ケーススタディ

地域住民と産学官パートナーシップにより持続可能なまちづくりを実現する塩尻市の事業推進モデル

長野県塩尻市はEYと連携し、MaaSや自動運転を中核とした交通DXを推進。地域住民はもちろん、企業や国・自治体、学術・研究機関との実践的な連携により自律・自立的に持続可能な価値共創モデルの構築を目指しています。

The better the question

中小規模の自治体における交通課題解決に向けてどのようにアプローチすべきでしょうか?

移動ニーズに応じた公共サービスに関し、需要と供給のアンバランスが生じていた塩尻市。事業の適正化に向けて、テクノロジーを活用した変革に乗り出しました。

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官民連携の力で、MaaS、自動運転を推進

長野県中部に位置し、人口約6万7,000人を抱える塩尻市。古くから交通の要所として栄え、戦後には製造業が発展したことから、人口増の状態が続いてきました。自家用車が普及している同市では、民間事業者による路線バスが1999年に撤退。その後、市によるコミュニティバスの運営が始まりましたが、需給不均衡による財政の圧迫が進んでいました。
具体的には、市営バスの運行費を乗客の利用料で賄うことができず、赤字分は市と国が補填。利用は減少する一方、住民の要望に応える形で路線やバス停は増え、2000年以降は赤字が拡大。他方、免許返納者や観光客など、自家用車以外での移動ニーズも一定数存在し、交通を取り巻く複雑な状況とどう向き合うべきか。その課題は20年間放置されていたのです。

こうした背景から、テクノロジーによる課題解決を模索し始めた塩尻市。

「地方自治体が置かれている現状への漠然とした危機感はあるものの、職員はインプットを得る機会が限られており、先端技術やその取り入れ方に必ずしも十分に精通しているわけではありません。多くの場合、大企業の協力を得ることで状況を打開しようとします。しかし、サービスを“ただ買って取り入れる”だけでは、地域固有の課題に本質的にアプローチできません。塩尻市は、サービスを“作る”ことを目指し、対等にアライアンスを組み、協働出来る企業を探していました」と、塩尻市 産業振興事業部 先端産業振興室の太田 幸一氏は当時を振り返ります。

同市では、就労に時間制約のある人が安心して働けるよう、2010年より市が100%出資する一般財団法人 塩尻市振興公社を運営主体とする自営型テレワーク推進事業「KADO」を展開しており、企業との関係構築の素地が整っていました。そうした中で浮上したのが「交通デジタル・トランスフォーメーション(交通DX)」というキーワードです。

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「2019年春、KADOを通じて関係のあった企業と、共に交通DXを仕掛けていく話が持ち上がりました。KADOではすでに、自動運転で用いる高精度3次元地図の作製を受託しており、住民の方々の技術へのリテラシーが高まっていたことが、きっかけになったのです。当初は自動運転の知見はゼロでしたが、1年間着々と準備を進め、2020年1月に自動運転技術の実用化に向けた包括連携協定を、6社の企業と締結。さらにAI活用型オンデマンドバスなども視野に入れた『塩尻MaaSプロジェクト※1』もスタートしました」

塩尻市にとって、最初のトランスフォーメーションは、パートナー企業と連携して自らの課題の特定と解決を、テクノロジーを活用して取り組み始める、ということでした。


交通課題についての意識はあったものの、どう変えていけばいいのか、模索を続けていた、というのが背景にありました

※1 MaaS: 公共交通を含めた、自家用車以外の全ての交通手段による移動を1つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ移動の概念、またそれを目的としたサービス


住民の声を正しく聞き、本質的な課題を追求 地域の主体性を保ちつつ、民間の専門性をフル活用し、必要な住民サービスにつなげる

The better the answer

住民の声を正しく聞き、本質的な課題を追求 地域の主体性を保ちつつ、民間の専門性をフル活用し、必要な住民サービスにつなげる

早期から取り組み始めた交通DX。他地域の先行事例が乏しい中で、塩尻市は、より高度な専門性を有するパートナー企業を探していきます。

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他人任せでなく、価値観を共有できる関係を目指して

こうして始動した塩尻市の交通DX。「さらなる変革への着手に向けて、新たなパートナー企業が必要になった」と、太田氏は続けます。

「早々に自動運転の実証実験を始めたものの、知見が足りないことに気付かされました。
そもそもMaaSの成功事例が国内では少なく、国外も含めたノウハウが必要だったのです。そのため、グローバルな知見を持つファームの力を借りたかったわけですが、外部へ全てをお任せしてしまうことには抵抗がありました。自治体ができること・やるべきことは自分たちで行い、コンサルティングファームにしかできないことをお願いする。同じ目線で共に成果を上げていくような関係性を望んでいました」

そうした中で連携企業の紹介で塩尻市と接点をもったのが、長野県内の別の地域でコンサルティングに携わっていたEYでした。2021年秋のことです。

「初めての顔合わせで、モビリティ領域における専門的知見と事前に実施された現地調査に基づいた提案を受けました。その後もEYは何度も塩尻に訪れ、インタビューをはじめとする追加調査を通じて、独自に住民の声や地域の課題を把握した上で、ゴールまでの具体的な道筋を提示してくれました。KADO事業をはじめ、初期段階で塩尻市の強みや本質的な価値観を深く理解・共感してもらえたことが、タッグを組んだ決め手です」

塩尻市とEYの連携は2021年冬にスタート。同市におけるMaaSワーキンググループの運営や事業性評価、「塩尻自動運転コンソーシアム」の立ち上げや計画策定をEYがサポートし、交通DXを加速させていきます。

これら交通DX推進業務の一部は、事業主体である塩尻市振興公社からKADOを通して地域人材が担うことで、雇用を創出する仕組みを構築。プロセスそのものが経済的価値を生み、自律的に収益化を目指せるサイクルを確立したことで、近年は政府や他の自治体の視察、メディアでの紹介も増加しました。

交通DX推進により、バス型・タクシー型自動運転車両の一般公道における実証実験、AI活用型オンデマンドバス「のるーと塩尻」の本格運行を実現してきた塩尻市。一連の取り組みは、内閣府「未来技術社会実装事業」、国土交通省「自動運転サービス導入支援事業」に採択され、現在は2025年までのレベル4無人自動運転サービスの実装を目指しています。


「塩尻市先端産業振興室/塩尻市振興公社」資料より抜粋
「塩尻市先端産業振興室/塩尻市振興公社」資料より抜粋

「塩尻市先端産業振興室/塩尻市振興公社」資料(2023年)より抜粋

企業と違い、行政が目指すのは収益ではありません。簡単じゃない、特効薬もない、地域インパクトを真に起こす上で、バックグラウンドが異なる組織同士がタッグを組む難しさを実感する中、大切にしているバリューを共有し、ゴールに向かって一緒に取り組みを進められる、信頼の置けるパートナー企業を探していました

塩尻市の成功モデルを他地域へ新たな地域価値共創モデルを構築・展開していく

The better the world works

塩尻市の成功モデルを他地域へ新たな地域価値共創モデルを構築・展開していく

先進的な取り組みにより注目を集める塩尻市。ノウハウと事業モデルを域外にも積極的に共有・展開し、日本全体の地域活性化に寄与することを目指しています。

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対等なパートナーシップなくして、真のソリューションは生まれない

「“塩尻市みたいなことはできません”と言われることもよくあります。
私たち自治体職員は、地方自治法や地方公務員法の枠組みの中で動くことが求められます。だからこそ社会からの与信・預託があるわけですが、その範疇の中で、塩尻市が独自のモデルを築いてこられたのは、 “前例がないからやめておこう”ではなく、目指すべきところをクリアにして、それを達成するために何が一番早く正確にたどり着けるかを考え、変革には痛みが伴うことも覚悟の上、“やってみよう”と判断してきたからかもしれません。

新たな共創モデルを確立することでルールが刷新されるケースもあります。塩尻市でいうKADOや交通DXがその例ですが、国もチャレンジングな自治体の取り組みを期待しているからでしょう。地域課題の解決という大きなゴールに向けた、新しい手法が求められているのです」

太田 幸一 氏 塩尻市 産業振興事業部 先端産業振興室

本質的なまちづくりには、人材育成や組織改革も欠かせないと語る太田氏。特に重要なのは、パートナーシップの築き方だと強調します。


資料:塩尻市における取り組み全体像
資料:塩尻市における取り組み全体像

「塩尻市先端産業振興室/塩尻市振興公社」資料(2023年)より抜粋

「フレームの作成や会議体の運営など、細かなテクニックが必要になるMaaSでは、EYに“調整役”をお願いしていました。一方、塩尻市では『塩尻市デジタル・トランスフォーメーション戦略』のもと、交通・観光・小売などを包括する『地域デジタル・トランスフォーメーション(地域DX)』を進めていますが、この地域DXにおいてはEYを“パートナー”としてとらえ、パーパスやビジョン、ロードマップの策定、新たな拠点としての地域DXセンターの立ち上げ、次世代人材の育成やビジネスエコシステムの構築など、総合的な連携を進めることにしました。自社の利益第一ではなく、さまざまなステークホルダーにとっての持続可能性を描きながら関係を構築していく、EYの姿勢に期待したからです」

「私たち自治体の職員は、民間企業の方々と接する際、“上”か“下”かのどちらかで見てしまいがちです。つまり、支援すべき地域の事業者と、業務を発注する事業者です。しかし本来は同じビジョンを共有できる対等なパートナーであるはず。そこに上下関係はありません。課題や価値観を共有しながら、時に喧々諤々(けんけんがくがく)に議論し、共に地域や社会を良くする関係であるべきだと思います。

サステナビリティといえばひと言で終わってしまいますが、技術に対するリテラシーや財政におけるコスト意識、自助・共助・公助のバランスなど、ステークホルダー全員で解像度を上げて検討していくべき領域は多岐にわたります。そこから目を背けないことこそが、持続可能なまちづくりに不可欠な要素ではないでしょうか」

「一方で、私たち塩尻市は、自分たちのまちだけが良くなればいいと思っているわけではありません。塩尻で上手くいったものを広げていくことが公務員としての使命だと考えています。産官学民連携による共創モデルを構築し、さらに域外の自治体にも共有・展開していくことで、日本全体の活性化にもつながれば、という想いで今後も取り組んでいきます」

共創は、一方通行の関係では成し得ません。各地域ならではの仕掛けを通じて、住民の皆さんや企業の方々の意識や関わり方が変化し、共にまちを作り上げられるようになること。これが、テクノロジーを活用したトランスフォーメーションの一つのゴールだと思っています

“課題感”を“課題”に変えたことが、塩尻市の強み

塩尻市の強みは、“課題感”を“課題”にすることに成功した点です。多くの自治体さまの場合、焦りや危機感を抱えていても、具体的な視点で課題を発見し、取り組むべきアクションを見出せているケースは少ないと感じます。分析的思考から出発し、本質的な課題と向き合うことで、次世代につなぐことができる未来像を描けるのでしょう。今後の塩尻市の取り組みが、日本の基礎自治体のロールモデル創出につながることを期待し、引き続きサポートしていきます。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
EYパルテノン ストラテジー パートナー
早瀬 慶



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