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IFRSデスク 公認会計士 倉橋 義典
当法人入所後、主に自動車メーカーの会計監査及び内部統制監査に従事。2016年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務などに従事している。主な著書(共著)に『業種別会計シリーズ 自動車産業』(第一法規)がある。
国際会計基準審議会(以下、IASB)は2018年3月に、「財務報告に関する概念フレームワーク」(以下、概念フレームワーク)の改訂を公表しました。概念フレームワークはそれ自体が基準ではなく、また他の基準に優先されるものではありませんが、今後の基準の開発及び改訂は、改訂後の概念フレームワークに基づいて行われます。概念フレームワークは、財務諸表の作成者及び利用者にとってはIASBが開発する基準の理解や解釈に役立ち、また、財務諸表作成者にとっては、取引や事象に適用すべきIFRSが存在しない状況において、首尾一貫した会計方針を策定する際の指針ともなります。
そこで本稿では、概念フレームワークの基本的な構成と、10年に公表された改訂前の概念フレームワーク(以下、改訂前概念フレームワーク)からの変更点を中心に、その内容を解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
概念フレームワークは、八つの章で構成されており、それぞれの章の変更点の要約は<表1>の通りです。
このうち、改訂前概念フレームワークからの主な変更点について以下で説明します。
概念フレームワーク第2章「有用な財務情報の質的特性」の中で、慎重性の概念が再導入されています。
IASBは改訂前概念フレームワークにおいて、それ以前には含まれていた慎重性への言及を削除しました。これは、慎重性が、利得の認識は損失の認識よりも説得力の高い証拠力を要求する、損失は利得よりも早い段階で認識されるといった「非対称な慎重性」と解釈されることにより、財務諸表に記載される情報は偏向がないものでなければならないとする中立性と不整合が生じることを懸念したことが理由でした。しかし、この削除によって混乱が生じ、「慎重性」はより幅広く解釈される結果となったため、IASBは今回の改訂において慎重性の概念を再導入し、明確な説明を付けることで解釈の不統一を減少させることを意図しています。
概念フレームワーク第2.16項では、「中立性は、慎重性の行使によって支えられる。慎重性とは、不確実な状況下で判断を行う際に警戒心を行使することである。」と述べており、慎重性とは、「注意深さとしての慎重性」であることが明確にされています。一方で、IASBは「非対称な慎重性」を「有用な財務情報の質的特性」には含めていないものの、IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」が偶発負債と偶発資産について異なる認識の閾(いき)値を要求しているように、このようなアプローチは多くの基準に反映されており、当該会計方針が取引や事象を忠実に表現する目的適合性のある情報を提供することを意図している場合には、概念フレームワークに反するものではないとしています。
資産及び負債の定義が、<図1>のとおり改訂されています。両者に共通する重要な変更点として、資源の流入又は流出が期待される(予想される)という要件が削除されている点が挙げられます。これは、「期待される(予想される)」という文言は蓋然(がいぜん)性の閾値の水準と結び付けられることが多く、明らかに資産、負債である多くの項目が蓋然性基準によって資産又は負債の定義から除外されてしまう可能性があることに対応するためです。IASBは、今回の改訂で、資産又は負債は経済的資源又は経済的資源を移転する義務であることを明確にしており、それらは経済的便益の流入又は流出の蓋然性が低くても存在する可能性があるとしています。一部の利害関係者は、資源の流入又は流出の蓋然性が低い場合にも資産及び負債を認識することになり、運用上の負担が増大するという懸念を示していましたが、IASBは、そのような不確実性に伴う問題は、定義ではなく認識において対処するのが最善としています。またIASBは、実務上、企業は資産及び負債の定義と認識基準を同時に考慮して、資産及び負債を認識すべきか判断しているため、定義の変更により多大な運用上の負担は生じないとしています。
資産、負債の定義に関して、上記の他、資産又は負債は経済的資源又は経済的資源を移転する義務であり、経済的便益の最終的な流入又は流出ではないことを明確化するために、従来、資産又は負債の定義に含まれていた経済的資源の定義を別個に分けています。また、負債に関しては、「移転を回避する実際上の能力を有していない」の概念を導入し、適用の際のガイダンスを追加しています。
改訂前概念フレームワークにおける認識基準には、資産及び負債の定義と整合する形で蓋然性基準が設けられており、「将来の経済的便益が、企業に流入するか又は企業から流出する可能性が高い」ことを要件の一つとしていました。しかし、前記Ⅲ2.に記載のとおり、IASBは蓋然性基準を定義から削除することを決定し、蓋然性を認識においてどのように考慮するか改めて検討しました。一方で、現行のIFRSの基準においては、認識において蓋然性基準を適用していない場合や、適用している場合でもさまざまな蓋然性の閾値が使用されています。これを受けて、IASBは、蓋然性基準によるアプローチが、認識することにより目的適合性のある情報を必ずしも提供しないような資産及び負債を除外する実務的な方法となり得ることを認めたものの、仮に認識基準に蓋然性の閾値を設けることとした場合、認識することにより目的適合性のある情報を提供するであろう多くの資産及び負債が認識されない可能性もある点、及び全ての基準において適切となるような閾値を設定することは困難と考えられる点から、蓋然性の閾値を概念フレームワークに含めないことを決定しました。一方で、経済的便益の流入又は流出の蓋然性が低い場合には、資産及び収益又は負債及び費用の認識が目的適合性のある情報を提供しない可能性があることを示すことにより、蓋然性基準の削除が、定義を満たす資産及び負債を必ずしも全て認識すべきということを意味しているわけではないことを明確にしています。
概念フレームワークの改訂の公表により、IASBによる主要な基準開発プロジェクトは一段落したと考えられます。今後は、16年に公表されたIASB作業計画でも示されているとおり、表示及び開示に関する基準開発を中心とした財務諸表作成者と投資家のコミュニケーションの改善にリソース配分の比重を移していくと考えられます。一方、概念フレームワークの改訂は、現行の基準で生じている不整合を解消する際の指標になると考えられ、概念フレームワークに基づく首尾一貫した会計基準の整理も進められていくと考えられます。特に、概念フレームワークの改訂を待つ形で長年休止していたIAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」の改訂プロジェクトに関して、今後のIASBの改訂作業の進捗(ちょく)が注目されます。