EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) EYパルテノン ストラテジー
中村 拓海
15年にわたり、上場企業の企業価値向上に向けたIR活動、SR活動のアドバイス業務に従事。対大手アクティビストを中心とした多数のプロキシーアドバイザー経験を有する。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。
笹岡 武史
キャリアスタートから一貫して上場企業の企業価値向上にむけたIR活動、SR活動のアドバイス業務に従事。ラージキャップからスモールキャップ企業まで幅広い企業をクライアントに、平常時支援からアクティビスト案件や敵対的買収案件などの緊急時支援までさまざまなプロジェクト経験を有する。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)マネージャー。
要点
コロナ禍により、日本企業に対する活動が一時限定的になっていたアクティビストの動きが再び活発化しています。アクティビストは米国の年金基金や大学基金から通常5年や10年といった超長期間のロックアップを前提に運用資金を受託しており、足元の2年間程度はコロナ後を見据えた日本企業に対する新たな「仕込み」の期間であったとも考えられます。これは後述するアクティビストのキャンペーン内容の変化に顕著です。今回は日本における日本企業に対するアクティビスト活動の件数の変化とその要求内容の変化についてまとめたいと思います。
日本企業に対するアクティビストキャンペーン数は2022年12月末時点で124件とこの9年間で約8倍に急増しています(<図1>参照)。これは主に3つの要因が考えられます。第一に、15年の東証によるコーポレートガバナンス・コード制定に伴う上場企業のガバナンス改善や、経済産業省の「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告書(通称:伊藤レポート)の公表による日本企業の資本効率改善期待などが考えられます。第二に、長期的な低金利を背景とした金余りから大量の資金がアクティビストに流入したことで、アクティビストがこれまでにない規模にまで巨大化したこと、第三に、アクティビストがこれまで主戦場としてきた米国企業ではターゲットとするべき上場企業の数が少なくなり、投資する上での競争が激しくなったことから、新たな投資先企業を模索する必要が出てきたことが考えられます。このような状況下で、日本企業はPBRやTSR(Total Shareholder Return:株主総利回り)が欧米企業と比較して相対的に低いとされ、また、上場企業の平均時価総額が小さいことから、アクティビストが比較的参入しやすい環境であったことが考えられます。
従来、アクティビストは投資先企業に対して、ガバナンスの改善要求をベースに増配や自社株買い等の株主還元の強化を提案することが一般的でした(<図2>参照)。この動きは引き続き足元でも確認することができ、アクティビストのもっともオーソドックスな投資先企業へのアプローチであることが認められます。一方、近年増加傾向にあるのは投資先企業の「事業戦略」「M&A」に対するアクティビストキャンペーンです。<図2>の通り、コロナ禍後の21年には34件と大きくその数を増加させており、アクティビストの新たなキャンペーン手法として注目が集まっています。その内容も、事業ポートフォリオの見直し、オペレーション効率性の向上、子会社再編への反対など多岐にわたっています。
このようにアクティビストの手法に大きな変化が生じた背景には、従来のような単純な株主還元の強化を求めるだけでは他の株主から支持を得ることが難しくなったことが考えられます。伝統的な投資家を中心とした世界の機関投資家は、ESGの高まりもあり、投資先企業のより中長期的な企業価値向上に関心を強めています。一時的な株主還元の強化等による短期的な企業価値の向上は、むしろ中長期的な企業価値向上の阻害要因となるとの意識の高まりから、伝統的な投資家はこのようなアクティビストの主張に対して急速に関心を失っています。
一方、何らかの原因により本来あるべき企業価値を実現できていない企業が多く存在することも事実であり、その本質的な問題を指摘、改善させることで企業価値の向上を実現したいと考える投資家は多く存在しています。アクティビストはこのような世界中の伝統的な機関投資家が抱える不満をうまく抱え込むことで彼らと協調しています。アクティビストは中長期的かつ本質的な問題を投資先企業へ提起し、他株主と協調することで圧力をかけています。
こうした動きはアクティビストに新しい投資手法をもたらしています。従来、アクティビストが投資先企業に対してアクションを起こす場合、10~20%程度の株式を保有してある程度の影響力を事前に持つ必要がありました。近年の協調型の場合、アクティビスト自身の保有比率は数%(場合によっては1%に満たない場合もあります)で十分であり、これはアクティビストのターゲット企業がより大型化する可能性を示しています。22年は減少したものの、時価総額1兆円以上の企業に対するアクティビスト活動は徐々に増加しており、キャンペーン内容も多様化しています(<図3>参照)。
日本におけるアクティビストの活動範囲は年々広がりを見せており、いまや数社に1社はアクティビストが株主になっていると言われます。アクティビストの主張はもはや短期的かつ非現実的なものではなく、多くの他株主から強い支持を受け、一見すると中長期的な企業価値向上に資するものに見えます。ただし、アクティビストの主張は企業の長期的な成長戦略や表面的には見えないさまざまな事情に配慮されていないケースが多く、全面的に主張を受け入れるのは難しいことが一般的です。重要なのは有事にいかにアクティビストに対抗するかではなく、いかに早い段階から自発的、自律的に企業価値向上策に手を打ち、アクティビストに付け入る隙を与えないかということです。また、日ごろから企業価値向上に向けた取組みについて、投資家とエンゲージメントを重ね、自社の考え、今後の成長戦略に理解を求めておくことがこれからの日本企業には求められます。
年々増加するアクティビスト活動の件数推移および多様化する提案内容、直近のアクティビストの投資手法を踏まえ、平常時においてアクティビズムへの対策として重要と考えられる取組みについて解説します。
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