M&A実行の意思決定と役員の善管注意義務

M&A実行の意思決定と役員の善管注意義務


情報センサー 2017年4月号 M&A Law


EY弁護士法人 弁護士 米ニューヨーク州弁護士 木内潤三郎

EY弁護士法人 マネージングパートナー。弁護士として約18年の経験を有し、主にクロスボーダーのM&A、ジョイントベンチャー、一般企業法務、IPOなどを取り扱ってきた。EYグループへの加入前は、国際的法律事務所フレッシュフィールズに約16年所属し、うち約10年をパートナーとして務めた。


Ⅰ  はじめに

M&Aの法務アドバイザーを務めると、「この程度のデューデリジェンスで、善管注意義務違反になりませんか」「こういう契約条件をのんで、善管注意義務違反になりませんか」などと聞かれることがあります。M&Aの方法や条件については、「経営判断の原則」の下、取締役に広い裁量が認められており、明らかにおかしいことをしない限り役員の法的責任が生じることはない、というのが原則です。しかし、「ここまでやればセーフ」「これをやったらアウト」というラインは明確ではありません。したがって、裁判で争われた具体的事例を通じて感覚を養う必要があります。本稿では、東京高裁の昨年の判決(東京高判平成28年7月20日)を題材に、裁判所の考え方を整理します。
 

Ⅱ  事案の概要

本件は、東証一部上場企業であるA社(貸しビル業)が、下記の2件につき、A社の株主である投資ファンドから、A社の取締役と監査役を相手取り、善管注意義務・忠実義務違反を根拠に株主代表訴訟を提起された、というものです※1(<図1>参照)。


図1 本件の概念図

① 2003年末に、設立から4年弱のベンチャー企業(環境リサイクル業)に約8億円を出資して株式を取得したが、これが半年もたたないうちに事実上倒産し、当該株式が無価値になったという件

② 07年から09年にかけて、大手未上場企業(マンション販売業)に3回にわたり、計約46億円を出資※2して株式を取得したが、これが09年末に会社更生手続開始の決定を受け、当該株式が無価値になったという件


結果は、1審(東京地判平成27年10月8日)・2審(東京高判平成28年7月20日)ともに、役員の責任を否定しました。なお、提訴は平成24年12月26日でしたので、1審判決まで2年弱、2審判決まで3年半強かかった計算です。
 

Ⅲ 最高裁判決を踏襲

本件において東京高裁は、以下で説明するアパマンショップホールディングス事件(最判平成22年7月15日)における最高裁のロジックを踏襲したと評価できます。

1. 最高裁のロジック

最高裁は、問題とされた取引が事業再編計画の一環として対象会社を完全子会社化する目的で行われたと認定した上で、「このような事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットを含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられている」との解釈を示しました。(下線は筆者。以下同じ)
そして、「この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、[取得会社における]財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべき」との判断基準を示しました。
その上で、当てはめではこの事案におけるさまざまな事情を挙げつつ、かかる事情からすれば問題とされた株式取得の方法は「合理性があるというべき」であり、価格の決定方法も「一般的にみて相応の合理性がないわけではなく」、価格についての決定が「著しく不合理であるとはいい難い」としました。また、決定の過程についても、経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践(りせん)されているため、「なんら不合理な点は見当たらない」としました。そして、本件決定についての判断は、「取締役の判断として著しく不合理なものということはできない」として善管注意義務違反はない、と結論付けました。

2. 本件における東京高裁のロジック

東京高裁は、前記最高裁判決と同様、まず、問題とされた取引の目的の認定からスタートしています。すなわち、Ⅱ①は「環境事業に参入することを目指す意図の一環」、Ⅱ②は「不動産事業においてプラスの相乗効果を得ることを主要な目的」として行われたものとし、「投機的な行為であるとみることは相当でない」と述べています(逆に、投機的な行為の場合は経営判断の原則が適用されない可能性を示唆)。
そして、異業種参入のため(①のケース)あるいは業務提携のため(②のケース)の株式取得においては、「そのメリットの評価も含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられて」おり、「取締役において諸般の事情を総合考慮して決定することができ」、「決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものとの評価を受けることはないと解するのが相当である」と、最高裁とほぼ同じ言い回しを用いて論を進めます。(<図2>参照)


図2 判断の枠組み

Ⅳ 本件での「ひねり」

東京高裁は、最高裁のロジックを踏襲しながらも、本件の特殊性、すなわち、投資対象が①将来の予測が困難なベンチャー企業と②経営破綻の危険が認識可能だった企業であり、しかも、両対象企業とも役員らが必ずしも通暁しない業種を営んでいた、という点を踏まえた論述をしました。

1. よく知らないことをする場合は慎重に

いわく、「...情報収集や検討が明らかに不十分であるときにまで株式取得の決定を行うことが容認されるものではない。取締役の善管注意義務違反の成否の判断は、事柄の性質上個別具体的なものであり、会社の規模、事業内容、問題とされている取引ないし事業計画の内容及び必要性、当該取締役の知識経験や担当業務、当該事業計画等への関与の程度その他諸般の事情を考慮した上で判断されるべきものである」「したがって、例えば、取締役が...投資対象企業の事業内容につきその遂行能力、経験及び知見に乏しいときは、その考慮要素に照らし、投資をするか否かの判断の基礎となる情報の収集及び収集した情報を基礎とした投資判断の双方において慎重さが求められるというべきであり、これを欠くときは、取締役のした当該判断の過程に著しく不合理な点があると認められる場合もある」。
平たく言うと、「よく知らないことをする場合には、より慎重に情報の収集と分析をすべきで、慎重さを欠いたら善管注意義務違反とされるかも知れない」ということです。

2. 異業種参入であっても経営判断原則を適用

異業種参入である点については、考慮要素にはなるものの、「経営判断において、長期的な視点から企業を発展させていくためには...業務提携等を目的とした異業種企業の株式取得も重要な方法である」とし、たとえ異業種参入の場合であっても「事業の採算性や将来性のほか、既存の事業との関連性や事業内容を多角化させる必要性など、多様な要素を考慮に入れて、会社全体の運営のために限られた時間内で専門的知識及び政策的配慮に基づいて判断を下すことになるので、基本的には既存の事業活動に関する経営判断の場合と同様に、広い裁量が認められるべきものである。そして、その経営判断のためにどの程度の調査及び検討をするかについては、事柄の性質上、それ自体経営判断の内容となっているものと解するのが相当」と述べました。
これも平たく言うと、「異業種参入のケースについて特別に厳しい判断基準を持ち込むことはせず、どの程度のデューデリジェンスや検討をするかを含め、経営判断原則の枠組みの中で判断する」ということです。
 

Ⅴ 当てはめ

そして当てはめでは、A社が行ったデューデリジェンス、意思決定手続、本件の背景等に照らして、Ⅱ①については「[対象企業の]成長性及び将来性、企業としての継続性を否定的に判断しなかったとしても、無理からぬというべき」「情報収集等に基づく前提事実の認識過程に不合理な点があることを裏付ける事情を見出すことはできない」「経営判断として相応の合理性が存する」、Ⅱ②については「調査の内容が投資判断の資料として不十分であると認識すべきであったとまではいえない」「[対象企業の]財務状況が深刻であることを認識しつつ、その点を踏まえて調査検討の手続を履践したものということができ、当時の[A社]における経営上の判断としても相応の合理性があったというべき」などとして、問題とされた判断が著しく不合理なものということはできない、と結論付けました。
 

Ⅵ おわりに

以上のとおり、M&Aが事後的にみて「失敗」となった場合でも、裁判所は経営の専門家たる取締役の裁量を尊重し、「あと知恵」をもとに責任を問うことを避ける姿勢を見せています。ただし、完全なフリーハンドを与えているわけではなく、それなりに丁寧な事実認定を行った上で、「著しく不合理な点」があったかどうかを判断しています。したがって、役員及び担当者は、自分の判断の過程と内容がその状況下において、なにゆえ合理的といえるのかを整理しながらM&Aに臨む必要があります。
同じ「即断・即決」であっても、例えば「ずっと前から狙っていた対象会社が突如売りに出て、いま押さえないと競合にさらわれてしまう」という場合とそうでない場合とでは裁判所の見る目は違うし、「自社の規模からすれば小さな投資」という場合とそうでない場合とでも違うでしょう。まさに、前記Ⅳ1.で引用したとおり、「善管注意義務違反の成否の判断は、事柄の性質上個別具体的なもの」であって、「絶対にこうでなければダメ」という硬直的な姿勢ではなく、全体としてバランスが取れた判断かどうかを自問する姿勢が重要といえます。
なお、役員が会社に不利益な判断をする危険が大きいような場合や、金融機関の融資判断の場合などは、経営判断原則の適用が排除されたり限定的になったりするので、別途の考慮が必要です。

 

※1 ②の件について、原告(ファンド)は2審において、3回目の取得(約3億円相当)に絞って争った。
※2 一部は他の株主からの譲り受け


    「情報センサー2017年4月号 M&A Law」をダウンロード



    情報センサー
    2017年4月号
     

    ※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。