EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
TMT業界では生成AIの活用が進んでおり、業務効率化のみならず、ビジネスモデル変革においても幅広い役割を果たしています。一方、生成AI活用が先行している企業では、経営管理上の課題が明らかになりつつあります。導入が遅れがちといわれる日本企業にとって先行企業が直面する課題は参考になるでしょう。
先行する企業では、AIを業務改善ツールとして位置付けるだけでなく、AIを中心に据えた事業の在り方全体を再考しています。
生成AIがもたらす機会や課題に対応していくためには、ユースケースのPoCを回し続けることにとどまらず、ビジネスモデルの再考、ガバナンスの改善、スキルの一元化までを含めた目線の高さが求められます。IT・デジタル部門に丸投げではなく、経営層のコミットメントの下に設置されたAIコントロールタワーが変革を推進するといった取り組みが日本企業にも求められるのではないでしょうか。
生成AIの世界が形を成してくると、TMT企業は、生成AIを自社のサービスポートフォリオに組み込んだり、社内のデジタル化ロードマップへと展開することで、重要な役割を果たすようになるでしょう。生成AIが持つ変革の可能性や利用することで生じる急加速は、組織の制約から規制上の不確実性まで、さまざまな課題も引き起こします。これらの複雑な要因を念頭に置いて、EYは、TMT企業が生成AIの将来性を長期的価値に変えるために取り組むべき5つの課題を特定しました。
TMT企業は、生成AI革命の最前線に立つことになります。多数のテクノロジープロバイダーが、顧客が生成AIソリューションを利用できるようにし、テレコム企業が主要なインフラストラクチャーを提供します。メディア・エンターテインメント企業にとって、生成AIはビジネスモデルの革新と破壊の両方を引き起こすでしょう。
また、この3セクター全体にわたって、各組織は「従来型」のAIのメリットを基盤にして、社内システムやプロセスの変革に生成AIを活用することができます。この点で、TMT企業は他の業界と比較して有望な立場にあります。これは、テクノロジー企業を中心に生成AIの導入が進んでいることからも明らかです。メディア・エンターテインメント企業が唯一、従業員の利用率において全体の平均を下回っていますが、これは従業員の抵抗感が大きいことを示しているといえるかもしれません。しかし総合的に考えると、TMT企業は生成AIを社内に展開したり、自社の製品やサービスに組み込みやすい立場にあります。
利用水準の上昇の背景には、継続的な投資があります。TMT企業の45%がAI主導のイノベーションに投資しており、AIを通じた製品やサービスの変更はすでに資本配分プロセスに統合されています。さらに、46%が今後12カ月以内に多額の設備投資を計画しています2。このように、TMT企業は生成AIを活用して経済全体に利益をもたらす絶好の立場にあります。生成AIは破壊的な変化をもたらす可能性を秘めていますが、TMT企業はこれまで、技術サイクルの変化とそれによって生じる圧力に適応してきました。TMT企業は、今後を見据えて、すでに保有しているAI機能の一部として、生成AIを最大限活用する方法に注力する必要があります。
TMT企業は、短期的にも長期的にも生成AIからどのようなメリットを得られるかを模索する際に、成長と効率化の両方を実現するユースケースを検討する必要があります。優れたユースケースクラスターには、次のようなものがあります。
ユースケースのニーズは、セクターによって異なります。テクノロジー企業は、生成AIを活用して既存のプラットフォーム製品を強化することに注力し、自社の製品ポートフォリオにおいて他の先端テクノロジーとの最も有望な周辺領域がどこにあるかを模索するでしょう。テレコム企業は、生成AIが既存の顧客ケアに関するチャネル、システム、プロセスをどのように強化または代替できるかに注力します。そしてメディアプロバイダーは、コンテンツの作成からキュレーション、配信に至るまで、コンテンツのライフサイクルのあらゆる段階で生成AIの具体的な役割を検討するとみられます。
TMT企業が他の業界よりも生成AI採用の道を先行しているという事実は、つまり、その過程で遭遇する課題もTMT企業が最初に経験するということです。実際、 TMT企業の68%(PDF参照) はAI利用による意図せぬ結果を管理するために実施している措置はまだ不十分と考えており、「先行者」の利点に付随する責任が浮き彫りになっています。EYは、経営管理上の注意を必要とする主な課題として、以下を挙げています。
組織は、セクター固有の課題も考慮する必要があります。例えばテレコム企業は、生成AIの採用が将来のネットワーク負荷と、関連する投資コミットメントにどのような影響を与えるかを検討しなければなりません。メディア企業は、これまでの技術サイクルと同様に、他の業界よりも先にビジネスモデルの破壊的な混乱を経験する可能性があり、テクノロジー企業は、生成AIプラットフォームソリューションのグローバル化を目指す中で、最も規制の不確実性のあおりを受けるかもしれません。
これらの微妙な違いはあるにせよ、TMT企業は、倫理的リスクに対処するために、他の業界関係者とさらに協力する必要があると認識しています。CEOの74%は、ビジネス界はAIの倫理的影響を注意深く見守る必要があり、その利用により私たちの生活の重要な領域がどのように影響されるのかを考慮すべきであると考えています6。このような共通のコミットメントの感覚は、エコシステム戦略にとって重要な意味を持ちます。
TMT企業の30%は、すでにAIの採用と活用に特化したグループを擁しており7、生成AIは、すべての企業がさらに前進し、AIコントロールタワーを設置するきっかけとして機能するはずです。これは、ユースケースの実験にとどまらず、ビジネスモデルの再考、ガバナンスの改善、スキルの一元化に役立ちます。コントロールタワーグループは、ビジネスユニットの責任者とその他の関連する経営陣の役割(最高デジタル責任者や最高データ責任者など)を組み合わせて構成することができ、破壊的リスク、人材要件、データガバナンスのニーズを評価しながら、生成AIの機会を特定して優先順位を付けます。
経営幹部の適任者をAIリーダーに任命し、コントロールタワーの活動を計画して、既存のデジタル・ビジネスユニットやセンター・オブ・エクセレンスなど、社内の他部門と調整を図ります。コントロールタワーの活動が、組織全体のビジネス戦略やテクノロジー戦略に沿っていることを確認します。
必要な関連スキルと直ちに埋めるべきスキルギャップを特定し、AIリーダーに報告する新しい役割を検討します。同時に、生成AIのビジネス面と技術面でチームをトレーニングし、長期的なリスキリングの必要性を啓発するような基本原則を効果的に活用しましょう。
対象を絞った生成AIの機会のポートフォリオを開発します。その一環として、既存のAIユースケースのカタログを再検討し、可能であれば生成AIを組み込める機会を特定します。影響、複雑さ、拡張性、市場投入までの時間などの指標に基づいて、生成AIのユースケースに優先順位を付けます。即効性のあるユースケース(quick win)と、より複雑なユースケースを適度に組み合わせたものを選択します。
また、生成AIベースの製品を企業に提供するテクノロジー企業は、商業的原則を前もって検討する必要があります。これには、生成AIをスタンドアロン製品として販売するか、既存のサービスパッケージに組み込むか、最初に設定する最適価格モデル(無料トライアルや段階的な価格設定から価値ベースの価格設定まで)が含まれます。
生成AIが生産性を向上させ、ビジネスモデルを刷新する可能性を実現するには、新しい働き方が不可欠です。生成AIを利用することでビジネス機能間のやり取りはよりシームレスになり、役割や責任は時間の経過とともに進化するでしょう。組織の構造とプロセスには、これらの新しい働き方を反映させる必要があります。生成AIが仕事を奪うのではなく、従業員を力強く後押しすることで、これまでは分断化されていたチーム間で新たに情報交換できるようになります。TMTの従業員から寄せられた初期の反応は肯定的で、51%が仕事の進め方に全体としてはプラスの影響があると予想しています8。
従業員の抵抗を軽減するために、独自の企業データを利用して小規模なパイロットプロジェクトを立ち上げ、生成AIソリューションをテストしてフィードバックを収集します。この結果を利用して、生成AIが既存のプロセスを強化し、従業員の効率を向上させ、能力を強化する方法を示します。
AIコントロールタワーがビジネスの他の部門と緊密に連携して、適切な内部フィードバックループを構築していることを確認します。生成AIがどのように展開され、基盤となるデータセットが使用されているかを説明することで、あらゆる階層の従業員が、自分もその取り組みの一端を担っていると感じられるようにすることが大切です。これがAI利用をベースとした成果物に対する信用と信頼の構築につながります。
経営陣はワークフローがどのように変化しているかを明確に伝え、事業部門のリーダーらは定期的にミーティングを行い、進捗状況と将来の計画を共有します。コラボレーションツールとしての役割を強調することで、AIを、抵抗を招くかもしれない心配の種から成長の機会に変えることができます。
テクノロジー大手やハイパースケーラーと呼ばれる大規模なクラウド企業からネットワーク機器ベンダーやテレコム企業に至るまで、TMT企業はエコシステムのオーケストレーターとしての地位を確立しています。その経験からTMTは有利な立場になり得ますが、それはまた同時に、既存のエコシステム構造をどのように適応させれば良いかを検討する必要がある、ということでもあります。まずは能力のギャップを評価し、エコシステム戦略を進化していくAIがもたらす機会に対応させること、また、最先端の研究と知識を活用する新しい方法を探ることからから始めましょう。
既存のパートナーエコシステムとのAIに関する議論を優先し、生成AIにおける相互の関心領域と協力の可能性を明らかにします。AIパートナーの状況を継続的に監視し、新たな機会を探ることが重要です。スタートアップ企業、同業他社、学術機関など、生成AIの取り組みを強化できる新しいパートナーを特定してください。一方、テクノロジー企業は、さまざまな業界の企業と提携して、カスタマイズされたドメイン特化型の大規模言語モデル(LLM)と独自のナレッジグラフを作成できます。これらは、パブリックモデルと統合することも、サービスとして提供することも可能です。
インフラストラクチャー(コンピューティング施設、クラウド、データ)、モデル、アプリケーション開発などのさまざまな階層にわたって生成AIの準備状況を評価し、パートナーシップが果たせる役割を特定します。既存の事前トレーニング済みモデルとデータエコシステムに接続して、ユースケースを探索しましょう。TMT企業は終始一貫して、エコシステムのパートナーがデータを安全に共有し、統合プロトコルを採用していることを確認しなければなりません。
多くのTMT企業がAIの倫理的な枠組みを設計しましたが、生成AIはまったく新しい倫理的ジレンマと安全保障上のリスクを生み出します。TMT企業は、知的財産や著作権の問題、偽のコンテンツ、LLMをトレーニングする際のセキュリティやデータプライバシーなど、AIが生成したコンテンツに関するステークホルダーの懸念に対処する必要があります。従業員の懸念も同様に重要です。クリエイティブ業界における興味深い例として、アーティスト、パフォーマー、作家、アスリート向けのAIのベストプラクティスを提唱する「Human Artistry Campaign」があります9。AIの規制状況が進化を続ける中、政策立案者と定期的に対話を持つことは不可欠です。また、AIに特化した規制がない場合、TMT企業は自社のAIアプリケーションへの信頼を築くために、堅固なガバナンスを重視する必要があります。
生成AIから生じる新たなリスクを特定し、そのリスクを軽減するツールを実装します。倫理的なAI手続きを実行・監督するチームと、それらを監視・監査する方法を確立します。LLMを立ち上げる前に、モデルのハルシネーション(幻覚:事実と異なる情報をもっともらしく生成すること)、ジェイルブレーキング(脱獄:あらかじめ設けられた制限を非正規に解除し有害情報を生成すること)、不適切なコンテンツ、その他の法的リスクや風評リスクについてストレステストを行います。
生成AIの採用をさらに促すには、生成AIのデータプライバシーに関する懸念に対処しなければなりません。企業は、テクノロジー企業が自社の独自データを一般的なLLMのトレーニングに使用したり、モデルのトレーニング中に機密情報を誤って漏えいすることがないよう保証する必要があります。コンテンツ発行者は、ディープフェイクの音声や動画、テキストなどのコンテンツを追跡・制御するための解決策に、優先的に取り組むべきでしょう。
AIが生成したコンテンツのラベル付けといった現在のソリューションを模索し、従業員の教育とスキルアップのための倫理的なAIトレーニングプログラムを検討します。アウトプットの確率的な性質を考慮した統制と、結果の品質と堅牢性を検証する方法を構築するようにしてください。
生成AIの技術は急速に進化しています。選択肢を広げておくことは大切ですが、より広範なテクノロジートランスフォーメーション・プログラムの中で生成AIをどのように活用するのが最適かを理解することが、長期的価値を創造する上で何よりも重要です。TMT企業の多くは、トランスフォーメーションを加速させるために、クラウド、エッジコンピューティング、量子コンピューティングなど、さまざまな先端テクノロジーを次々に導入しています。生成AIは単独で扱うものではなく、他の先端テクノロジーへの追加投資として扱うべきです。
ビジネス戦略に基づいて導入するテクノロジーの優先順位を決め、テクノロジーロードマップが、選択した生成AIのパイロット版と同期していることを確認します。特定のドメインにおいて特定されたユースケース向けのデータセットを準備してください。クラウドとコンピューティングインフラストラクチャーの可用性を確保して、独自のデータを使用して小規模な生成AIソリューションのセットをテストします。生成AIソリューションを提供するテクノロジー企業は、生成AIソリューションの力を実証するために合成データセットを提供できます。
生成AIソリューションを、コンテンツ管理、顧客関係管理(CRM)、エンタープライズ・リソース・プランニング(ERP)システムなどの既存のテクノロジースタックとどのように統合するかを検討してください。インフラストラクチャーに関しては、フルスタックの基盤モデルを実行する場所には柔軟性を持たせるようにします。
TMT企業は、生成AIの採用で圧倒的にリードしており、この画期的なテクノロジーから価値を生み出すのに有利な立場にあります。しかし、そのためには、生成AIがもたらす新たな課題や試練を乗り越える先陣とならなければなりません。
ここで紹介した、取り組むべき5つの課題は、TMT企業がまさに先陣となる上で役立てることができます。生成AIの能力を開発する際は、今すぐできることに集中し、その後のステップを計画する必要があります。生成AIは、世界を変えるでしょう。TMT企業は、確実に自らとそのステークホルダーの価値を最大化することができます。