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EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
M&A アドバイザリー 岩城 正人
大手証券会社の投資銀行本部にてM&Aおよび資本調達業務に従事した後、2015年に当社入社。現在、ライフサイエンス業界、テクノロジー業界および製造業全般を中心に、M&Aアドバイザリー業務に従事している。
年々競争環境が激化するM&Aマーケットにおいて、経営の重要課題の一つであるM&A戦略の実現に向けた効果的な買収ターゲットアプローチの重要性は高く、競合他社に対し優位性のあるアプローチの実行および初期的提案により、潜在ターゲットのM&Aニーズを顕在化する必要があります。
本稿では、買い手企業および売り手企業のそれぞれの視点を踏まえつつ、ターゲットへのアプローチ戦略策定から実際のアプローチ、初期的提案までの一般的なプロセスについて、その概要と実務上の留意点を解説します。
M&Aの対象会社・対象事業(以下、ターゲット)を候補先ロングリストから絞り込み、ショートリスト化した後、ターゲットおよび売り手についてできる限り十分な事前調査が必要となります。これは、事業面において買い手・ターゲット間の戦略的適合性および買収・提携の合理性検討を行うための基礎的な材料集めの目的もありますが、同時に、売り手にとっての売却動機を検討し、本件の実現可能性(フィージビリティ)を探る作業でもあります。例えば、企業グループにおけるターゲット(対象子会社や一事業)の中長期戦略での位置付けや成長に向けた課題の有無、オーナー企業における創業ファミリー保有株式持分の分散化や後継者問題の存在など、その潜在的動機はさまざまです。
本フェーズで実施する主なタスクは、次の四つです。この四つのタスクを、本番稼働までの限られた期間の中で実施することになります。「魅力度も高く実現可能性も高いターゲット」の存在は非常にまれであるため、「魅力度が高いが実現可能性が低いターゲット」「魅力度は中程度だが、実現可能性が高いターゲット」などと分類し、買い手のM&A方針に沿って取り組みの優先順位を決定します。
次に、M&Aの成功確度を高めるためのターゲット・売り手に対する効果的なアプローチ戦略の立案も重要です。「誰に」「誰が」「いつ」「どのように」アプローチするか、アプローチ後の次のステップはどうするか、ターゲットの経営陣や株主構成を踏まえ十分に時間をかけて検討します。「いつ」という観点では、アプローチ先が上場会社であれば、決算や株主総会などの繁忙期への配慮も必要です。また、海外案件においては、文化や言語、商慣習などの違いもあり国内案件と比べ難易度が高くなる傾向にあるため、早い段階で現地事情に精通した外部機関と密に相談しながら進めることも一考です。
アプローチ戦略が決定したら、次は実際のコンタクトです。一般的にはフィナンシャルアドバイザー(以下、FA)が買い手の企業名を伏せて(匿名で)接触し、他社との提携などの検討にオープンな考えか探りを入れることがファーストステップになります。オープンな姿勢であることが確認できた場合は、次は買い手の企業名や企業概要も伝えてコンタクトした方が効果的です。また、初期的アプローチで門前払いとなった場合はすぐに断念せず、あらかじめプランBとして検討した別のコンタクト先に切り替えてアプローチすることで、異なる結果が得られることもあります。
アプローチが受け入れられ、初回面談の設定となった場合には、基本的には買い手側よりプロジェクトチームが売り手もしくはターゲットの経営陣を訪問することになります。この場合、初回面談からFAを参加させるべきか、初回面談はあえて2者間で行うべきかを検討します。
初回面談は、秘密保持契約締結前であることが多く、売り手もしくはターゲット側からの情報開示は限定的となるため、主に買い手側から、企業紹介、事業戦略および想定提携シナジーなど資料を用いてプレゼンテーションします。また、この場において買い手側の意向(買収もしくは資本提携を検討している旨)を伝えるべきか否かは、売り手の警戒度合いや本件の交渉が進む確度などを踏まえ、慎重に検討が必要です。場合によっては、複数回足を運び懇親を深めた上で、しかるべきタイミングで本題を切り出すというステップも必要かもしれません。ターゲットに対してこちら側(買い手)が思っている以上に売り手にとっての「思い入れ」「愛情」が強いことがあり、通常の商取引以上に相手の気持ちに寄り添い、慎重に立ち振る舞うことがポイントです。
初回面談の結果、売り手が買い手からの初期的提案(Non-binding offer)を受け付けることとなった場合は、速やかに秘密保持契約を締結し、対象会社に関する基礎的な情報提供を依頼します。ただし、デューデリジェンスの段階ではないため、依頼する情報の質や分量が売り手やターゲットにとって過度とならないよう配慮する必要があります。
初期的提案は、入札など競合環境のある案件であれば提案書提出のみとなるケースがあるものの、相対交渉であれば買い手からの希望によりプレゼンテーションの機会が与えられることもあります。その場合、書面では伝えきれない内容を補うスライド資料も用いて、提案に至った背景や戦略的合理性、双方の提携シナジーなどを丁寧かつ熱心に説明し、買収価格などの条件面だけではなく、提案内容全体を売り手・ターゲットに十分理解させることが重要です。提案内容の作成ポイントは本稿では割愛します。
提案の結果、交渉を先に進めることとなった場合は、基本合意書の締結交渉(相対交渉の場合)、もしくはデューデリジェンスのプロセスに移行します。
売り手側から謝絶された場合においても、できるだけ面談形式で、速やかにフォローアップの機会を設定します。例えば謝絶の理由が買収条件であるならば、できる限り売り手の期待値と(買い手の提案との)のギャップの解消に努めます。それでも前向きに話が進まない場合は、いったん交渉を保留として中長期的に話し合える関係を保ち、外部環境やターゲットの内部環境の変化があった際に再検討のチャンスを残すことも選択肢となります。その場合、(資本取引のない)事業提携で緩やかな関係を開始し、双方のコミュニケーションを継続することも方法の一つです。
M&Aターゲットアプローチにおいては、ターゲットや地域などにより置かれた状況が異なるため、アプローチ戦略の立案段階からFAと密に連携した上で、万全の準備で臨むことが大切です。また、アプローチ開始後に売り手もしくはターゲットの意向などで当初の買い手側の計画と異なる状況に変化した場合は、買い手側が機動的かつ迅速に軌道修正し、対応する柔軟性も求められます。