開示イニシアティブ-重要性の定義(IAS第1号及びIAS第8号の改訂)
情報センサー2019年2月号 IFRS実務講座
IFRSデスク 公認会計士 竹下 泰俊
当法人入所後、主として医薬品、化学品などの製造業、サービス業の会計監査に携わる。2017年よりIFRSデスクにて、自動車部品製造業などのIFRS導入支援業務、研修業務などに従事している。
Ⅰ はじめに
国際会計基準審議会(以下、IASB)は、2018年10月に「重要性がある」の定義を明確にし、IFRSのいずれの基準でもその定義が同じように適用されるように、IAS第1号「財務諸表の表示」及びIAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬(ごびゅう)」の改訂(以下、本改訂)を公表しました。
IASBは、財務報告におけるコミュニケーションを向上させるために、「財務報告におけるコミュニケーションの改善」を17年から21年のアジェンダの中心テーマに位置付けています。「開示イニシアティブ」は「財務報告に関するコミュニケーションの改善」の一環として、IFRS財務諸表における開示の有用性の改善を目的としています。
そのような中で、「重要性」を不適切に適用することが、開示の非有効性を生じさせている一つの要因であると考えられていました。実際に多くの企業が重要ではない情報を開示する一方で、別の重要な情報を省略している結果、意思決定における財務諸表の有用性が薄れているとの指摘がされていました。こうしたフィードバックに鑑み、IASBは「開示イニシアティブ」の一環として重要性を取り扱うプロジェクトに取り組みました。このプロジェクトには、IFRS実務記述書第2号「重要性の判断の行使」とIAS第1号及びIAS第8号における「重要性がある」の定義の改訂がありますが、本稿では、IAS第1号及びIAS第8号における「重要性がある」の定義の改訂内容について解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ 新しい「重要性がある」の定義
1. 新しい定義
IAS第1号7項及びIAS第8号5項では「項目の脱漏又は誤表示は、利用者が財務諸表を基礎として行う経済的意思決定に、単独で又は総体として影響を与える可能性がある場合には、重要性がある。」と定義されていました。また「重要性は、それを取り巻く状況において判断される脱漏や誤表示の大きさや性質により決定される。当該項目の大きさや性質、又はその両方が重要性を判断する要因となり得る。」とされていました。
新しい定義は「情報は、それを省略、誤表示又は覆い隠したときに、特定の報告企業の財務情報を提供する一般目的財務諸表の主要な利用者が当該財務諸表に基づいて行う意思決定に影響を与えると合理的に予想し得る場合には重要性がある」とされています。企業は、情報が単独でもしくは他の情報と組み合わせたときに財務諸表に関して重要性があるかどうかを評価することになります。情報の誤表示は、主要な財務諸表利用者が行う意思決定に影響を与えることが合理的に予想し得る場合には、重要性があります。
2. 情報を覆い隠す
IASBは、新しい定義に「情報を覆い隠す」という概念を組み込んでいます。この「情報を覆い隠す」という文言については、従来、定義には含まれていませんでしたが、IAS第1号30A項において、重要性のある情報を重要性のない情報で覆い隠すことが財務諸表の理解可能性を低下させると述べていました。本改訂では、この「情報を覆い隠す」という概念を「重要性」の定義で言及することによって、「省略することができない重要性がある情報にのみ焦点を当てて、重要性がない情報を含めることが何故財務諸表利用者の意思決定を誤らせることになるかについては焦点を当てていない」と、財務諸表利用者が受け取る懸念に対処しています。本改訂では、情報が省略又は誤表示と同じような影響を及ぼす方法で提供される場合には「情報は覆い隠される」と説明しています。
本改訂には、重要性がある情報が覆い隠されることになる状況の例が織り込まれています。例えば以下のような例示が織り込まれています。
- 重要性がある項目、取引又はその他の事象に関する情報が財務諸表全体に分散している
- 曖昧もしくは不明瞭な表現を用いて開示される
- 類似性に欠ける項目、取引又はその他の事象が不適切に集約されている
- 類似性がある項目が不適切に分解されている
3. 新たな重要性の閾値(いきち)
新しい「重要性がある」の定義では、「影響を与える可能性がある」という閾値を廃止し、「影響を与えると合理的に予想し得る」という閾値に置き換わっています。改訂後の定義では、重要性の評価は、主要な利用者が経済的意思決定を行う際にどのように影響されるかを合理的に予想し得るかどうかを考慮に入れる必要があります。この改訂は、従来の「影響を与える可能性がある」という閾値があまりにも低すぎることで、重要性があると判断される範囲が広範囲に及びすぎる可能性があり、その結果、主要な財務諸表利用者の意思決定に影響を及ぼし得ない情報までもが財務諸表に含まれてしまうという懸念に対処することを意図したものです。
本改訂により、情報が主要な利用者の意思決定に影響を与えると合理的に予想し得る可能性があるかどうか評価する際に、企業は、利用者の特性だけでなく自己の状況も検討しなければならないことが明確化されました。
4. 財務諸表の主要な利用者
現行の定義は、「利用者」に言及しているものの、その特徴を特定しておらず、企業がどの情報を開示すべきかを決定する際に可能な限り全ての財務諸表利用者を考慮する必要があると解釈される可能性がありました。従って、「利用者」という用語はあまりに幅広く解釈される可能性があるという懸念を受けて、新しい定義では「主要な利用者」とすることにしました。
本改訂では、現在及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者の多くは、企業に直接情報提供を要求することができず、必要とする情報の多くを一般目的財務諸表に依拠しなければならないと説明しています。従って、このような人々が一般目的財務諸表の主要な利用者になります。
Ⅲ 発効日及び経過措置
改訂後のIAS第1号及びIAS第8号の改訂は、20年1月1日以後開始する事業年度から適用されます。当該改訂は将来に向かって適用され、早期適用も容認されます。