気候変動対策はいかに日本企業のビジネスにリターンをもたらすのか?

気候変動対策はいかに日本企業のビジネスにリターンをもたらすのか?


サステナビリティリーダーを対象とした調査から、日本企業は今こそ、明確な目標のもと具体的行動に移るべきことが明らかになりました。


要点

  • 気候変動対策に深く取り組むほど、そのリターンは大きくなる。
  • 日本企業はコンプライアンスへの意識が高く、規制が定められるまで活動を待つ傾向があり、対応が遅れ、投資も消極的になっている。
  • 今後は気候変動という新たな分野に対応できる人材に投資することが重要となる。

気候変動対策は地球や社会だけでなく、ビジネスにどのような結果をもたらすのでしょうか。プラスなのか、マイナスなのか。それを読み解くため、EYでは2022年7月~10月にかけて21カ国506名の企業のサステナビリティリーダーを対象にグローバルで調査を実施。そのうち日本企業からは30名の回答を得ました。

今回の調査で明らかになったのは、気候変動対策への投資は財務的価値を⽣み出すと考えている経営者が多いということです。そのためには明確なゴール・⽬標を定めて測定・⾏動することが⽋かせません。⾃社のゴールに向かって⾏動することが重要であり、サステナビリティをビジネス戦略の中核に位置付けてこそ、競争の優位性を確保し、ビジネス価値を創造することにつながるのです。グローバルの動向をもとに、これから⽇本企業はどのような⾏動が必要なのかを考察します。

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第1章

気候変動対策に積極的なほど大きなリターンを企業にもたらす

財務的価値と気候変動への取り組みはトレードオフの関係ではなく、顧客価値(ブランド認知や購買⾏動など)や従業員価値(採⽤や定着など)を高め、最終的に財務的価値の向上につながっていく。

今回、EYが⾏った調査から、グローバルで多くの企業が気候変動対策を講じている⼀⽅で、その投資規模や対策のスピードは⼗分ではないことが見て取れます。実際、90%の企業はすでにコミットメントを表明しているものの、回答企業のCO2排出量削減⽬標の平均は38%であるのに対し、現在の排出量削減の平均は29%にとどまっています。COP26で気温上昇を1.5度未満に抑えるため、2030年までに排出量を2010年度⽐で45%削減することが合意されていますが、⾃社で45%以上の排出量削減を計画している企業は現状、わずか16%に過ぎません。

気候変動対策について、多くの企業は組織の変⾰や投資を伴わない、コミットメントの測定とガバナンスの初期段階にあります。しかし、調査では⼤胆な措置を講じている「ペースセッター」(先行)企業は複数の包括的な気候変動アクションを先取りし、予想より⼤きな財務的価値を得ながら、顧客、従業員、社会、地球といった価値に対しても想定していた以上のリターンを⽣んでいます。EYではこれを「価値創造型のサステナビリティアプローチ」(Value-Led Sustainability)と呼んでいます。

ここで重要なことは、財務的価値と気候変動への取り組みはトレードオフの関係ではないということです。むしろ、顧客価値(ブランド認知や購買⾏動など)や従業員価値(採⽤や定着など)を高め、最終的に財務的価値の向上につながっていくのです。

今後、より多くの企業が気候変動対策に取り組めば取り組むほど、排出量削減は進み、そのリターンも大きくなります。そのためにも、取り組みの調整やチームコラボレーションの改善のほか、より広範なパートナーシップと人材への投資が今必要とされています。

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第2章

気候変動対策において日本企業に見られる特徴とは

日本企業による調査回答から、ペースセッターに分類されるグローバル企業との意識・行動の差が明らかに。

日本企業は具体的な目標がなく第三者の行動を待つ傾向にある

こうした中、⽇本企業にはどのような特徴が⾒られるのでしょうか。今回の調査で明らかになったことは、まずコンプライアンスへの意識が⾼く、ルールや規制が定められるまで活動を待つ傾向があるということです。⽇本企業は「規制当局や市場の状況を待つ」「ガバナンスや論点を特定する」といった状態にとどまっており、具体的対策を進めているとは必ずしも⾔えません。⼀⽅、多くのグローバル企業は「インパクトが⼤きいいくつかの活動に投資する」ことを重視しており、そこが⼤きく異なる点となっています。

事実、今回の調査では5つに分類された32個のアクション(図表参照)を測定した結果、ペースセッター企業は平均して18個のアクションを完了。全体平均でもグローバル企業は10個のアクションを完了していますが、日本企業はわずか5個のアクションしか完了できておらず、遅れが目立っています。日本の担当者も本当は大きな投資をしたいのでしょうが、企業として大胆に舵を切ることができず、自社が行動を起こすのではなく、第三者の動きを待つという傾向が強くなっていると考えられます。

目標についても日本企業は「カーボンネガティブ」を目指しており、グローバル企業の「カーボンニュートラル」より一歩先を行っていると言えますが、排出量削減の具体的な目標は定めていません。今後1年間に気候変動に費やす予算もグローバルと比べて、少ないという傾向があります。多くの日本企業では再生可能エネルギー対策を完了させたという認識があるのかもしれませんが、次のステップや投資先が見えていない可能性も見受けられます。


財務や従業員の価値を重視するが、その測定の具体策は手付かず

また、日本企業は「規制やコンプライアンスに対応する」ことが投資の重要な動機となっているほか、「市場における競争優位性の獲得」にも関心が高く、他社に負けたくないという日本的なヨコ並び意識も垣間見えます。

一方、グローバル企業では「外部機関からのESG評価の向上」「組織の非財務的価値創造」を重視する傾向にあり、自社の優位性を高め、外部からの評価などの価値を高めることに重点を置いていることがわかります。また、「科学的な行動ニーズへの対応」にも関心が高く、地球や社会に対する意識の違いも明らかになっています。

さらに、日本企業の大きな特徴として「財務」「従業員」「顧客」「社会」「地球」という5つの価値のうち、財務的価値を最も重視している点も挙げられます。これは投資家に対する説明を意識し、相応のリターンが必要であるという認識が強い傾向が表れています。財務に次いで、顧客や社会よりも従業員価値に重点を置いている点も注目されますが、一方で、その測定については難しいと答えており、目標と実態の乖離(かいり)が見受けられます。

グローバル企業は財務や従業員だけではなく、顧客・社会・地球の価値も重視しており、価値の測定についてもバランス良く、何に対して目標を定めているのか、明確に意識していることがうかがえます。グローバルでは測定の結果を対外的に開示し、それが説明責任となるため、投資家にとっても理解しやすくなっているようです。


財務負担の⼤きい分野への投資は消極的⽬標とリターンのひも付けが必要

前述のように今回の調査では、気候変動への取り組みが、財務や従業員、顧客などに対し大きなリターンを生むことがわかっています。しかし、日本企業は大半の価値についてリターンが低いと認識している一方、地球的価値に最も高いリターンがあると答えていることも注目されます。これは気候変動対策の一連のプロセスの中で、何のために投資しているのか、何のための対策なのか、きちんと価値とひも付いていないことが理由として挙げられるでしょう。結果として、リターンの認識が明確でないために、予想より低いリターンしか得られない状況となっているのです。

具体的な気候変動対策についても、⽇本企業は財務負担の低いコミットメントの測定とガバナンスの分野に集中しており、「削減⽬標の責任者を明確にする」「毎年の気候シナリオ分析の実施」「SBTイニシアチブ認定の取得」「排出量の多い事業の削減」といった財務負担の⼤きな分野では消極的な⾏動に終始しているようです。⾏動の優先順位も⾃社や従業員に置いており、顧客に対してはほとんど⼿付かずです。それが結果として、ペースセッター企業に分類される⽇本企業は1社もないという状況を⽣んでいるのかもしれません。

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第3章

セクターを超えたコラボレーションや専門人材育成への投資が重要になる

経営トップが音頭を取り、行動を経営戦略に取り込んでいくことで、気候変動対策において日本企業が優位な立場になっていくことが鍵を握る。

では今後、日本企業はどのように行動していけばいいのでしょうか。まずは目標とそれに合わせた行動を見直し、より野心的になることです。また、気候変動対策は非常に複雑であるため、ROI(投資利益率)で測定していくことも欠かせません。日本企業はまずその点を認識し、全社一丸となって取り組むことが必要でしょう。
 

また、セクター内だけでなく、セクターを超えたコラボレーションに広げていくことや、サプライチェーンを再構築することも大切です。気候変動対策は社会全体的な課題であり、業界やセクターを超え、グループとして協働し、垣根を超えた連携やナレッジシェアが重要となっているのです。
 

こうした行動をとっていくためにも、今後は気候変動対策という新たな分野に対応できる人材に投資することが必要になってきます。現在、この分野で知見を持っている人材は多くはありません。自社で専門人材を育てていくことが必要でしょうし、自社の部門をスキルアップさせるために、専門家を招へいすることも大切でしょう。これからは経営トップが音頭を取り、行動を経営戦略に取り込んでいくことで、気候変動対策において日本企業が優位な立場となっていくことが重要となるでしょう。



サマリー

企業のサステナビリティリーダーを対象に実施した調査から、⼤胆な措置を講じている「ペースセッター」(先⾏)企業は複数の包括的な気候変動アクションを先取りし、予想より⼤きな財務的価値を得ながら、顧客、従業員、社会、地球といった価値に対しても想定していた以上のリターンを生んでいることが分かりました。一方、日本企業は、規制当局など第三者の行動を待つ傾向にありますが、今こそ、明確な⽬標のもと具体的⾏動に移ることが必要でしょう。


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