米国証券取引委員会(SEC)が気候変動開示案を公表

米国証券取引委員会(SEC)は2022年3月21日、気候変動開示案(以下、「公開草案」という。)を公表しました。

公開草案では、非財務情報・財務情報それぞれについて開示事項を制定しております。非財務情報開示は、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、「TCFD」)やGHGプロトコルをベースに作成されている一方、財務情報開示は、気候関連事象や移行活動が連結財務諸表へ与えた金額の開示などを要求しております。また、一定要件を満たす企業には、GHG排出量(Scope1,2)に関して第三者保証を要求しております。

公開草案の適用時期は、SEC登録企業のステータスに応じて段階的に導入される見込みです。最も早い大規模早期提出会社では、2023事業年度より適用が開始されるため、自社における影響を把握の上、準備を進めることが肝要です。


第1章 総論

SECによる気候変動開示に関連した規制は、2010年2月にRegulation S-Kにおける開示の解釈通達である「気候変動関連開示に係るガイダンス」の公表以降、大きな動きはありませんでした。しかし、2021年1月のバイデン政権発足以降、昨今の気候変動開示に関する機運の高まりを踏まえ急速に検討が進められました。その結果、2021年3月に、気候関連開示の見直しに関する意見募集が公表され、集約された意見をもとに議論を進められた結果、先般の公開草案が公表されました。公開草案では、全てのSEC登録企業(米国内及び外国)を対象に、年次報告書(Form 10-Kや20-F等)や証券登録届出書(Form S-1)にて、非財務情報だけでなく財務情報をはじめとする以下の内容を開示することを要求しております。

非財務情報:非財務情報開示(Regulation S-K)のなかで別に見出しを設けて記載

① ガバナンス
  • 気候関連リスクに対する取締役会や経営陣の監督及びガバナンス
② ビジネス・戦略・見通しへの影響
  • 企業が重要な影響がある(又はある見込み)と判断した気候関連リスクが、ビジネスや連結財務諸表に与える影響(短期・中期・長期の観点で記載)
  • 気候関連リスクが、企業のビジネス・戦略・見通しに与える影響
③ リスク管理
  • 気候関連リスクを識別・評価・管理するための企業のプロセス
  • これらのプロセスが企業の全社的なリスク管理システムやプロセスに組み込まれている程度
④ 移行計画
  • 気候関連リスク管理戦略の一環として移行計画を策定している場合、移行計画(物理的リスクや移行リスクを識別・管理するための指標と目標を含む)に関する説明
⑤ シナリオ分析
  • 気候関連リスクに対するビジネス戦略のレジリエンス評価のためにシナリオ分析を実施している場合、使用したシナリオ、パラメータ、前提条件、分析上の選択、予想される主要な財務影響
⑥ インターナルカーボンプライシング
  • インターナルカーボンプライシングを導入している場合、価格と設定方法に関する説明
⑦ GHG排出量
(Scope1,2)
  • Scope1,2それぞれのGHG排出量(GHG排出量はガス毎の内訳及び総量を、相殺せずに絶対量及び原単位(経済価値単位または生産単位あたり)で開示)
⑧ GHG排出量
(Scope3)
  • Scope3が重要な場合、又は、Scope3を含むGHG排出量に関する目標・ゴールを設定している場合、Scope3におけるGHG排出量(相殺せずに絶対量及び原単位で開示)
⑨ 目標と最終目的
  • 気候関連の目標(ターゲット)と最終目的(ゴール)を設定している場合
    • 目標に含まれる活動や排出量、時間軸の定義、中間目標
    • どのように企業が目標・最終目的を達成するのか
    • 関連するデータ(企業が目標・最終目的を達成するための進捗状況がわかるもの及び達成状況)を事業年度ごと更新
    • 目標・最終目的を達成するために、カーボンオフセットや再生可能エネルギー証書(RECs)を使用している場合、カーボンオフセットやRECsに関する情報(オフセットによる炭素削減量やRECsにて生成される再生可能エネルギーの発電量)

財務情報:財務情報開示(Regulation S-X)の注記として記載

⑩ 財務諸表への影響   
  • 気候関連事象(洪水・干ばつ・山火事・極端な温度・海水面上昇などの重大な気候事象やその他の自然条件)や移行活動が、連結財務諸表項目、財務諸表における会計上の見積もりや仮定へ及ぼす影響
(※)ガバナンス・戦略・リスク管理に関して、気候変動に関する機会についても開示可能
 短期・中期・長期の定義は各社で定義することを要求

非財務情報開示は、新たに別に見出し(Climate-Related Disclosure)を設けて開示することが求められているものの、公開草案はTCFDやGHGプロトコルに基づいて策定され、TCFD開示を既に行っている企業にとっては一定の親和性があると考えられます。一方、一定要件を満たした企業に関して、GHG排出量(Scope1,2)に対して第三者保証が求められているほか、開示内容に不確実性が見込まれるため、シナリオ分析等の将来予測情報とGHG排出量(Scope3のみ)に対してセーフハーバーが提供されている点は特徴的です。

財務情報開示は、財務諸表注記のなかで、異常気象などの気候関連事象や、脱炭素社会への移行に伴う連結財務諸表への金額影響の定量的な開示のほか、会計上の見積もりや仮定へ及ぼす影響を定性的に開示することも求めています。これらは、財務報告に係る内部統制(ICFR)や会計監査人による既存の財務諸表監査の範疇となり、特に金額影響について、データの正確性・網羅性が担保されるようにシステムやプロセスなど適切な内部統制の整備が必要となります。

いずれの開示内容においても、サーベンス・オクスリー法(SOX)法第302条・第906条の対象となり、CEO・CFOによる宣誓が求められるほか、開示内容に不備が生じた際に民事・刑事責任が問われることから、特に非財務情報開示に関して、これまで以上にデータや開示の正確性・網羅性に注意を払う必要があります。

適用時期について、登録企業のタイプにより異なり、以下の通り2023会計年度より順次適用することを提案しております。一方、GHG排出量(Scope3)は、集計の難易度が高いことから適用時期が1年遅れているほか、小規模報告会社については開示が免除される予定です。また、大規模早期提出会社および早期提出会社に対するGHG排出量(Scope1,2)の第三者保証は、まずは限定的保証が適用され、のちに合理的保証が適用される予定です。

登録企業のタイプ

開示の適用時期
(Scope3を除く)

Scope3開示の適用時期

Scope1,2の保証

大規模早期提出会社
Large accelerated filer

2023会計年度

2024会計年度

限定的保証:2024会計年度
合理的保証:2026会計年度

早期提出会社
Accelerated filer

2024会計年度

2025会計年度

限定的保証:2025会計年度
合理的保証:2027会計年度

非早期提出会社
Non-accelerated filer

2024会計年度

2025会計年度

小規模報告会社
Smaller reporting company

2025会計年度


第2章 GHG排出量に関して

GHG排出量開示

SECの公開草案は、GHG排出量に関する開示事項は、GHGプロトコルをベースに作成しております。Scope1,2は、それぞれ、総額と温室効果ガス毎の内訳のほか、絶対量ベース(相殺せず)と、原単位ベース(経済価値あたり又は生産単位当たり)での開示を要求しています。Scope3は、重要な場合、或いは、Scope3を含むGHG排出量に関する目標・ゴールを設定している場合に開示することを要求しております。ここでの「重要な」場合とは、合理的な投資家が、投資意思決定・議決権行使の際にScope3排出量を重要視する可能性が高い場合としており、SECは多くの企業が「重要となる」との見解を表明しております。またScope3開示には不確実性が見込まれることからセーフハーバーが提供される予定です。

既に、数多くの企業がサステナビリティレポート等でGHG排出量を開示していますが、集計対象企業の範囲は統一されておりません。公開草案は、連結財務諸表との整合性の観点から、GHG排出量の集計対象企業を、連結先・持分法適用会社先すべての企業を対象としています。これは、持分法提出会社先の排出量について、当該企業の排出量に持分割合を乗じて計算することを意味します。従って、企業は既存のGHG排出量の集計対象や集計体制を再度見直し、必要に応じて整備していくことが求められます。

GHG排出量(Scope1,2)に対する第三者保証

SECの公開草案では、大規模早期提出会社と早期提出会社に対して、GHG排出量(Scope1,2)に対する第三者保証が必須となります。第三者保証を提供する保証提供者は、GHG排出量の測定・分析・報告・保証において著しい経験を有していることが求められます。また、第三者保証を提供するにあたり、SEC登録企業やその関係会社と独立性を有している必要もあり、会計監査人に対する独立性規則をモデルに検討されております。企業は、選定した保証提供者に関する以下の情報を開示することが求められております。

  • 保証提供者の名称

  • 保証提供者がライセンス機関や認定機関のライセンスを持っているかどうか

  • 当該業務がoversight inspection program(例:AICPAのピア・レビュー)の対象かどうか

  • 保証提供者が業務の記録保存要件(AICPAは監査に関する文書保存を最低5年間要求しており、多くの認証機関では実務上5年間保存している)を満たしているかどうか

第三者保証を実施するにあたり、証明基準については特定されていないものの、米国公認会計士協会(AICPA)の保証業務基準書第18号 「受託会社の統制に関する報告」、国際監査・保証基準審議会(IAASB)の「国際保証業務基準3000(改訂)過去財務情報の監査又はレビュー以外の保証業務」(ISAE3000)や、「国際保証業務基準3410温室効果ガス報告に対する保証業務」(ISAE3410)が列挙されております。

既にサステナビリティレポート等で、GHG排出量の第三者保証について自主的に開示している企業もおります。当該企業は、保証提供者の要件を確認し、不十分である場合は適切な保証提供者に変更することが考えられます。また、SECは限定的保証だけでなく、合理的保証まで求めており、合理的保証は企業の要求される内部統制の水準が高くなる等、負担が増加することが見込まれ、保証提供者、SEC登録企業ともに、合理的保証がスムーズに実施できるように十分な準備が必要になると考えられます。


第3章 財務情報開示

SECの公開草案では、財務諸表注記として、「財務影響に関する注記」、「支出に関する注記」、「財務諸表の見積りや仮定に与えた影響」の3つに関して注記を求めており、このうち1つ目と2つ目について、金額影響の開示が必要です。

財務影響及び支出に関する注記

財務影響に関する注記として、連結財務諸表において、気候関連事象や移行活動による影響を受ける項目について、事業年度における当該事象の影響額の絶対値が1%未満の場合を除き、財務諸表項目(例:売上原価)ごとに内訳を開示することを要求しております。支出に関する注記では、発生した気候関連支出の総額について、資産計上したもの、費用計上したもの双方について、合計額が1%未満を除き開示を要求しております。なお気候関連事象や移行活動の定義は以下の通りです。

<財務影響に関する注記> <支出に関する注記>

財務影響・支出に関する注記ともに、集計対象となる気候関連事象や移行活動は定義されているものの、例示列挙に近いことから、まずは企業における集計対象を検討・決定することが求められます。併せて、集計対象の適切性・網羅性が担保された適切な内部統制を整備することが求められ、現状の集計方法について、内部統制上の要件を満たしているか確認するとともに、必要に応じてシステムの改修やプロセスの新設を検討することが求められます。

財務諸表の見積りや仮定に与えた影響

連結財務諸表を作成するために使用した見積りや仮定が、気候関連事象のリスク・不確実性・既知の事実の影響を受けているかどうか、定性的な情報を開示することを要求しております。


第4章 今後の対応事項

公開草案は2022年中の最終化を目指して検討が進められ、大規模早期提出会社は2023会計事業年度より適用となると、1年半から2年程度の準備期間しかありません。そのため、企業は適切に対処できるように以下のステップで検討を進めることが考えられます。

  1. 影響度調査の実施:SEC開示要求事項と既存のTCFD開示やサステナビリティレポート開示との差分分析

  2. 開示計画の策定:SEC開示事項に対する対応部署の特定や開示スケジュール、社内ガイダンスの作成

  3. 開示案の作成:関連するデータの整備、適切な内部統制の構築、ドラフトの作成及び会計監査人との協議

現時点では最終化していないため、影響度調査の実施から開始するとともに、特に財務情報開示に向けた、内部統制上の論点を洗い出すことが考えられます。

日本では、金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループにおいて有価証券報告書にサステナビリティ情報を集約して開示することを検討しておりますが、気候変動に関連する財務情報の開示までは検討されておりません。今回の公開草案をきっかけに世界的に財務情報開示が求められるようになった場合、日本企業も影響を受けることから、今後の動向を注視していく必要があると考えられます。