寄稿記事
掲載紙:2024年3月、International Banking Review 2024/25
執筆者:EY ストラテジー・アンド・コンサルティング 平林 知高
地域金融機関を取り巻く環境
2020年初頭に新型コロナウイルス(Covid-19)の感染拡大に伴い、世界の経済活動が停滞し、日本も同様に経済活動の一時的な停滞が発生しました。こうした事態の影響を受け、日本政府は新型コロナウイルスによる影響を受けた中小企業を対象に、貸出後3年間利息を免除、返済も猶予するという制度融資(ゼロゼロ融資)を日本政策金融公庫、商工組合中央金庫を通じて開始しました。2020年3月から融資を実施しました1が、申し込みが殺到したことを受け、5月からは信用保証制度を利用した都道府県等の制度融資への補助を通じて、民間金融機関でも同様の融資の取り扱いを開始しました2。
こうしたコロナ禍の融資実績の積み上がりとCovid-19の感染が収束に向かいつつある中での資金需要の高まりを受け、2023年3月末の地方銀行99行の中小企業向け貸出残高は302兆円と前年比5%増加となっています。2011年3月末に201兆円だった地方銀行の貸出残高は12年間で100兆円増加し、1.5倍となりました。同期間に2割超の貸出残高を増加させた都市銀行と比較しても大きな伸びを記録していることがわかります3。
地域金融機関に求められる役割の変化
Covid-19の感染拡大により移動の制約を余儀なくされる等、大きく変わる環境下で地域金融機関に求められる役割にも変化が生じてきています。
その1つの動きとして、地方銀行が設立する地域商社を通じた地域の企業支援が挙げられます。この地域商社には、地域の優れた産品・サービスの新たな販路開拓・ブランディングにより、従来以上の収益を引き出し、得られた知見や収益を地域に還元していくことが期待されているほか、眠った資源の掘り起こしから人材育成、関係人口の拡大など、その期待値は多岐にわたっています。
地域商社の設立は、2019年に改正された監督指針(主要行等向けの総合的な監督指針および中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針)において、銀行業高度化等会社の審査目線の明確化および地域商社への出資が明確化されたことで、加速化しました4。さらに、コロナ禍における地域企業の収益の悪化に伴い、地域企業に融資をしている地方銀行は、地域企業の新商品開発や販路拡大などの経営支援機能を強化しなければ、自身の貸出債権に影響が及ぶことも、地域商社を通じた支援を加速化させたといえるでしょう。
さらに、2021年5月に再度銀行法の改正が行われ、「業務範囲規制の見直し」と「出資規制の見直し」を実施しています。これは、コロナ禍の影響も鑑みて、デジタル化や地方創生等の持続可能な社会の構築を実現するために、限定されていた「銀行本体」および「銀行の子会社・兄弟会社」への業務範囲の緩和がなされたほか、出資規制では、銀行が出資を通じて地域の「面的再生」などを幅広く支援することができるよう、非上場の地域活性化事業会社に対する議決権100%の出資を可能とするなどの措置がなされました5。
こうした規制緩和等を受け、地域金融機関では、地域商社の設立の加速化、登録型人材派遣、幅広い分野へのコンサルティング業務への取り組みが開始されています。
Digital Transformation(DX)を見据えた地域の動き
Covid-19の感染拡大を受け、これまでも進められてきたデジタル化の動きは、「非接触」、「非対面」というキーワードにより、これまでデジタル化を躊躇していた企業も対応を迫られ、一気に加速したといえます。特にCovid-19により甚大な影響を受けた観光関連産業においては、デジタル化を通じたデータのデジタル化とそのデータを地域として収集し、いかにして利用していくかが大きな課題となっており、各地域でデジタル化、DXに向けた取り組みが始まりつつあります。
例えば兵庫県の城崎温泉では、地域の旅館やホテルでの予約管理等の目的で導入されているPMS(Property Management System)のデータを地域に集約し、エリアの予約状況を可視化し、数カ月先までの需要予測を可能とする取り組みを開始しています。需要予測が可能となることで、従業員のシフトや仕入れの見込み、さらには収益の最大化に向けたレベニュー・マネジメントにも利用することができ、地域全体での収益向上、企業の収益向上・生産性向上に寄与することが期待されています6。
こうした地域の事業者が自らのデータを地域に提供し、エリアの需要を可視化する取り組みは、アイデアが出ては立ち消えになる等の繰り返しが続いているといえます。理由は、地域での合意形成がうまく調整できない、自社のデータを他者に公開することへの抵抗等、データ提供が進まないことが大きな要因であるといえます。もちろん、活用の際には、秘匿化されたデータとして利用されるのですが、地域内の競合との競争が念頭にあり、データ提供への抵抗感は根強い。消費のデータも含めたPOS(Point of Sales)データが地域に還元されれば、地域の消費額が明らかとなり、地域の市場規模が把握可能となります。宿泊の状況が分かれば、外からの需要の把握が可能となり、新規のビジネスへの期待も高まり、新規参入の可能性も高まると考えられます。しかしながら、理屈ではわかっていても、なかなか地域で進まないのが実態となっています。
地域活性化に向けた地域金融機関の役割
地域金融機関にとって、地域の中小企業支援は自らの成長にとっても、地域の成長にとっても重要な位置付けです。企業の成長を支援していくためには、その企業の経営状況をタイムリーに把握することが重要です。しかしながら、金融機関が把握できるのは、年に一度の決算書データ、もしくは定期的に提供を求める試算表、あるいはメインバンクであれば口座の入出金状況等に限られています。仮に、より動的なデータをタイムリーに把握することができれば、中小企業に対する支援の方向性も大きく変わっていくと考えられます。
動的なデータの取得にあたっては、FinTechの文脈で、EC事業者がECサイトのトランザクションデータ等を活用したトランザクションレンディングを実施していますが、オンラインでの取引に限定されることから、地域の中小企業支援という観点からは、十分とはいえないでしょう。
先に見たように、地域のデータの可視化が進まない理由の1つに、企業がデータを提供しないという課題がありました。中小企業にとって、事業拡大に向けての設備投資や運転資金の確保は常に課題となります。例えば、金融機関が日々の企業のトランザクションデータの提供を促し、そのデータを活用した融資につなげていくことができれば、地域の成長に向けて、資金提供のみならず、経営のアドバイスにもつなげることが可能となります。
具体的にユースケースを考えてみましょう。コロナ禍における中小企業支援策であったゼロゼロ融資の結果、特に経営への影響が甚大であったツーリズム関連産業の債務償還年数は、コロナ前の水準を上回る状況となり、急回復するツーリズム市場の成長の妨げとなる可能性があります。仮に、地域の数カ月先の予約の状況や稼働率、平均客室単価(ADR)等がタイムリーに把握できれば、追加の運転資金も出しやすくなるでしょう。また、こうしたデータをもとに宿泊施設とのコミュニケーションを深めれば、数年先の需要を見越した上で、設備資金も不動産担保に依存せずとも貸出しやすくなる可能性が高まります。
前向きな資金提供だけではありません。仮に企業の状況が悪化すれば、いち早く金融機関が察知でき、資金繰り緩和のためのリスケ支援や経営支援も容易になり、債権保全の観点からもプラスのメリットがあると考えられます。
【図1産業・資本規模別 債務償還年数推移】
地域のデータが可視化されることの意味
地域の状況が可視化されることの意味は、地域経済をけん引する地域の中小企業への金融支援を通じた、さらなる地域経済の成長へつなげることです。地域の予測も含めた経済状況が可視化されれば、外からの投資を呼び込むことにもつながります。そういう意味で、スタートアップ参入のエコシステム形成にもつながる可能性を秘めています。
まさに地域金融機関が地域とともに地域のデータを収集・集約し、かつ、そのデータを活用して地域のさらなる活性化、企業支援を促すことで地域経済が循環する経済モデルの構築が可能となります。
人口減少、少子高齢化のトレンドを踏まえた場合、地域経済を維持していくためには、①域外の需要に対して、域外に商品を販売していく(輸出・移出)、②域外の需要を域内に取り込み、域内で消費させる(ツーリズム)、の大きく2つしか考え方はありません。コロナ禍では、地域中小企業の商品開発支援や販路開拓支援を実施すべく、前者に重点を置いた地域商社としての役割を加速化してきましたが、地域金融機関の性質を踏まえると、後者の視点をいかに捉えておくかも重要であるといえます。
いかにして外の需要を域内に取り込み、域内で消費してもらうか。これ自体がツーリズムそのものでありますが、関係するのは宿泊事業者や飲食、小売店だけではありません。住民以外の外からの人に対して、商品・サービスを提供するわけですから、あらゆる産業が関係します。データによりニーズを把握し、新たな商品・サービスを開発していく、イノベーションの源泉にもなりうるといえます。
この仕組みづくりを地域金融機関が地域とともに主導することで、本当の意味で、地域が一体となり、地域の資源を活用し、地域の持続的な成長につなげていく、リ・ジェネラティブな経済成長を促進していくことが求められているといえます。
【図2 データ活用型リ・ジェネラティブ経済成長モデル】
※この記事はInternational Banking Review 2024/25(Beaumont Capital Markets, 2024年3月)に寄稿した記事の日本語版です。International Fintech Review は、グローバルな金融業界や各国市場の主要な課題や動向に焦点を当て、金融ビジネス機会への知見を提供します。
beaumont-capitalmarkets.co.uk/wp-content/uploads/2024/04/BankingFullBookCompressed.pdf
1 2023年3月末時点で、日本政策金融公庫の累計貸付額は16兆8684億円(1,148,337件)、貸付残高は12兆4411億円(954,236件)。商工組合中央金庫の類型貸付額は、2兆5680億円(38,864件)、貸付残高は1兆8673億円(35,031件)となっている。
会計検査院「令和4年度決算検査報告」 www.jbaudit.go.jp/report/new/all/pdf/fy04_09_04.pdf(2023年12月14日アクセス)
2 民間金融機関のゼロゼロ融資の保証残高は、2021年5月に20兆円を超えたのをピークに、徐々に減少し、2023年8月時点で約14.5兆円の保証残高。
中小企業庁「中小企業政策審議会金融小委員会(第11回)」事務局説明資料 www.chusho.meti.go.jp/koukai/shingikai/kinyu/011/02.pdf(2023年12月14日アクセス)
3 日本経済新聞「地銀の貸出金300兆円突破、ゼロゼロ融資の返済本格化へ」(2023年6月15日)
4 金融庁「金融機関の業務範囲等に関する新たな規制緩和」(2020年1月6日)www.fsa.go.jp/frtc/kikou/2019/20200106_P38-42.pdf(2023年12月14日アクセス)
5 金融庁「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して 金融の機能の強化及び安定の確保を図るための 銀行法等の一部を改正する法律案 説明資料」(2021年3月)www.fsa.go.jp/common/diet/204/01/setsumei.pdf(2023年12月14日アクセス)
6 EMIRA「兵庫・城崎温泉は“共存共栄の精神”で観光DXを推進し、経営を改善!」(2023年12月)
emira-t.jp/special/23464/(2023年12月14日アクセス)
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