EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY税理士法人 公認会計士 南波 洋
1993年から、太田昭和アーンスト アンド ヤング(現EY税理士法人)にて、日本企業・外資系多国籍企業に対する国内および国際税務アドバイザリー業務に従事。国際税務、税制改正、組織再編税制などに係る講演、寄稿、執筆多数。2004年から、日本公認会計士協会 租税調査会国際租税専門部会 専門委員。
2017年6月7日、日本は「税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約(略称は「BEPS防止措置実施条約」、以下、英文略称「MLI※1」と記載)に署名しました※2。
MLIは、BEPSプロジェクト※3において策定されたBEPS防止措置のうち租税条約に関連する措置を、MLIの締約国間の既存の租税条約に導入することを目的としています。MLIの締約国は、租税条約に関連するBEPS防止措置を多数の既存の租税条約について同時かつ効率的に実施することが可能となります。
租税条約に関連するBEPS防止措置を既存の租税条約に導入するためには、世界で無数にある二国間租税条約をそれぞれ改定する必要がありますが、それには膨大な時間が必要とされます。租税条約に関連するBEPS防止措置を個々の二国間租税条約に一挙に導入して適用することを可能にするMLIは、国際課税分野における画期的な取り組みです(<図1>参照)。
MLIにより導入可能なBEPS防止措置は、①租税条約の濫用等を通じた租税回避行為の防止に関する措置、及び②二重課税の排除等納税者にとっての不確実性排除に関する措置です。具体的には、BEPSプロジェクトの以下の行動計画に関する最終報告書が勧告する租税条約に関連するBEPS防止措置が含まれます。
MLIの各締結国は、既存の租税条約のいずれかをMLIの適用対象とするかを任意に選択することができます※4。また、MLIに規定されているさまざまなBEPS防止措置規定のいずれかを既存の租税条約について適用するかを、所定の制限の下で選択することができます※5。
例えば、行動6に関連する「取引の主たる目的の一つが租税条約の特典を受けることである場合には、その特典を与えないとする規定」が、MLIには含まれています。仮に、A国とB国双方がMLIの適用を受け入れて、お互いに両国間の租税条約をMLIの適用対象として選択しており、かつ、この規定をMLIの適用対象となる租税条約について適用することを選択している場合には、この規定が当該租税条約に自動的に導入されることになります。MLIの規定が、当該租税条約に規定されている同様の規定に代わって、又は、当該租税条約に同様の規定がない場合にはその租税条約の規定に加えて適用されます。
MLI自体は、18年7月1日に発効します。日本では、現在開催中の通常国会においてMLIの承認(批准)手続が求められています。仮に、年内に日本においてMLIが発効して、日本と租税条約を締結している国においても年内にMLIが発効する場合には、19年から当該租税条約についてMLIの規定が適用される可能性があります※6※7。
日本が締結している既存の租税条約に対してMLIの規定が適用されると、日本と当該国間のさまざまな取引や事業に対する従前の当該租税条約における取扱いが変更されるかもしれません。例えば、MLIにおいては、行動7に関連する「恒久的施設(PE)の範囲を実質的に拡大する規定」が設けられており、日本もその適用を選択しています。恒久的施設(PE)を利用する事業形態にとっては、この規定によって新たな課税が生じるかもしれません。このような場合には、事業形態・投資ストラクチャーなどの見直しを検討する必要があります。
※1 Multilateral Instrumentとも略称される。
※2 同日の署名式(於パリ)において、わが国を含む67カ国・地域が署名した。18年3月22日現在、わが国を含む76カ国・地域が署名している。二国間条約を重視する米国は署名していない。
※3 グローバルな国際ビジネスの進展や経済のデジタル化に各国の税制や国際課税ルールが十分に対応しきれていないので、多国籍企業による課税所得の人為的な操作や課税逃れが横行している、という現状に対してOECD(経済協力開発機構)が立ち上げたプロジェクト。BEPSは"Base Erosion and Profit Shifting(税源浸食と利益移転)"の略称。15年10月にプロジェクトの最終報告書(行動1~行動15)が公表されて以降、同報告書で勧告されたさまざまなBEPS防止措置の導入が各国で進んでいる。日本においても、行動13 多国籍企業の報告制度(移転価格税制に係る文書化)などの改正が行われた。
※4 日本は35カ国・地域の租税条約を適用対象として暫定的に選択している。
※5 日本も、個々の規定に関する適用の選択・非選択を暫定的に決定している。
※6 日本・当該国共に、当該租税条約をMLIの対象となる租税条約として選択していて、かつ、個々のMLIの規定の適用を選択している場合に限る。源泉徴収にかかる租税に関しては、1月1日以後の適用となる。その他の租税については、両国への発効後、6カ月後に開始する課税年度以後の適用となる。
※7 MLIの詳細については財務省ウェブサイトを参照して下さい。
www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/tax_convention/mli.htm