「無形資産に関する論点の整理」について 第2回:取得形態と無形資産の認識

ナレッジセンター 公認会計士 森さやか

第1回では、「無形資産に関する論点の整理」の【論点1】定義と【論点2】認識要件を紹介しました。これを踏まえて、第2回では、【論点3】取得形態の違いによる無形資産を認識するための定義や認識要件の充足の判断についての検討内容を解説します。

なお、この【論点3】においては、自己創設による取得として社内研究開発費の取扱いが取り上げられています。わが国の取扱いでは、研究開発費はすべて発生時に費用として処理するとされていますが、論点整理では、無形資産の定義に該当し、認識要件を満たす限り、開発に係る支出も資産計上するという方向性が示されている点が大きなポイントです。

I 【論点3】取得形態別の認識


論点整理では、企業が無形資産を取得する方法として、外部から承継的に取得する方法と、自ら無形資産を創出し、原始的に取得する方法とに区分し、さらに、外部から承継的に取得する場合は、一定の無形資産そのものを買い入れる場合と、企業結合に伴ってその一部として無形資産を受け入れる場合が考えられるとして、大きく三つの区分に分けて、それぞれの取得形態別の認識について検討しています。

検討に当たっては、第1回で解説した無形資産の定義と認識要件に照らして、それぞれにつき「識別可能性」、「経済的便益をもたらす蓋然性」および「取得原価の測定可能性」に着目しています。

【図表2:【論点3】取得形態と無形資産の認識】(筆者作成)


取得形態と無形資産の認識

以下、それぞれの取得形態別の検討事項を解説します。
 

1.【論点3-1】個別買入れによる取得

企業が第三者から通常の取引価額で買い入れて取得した場合についても、定義と認識要件をもとに検討されることになります。

IAS第38号では、通常無形資産を取得するために支払う価額には、発生可能性の影響が反映されていることから、経済的便益をもたらす蓋然性の要件は常に満たされているとみなされるとしています。また、その原価も通常信頼性をもって測定できるため、測定可能性の要件についても通常満たされるとしています。

【検討と今後の方向性】

先に挙げた検討のポイントに照らすと、識別可能な無形資産が個別買入の対象となると考えられ、また実際に分離して譲渡がなされる以上、識別可能性があることについては自明であると考えられるとされています。

また、通常は不確実性を反映して対価が定められるため、このような形態で取得されたものについては、一般的に経済的便益をもたらす蓋然性の要件を満たしているものとしています。

さらに実際に支出した対価があるため、測定可能性についても特に問題はないとしています。ただし、研究活動の成果を買い入れる場合などについては、経済的便益をもたらす蓋然性の要件を満たしていると判断できるのか、他の取得形態との関係も踏まえ、引き続き検討するとしています。

論点整理ではこの検討を踏まえ、企業が外部から個別に買い入れた場合、通常は無形資産としての認識に必要なすべての条件を満たすことになるものと考えられるとしています。

【論点整理公表後の検討状況】

この論点に関しては、研究活動の成果を買い入れる場合についてのコメントが多く寄せられ、ASBJではこの場合の取扱いについて引き続き検討しています。

研究活動の成果を買い入れる場合については、経済的便益の蓋然性を満たしているといえない場合もあるとして、個別買入の場合であっても、自己創設(後述)と同じ厳格な要件を求めるのがよいなどの意見が挙げられています。

ASBJではその後、会計処理について、特定の研究目的にのみ使用するための資産を買い入れる場合、通常はその対価に将来の経済的便益の不確実性が反映されていない事から、発生時に費用処理する。外部に研究開発を委託する場合、通常はその対価に将来の経済的便益の不確実性が反映されていない事から、研究の成果は費用処理し、開発については自己創設無形資産の認識要件を満たすものを除き費用処理することなどが提案されています。


2.【論点3-2】企業結合による取得

【現行の取扱い】

企業結合会計基準では、企業結合により受け入れた資産および負債のうち、識別可能なものについては取得原価を配分し、認識することとされており、企業結合により受け入れた無形資産が、法律上の権利など分離して譲渡可能な場合には、識別可能なものとして取り扱うこととしています(第32項参照)。また、分離して譲渡可能であるためには、対象となるものの独立した価格を合理的に算定できる必要があるとされています(「企業結合会計基準および事業分離等会計基準に関する適用指針」第59項)。

【国際的な会計基準の取扱い】

IAS第38号では、企業結合時において法的権利または分離可能な無形資産はのれんから区別して識別しなければならないとしています。また、そのような無形資産は、その公正価値に当該無形資産の発生可能性の影響が反映されていることから、経済的便益をもたらす蓋然性の要件は常に満たされ、さらに、企業結合で取得した識別可能な無形資産の公正価値は、のれんと別に認識するに当たって、通常、十分な信頼性をもって測定できるとしています。

【検討と今後の方向性】

ここでも、先に挙げた検討のポイントに照らして検討しています。

経済的便益をもたらす蓋然性の要件については、将来の経済的便益をもたらす不確実性が時価に反映されていると考えられるため、この要件は満たされているとされています。

さらに、企業結合においては、取得する企業または事業全体の取得原価が特定され、この取得原価が識別可能資産および負債に配分されるという手続きがとられることとなっており、通常は測定可能性についても確保され得るとしています。

論点整理では、この検討を踏まえ、識別可能性に関する具体的な内容(表現)については、企業結合により無形資産を受け入れる場合においても、国際会計基準と同様に「法律上の権利又は分離して譲渡可能なもの」とすることを示し、取得形態にかかわらず首尾一貫した無形資産の会計処理を行うことができるようにするとともに、コンバージェンスに資するとしています。また、企業結合によって無形資産の定義に該当するものを受け入れた場合には、例外的な場合を除き、当該無形資産に関する認識要件は満たされているものとしています。

【現行の実務への影響】

IAS第3号では、企業結合で取得された無形資産の例が収録されています。これを見るとわが国で認識されている無形資産と比較して、とても幅広い項目がのれんから分離して認識される可能性があることが分かります。

私見になりますが、これに比較するとわが国では、のれんにしても償却が求められているため、無形資産とのれんの区分があまり厳密に行われてこなかったとも考えられます。将来、のれんや一部の無形資産を非償却とする会計処理も検討されていることから、今後の実務においては、無形資産とのれんとの間の線引き(識別可能性の有無)について、より厳密な判断が求められることになると思われ、単なる差額としてのれんに含まれていたものについても、適切な無形資産へ計上することがより厳密に求められるものと思われます。
 

3.【論点3-3】自己創設による取得

(1) 【論点3-3-1】社内研究開発費の取扱い

自己創設によって取得されたものであっても、無形資産の定義に該当し、その認識のために必要な要件を満たす限り、無形資産として認識することになります。ただし、経済的便益をもたらす蓋然性の要件については、通常、その判断の客観性や検証可能性を確保することが難しいと考えられます。

【現行の取扱い】

わが国の会計基準では、研究開発費は、すべて発生時に費用として処理しなければならないとされています(研究開発費等会計基準 三)。これは、①研究開発費は、発生時には将来の収益を獲得できるか否かが不明であることと、②実務上客観的に判断可能な要件を規定することは困難であることから、企業間の比較可能性を損なわないためという2点を理由としています。

【国際的な会計基準の取扱い】

IAS第38号においては、研究から生じた無形資産は認識してはならず、これに関する支出は、わが国と同様に発生時に費用として認識しなければならないとしていますが、他方で、開発から生じた無形資産は、企業が以下のすべての要件を立証できる場合には、認識しなければならないとしており、わが国の取扱いと大きく異なります。

【IAS第38号において、開発から生じた無形資産を認識するために企業が立証しなければならないとされている要件】(以下、6要件)

(1) 使用又は売却できるように無形資産を完成させることの、技術上の実行可能性
(2) 無形資産を完成させ、さらにそれを使用又は売却するという企業の意図
(3) 無形資産を使用又は売却できる能力
(4) 無形資産が蓋然性の高い将来の経済的便益を創出する方法(とりわけ次のいずれか)

① 無形資産による産出物の市場の存在
② 無形資産それ自体の市場の存在
③ 無形資産を内部で使用する予定である場合には、無形資産の有用性

(5) 無形資産の開発を完成させ、さらにそれを使用又は売却するために必要となる、適切な技術上、財務上及びその他の資源の利用可能性
(6) 開発期間中の無形資産に起因する支出を、信頼性をもって測定できる能力

【検討】

論点整理では以上を踏まえ、検討のポイントに照らして、開発のための支出を無形資産とすることの是非について検討しています。

識別可能性については、研究開発の成果については識別可能性の判断が難しいとも考えられますが、原価計算のために必要な管理を行うことができるなど、開発のプロジェクトとして取り組んでいるものであれば、通常当該開発のための支出は識別可能なものと考えられるとしています。

測定可能性については、原価計算のために必要な管理がなされている限り、研究や開発の成果(途中段階のものを含む)について、信頼性をもってその取得原価を測定することは可能であるとしています。

経済的便益の蓋然性の要件については、検証可能性をもって客観的に判断することが困難であり、比較可能性を損なう等の弊害の方が大きいため、一律に発生時の費用処理としておく方が望ましいとの考え方もあるとしていますが、上述のIAS第38号の6要件のように、追加的要件を定めることによって、経済的便益の蓋然性の要件を満たすか否かの判断の指針とする考えを示しています。

【今後の方向性】

① 論点整理の示す今後の方向性

論点整理では、研究開発に係る支出を、研究に係る支出と開発に係る支出とに分けた場合、研究に係る支出は費用とすることでよいとしています。

一方、開発に係る支出を資産計上するか否かについては、両論ある状況ではあるものの、国際財務報告基準とのコンバージェンスの観点を踏まえると、無形資産の定義に該当し、認識要件を満たす限り、開発に係る支出も資産計上することが考えられるとしています。なお、その場合、資産計上される開発に係る支出の範囲を明らかにするために、例えばIAS第38号のような追加の要件等を設けることが考えられるとしています。

② 比較可能性は担保できるか~IFRS適用企業の事例~

開発費の資産計上を認めることになると、現行のわが国の会計処理(研究開発費の一律の費用処理)において重要視されている比較可能性について担保できることになるのかが気になるところです。

ASBJでは、研究開発投資の比率や金額が大きく、開発費資産化額を開示することに対するニーズが大きいと考えられた製薬業界、自動車業界の各社をはじめ、合計50社の大手企業の社内発生開発費の取扱いについて、各社が公表した2007年度のアニュアルレポートを用いて調査を行っています。

これによると、大別すると、次の三つのグループに分けることができるとされています。

A.社内発生開発費の資産計上をほとんど行わず、費用処理している業界
B.各社ともに、相当程度の社内発生開発費を資産計上している業界
C.社内発生開発費をすべて費用処理している会社と一部資産計上を行っている会社とが混在し、対応がばらついている業界


A.は製薬業界、食品・飲料業界、化学業界であり、当局による新薬の認可およびその他の不確実性の存在や、新製品がもたらす将来の経済的便益の不確実性の高さを理由として資産計上をほとんど行っていないようです。

B.は自動車(完成車)業界で、研究開発支出合計に占める資産化された開発費の割合は、29%~53%と高くなっています。

C.は自動車部品業界、電機業界、紙パルプ業界であり、資産計上している会社としていない会社両方が存在し、さらに資産計上している会社の資産化率も大きく差がある状況です。

この事例調査では、A、Bの業界では、同業企業間の比較可能性はそれなりに担保されているものと考えられますが、それ以外の業種、また業種間の比較可能性については、経営者による判断が主観的となることから企業により計上に大きなばらつきが生じ、同様の状況において類似の会計処理が行われない恐れがあるのではないかと分析しています。

将来、わが国において社内開発費の資産計上を認める場合には、企業間の比較可能性、資産計上についての判断の客観性の確保、そして経営者による主観的判断の影響をどのように調整していくのかが注目されます。

③ 論点整理公表後の検討状況

開発費の資産計上については、論点整理へのコメントが多数寄せられました。ASBJではコメントを受けて検討が行われています。検討においては、比較可能性を重視して資産計上しないとする意見も挙げられていました。

その後においては、社内開発費を資産計上するという方向で検討が行われていますが、その適用範囲を含めて現時点で最終的な方向は定まっていません。


(2) 【論点3-3-2】その他の自己創設無形資産の取扱い

一定の社内の開発費の資産計上を認めるならば、無形資産の認識要件を満たす限り、社内開発費以外の自己創設無形資産も資産計上することが考えられます。

【国際的な会計基準の取扱い】

IAS第38号では、外部取得無形資産と自己創設無形資産に関する定めにはどのような差異も存在すべきではなく、自己創設無形資産であっても、それが無形資産の定義に該当し、認識要件を満たす場合には、認識すべきであるとする考え方が示されています。

ただ、IAS第38号では、自己創設無形資産を資産に計上可能であるか判断するに当たり、無形資産の一般的な定義および認識要件に加えて、自己創設無形資産に関する特別な認識要件を定めており(上述の「6要件」)、これにより実務上計上されている自己創設無形資産は、開発費、ソフトウエア、ウェブサイト関連費用にとどまっています。

なお、IAS第38号では、自己創設のれんや、内部で創出される、ブランド、題字、出版表題、顧客名簿および実質的にこれらに類似する項目などについては個別に無形資産から排除する定めを置いています。

【検討と今後の方向性】

検討ポイントに照らすと、自己創設による取得の場合に特に確認すべきは、経済的便益をもたらす蓋然性の要件等のチェックポイントと考えられるため、広範囲に及ぶ当該無形資産について、それぞれの形態に応じ異なる認識要件を個別に定めるよりも、社内開発費と区分せずに自己創設無形資産の認識要件等を定める方が合理的であると考えられるとしています。

論点整理では、自己創設無形資産を計上するに当たっては、一般的な無形資産の定義および認識要件に加えて、社内開発費もそれ以外の自己創設無形資産も同じ枠組みで、計上すべき範囲を特定し、認識要件を定めることが考えられるとしています。また、無形資産の定義に該当しないか認識要件を満たさないと考えられる上記の自己創設のれんや、内部で創出されるブランドのような支出は、その発生時に費用処理することを明示することが考えられるとしています。
 

II 取得形態別の無形資産の認識のまとめ


論点整理では、個別の取引または企業結合で取得されたものについては、通常は無形資産の定義と認識要件を満たすものとして、無形資産として認識することとしています。

自己創設によるものについては、無形資産としての定義と認識要件に加え、経済的便益の蓋然性の要件の確認に客観性と検証可能性を求めるため、さらに厳密な立証すべき要件(例えば、上述のIAS第38号の6要件)を求めることを検討しているといえます。

第3回では測定と開示に関する論点として、無形資産の取得時の測定と、当初認識後の測定、開示、さらに繰延資産の取扱いについて解説を行うこととします。



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