社内ベンチャーを自社の評価額10億ドル増加に寄与するほどに成功させる方法とは

社内ベンチャーを自社の評価額10億ドル増加に寄与するほどに成功させる方法とは


社内ベンチャー制度を導入する企業は、自社の市場価値を飛躍的に高める新たな機会を見出すでしょう。
米国の経営幹部1,000名を対象に実施した調査結果から、社内ベンチャーの現状、新規ベンチャーの規模拡大を促進する重要な行動および成功要因、ならびに社内起業者が最も重視している戦略的優先事項について解説します。


EY Japanの視点
社内ベンチャーを活用して成長を実現した企業の成功要因

ディスラプティブな(既存の枠組みや技術を破壊するような)新技術や新興企業によるビジネス環境の変化や、アクティビストのような性急な投資家の圧力等に直面し、早急に変革を行う必要性に迫られる企業が増えています。

その対応策の一つとして、急成長が期待される領域への事業展開や、革新的なビジネスモデルの取り込みを図るべく、ベンチャー企業との連携やCVCの設立を行うものの、実際のところなかなか変革に至らず、企業価値向上を大きく向上させるまでに至っていないケースが多く見受けられます。

本レポートは、そのような問題に直面する方々向けに、社内ベンチャーを成功に導く要因、社内ベンチャー構築の将来展望、社内ベンチャー起業者が取るべき行動を紹介しております。

EYは、さまざまな業界のクライアントに寄り添い、新規事業立ち上げや社内外ベンチャー活用に向けて、新規事業/ベンチャー構想の具体化、制度・組織の設計、事業計画の策定、ベンチャー企業との提携・協業推進等の問題解決に貢献していきたいと考えております。


EY Japanの窓口

齋藤 竹次郎
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー パートナー

要点
  • EYパルテノンの調査によると、年間1億ドル以上の収益を創出する社内ベンチャーを設立した企業は45%にも上るが、その事業が企業全体に重要な影響を与えるほど顕著な成功を遂げているのはごくわずかである。
  • 年間収益10億ドル以上の社内ベンチャーは10%にも満たない。こうした事実は、社内ベンチャーを大きく成長また成功させることの難しさを浮き彫りにしている。
  • EYパルテノンのベンチャー・ビルディングチームは、企業が親会社の資金を活用してベンチャーを立ち上げ、その事業を飛躍的に成長させることで、競争優位性を高めることができるよう支援している。

大企業は今、ディスラプティブな(既存の枠組みや技術を破壊するような)新規参入者や新興技術、性急な投資家などに起因する問題に直面し、新たなS字型成長を実現する必要性に迫られています。

新製品や新サービスを市場に投入しても漸進的な成長しか得られない場合、市場や投資家の信頼を獲得するのに十分な成長率を達成することは至難の業です。

そこで、企業は、より高い成果を達成するために、自社の成長アジェンダを拡大し、斬新なビジネスモデルを立ち上げることで自社の中核事業に近い分野への進出を図っています。これが、いわゆる「コーポレート・ベンチャー・ビルディング(社内ベンチャー構築」と呼ばれる戦略です。
 

コストに配慮しつつ賢明に成長を加速させたいと考える企業が内部に目を向けるようになり、社内ベンチャーの構築は広がりを見せています。
EYパルテノンが実施した最近の調査でも、経営幹部1,000名の約45%が、過去5年で最も成果を挙げた新規ベンチャーから年間1億ドル以上の収益を得ていると回答しました。

新規ベンチャーが比較的短期間でこれほどの収益を生み出している点は称賛に値します。しかし、調査対象となったうち75%の企業にとって、1億ドルという収益は総収益の1%にも及ばない額です。


大きな資本を保有する大企業であっても、成長に有意義な寄与ができる水準まで新規ベンチャーを拡大することは、非常に大きな挑戦です。ましてや、社内ユニコーンベンチャー(評価額が10億ドルを超える新規ベンチャー)を創出することは、さらに困難です。しかし、達成できないものではありません。

 

本稿では、調査から得られたインサイトとEYパルテノンの知見を通じて、広がり見せている社内ベンチャー構築の現状、新規ベンチャーの規模拡大を促進する重要な行動および成功要因、ならびに社内起業者が最も重視している戦略的優先事項について解説します。


EYパルテノンのコーポレート・ベンチャー・ビルディングチームは、世界中のさまざまな業界のクライアントに寄り添い、彼らが抱える重要な問い、「自社の評価額をさらに10億ドル増加させるにはどんな新規ベンチャーが必要か」に対して答えを見つけ出せるよう支援しています。


 社内ベンチャー構築の現状
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第1章

社内ベンチャー構築の現状

社内ベンチャー投資は拡大していますが、有意義な成果を生み出す水準までベンチャーを成長(成功)させるには至っていません。

従来のビジネスモデルの絶え間ないディスラプションを受け、企業は社内ベンチャーの構築に向けて投資を拡大しています。今回の調査でも、回答者の22%が、2023年に事業予算の5分の1以上を社内ベンチャー構築に配分し、2024年も同水準の投資を継続することを計画しています。このように事業予算の20%以上を社内ベンチャー構築に配分している企業の数は、2022年と比較して5倍の増加を見せています(図1)。

図1:2022年度と2023年度に、年間事業予算の何パーセントを社内ベンチャー構築に配分しましたか?

また、業界を問わず、社内ベンチャー構築に向けた投資は、内部におけるケイパビリティ構築と、外部連携や外部ケイパビリティ獲得とに、同様に配分されていることが今回の調査で明らかになっています。

つまり、経営幹部は、ベンチャー構築のための投資費用の半分を社内でのケイパビリティの構築に当て、残りの半分はベンチャーの成長を加速させるためにM&Aやパートナーシップに振り向けているということです。

こうした対応は、資本コストの上昇が続く中、過剰な支出を回避し投資収益を高めるために、ビジネスリーダーが、構築(Build)、買収(Buy)、連携(Partner)を実行する時期について慎重に検討するようになっているということを示唆しています。

以下は、ベンチャー構築に向けて最適な取り組みを決定する際に参考になる、資産やケイパビリティの特質と重要性に関する基本的な考え方です。

  • 構築: 新規ベンチャーの競争上の「堀(moat)」となる中核的要素。親会社が時間をかけて形成してきた戦略的競争優位性を活用するもの。
  • 買収: わずかなプレーヤーのみが有する、ベンチャーのバリュープロポジション(顧客ニーズに沿った価値提案)の補完、市場投入までの時間短縮、またはリーチの拡大のためのケイパビリティ。.
  • 連携: 互恵的な協定を通じて比較的多くのプレーヤーがアクセス可能なケイパビリティまたは資産。

実際、慎重に検討された費用対効果の高い投資戦略を展開している企業では収益が増加しており、ベンチャー構築企業の79%が、最も顕著な新規事業は3年から4年以内に黒字化したと回答しました。

このように、ベンチャー構築は企業の成長を促進する重要なレバーとして注目されているわけですが、過去5年以内に立ち上げた新規ベンチャーの中で最も高い成果を上げている事業であっても、親会社の中長期的成長(成長)に大きく寄与する水準には達していないと回答した経営幹部は約80%に上ります。

次章では、新規ベンチャーを大企業の持続的成長を支える拡張性のある成長エンジンへと躍進的に進化させる上で役立つ、調査結果に基づくインサイトを解説します。

重要なポイント

企業による社内ベンチャー投資は拡大傾向にありますが、新規事業の規模拡大に向けた資源の活用方法については改善の余地があります。

社内ベンチャーを成功に導く重要な要因
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第2章

社内ベンチャーを成功に導く重要な要因

ベンチャーを飛躍的に成長(成功)させる手段として重要となるのが、親会社が持つ戦略的優位性の活用です。

企業が収益性の高い新規ベンチャーを立ち上げ、その規模を拡大する上で有益な重要戦術がいくつかあります。詳細は、以下の通りです。

親会社から得られる資金を活用する 

企業は、明敏な新規参入者がもたらすディスラプションに直面していても、依然として業界内の新たな勢力関係の中で競い合うための競争優位性や資金を有しています。

また、年間10億ドル以上の収益を生み出す社内ベンチャーを構築した経営幹部は、技術やデータなどの資産ではなく、知的財産(IP)などの戦略上重要な資産を重要視し、多く活用する傾向が見られます。

事実、10億ドル以上の収益を上げるベンチャーの起業者は、それよりも収益が少ない起業者に比べ、ベンチャー構築の際に活用したものとして、独自の知見(41%対31%)や流通チャネル(27%対18%)などの資産を成功要因として挙げる傾向が高くなっています(図2)。

図2:過去5年間ベンチャー構築で活用した中核事業の戦略上重要な資産のうち、重要性の高いものを3つ挙げてください。

調査対象企業は、社内ベンチャー構築において、親会社から得られる資金が、投資リスクの軽減(36%)、コスト削減(32%)、収益の増加(32%)に寄与したと回答していますが、資金力が競争優位性の維持や増強につながったと考える企業はわずか24%です。

新規事業のために、戦略上重要な資産を持続的競争優位性の「堀(moat)」に転換するには、組織の既存ケイパビリティを完全に理解し、それを斬新な方法で活用する必要があります。

社内ベンチャー構築をこのような包括的なアプローチで進めるためには、企業風土の変革が不可欠です。

成長志向の企業風土を培う

親会社の成長に大きく寄与する社内ベンチャーを構築した経営幹部の4分の1が、ベンチャー構築にあたって採用した最も重要な方策として、リーダーシップの育成とベンチャー構築力の醸成を図るための「社内開発プログラムの展開」を挙げています。

また、早い段階で成功の基準を定義し、具体的なKPIと連動するロードマップを策定すれば、マイルストーンの達成だけでなく、主要なステークホルダーからの信頼の醸成とリスクの軽減を促進することができます。

こうした戦略は、中核事業の運営戦略とは異なり、経営幹部にとってはベンチャーを新規に構築する際の指針になります。

顧客への浸透とステークホルダーの支持獲得のために行動科学を活用する

社内ベンチャーの起業者が、製品市場に適合するソリューションの設計や、販売増加につながる魅力的な顧客体験の形成を目指す際に、行動科学の手法を取り入れる傾向が多くみられます。

また、10億ドル以上の収益を上げる社内ベンチャー起業者では、顧客への浸透と顧客ロイヤルティの向上に向けて行動科学を活用する傾向が高くなっています。

今回の調査でも、市場の関心を集めるために「社会的証明」を活用したことが、新たな取り組みに対する投資家や顧客からの支持獲得につながったとする企業がありました。同社は、結果として、より多くの資金を調達し、新規事業の製品やサービスの需要に対する自信が深まることになりました。

また、事業への支援獲得とチェンジマネジメントの推進を目的として自社組織に行動科学を適用している起業者の割合は、収益が高いベンチャーの起業者では、そうした成果を創出できていない起業者より2倍高いという調査結果も明らかになっています(図3)。

行動科学的手法は、新たなビジネスモデルの概念設計から商業化に至る全過程において、取締役会や経営陣から支持を得るのに効果的であることが実証されています。

同様に重要なこととして、新規に市場に投入した製品に対する顧客のエンゲージメントを維持するための手法を、ベンチャーの規模拡大過程において新たな成長マイルストーンを達成するための推進力の維持に活用することができます。

一例を挙げると、あるテクノロジー企業は、神経科学に基づくリーダーシップ開発を専門とする企業から支援を得て、ゲーミフィケーションツールを実装することで、深く根付いたリーダーシップの規範と行動からの脱却が容易になり、全く新しいビジネスモデルを立ち上げる体制を整えることができました。

図3:ベンチャー構築において、チェンジマネジメントの推進やステークホルダーからの支持獲得、顧客への浸透やロイヤルティ向上などを目的として、行動科学的手法を活用していますか?

ベンチャーの成熟度に適したKPIを設定する

ベンチャーの成熟度に応じて適切なKPIを設定している企業では、ベンチャーからの収益が高くなる傾向が見られます。

本調査結果によると、高い成果を創出するベンチャーを構築した企業は、ベンチャーの試験運用段階と成長段階では、顧客への浸透、ロイヤルティ、取得原価に関する指標などを優先する傾向があり、その割合は他の企業よりも20%高いです。

対照的に、十分な成果を創出できていないベンチャーを運営する企業では、主に収益成長と営業利益が重視されています。

ベンチャーの規模拡大後には、高い成果を創出するベンチャーの起業者の視線の矛先は、より成熟した段階にあるビジネスの影響度合いを測定するのに適したKPIである「業務効率」と「営業利益」に向いています。

社内ベンチャーの成熟度に応じて成功の基準を適切に設定することで、ビジネスリーダーは、新規事業が実現可能であることを示すのに十分な準備期間を確保するとともに、資源配分を管理し、リスクを最小限に抑制することができます。

重要なポイント

バリュープロポジションを明確に示すKPIを早期に達成することで、ステークホルダーや出資者の間にベンチャーの成功に対する確信が醸成されます。これにより、ベンチャーが効率的に成熟していくための道が築かれます。

社内ベンチャー構築の展望
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第3章

社内ベンチャー構築の展望

企業は、斬新なビジネスモデルによる顧客関係の深化を目指し、ベンチャー投資を拡大する予定でいます。

今回の調査で、企業は、ベンチャー構築が自社の成長エンジンとして組織により大きな影響をもたらすようになると考えていることが明らかになりました。経営幹部は、平均して、社内ベンチャー構築に事業予算の14%を配分しようと計画しています。これは、2022年の平均配分額と比較して75%の増加となっています。

企業が社内ベンチャー構築に多額の投資を行っている背景には、戦略的優先事項を推し進めたいという思惑があり、中でも、顧客関係の深化に不可欠であるバリューチェーンにおける自社の地位強化に高い期待を寄せています。

10億ドル以上の収益を生み出すベンチャーの起業者は、そうではない起業者と比較して、自社の顧客を引き寄せる新規ベンチャーを優先する傾向が高く、2024年には47%がB2B2Cベンチャーを、44%がD2Cベンチャーを優先する予定でいます(図4)。

顧客との関係を綿密に管理し強化することができれば、顧客体験を向上させることができるだけでなく、第三者が顧客データを保有している場合にはできない、顧客データの収益化など新たな収益源を創出することも可能になります。

図4:ベンチャー構築における2023年度の優先事項のトップ3は何でしたか? また、2024年度についてはどう予想していますか?

他に注目に値する動向として、ベンチャー構築の運営の分権化が挙げられます。

企業は、全般的に、社内ベンチャーにおける意思決定権限を委譲し、新規事業構築について他の経営幹部の権限を拡大しようとしています。今後は、最高事業成長責任者(CGO)、最高戦略責任者(CSO)や各事業部門責任者が新規ベンチャーの重要な財務上の支援者になるとみられます(図5)。

図5:2023年には、誰がベンチャー構築の財務上の支援者でしたか? 2024年には誰になると予想されますか?

社内ベンチャー構築の影響力が幹部やCスイートにはっきりと示されていくにつれて、日々の業務運営に近く、かつ顧客や自社の戦略的資産を深く理解している経営幹部の決定権限が拡大されていくと考えられます。

重要なポイント

企業は社内ベンチャー構築を推進するため、CEOとCFOに集中している意思決定権限の分散化を進め、深い業務知識を持つ経営幹部の権限を拡大しています。

社内ベンチャー起業者が次に取るべき行動
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第4章

社内ベンチャー起業者が次に取るべき行動

市場価値の10億ドル増加に寄与する社内ユニコーンを創出するための実践的な手段として推奨される取り組みがあります。

今回の調査を通じて、優れた社内ベンチャー起業者とその他を分ける、重要な成功要因が明らかになりました。

  • 買収、構築、連携などの戦略を目的に応じて適切に選択・展開し、親会社から得られる戦略的な資金を活用することで、商業化を加速させ、競争上の堀(moat)を強化する
  • 親会社に成長志向の企業風土を新たに根付かせる
  • 行動科学的手法を用いて、主要なステークホルダーの支持獲得、顧客への浸透、魅力的な顧客体験の形成を促進する
  • 社内ベンチャーのライフサイクルの段階ごとに成功の基準を明確に定義し、成熟レベルに応じて最重要KPIの達成を目指す

自社の収益を急拡大させる新たな成長エンジンの構築を目指す企業には、ベンチャー構築の包括的な取り組みの中核をなす、以下の段階的な措置を講じることも推奨されます。

  • 従来の投資モデルや統治モデルで中核事業の戦略的取り組みを推進するのではなく、新規事業の育成に関する明確な権限移譲を通じて経営幹部の強固な支援を確保する。
  • 資源をめぐる競争を防ぎ既存の戦略的資源から価値を引き出すために、投資目的を限定し親会社から得られる資金を活用する。コーポレートデベロップメント部門または社内ベンチャーキャピタル(CVC)からの資金が、資金調達圧力を緩和するための代替的資金源になり得る。
  • 各マイルストーンの達成に伴う一連の投資ラウンドを実施し、成功に対するステークホルダーの確信を形成する。
  • 低コスト・低リスクで規模拡大する方策を見いだすために、小規模な試験運用を実施する。

重要なポイント

成長力の高い社内ベンチャーの起業者は、「意思決定」、「投資配分」、「企業成長に新たな波をもたらす新しいケイパビリティを買収するか社内構築するかの選択」に関して、戦略モデルと統治モデルを変革しています。

本調査について

「EYパルテノン Venture Building 調査」は、米国の経営幹部1,000名を対象に、2024年1月から2月にかけて、FT Longitudeにより実施されました。本調査は、企業がベンチャー構築に必要なケイパビリティを強化し、収益増を拡大する方法を理解する上で有益な情報を提供することを目的としています。
リサーチにご協力いただいたCB Insightsに感謝申し上げます。



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