開示府令の改正への実務対応 ~財務情報・記述情報を充実させる観点からの三つの項目を中心に~

公認会計士 太田 達也

開示府令の改正

金融審議会から、平成30年6月28日に、「ディスクロージャーワーキンググループ報告-資本市場における好循環の実現に向けて-」(以下、「DWG報告」)が公表され、その提言を受けて、平成31年1月31日付で「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(以下、「開示布令」)が公布されました。

本稿では、令和2年3月期の有価証券報告書から適用される項目のうちの、財務情報および記述情報を充実させる観点からの三つの項目である①経営方針、経営環境および対処すべき課題等、②事業等のリスクおよび③経営者による財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)について解説します。

開示に当たっては、金融庁から公表されている「記述情報の開示の好事例集」(以下、「好事例集」)に早期適用事例も取り上げられていますのでそれを参考としつつ、自社の状況等を十分に踏まえた開示を行うように対応する必要があると考えられます。

なお、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて、金融庁は「企業内容等の開示に関する内閣府令」を改正し、個別の申請なしに、令和2年4月20日から同年9月29日までの期間に提出期限が到来する有価証券報告書、四半期報告書等の提出期限を一律同年9月30日まで延長しています。

 

経営方針、経営環境および対処すべき課題等

DWG報告では、経営方針、経営環境および対処すべき課題等の開示を行うに当たっては、取締役・経営陣が積極的に自らコミットしてその見解を示すことが必要であり、投資家が適切に理解することができるよう経営戦略の実施状況や今後の課題もしっかりと示しながら、MD&Aやリスク情報とも関連付けて、より具体的で充実した記載がなされるべきであると提言がされました。

より具体的には、企業構造、事業を行っている市場、市場との関係性とも関連付けながら企業の事業計画・方針を明確に説明し、経営戦略が企業の目的を達成する上で適切であるかどうかの判断や、企業の成長、業績、財政状態、将来の見込みの評価に資するような情報が提供されるようにすべきとされました。

そのような提言を受けて、開示府令では、最近日現在における連結会社(連結財務諸表を作成していない場合には提出会社)の経営方針・経営戦略等の内容を記載し、記載に当たっては、連結会社の経営環境(例えば、企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービスの内容、顧客基盤、販売網等)についての経営者の認識の説明を含め、事業の内容の記載と関連付けて記載することが求められています。

経営者として、どのように経営環境・経営課題を認識しており、経営課題に対してどのように対応し、中長期的に企業価値を向上していく方針なのかを投資家が理解できるように記載することが考えられます。また、経営分析により、市場の状況、競合他社の状況、自社の強み・弱みなどを分析(SWOT分析等)し、経営者の視点から開示することも考えられます。

また、経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等がある場合には、その内容を記載することとされています。その趣旨としては、「目標の達成度合を測定する指標、算出方法、なぜその目標を利用するのかについての説明等を記載することが考えられる」とされています。具体的な目標数値の記載を義務付けるものではないが任意で記載できるとされており※1、記載している事例も少なくありません。

将来目標数値は投資家が欲する情報である一方において、発行会社の経営者による主観的判断の要素が大きいため悪用のおそれがある点、目標が未達となったときの虚偽記載等に係る法的責任の問題もある点などから、その合理性についての慎重な検討が必要になる上、仮に記載する場合には前提条件やリスク要因についての詳細な記載が望ましいという見解が見られる点に留意する必要があります※2

 

事業等のリスク

従来の開示では、一般的なリスクの羅列になっていたり、外部環境の変化にもかかわらず数年間記載に変化がない開示例も多いほか、経営戦略やMD&Aとリスクとの関係が明確でないなどの指摘が見られました。

DWG報告では、経営者視点から見たリスクの重要度の順に、発生可能性や時期、事業に与える影響・リスクへの対応策等を含め、企業固有の事情に応じたより実効的なリスク情報の開示をしていく必要があると提言されました。

そのような提言を受けて、開示府令では、経営者が連結会社の財政状態、経営成績およびキャッシュ・フロー(以下、「経営成績等」という)の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスク(経営成績等の状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項をいう)について、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど、具体的に、かつ、分かりやすく記載することを求めるとされました。

パブリックコメントに対する金融庁の考え方では、提出日現在において、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて、一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、提出後に事情が変化したことをもって虚偽記載の責任を問われるものではないと考えられる旨の見解が示されています。逆に、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについてあえて記載をしなかった場合、虚偽記載に該当することがあり得るとされている点に留意する必要があります。

好事例集をみると、リスクの「影響度」と「発生可能性」に基づいてリスクの重要性を判定している事例、リスクを「特に重要なリスク」と「重要なリスク」という重要度に区分して記載している事例、リスクが顕在化したときの影響を具体的な数値を用いて記載している事例など、一定の工夫が見られます。

なお、新型コロナウイルス感染症による影響を事業等のリスクにおいて開示するケースが生じることが想定されます。その場合は、リスクが顕在化した場合に経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策等について、企業の固有の状況を踏まえた実効性のある記述を行うことが必要であると考えられます。

 

経営者による財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)

従来の開示は、諸外国における開示と比較して、計数情報をそのまま記述しただけの記載やボイラープレート化した記載が多く、さらなる取り組みが必要であるとの指摘がありました。

DWG報告では、MD&Aは、経営者視点からの情報を提供し、投資家の企業に対する理解を深めるための、経営の根幹に関わる、経営者の認識が問われる情報であることから、経営のトップレベルが早期から関与し、経営者としての説明責任を果たしていくことが求められ、このうちセグメント分析に際しては、経営管理と同じセグメントに基づいて、セグメントごとの資本効率も含め、セグメントの状況がより明確に理解できるような情報が開示されることが必要であると提言されました。また、会計上の見積り・仮定は、投資判断・経営判断に直結するものであり、経営陣の関与の下、より充実した開示が行われるべきであるとされました。

そのような提言を受けて、開示府令では、事業の状況、経理の状況等に関して投資者が適正な判断を行うことができるよう、経営成績等の状況の概要を記載した上で、経営者の視点による当該経営成績等の状況に関する分析・検討内容を、具体的に、かつ、分かりやすく記載することとされました。また、経営方針・経営戦略等の内容のほか、他の記載項目の内容と関連付けて記載すべきであることが明確化されました。

好事例集をみると、財務情報だけではなく、その理解に有用な指標(販売数、会員数などの非財務情報)の分析(前期比較情報なども含む)も織り込んで説明している事例、ROEなどのKPIの実績を時系列で記載し当期の達成状況を記載している事例などが見られます。

また、キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容ならびに資本の財源および資金の流動性に係る情報の記載に当たっては、資金調達の方法および状況ならびに資金の主要な使途を含む資金需要の動向についての経営者の認識を含めて記載するなど、具体的に、かつ、分かりやすく記載することとされています。

好事例集をみると、投融資と株主還元について実績値と計画値を比較している事例、株主還元について連結配当性向と関連させて説明している事例、株主還元への支出について目標とする水準を記載している事例、成長資金と株主還元の方針について優先順位を含めて記載している事例、資金需要に対する資金調達の方針・方法を記載している事例などが見られます。

さらに、会計上の見積りおよび当該見積りに用いた仮定のうち、重要なものについて、当該見積りおよび当該仮定の不確実性の内容やその変動により経営成績等に生じる影響など、「経理の状況」に記載した会計方針を補足する情報を記載しなければならないとされました。ただし、記載すべき事項の全部または一部を「経理の状況」の注記において記載した場合には、その旨を記載することによって、当該注記において記載した事項の記載を省略することができます。
 

※1 平成31年1月31日付「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方6参照。
※2 鈴木克昌他「記述情報開示の充実に係る法的論点と実務対応」旬刊商事法務No.2218、P37。


当コラムの意見にわたる部分は個人的な見解であり、EY新日本有限責任監査法人の公式見解ではないことをお断り申し上げます。



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