかの解決策はあるように思われます。すなわち、誰でも参加できるパブリックブロックチェーンの場合は、所有権がいつ誰に移転したかという点はブロックチェーン上に記録するとしても、価格についてはブロックチェーン上には記録しないという選択肢も考えられるかもしれません。また、参加者(ノード)を限定しているプライベートブロックチェーンの場合には、そもそもどの参加者(ノード)にどこまで閲覧権限を与えるかという形で解決できるかもしれません。他方、ブロックチェーンで参加者(ノード)が取引承認をする際に、ブロックチェーンに情報を追加できる機能があることも、場合によっては、カルテルを実行するためのサインとして使われるかもしれないことにも注意が必要です。

Ⅳ おわりに


以上見てきたところによると、ブロックチェーンを用いた取引に独禁法が適用される場面は、今のところ極めて限定的であるように思われますが、前述したブロックチェーンの透明性ゆえに情報が共有されていることは、特にブロックチェーンのコミュニティーが相互に競合相手である同業者同士で形成されていることと相まって、将来独禁法上の問題を引き起こす可能性があることは、どこか心にとどめておいた方がよいかもしれません。
とはいえ、新しい革新的な技術を用いることを恐れる必要はありません。インターネットがそうであったように、テクノロジーが有用かつ破壊的な革新性を持っている場合には、既存勢力に対する有力な競争相手が生まれます。ブロックチェーン技術のさまざまな分野への応用は、より透明性の高い便利な世の中の構築に役に立つ潜在能力を持っていると思われ、まさに独禁法の重要な目的の一つである、競争を促進し、消費者の利益を確保することにも沿っているように思われます。

【参考文献】
"Blockchain and competition law" Kiran S. Desai (April 2018, EY Law Alert, EU competition law)


「情報センサー2018年10月号 Antitrust Law Compliance」をダウンロード


情報センサー

2018年10月号
 

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。