「無形資産に関する論点の整理」について 第1回:定義と認識要件

ナレッジセンター 公認会計士 森さやか

はじめに


「無形資産に関する論点の整理」(以下、論点整理)が2009年12月18日に企業会計基準委員(以下、ASBJ)から公表されました。

これは、無形資産の会計処理および開示に関する会計基準を整備するに当たり、特に考慮すべき論点を整理し、広く意見を募集することを目的としたものです。

本稿では、論点整理の概要を、主要論点につきASBJでの検討状況、さらに論点整理公表後の検討状況などを踏まえて解説します。なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であることをお断りします。
 

背景

【現行の取扱い】

わが国では無形資産に関する会計基準としては、企業会計原則で、無形資産の貸借対照表における評価に関する定めがあるほか、企業結合により受け入れた無形資産に関する「企業結合に関する会計基準」、研究費やソフトウエア製作費に関する「研究開発等に係る会計基準」等の定めがありますが、無形資産全体を対象とした会計基準はありませんでした。

【国際的な会計基準の取扱い】

国際財務報告基準(IFRS)においては、無形資産の会計処理および開示一般について国際会計基準(IAS)第38号「無形資産」(以下、IAS第38号)が定められており、また企業結合により受け入れた無形資産についてIFRS第3号「企業結合」が定められています。

【検討状況】

ASBJは2007年8月に、国際会計基準委員会(IASB)とともに「会計基準のコンバージェンスの加速化に向けた取組みへの合意」を公表していますが、この合意に沿った検討では、社内の開発費の取扱い等を含む無形資産の取扱いの差異について課題とされています。


このような状況の下、ASBJでは、平成19年12月に無形資産の会計処理等に関して、「研究開発費に関する論点の整理」を公表し、寄せられたコメントをもとに2008年12月企業結合会計基準を改正して、企業結合により受け入れた研究開発の途中段階の成果の取扱いを明らかにしています。

「無形資産に関する論点の整理」は、引き続き、無形資産全体を対象とした体系的な会計基準を整備するための検討の一環として公表されました。

I 論点整理の対象範囲


論点整理は無形資産の定義に該当するものを広く対象としていますが、すでに他の会計基準で会計処理等が定められている以下のようなものについては、本論点整理の検討対象から除外しています。

(1)「棚卸資産の評価に関する会計基準」の適用を受ける棚卸資産
(2)「税効果会計に係る会計基準」の適用を受ける繰延税金資産
(3)「退職給付に係る会計基準」の適用を受ける前払年金費用
(4)「研究開発費等に係る会計基準」の適用を受ける受注制作のソフトウエア、市場販売目的のソフトウエアおよびこれらに準じて取り扱われるもの(研究開発に該当する部分を除く)
(5)「リース取引に関する会計基準」の適用を受けるリース資産

II  論点整理の構成


論点整理は、無形資産の会計基準を整備する上で、特に検討が必要と考えられる六つの論点につき取り上げています。

その内容は、以下のようになっています。

(1)【論点1】から【論点3】:無形資産の定義および認識要件についての論点
【論点1】定義
【論点2】認識要件
【論点3】取得形態と無形資産の認識
  [論点3-1]個別買入れによる取得
  [論点3-2]企業結合による取得
  [論点3-3]自己創設による取得
    <論点3-3-1>社内研究開発費の取扱い
    <論点3-3-2>その他の自己創設無形資産の取扱い
(2)【論点4】および【論点5】:無形資産の測定についての論点
【論点4】当初取得時の測定
  [論点4-1]測定方法の考え方
  [論点4-2]取得原価の範囲
【論点5】当初認識後の測定
  [論点5-1]基本的な考え方
  [論点5-2]償却に関する事項
  [論点5-3]償却を行うことが適切でない無形資産
  [論点5-4]償却を行わない無形資産の減損
(3)【論点6】:無形資産に関する開示についての論点
【論点6】開示

また、無形資産の会計基準を整備した場合には、繰延資産に関するこれまでの取扱いについても再検討が必要と考えられるため、関連する論点として取り上げています。

本稿ではこれらの論点に沿って、第1回では、無形資産はどのように定義され、どのような場合に認識されるものか、定義と認識要件【論点1~2】について取り上げたいと思います。第2回では、【論点3】の異なる取得形態の場合における無形資産の認識について、特に従来の会計処理と扱いが大きく異なる社内研究開発費の取扱いを中心に解説します。また第3回においては、測定と開示に関する論点【論点4~6】として、無形資産の取得時の測定と、当初認識後の測定、開示、さらに繰延資産の取扱いについて解説を行うこととします。

III 【論点1】定義


無形資産の会計基準の検討対象となる無形資産を明らかにするため、論点整理ではまず無形資産の定義について検討しています。

わが国の会計基準では、無形資産の一般的な定義は明示的には示されていません。

一方、IAS第38号では、無形資産を「物理的実体のない識別可能な非貨幣性資産」と定義しており、さらに定義を充足するために備える必要がある要素として、(1)識別可能性、(2)支配、(3)将来の経済的便益の三つを挙げています。

【検討と今後の方向性】

物理的実体は有形資産との区分において、事業資産として想定される無形資産とは性格が異なる金融資産を排除することは適切であると考えられます。また、識別可能性は無形資産とのれんを区分する上(識別可能性のあるものが無形資産、識別可能性のないものがのれんに分類)で特に重要であり、後述する【論点3】取得形態と無形資産の認識においても、検討のポイントの一つになります。

論点整理では、これらを踏まえ、無形資産の定義として、例えば「識別可能な資産のうち物理的実体のないものであって、金融資産でないもの」とすることが考えられるとしています。

IV 【論点2】認識要件


論点整理では、無形資産の定義を充足したものについて、実際に無形資産として認識するためにさらに満たすべき要件を検討しています。

【現行の取扱い】

わが国の会計基準では、ソフトウエアや、企業結合により受け入れた無形資産に関するものを除いて、無形資産の認識要件を一般的に明示しているものはありません。

ソフトウエアについては、自社利用のソフトウエアのうち、将来の収益獲得または費用削減が確実であると認められるものについては、自己創設によるものであっても資産計上することとされています。

また、企業結合により受け入れた無形資産については、識別可能なものは、企業結合日時点の時価を基礎として、取得原価を配分することとされており、法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産は、識別可能なものとして取り扱うこととされています(企業結合会計基準第28項および第29項)。

【国際的な会計基準の取扱い】

IAS第38号では、無形資産の認識要件として、「資産に起因する、期待される将来の経済的便益が企業に流入する可能性が高く」(経済的便益をもたらす蓋然(がいぜん)性)、かつ、「資産の取得原価は信頼性をもって測定することができる」(取得原価の測定可能性)ことを要求しています。

【検討と今後の方向性】

将来の経済的便益を生じさせる可能性があまり高くないものまで認識を求めると、かえって誤解を招く情報提供となる可能性があり、認識要件として一定程度の発生可能性が必要と考えられます。また、有用な情報提供のために、信頼性をもって取得原価を測定することができるということを認識要件とすることは合理性があると考えられます。

論点整理では、国際的な会計基準と同様に、【論点1】で検討した定義の充足に加えて、無形資産の認識要件として、以下の2項目を定めることが考えられるとしています。

(1) 将来の経済的便益をもたらす蓋然性が高いこと(経済的便益をもたらす蓋然性)
(2) 取得原価について信頼性をもって測定できること(取得原価の測定可能性)

V 定義と認識要件まとめ


以上のように、定義を充足してさらに認識要件を満たしたものが、無形資産として取り扱われることになるとしています。

【図表1:無形資産の定義と認識要件】(筆者作成)


図表1:無形資産の定義と認識要件

さらに、論点整理は、無形資産の定義や認識要件を満たすか否かを検討する上で、確認すべきポイントは、対象となるものの取得形態の違いによっても異なり得るとして、【論点3】において、取得の形態ごとに無形資産としての認識を判断する上で確認すべき点を検討しています。

第2回では、取得形態の違いによる、無形資産を認識するための定義や認識要件の充足の判断についての検討状況を解説したいと思います。



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