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最新の研究で腸内細菌は、疾病に大きく関与していることがわかってきており、特に腸内細菌のバランスの乱れが、うつ病やアルツハイマー病など脳の病気の原因である可能性も指摘されています。企業は腸内細菌のバランスを整えるプロバイオティクスやプレバイオティクスにビジネス・チャンスを見いだそうとしています。
この5年でマイクロバイオームを取り巻く環境が大きく変化しました。人間の体の中には、人間の細胞の10倍にあたる数百兆個の細菌が存在すると言われていますが、それらの細菌が何のために存在するのか、何をしているのかはよく分かっていませんでした。
ところが、最新の遺伝子工学で細菌のRNA(リボ核酸)の配列を読み取ることができるようになり、解析技術の進展もあり、さまざまな分析が可能になり、細菌の人体に与える影響が解明されてきました。テレビが白黒からカラーに変わったような技術の進化です。
ヒトゲノムが解読された時に、どのような遺伝子を持っている人がどのような病気になりやすいのか、という「ゲノム診断」がブームになりましたが、今は人が体内に持っている細菌を分析する「細菌診断」が注目を集めています。
腸内細菌は「腸内フローラ(花畑)」と呼ばれることもあるように、人間の腸の中には数百種類の細菌が100兆個以上存在しており、一つのソーシャル・ネットワークを形成しています。腸内には人間が20万年の進化の間に手に入れた細菌との絶妙なバランスが存在するのです。
これまで細菌は「悪いもの」と思われてきましたが、実は人間はこれらの細菌と共生関係にあり健康に有用な役割を果たしていると同時に、細菌のバランスが崩れると病気になりやすくなることも分かってきました。
例えば、胃の中にいるピロリ菌は、かつて発ガンの原因とされ除去が望ましいとされてきましたが、このピロリ菌が食欲を増進するグレリン、食欲を減退させるレプチンという二つのホルモンの濃度に関わっていることが分かりました。ピロリ菌がいなくなると、いくら食べても満腹にならず肥満につながるケースもあります。腸内細菌はヒトの免疫細胞のバランスにも関係していることも明らかになってきました。
腸内細菌の健康に与える影響の観点から、多くの企業が次のようなアプローチを追求しています。
最もポピュラーなのが「プロバイオティクス」という、体に有用な細菌を十分な量、直接摂取することで健康を増進させる方法です。乳酸菌やビフィズス菌などがその代表と言えます。新しい栄養学と言ってもいいでしょう。
次に「プレバイオティクス」。これは体の中で有用な働きをしているマイクロバイオームを増殖させる効果のある物質を摂取する方法です。代表的な物質は食物繊維でしょう。未消化の食物繊維が大腸まで到達すると、腸内のマイクロバイオームによって消化され、体に良い酢酸やプロピオン酸といった短鎖脂肪酸が産生されると考えられています。最近注目を浴びているのが、食物繊維を豊富に含む大麦です。大麦の食物繊維は水に溶けるので大腸まで届きやすく、腸内細菌に良い変化をもたらすとされています。腸内の乳酸菌を増やすガラクトオリゴ糖なども注目されていまプロバイオティクスとプレバイオティクスの混合物がシンバイオティクスと呼ばれていますが、「シン」は「一緒に」という意味で、両者の併用でより高い効果を生み出そうとする試みです。医療にも応用されています。
研究レベルでは米国が最も進んでいますが、日本でも多くの研究が行われています。食品企業がプロバイオティクスの研究に取り組んでいたり、人間にとって有用なマイクロバイオームの遺伝子編集に挑戦したりしている化学メーカーなどもあります。「二酸化炭素を食べる細菌*1」や農業における土壌の改良など、マイクロバイオームの幅広い応用研究が進められています。
脳内にある神経細胞同士が情報をやり取りするときに必要な神経伝達物質の産生にも腸内細菌が大きな役割を果たすこともわかってきました。脳を活性化するとされる神経伝達物質のセロトニンの80%以上は腸内細菌が産生していることが分かっています。やる気や集中力と関連するドーパミンやノルアドレナリンなどの産生の腸内細菌が重要な役割を果たしているとされ、腸内細菌とうつ病の関係についても現在、メカニズムの解明が進められています*2。
このほか、拒食症、パーキンソン病、アルツハイマー病などの精神・神経疾患を患う患者の体内で、腸内細菌の異常が多く報告されており、腸内細菌の異常によって、腸内細菌が産生する神経伝達物質のバランスが乱されているのではないかと考えられています。
腸内細菌が影響する病気としては、2型糖尿病、がん、食物アレルギー、炎症性疾患、パーキンソン病、肥満症、自閉症、抑うつ症、不安症などが挙げられます。偏った食事が腸内細菌のバランスを崩すと言われているので、まずは栄養バランスのとれた食事を心がけることが大切です。
注釈
*1 Conversion of Escherichia coli to Generate All Biomass Carbon from CO2: Cell
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(19)31230-9(2020年11月2日アクセス)
*2 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)「腸内の善玉菌が少ないとうつ病リスクが高いことを明らかに」
https://www.ncnp.go.jp/up/1465432520.pdf(2020年11月2日アクセス)
細菌といえばかつては人体に悪影響を与える「悪玉」と認識されていました。しかし遺伝子工学が進んで細菌のRNA(リボ核酸)の解析が進んだ結果、われわれの体内にある数百兆個の細菌は、一つのソーシャル・ネットワークを形成し、人間の健康を維持する役割を果たしていることが明らかになってきました。今後のさらなるマイクロバイオーム研究により、腸内細菌と病気の関係、特に自己免疫疾患や精神病、肥満との関係が解明され、病気を治すための薬や、健康を維持するための食品などの開発が大きく進展することが期待されています。