会計上の見積りの開示に関する会計基準
情報センサー2022年2月号 企業会計ナビ ダイジェスト
EY新日本有限責任監査法人 企業会計ナビチーム 公認会計士 久保慎悟
大手食品製造業(IFRS)の監査業務、大手投資会社(IFRS)における連結決算支援に従事する傍らで、法人ウェブサイト(企業会計ナビ)での記事執筆、セミナー講師、書籍の執筆、雑誌への寄稿を行っている。主な著書(共著)に『現場の疑問に答える会計シリーズ7 Q&A純資産の会計実務』(中央経済社)などがある。
当法人ウェブサイト内の「企業会計ナビ」が発信しているナレッジのうち、解説シリーズを取り上げ、紹介します。今回は「解説シリーズ『会計上の見積りの開示に関する会計基準』」の一部を編集し、紹介します。
Ⅰ はじめに
2020年3月31日に、企業会計基準委員会(ASBJ)より企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(以下、本会計基準)が公表され、21年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末(早期適用を選択した場合には20年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末)に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用されています。
会計上の見積りは、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出するものですが、財務諸表に計上する金額に係る見積りの方法や、見積りの基礎となる情報が財務諸表作成時にどの程度入手可能であるかはさまざまであり、その結果、財務諸表に計上する金額の不確実性の程度もさまざまとなります。このため、財務諸表利用者にとって、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目の会計上の見積りの内容に関する情報等は、有用な情報となります。
Ⅱ 注記事項
1. 開示する項目の具体例
本会計基準では、個々の注記を拡充するものではなく、原則(開示目的)を示した上で、具体的な開示内容は企業の開示目的に照らして判断するものとされています(本会計基準第14項)。このため、本会計基準では開示する項目の具体例は示されていません。
なお、直近の市場価格により時価評価する資産及び負債の市場価格の変動は会計上の見積りに起因するものではないため、例えば、有価証券のうち、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」で定めるレベル1の時価で評価するものは、開示項目とはなりません。
2. 注記内容
(1) 注記の概要
会計上の見積りの開示は独立の注記項目として、識別した会計上の見積りの内容を表す項目名を注記します。識別した項目のそれぞれについて、注記する事項は<表1>の通りです(本会計基準第6項〜8項)。
なお、「当年度の財務諸表に計上した金額」については、財務諸表に表示された金額そのものではなく、会計上の見積りの開示の対象項目となった部分に係る計上額が開示される場合もあり得るとされています(本会計基準第27項)。例えば、貸借対照表において繰延税金資産と繰延税金負債とは相殺された後の金額が計上されますが、当該注記では相殺前の繰延税金資産の金額が記載される場合もあると考えられます。
(2) 会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報
会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報として、以下の1から3の注記事項が例示されています。ただし、これらはチェックリストとして用いられるものではなく、注記の内容は企業が開示目的に照らして判断することが必要です。
① 当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法
当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法については、単に会計基準等における取扱いを算出方法として記載するのではなく、企業の置かれている状況が理解できるように記載することが求められます(本会計基準第29項)。例えば、固定資産の減損損失が計上されている場合において、固定資産の減損を開示する項目として識別しているときは、当該減損損失の金額の算出方法(将来キャッシュ・フローの算出方法に関する情報)を開示することになります(なお、減損損失が計上されていなくても、固定資産の減損を開示する項目として識別している場合には一定の開示が必要となります)。より具体的にいえば、外食産業を営む会社であれば新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い営業時間を短縮している状況を記載した上で、当該状況を将来キャッシュ・フローの算定に当たりどのように反映させているか等を記載することが考えられます。
② 当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定
主要な仮定は、会計上の見積りに不可欠な構成要素です。例えば、固定資産の減損損失の測定において用いられる割引率や将来キャッシュ・フローの見積りにおいて前提となっている売上総利益率等が挙げられます。
当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定の情報を財務諸表利用者に開示することで、主要な仮定が妥当な水準又は範囲にあるかどうかについて判断するための有用な情報になると考えられます。主要な仮定については、当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法に対するインプットとして想定される数値(定量的な情報)もしくは当該定量的な情報の前提となった状況や判断の背景の説明(定性的な情報)又は定量的な情報と定性的な情報の双方の場合もあると考えられます(本会計基準第29項)。
例えば、将来キャッシュ・フローの算定における主要な仮定を売上高成長率としている場合、算定において参考とした外部の情報源(例えば業界の成長率等)の内容や、新型コロナウイルス感染症の拡大や終息による売上高の成長への影響(例えば、終息時期の見通しによる売上高増加に関する時期の仮定など)に対する経営者の判断について記載することが考えられます。
③ 翌年度の財務諸表に与える影響
翌年度の財務諸表に与える影響に関する情報は、当年度の財務諸表に計上した金額が翌年度にどのように変動する可能性があるのか、また、その発生可能性はどの程度なのかを、財務諸表利用者が理解する上で有用と考えられます(本会計基準第30項)。
また、翌年度の財務諸表に与える影響を定量的に示す場合には、単一の金額のほか、合理的に想定される金額の範囲を示すことも考えられます(本会計基準第30項)。例えば、固定資産の減損を開示する項目として識別している場合、主要な仮定の一つである売上高成長率について予測される変動範囲を示した上で、当該売上高成長率の変動に伴い発生が想定される減損損失の金額範囲を開示することが考えられます。
(3) 注記のイメージ
<図1>は固定資産の減損を注記項目とした場合のイメージを示したものです。