IASBによる財務諸表の開示に関する検討状況-開示の原則に関するプロジェクト
情報センサー2017年7月号 IFRS実務講座
IFRSデスク 公認会計士 長瀬充明
国内監査部門にて卸売業、製造業、サービス業などの上場企業の会計監査に従事。その後IFRSデスクに異動し、IFRS導入支援、セミナー講師、執筆などを担当している。
Ⅰ はじめに
国際会計基準審議会(IASB)は現在、財務諸表の開示を向上させるためのプロジェクト(財務報告におけるコミュニケーションの改善)に取り組んでいます。当該プロジェクトは、損益計算書等、基本財務諸表の改善を図るための「基本財務諸表プロジェクト」、財務諸表の開示の充実を図るための「開示イニシアティブ」及び「IFRSタクソノミ」の三つに焦点が当てられています。前号では、これらの中から「基本財務諸表プロジェクト」について解説しました。
IASBは、17年3月31日にディスカッション・ペーパー「開示イニシアティブ-開示の原則」(以下、DP)を公表しました。以下では当該DPの内容を踏まえて、IASBが認識している財務諸表における開示の課題及び開示の原則に関する議論の動向について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ 財務諸表における開示の課題とその背景
IASBは、これまでのリサーチ活動等を通じて財務諸表の開示に関する三つの課題を提起しており(<表1>参照)、開示の課題の主な原因として、財務諸表において開示すべき情報を決定する際に、困難を伴う多くの判断が求められることを挙げています。こうした困難さが生じる背景には、財務諸表の作成者(以下、作成者)や監査人が、財務諸表を法令遵守のための書類(コンプライアンス・ドキュメント)として捉える傾向にあり、IFRSの開示規定が財務諸表における開示のチェックリストとして機械的に適用されているとの指摘が寄せられています。また、現行の一部のIFRSでは開示の目的が明確でないことから、IFRSで期待されている、財務諸表の利用者(以下、利用者)にとっての有用な開示(目的適合性)を行うための判断がうまく機能していないと指摘されています。その結果、会社の状況を踏まえた開示が行われていない、あるいは追加的な情報が開示されていない状況につながっていると考えられています。
Ⅲ 財務諸表における開示の原則とその展望
IASBは、前記Ⅱで示した背景から、財務諸表において開示すべき情報を決定する際の企業の判断を有効に機能させるために、「開示の原則」を開発することを提案しています。具体的には、<図1>で示している四つのテーマについて検討が行われることになります。これらを踏まえて、全般的な開示規定を定めているIAS第1号「財務諸表の表示」の改訂もしくはIAS第1号に置き換わる開示に関する新たな基準の開発を進めることが提案されています。その際には、現在、IASBが主要プロジェクトとして審議している概念フレームワークの改訂内容も考慮されることになります。
Ⅳ おわりに
現行のIFRSは、企業に対して利用者の意思決定に有用となる情報の提供を求めており、企業は開示すべき情報の決定に際して多くの判断が求められています。
しかし、現行の仕組みでは、開示規定の機械的な対応に重きが置かれ、IFRSの多くの開示規定がチェックリストのように一律に適用される傾向にあります。その結果、財務諸表の開示量の増加を招き、過重な実務負担を生じさせるだけでなく、開示の複雑化により利用者が財務諸表を理解することが困難になっているとの批判が寄せられています。
今号で示した「開示イニシアティブ」では、こうした状況を改善し、財務諸表が利用者との有効なコミュニケーション・ツールとして位置付けられるようにするために、財務諸表で提供される情報の役割が議論されることになります。また、そこでの議論は、将来における開示に関する基準開発の在り方も含まれることになります。
財務諸表における開示を向上させるためには、財務諸表で提供される情報の利用価値に関して各当事者の視点から活発な議論が必要になると考えられ、作成者、利用者、監査人、規制当局全ての利害関係者からのフィードバックが期待されます。