グループ通算制度における繰越欠損金の実務 ~税効果会計の処理を含む~
情報センサー2022年5月号 押さえておきたい会計・税務・法律
公認会計士 太田達也
当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。
Ⅰ はじめに
令和4年4月1日以後に開始する事業年度から、グループ通算制度の適用が開始されます。グループ通算制度においても、連結納税制度と同様にグループ内の繰越欠損金を通算グループ内で繰越控除しますが、連結納税制度と取扱いが異なっている部分もあります。
本稿では、グループ通算制度における繰越欠損金の実務に焦点をあてて解説します。あわせて、税効果会計の処理についても、取り上げます。
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りしておきます。
Ⅱ グループ通算制度における繰越欠損金の控除
1. グループ通算制度における繰越欠損金の控除限度額の取扱い
グループ通算制度は個別申告方式であるため、繰越欠損金についても、グループ全体の繰越欠損金という概念はなく、通算グループ内の個々の法人の繰越欠損金という考え方になります。ただし、連結納税制度と同様に、グループ全体で控除限度額(損金算入限度額)が計算されます。具体的には、通算グループ内の各法人の繰越控除前の所得の金額の50%相当額の合計額が控除限度額となります。所得の金額の50%というキャップは、個々の通算法人ごとに設定されるわけではなく、グループ全体での設定となる点に留意する必要があります。
ただし、中小法人等、更生法人等および新設法人については、通算グループ内の各法人の繰越控除前の所得の金額の100%相当額の合計額を限度として控除できます。中小法人等および新設法人の判定については、通算グループ内のいずれかの法人が(1社でも)中小法人等または新設法人に該当しない場合には、その通算グループ内の全ての法人が中小法人等または新設法人に該当しないこととされます(法法66条6項)。したがって、中小法人等、新設法人に該当するケースは相当限定されるため、以下の解説では各法人の繰越控除前の所得の金額の50%相当額の合計額が控除限度額となる前提で説明します。なお、更生法人等の判定については、個々の通算法人ごとに判定します。
2. 特定欠損金額と非特定欠損金額
連結納税制度と同様に、特定欠損金額と非特定欠損金額に分けられます(法法64条の7第1項、2項)。特定欠損金額は、その法人の所得を限度としてしか控除できない欠損金額です※。通算子法人の開始・加入前の欠損金額は、当該子法人の所得の金額を限度に繰越控除可能であるため、特定欠損金額です。また、通算親法人の開始前の繰越欠損金額は、連結納税制度とは異なり、通算親法人の所得の金額を限度にしか控除できないとされ、これも特定欠損金額になります。
グループ通算制度に移行する前に、連結納税制度を適用した法人の場合、連結納税制度では親法人の繰越欠損金はグループ全体で使用できる欠損金(非特定連結欠損金額)として取り扱われ、そのままグループ通算制度に移行すると、グループ通算制度の下でも非特定欠損金額として取り扱われます(令和2年改正法附則28条3項)。非特定欠損金額は、①連結納税制度からの引継ぎによるものと②グループ通算制度適用後に通算グループ内で生じた繰越欠損金額から成ります。
なお、同一事業年度において生じた欠損金額のうちに特定欠損金額と非特定欠損金額があるときは、まず特定欠損金額から控除に充てる優先順位となります。
3. 繰越欠損金の通算
欠損金額の控除限度額を通算グループ全体で計算するといっても、個別申告方式であるため、連結納税制度の控除額の計算方法とは内容が異なります。
繰越控除により損金算入する法人は、損益通算後の所得法人(黒字法人)に限られるため、繰越欠損金を有する法人とその繰越欠損金を損金算入する法人が同一とは限りません。繰越欠損金を有する法人が、その繰越欠損金を、他の黒字の通算法人に付け替えるケースが生じ得ます。これを繰越欠損金の授受といいます。ただし、この取扱いが適用されるのは、非特定欠損金額のみです。特定欠損金額は、自己の所得を限度としてしか使えません。
次のケースの場合、繰越欠損金を有するのはB法人ですが、繰越欠損金の控除を適用するのはA法人ということになります。
4. 繰越欠損金の通算に係る遮断措置
グループ通算制度の場合、税務調査等で通算法人の所得金額または過年度の欠損金額が事後的に増減した場合であっても、原則として、通算グループ内の他の法人には影響させません。この場合、一定の調整を行った上で、当該法人のみで欠損金の繰越控除額の再計算を行う仕組みとなっています(法法64条の5第5項、6項、64条の7第4項から7項)。
ただし、欠損金額の繰越制限を潜脱するため、または、離脱法人に欠損金額を帰属させるため、あえて誤った当初申告を行うなど法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるときは、税務署長の職権更正により、グループ内の繰越欠損金の通算額を再計算できるとされています(法法64条の7第8項)。
5. 繰越欠損金の控除の実務
(1) 繰越欠損金の控除の手順
繰越欠損金の控除は、次の手順により行います。
- 手順1
まず特定欠損金額を全体所得の50%の範囲内で、かつ、自己の欠損金控除前の所得金額(100%)の範囲で控除します。 - 手順2
残った特定欠損金額を翌期へ繰り越します。 - 手順3
非特定欠損金額について、全通算法人分を合計し、損金算入限度額の残額の比率で(黒字の)各通算法人に配賦します。損金算入限度額の残額については、後で説明します。 - 手順4
配賦後の欠損金額を全体所得の50%相当額の範囲内で繰越控除します。特定欠損金額の控除と非特定欠損金額の控除を合わせて全体所得の50%相当額の範囲内で繰越控除ですので、非特定欠損金額の控除限度額は、全体所得の50%相当額からその事業年度の特定欠損金額の控除額を控除した残額になります。 - 手順5
残った非特定欠損金額を翌期へ繰り越します。
(2) 特定欠損金額および非特定欠損金額の損金算入限度額
それぞれ次の算式で計算されます(法法64条の7第1項2号から4号)。
① 特定欠損金額の損金算入限度額
算式の分数が1を超える場合は、分数は1とされます。各通算法人の特定欠損金額のうち欠損控除前所得に達するまでの金額の合計額が、全体所得の50%相当額に満たない場合は、分数が1になりますので、個社の特定欠損金額は欠損控除前所得まで控除できることになります。分数が1に満たない場合は、全体所得の50%相当額を各通算法人の特定欠損金額の比率で配賦した金額が、特定欠損金額の損金算入限度額になります。
② 非特定欠損金額の損金算入限度額
通算グループ全体の非特定欠損金額の合計額を各通算法人の損金算入限度額の残額の比率で配分された金額が、非特定欠損金配賦額であり、次の算式で計算します。損金算入限度額の残額とは、各通算法人の損金算入限度額から特定欠損金額の損金算入額を控除した金額です。
また、非特定欠損金額の損金算入限度額は、次の算式で計算します
算式の分数が1を超える場合は、分数は1とされます。通算グループ全体の損金算入限度額の残額の合計額を、各通算法人のそれぞれの非特定欠損金額(配賦後)の比率で配賦した金額が、各通算法人の非特定欠損金額の損金算入限度額になります。
(3) 設例
以下、<設例1>により、解説します。
Ⅲ グループ通算制度における繰越欠損金に係る税効果会計の取扱い
企業会計基準委員会から、令和3年8月12日付で実務対応報告第42号「グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い」(以下、実務対応報告第42号)が公表されました。これにより、令和4年4月1日以後に開始する事業年度に連結納税制度からグループ通算制度へ移行することに対応して、グループ通算制度を適用する場合における法人税および地方法人税ならびに税効果会計の会計処理および開示の取扱いが明らかにされました。
実務対応報告第42号は、令和4年4月1日以後に開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用されます。ただし、税効果会計に関する会計処理および開示については、令和4年3月31日以後に終了する連結会計年度および事業年度の期末の連結財務諸表および個別財務諸表から適用することができるとされています。
本稿ではグループ通算制度に係る税効果会計に絞って解説します。実務対応報告第42号に示された設例を一部加工した<設例2>に基づいて、税務上の繰越欠損金に係る繰延税金資産の回収可能性の判断に係る具体例を示します。
なお、非特定欠損金額については、税務上、全通算法人分を合計し、損金算入限度額の残額(各通算法人の損金算入限度額から特定欠損金額の損金算入額を控除した金額)の比率で(黒字の)各通算法人に配分しますが、上記の表は回収可能見込額をとらえるためのものであるため、「翌期繰越欠損金額の算定手続における損金算入額」では実際に控除を行う会社に対応させて記載していません(実際は、190は全額P社の所得から控除されます)。
(注) 文中、法令条文等は、以下の通り略して表記しています。法法:法人税法
※ 特定欠損金額は、損益通算後の自己の所得を限度としてしか使えないという制約がかかる点に留意する必要がある。欠損金控除前所得金額は、損益通算のための益金算入・損金算入をした後の数字になるので、黒字法人の所得はその分減る。連結納税制度に比べて、グループ通算制度の場合は、特定欠損金額の控除額が少なくなる可能性がある。