情報センサー

「米国税制改革大綱」発表


情報センサー2017年12月号 JBS


EYニューヨーク事務所
米カリフォルニア州弁護士 米国公認会計士 秦 正彦

アーンスト・アンド・ヤングLLP税務パートナー。日本企業部タックス・グローバルタックスリーダー。30年近く日系企業の米国事業に国際税務アドバイスを提供。上智大学卒(外国語学部英語学科)。米ウィティアーロースクール卒(JD Cum Laude)。


EYニューヨーク事務所
米国公認会計士 野本 誠

アーンスト・アンド・ヤングLLP税務パートナー。全米税務本部国際税務部および日本企業部所属。1990年より、米国で事業を展開する多業種の日系多国籍企業にサービスを提供。米ペンシルバニア大学ウォートン校卒(会計学、金融工学専攻)。米南カリフォルニア大学会計大学院 税務専門修士過程修了。


Ⅰ  はじめに

2017年9月27日、米国の「税制改革大綱(Unified Framework)」が発表されました。これは、ホワイトハウスと連邦議会上下両院の共和党指導部の合意に基づく税制改革の大枠の方針を示すもので、7月に導入断念が決定した国境調整制度を除き、昨年の大統領・連邦議会選挙に先立ち発表された下院共和党の税制改革案(以下、ブループリント)を基本的に踏襲した内容となっています。今回発表された税制改革大綱は、9ページの簡潔なもので、詳細は今後の議会での論議に委ねられています。法案が成立した場合、改正は基本的に18年1月1日以降に開始する課税年度に適用されるものとみられています。
 

Ⅱ   今後の立法プロセス

今後の立法プロセスとしては、下院で10月5日に可決された予算決議に基づき法案条文が10月中に起草され、11月中に下院本会議、12月中に上院本会議の可決を経て、年内にドナルド・トランプ大統領の署名による成立を目指すとしています。最大のハードルは上院の票の取りまとめで、共和党は100議席中52議席しか握っていないため、3名以上の造反者が出れば、オバマケア撤廃法案と同様に廃案になってしまう可能性もあります。また、共和党の上院での議席数が60に満たないため、税法改正案は予算調整法案の一部として審議されることになるため、10年の予算期間を超えて財政赤字を生み出す法案を含むことはできず、財源が確保できなければ法案の一部は時限立法とならざるを得ないことも考えられます。
 

Ⅲ 事業者

今回の税制改革の目玉は、法人税率の引下げです。現在米国の法人税率は連邦法人税だけで最高35%(州税を含むと40%前後)と世界一高い水準になっており、米国への投資や米国企業の競争力を阻害する要因として指摘されてきましたが、大綱では連邦法人税率を一気に20%まで引き下げるとしています。また、小規模もしくは家族経営のパススルー事業体については、25%の軽減税率を適用するとしています。
税率以外では、大綱が発表された翌日の17年9月28日以降の設備投資について、固定資産の一括償却が認められますが、不動産は対象外とされています。この設備投資減税は、5年程度の時限措置として実施される見通しです。
法人の支払利息が受取利息を超える部分については、損金算入を部分的に制限するとしていますが、不動産や電力業界に加え、農家からも強い反対意見が出されていることに配慮してか、法人以外の納税者については別途検討するとされています。
法人の代替ミニマム税(AMT)は撤廃を目指し、国内生産活動控除(199条)をはじめとする特別控除や税額控除制度も原則撤廃することで簡素化と課税ベース拡大を図るとともに、業界特有の税制を近代化して租税回避の抜け穴をふさぐとしています。ただし、試験研究費税額控除と低所得者用住宅税額控除は存続させる方針です。また、法人所得の二重課税を軽減する制度改変を検討するとしていますが、具体的な意図は明らかではありません。
 

Ⅳ 国際課税

高税率と並んで米国企業の競争力を阻害していると指摘され続けてきたのが、今では先進国としては異例とも言える全世界課税制度です。日本を含む先進国は、すでに海外子会社からの配当を非課税とするテリトリアル課税制度に移行済みですが、税制改革大綱では米国もようやくテリトリアル課税制度を採択するとしています。
50%超の海外子会社ばかりでなく、10%以上の持分を持つ投資先からの配当も100%非課税と提唱されていますが、支払利息に代表される海外投資維持コストの損金算入制限に言及はなく、この点で5%など一部課税部分を残すことが多い他国のテリトリアル課税制度と異なっています。
テリトリアル課税制度への移行時経過措置として、過去から蓄積されている配当原資に対して移行時に低税率で一括課税すると規定しています。大綱では一括課税の具体的な税率が明記されていませんが、配当原資を現預金で持っているケースと事業目的で再投資しているケースで異なる税率を適用するとしています。ブループリントで同様の規定が提唱された際には、現預金には8.75%、再投資部分には3.5%とされていました。
テリトリアル課税制度への移行に伴い、財務省は米国から海外子会社への過度な所得移転が加速するのではないかと懸念しており、超低税率国の所得に対して何らかのミニマム税を導入する形での乱用防止規定を検討しています。また、米国外を本拠地とする多国籍企業と米国企業が同じ土俵で競争できるような環境を整えると提唱していますが、具体的な対応策は明記されていません。
 

Ⅴ 個人所得税

10~39.6%まで現在七つ存在する累進税率区分を15%、25%、35%の3区分に簡素化するとしています。ただし、具体的にいくらまでの所得が各区分に属するのか触れられておらず、実際の減税効果は現時点では不明です。また住宅ローン金利と慈善寄付金を除く個別控除、人的控除を撤廃する一方、標準控除を倍増し、扶養子女税額控除を拡充するとしています。この案では、州・地方税の個別控除も撤廃対象ですが、ニューヨーク州、カリフォルニア州などの高税率州の議員からは早速強い反対の声が上がっており、今後の調整が難航する可能性があります。
キャピタルゲインおよび適格配当に適用されている20%上限の優遇税率に言及はなく、現状維持となるものと予想されています。ただし、オバマケアが廃案となっていない関係で、オバマケアの財源として導入されたキャピタルゲインを含む投資所得に対する3.8%の追加課税も継続となる公算が高いものと思われます。


「情報センサー2017年12月号 JBS」をダウンロード



情報センサー
2017年12月号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。