EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
獨協大学 法学部教授 高橋 均
一橋大学大学院博士後期課程修了。博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、新日鐵住金(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会 常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。近著として、『監査役監査の実務と対応(第5版)』同文舘出版(2016年)、『実務の視点から考える会社法』中央経済社(2017年)、『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)等。
近時、子会社における不祥事が散見されています。今日では、会社単体の経営から、事業部門の分社化またはM&Aによって他社を子会社化することによる連結経営が主流となっているものの、不祥事の発生は、子会社のリスク管理体制の整備が十分でないことが原因と思われます。例えば、自社の事業部門に所属している限りは、内部監査部門をはじめ法務・財務等のコーポレート部門や監査役が直接的に監視・監督、監査することでリスク管理を行うことができます。しかし、分社して子会社化した後は、当該子会社は、自社でリスク管理を行うことが原則となります。親子会社関係といえども、法的には、法人格が別であるからです。
法人格が別であるという点を法的観点から考えてみますと、親会社の役員(取締役・監査役・会計参与)が委任関係にあるのは、所属している親会社に対してであり(会社法330条)※1、子会社には及びません。委任関係にある場合は、善管注意義務の法的責任が伴いますから(民法644条)、要するに、親会社役員は、自社に対しては善管注意義務を負うものの、子会社に対しては直接的な善管注意義務はないことになります。言い換えれば、子会社の不祥事について、法的責任を負うのは、あくまで子会社の役員です。従って、子会社の役員が子会社の内部において、一定のリスク管理を整備する必要があります。しかし、上場子会社等の一部の子会社を除けば、多くの場合は親会社と異なり、人的・金銭的な面から組織的なリスク管理体制が制約されていることに加えて、親会社の監視・監督機能が十分に及ばないために、結果として子会社において不祥事が発生するという事例が散見されます。
そこで、本稿では、子会社のリスク管理において、親会社監査役として留意しておくべき法と実務について解説します。
通常、グループ会社またはグループ経営という文言を使用することがよくありますが、会社法では「企業集団」という文言が使われ、「当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備(下線は筆者)」と規定されています(会社法362条4項6号)※2。「業務の適正を確保......」の箇所は、いわゆるリスク管理を意味する内部統制システムの整備を表すことから※3、法は、企業集団としてリスク管理を要請していることになります。
すると、次に問題となるのは、子会社の会社法上の定義となります。子会社の定義は、ある会社によって総株主の議決権の過半数を有されているか、40%以上50%以下であっても、ある会社によって法務省令(会社法施行規則)で定める内容で経営を支配されている会社となります(会社法2条3号)。経営を支配されているとは、役員の過半数を占有されていること、重要な財務や事業の方針を決定する契約が存在すること、資金調達の過半数を依存していることなどの実質支配力が存在していることです(会社法施行規則3条3項2号ロ~ホ)。従って、実質支配力が存在していれば、株主総会で議決権の過半数による支配力がなくても、会社法上は子会社となり、企業集団として一定のリスク管理が必要となります※4。
企業集団の内部統制システムに関しては、平成27年改正会社法施行規則によって、実務的に留意すべき内容が定められました。
第一は、親会社として整備することが明示的に示されました※5。従前は、企業集団の内部統制システムの整備は親会社の責任で行うものとの解釈が一般的でしたが、現在は明文化されており、親会社は、子会社の業種・業容・業態等を勘案しながら、実効的な体制整備を行う必要があります。
第二は、企業集団の内部統制システムの整備すべき内容として、①子会社取締役・執行役・使用人(以下、取締役等)から親会社への報告体制②子会社の損失危険管理体制③子会社の取締役等の職務執行の効率確保体制④子会社の取締役等の法令・定款遵守体制が示されました(会社法施行規則100条1項5号)※6。この中で、①の子会社取締役等からの親会社への報告体制が特に注意すべき内容です。
子会社が、事件・事故の発生や発生の恐れを把握したときに親会社に遅滞なく報告をしていれば、事件・事故が対外的に明らかになる前に、その未然防止や損害の拡大を防ぐことができた事例は数多く見受けられます。しかも、親会社への報告体制については、親会社自身も子会社からの報告を受け入れる体制整備が必要となります。子会社を含めた内部通報制度が直接的な方法となりますが、通報を受ける親会社の窓口担当者の意識や報告を受けたときの処理の仕方、通報者に対して不利益な扱いをしないことの周知徹底等、内部通報制度が実効性のある制度設計となるためには、それ相当の工夫と意識が重要になってきます。
さらに、平成27年改正会社法施行規則において、子会社から親会社への報告体制については、子会社の取締役等や監査役から親会社監査役への報告が内部統制システムの一環として新たに明定されました(会社法施行規則100条3項4号ロ)。子会社からの報告体制については、親会社の取締役等の執行部門に加えて、新たな報告先として親会社監査役が追加されたことになります。子会社を管掌している親会社の事業部門に報告しても、当該親会社事業部門自身が不正を指示していたり不正を認識したりしている状況にあった場合には、子会社からの報告が活用されない恐れがあるからです。他方、法的に執行部門から独立している親会社監査役に報告されれば、監査役としてコーポレート担当取締役に報告したり、執行部門に第三者委員会の設置・調査を要請したりすることも可能です。このために、平成27年改正会社法施行規則の制定を契機に、子会社から親会社への内部通報制度の通報先に、親会社監査役を新たに加えた会社もあります。
親会社監査役は、子会社取締役等に対して業務報告請求権や調査権があります(会社法381条3項)。親会社の事業部門が子会社を利用した粉飾決算等の不正を行った場合には、親会社の事業部門を監査しても不正を直接発見することが困難であるため、子会社を調査することで問題を明らかにする意義があります。このために、仮に親会社の一部事業部門による不正とは関係ないことが明らかであるなど正当な理由があるときには、子会社は親会社監査役からの報告や調査請求を拒否することができます(会社法381条4項)。親会社監査役による子会社業務報告請求権・調査権は、あくまで親会社の取締役の職務執行を監査する(会社法381条1項)という監査役としての職責を果たす一環であり、親会社監査役が子会社の不祥事を直接監査する役割が法的に求められているわけではありません。前述したように、子会社に対して善管注意義務があるのは、法的には、子会社の取締役や監査役であるからです。
子会社の不祥事による子会社の直接的な損害の発生は、連結決算の観点から親会社にも影響を与えるだけでなく、親会社が保有している子会社株式の資産価値の減少や※7、親会社ブランドの喪失にもつながります。また、事案によっては、親会社の監督責任が問われて、何らかの行政罰が発生する可能性もあります。
企業集団の内部統制システムを整備するのは親会社取締役が率いる執行部門の役割ですから、親会社の監査役は、業務監査を通じて、取締役がその役割を適切に果たしているか否かについて確認し、必要に応じて指摘することが職責となります。
それでは、企業集団の内部統制システムに関する親会社監査役の実務は、どのようなものが考えられるでしょうか。監査実務を考える上では、会社法施行規則で明示されている前述したⅡ2.の①から④の内容に則って執行部門の整備状況を監査していくことになります。
親会社への報告体制については、複数ルートが整備されていることを確認します。親子会社間の属人的な関係に依存せずに、何らかの問題が生じたときに、親会社に適宜・適切に報告が行われる体制に基づいていることが重要です。
報告体制の基本としては、親子会社間において、年度計画の達成状況や収益見込み等に加えて、コンプライアンス関係についても報告項目として認識されていることを確認します。また、定期的な報告の場に限らず、突発的な事件・事故が発生した際に、子会社から親会社への緊急連絡体制が整備されているかについても確認する必要があります。また、企業集団としての内部通報制度が整備されている場合には、内部通報制度の親会社窓口部門の業務監査の際に、子会社から通報があった件数や内容についても監査の対象とすべきです。子会社からの通報件数が毎年少ない場合には、企業集団としての内部通報制度が子会社に浸透していない可能性もあるからです。
子会社の取締役等から親会社監査役への報告体制については、企業集団の内部通報制度として親会社監査役への通報窓口が直接開設されていなくても、子会社監査役及び監査対象部門への業務監査を通じて、結果的に親会社監査役に対して定期的に情報が入る仕組みになっていれば、法令に基づいた体制を整備していると言えます。また、子会社から内部通報制度を利用した情報が親会社のコーポレート部門や顧問弁護士に寄せられた場合にも、年度でまとめて報告が行われるということではなく、毎月または四半期に一度は監査役にその情報が伝達されるべきです。
子会社損失危険管理体制とは、子会社における損失リスクに対する予防としての平時と、リスクが発生した場合の有事の際に必要な体制整備が行われることです。この体制を構築するためには、親会社の子会社管掌部門は、子会社のリスクが何かを把握していなければなりません。特に、親会社の事業領域と異なる場合は、とりわけ子会社のリスクの内容について理解を深める必要があります。近時は、多角化のために、他の事業領域の子会社を傘下に持つケースが増加していることから、親会社として各々の子会社のリスクを的確に把握していなければ、リスク対応も十分にはできません。
リスクについては、単にその内容のみならずリスクの大きさの程度の認識が重要となります。例えば、食品を扱う会社にとって、食の安全に関わるような事件・事故は、会社経営の根幹に関わる不祥事に発展しかねません。子会社の中に、食品関連を扱う子会社があれば、親会社のリスクとは異なった視点での対応が必要となります。
親会社監査役としては、執行部門が子会社のリスクを子会社と共有し、そのための注意喚起を定期的に行っていること、内部監査部門が必要に応じて子会社モニタリングを実施し、その監査結果が活用されていることの確認が業務監査を行う上でのポイントとなります。その際、企業集団の内部統制システムの観点から、子会社のリスクの程度に応じたリスク管理体制が整備されているか否かについても、注意を払う必要があります。
子会社の取締役等の職務執行の効率確保体制とは、経営戦略の策定・経営資源の配分・経営管理体制が適切ではない結果、過度の非効率が生じ、企業集団として著しい損害が生じるリスクを回避する体制のことです。
親会社監査役の業務監査としては、親会社管理部門が、子会社との間で共通の経営戦略や経営資源の配分等の意見交換をする場を持ち、かつ定期的に検証した上で評価・改善する体制となっているか確認することになります。
子会社取締役等の法令・定款遵守体制とは、子会社役職員への教育・研修です。親会社としては、子会社役職員に対して、世の中で報道された事件・事故、法令違反を犯しやすい行為、法令の改正などを内容とする教育を定期的に実施することです。従って、親会社監査役は、子会社の教育体制を企画・立案する人事教育担当部門の業務監査の際に、その企画内容のみならず実施状況についても確認することになります。
教育・研修体制については、自社では実施しても子会社には任せきりにする傾向が強いように思われます。しかし、企業集団の内部統制システムは、親会社として整備しなければならないと明定されていることから、仮に子会社の自主性に任せたとしても、親会社としては、企業集団として共通に遵守すべき項目の教育内容を提示し、子会社がどの層を対象にどの程度の頻度で実施したかなどの結果報告を受けるべきです。
親会社監査役は、執行部門への監査の視点として、親子会社別々ではなく親子会社の役職員との合同の研修会の実施、親会社作成の教材やマニュアルの子会社への積極的な配布、親会社のコンプライアンス専門職員を子会社に講師として派遣、親会社での社外講師による講演会に子会社役職員も参加等の実行状況の確認があります。
親会社監査役は、直接の監査対象である取締役以下業務執行部門の業務監査を通じて、子会社のリスク管理状況を把握することに努めることになります。従前は、親会社の執行部門が子会社を利用した不正やその恐れが発覚したときに、子会社を監査することによりその実態を確かめる意味がありました。しかし、企業集団の内部統制システムが法定化された今日においては、親会社が整備した企業集団のリスク管理体制の整備状況にも注意を払う必要があります。その際、親会社自身の業務監査を活用することはもちろんのこと、内部監査部門をはじめ会計監査人や子会社監査役とも積極的に連携していくことが重要となってきます。
今日、内部統制システムについては、単なる構築のみならず適切に運用されているか否かに焦点が移ってきています。企業集団の内部統制システムの整備について、親会社としての企業間競争が始まっていると認識すべきであり、そのために親会社監査役が果たす役割は大きいと言えます※8。
※1 会計監査人も、会計監査対象会社とは委任関係にある(会社法330条)。
※2 監査等委員会設置会社では、399条の13第1項1号ハ、指名委員会等設置会社は、416条1項1号ホ。
※3 大和銀行株主代表訴訟事件において、大阪地裁は内部統制システムを「健全な会社経営を行うために、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制」と定義した(大阪地判平成12年9月30日判例時報1721号3ページ)。その後、わが国で内部統制システムが重要視され、立法化につながった経緯がある。
※4 金融商品取引法で規定されている「財務報告に係る内部統制における有効性の評価」の対象は、連結子会社にとどまらず持分法適用会社となる関連会社も含まれる。金融庁企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(平成19年2月15日公表)33ページ。
※5 会社法施行規則100条の柱書に「当該株式会社における」と明示されたが、「当該株式会社」とは条文では親会社のことである。
※6 監査等委員会設置会社は、会社法施行規則110条の4第2項5号、指名委員会等設置会社は、同規則112条第2項5号。
※7 親会社が保有する子会社株式は、親会社の資産の一部であることから、親会社の取締役としては、子会社株式価値向上の観点からも子会社に対する監視・監督責任があるとの主張(舩津浩司『「グループ経営」の義務と責任』商事法務、2010年、155ページ以下、230ページ)については、今日では学会でも反対意見はほとんど見られない。
※8 一般社団法人 監査懇話会が公表している監査役監査の視点からのチェックリストは、実務上も参考になる。(一社)監査懇話会「企業集団内部統制に関する監査役職務確認書」(2017年3月改訂)。kansakonwakai.com/(平成30年4月30日時点)