EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション 米国公認会計士(ワシントン州) 三森 亮平
国内大手事業会社等の財務・経理部門を経て、2008年EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)(現 EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株))に参画。主に事業・株式価値算定、ハイブリッド証券・オプション性金融商品の価値算定業務、エコノミック・アドバイザリー業務を担当。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。
要点
近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の重要性が高まる中で、企業価値を高めるための要素としてESGとの関わりが注目されています。本稿では、EYが提供する、企業価値とESGの関係を定量化するESGモデルについて紹介します。
現代社会は、過去に例を見ないほどのスピードで変革が進行し、未来は不透明感を増しています。資本主義の推進力、すなわち経済発展の追求は、地球規模での著しい進歩をもたらしてきました。しかし、その裏で気候変動、パンデミック、経済格差といった深刻な課題が生じています。
そのような状況下、企業には短期的な経済成長のみならず、持続可能な社会の実現への貢献が求められています。特に、ESG経営は環境リスクと社会課題への取組みを通じて、企業の持続可能性を高め、新たなビジネス機会を開拓するための戦略的アプローチと言えます。
ROIC(投下資本利益率)またはROE(自己資本利益率)は、資本コスト(加重平均資本コスト、株主資本コスト)と比較することで、企業の価値創出を可視化可能な指標として、従前より重要視されていました。そして次のように公的機関からROICまたはROEに基づいた経営が紹介され、企業と投資家がさらに両指標を用いた経営管理を重視する潮流となっています。
2022年8月に内閣官房は「人的資本可視化指針」を公表しました。その中で、ROEまたはROICを要素分解して可視化し、人的資本を含む戦略・施策やKPIとひもづけたもの(いわゆる逆ROICツリーまたは逆ROEツリー)を開示することは、資本効率の向上に向けた取組みや、各取組みと企業価値とのつながりを説得的に伝える上で有益なアプローチである旨が述べられています。内閣官房による逆ROICツリーを例としてしたイメージは<図1>となります。
出所 内閣官房「人的資本可視化指針」、www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf(2024年3月29日アクセス)
東京証券取引所より、2023年3月31日付で「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」が公表されました。その中で「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」において、1.現状分析、2.計画策定・開示、3.取組みの実現が要請されており、資本コスト(負債・株式の加重平均資本コスト、株主資本コスト)、資本収益性(ROIC、ROE)、市場評価(株価・時価総額、PBR<株価純資産倍率>、PER<株価収益率)>)が指標の例として挙げられています。
出所 株式会社東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」、www.jpx.co.jp/news/1020/cg27su000000427f-att/cg27su00000042a2.pdf(2024年3月29日アクセス)
企業経営の重要な要素として、社会情勢や時代のトレンドを精査し、その上でESGの視点を経営に取り組むとともに、投資効果を示す指標であるROICやROEの適正管理が求められる流れは今後一層強くなるものと思われます。これは企業が持続可能な社会の実現と同時に、経済的なパフォーマンスも達成するべきという現代の経営環境を反映したものであるためです。ESG指標と投資効果を示すROICやROEとを連携させる経営スタイルを実現するためには、これらの要素間の具体的な関係性を定量化し、企業が追い求める価値観を具現化するための戦略の立案が重要となります。このような関係性の定量化の主目的は2つあり、①経営管理上の重要なKPI特定、②経営管理上の重要なKPIの目標値設定、となります。
EYのESGモデルは、ESG KPIと企業価値(または株式価値)との間にどのような関係があるのかを定量的に解析します。
企業価値(または株式価値)の定量化のためには以下の2つのアプローチが考えられます。
1.「PBR」や「PER」といった株式市場での直接的な評価を使用する方法
2.「将来キャッシュフロー」(≒「財務」)と「資本コスト」を前提に間接的に理論的な企業価値を推計する方法
さらに、「将来キャッシュフロー」(≒「財務」)はROICツリー等を用いることで財務KPIに因数分解を実施
この2つのアプローチは、企業価値の測定という目的においては、市場が正しければ、中長期的には収斂するものと考えられます。
EYのESGモデルでは、この2つのアプローチでの対応が可能です。具体的には、ESG KPI(説明変数)とROICまたはROE、PBRそして資本コスト等(目的変数)との間にどのような関係があるのかを定量的に解析します。特にEYのESGモデルの特長は、機械学習を利用してESG KPI(説明変数)とROICまたはROE、PBRそして資本コスト等(目的変数)との間の非線形な関係を見つけることが可能である点にあります。こういった非線形な関係の解析がESGモデルにおいて重要と言える理由は、ESG KPIの増減が引き起こすPBR等の目的変数への変化の閾値(しきいち)を明確にすることができ、それにより経営戦略としてのESG KPIの適切な目標水準の特定が可能となるためです。
ESG KPI(説明変数)と企業価値またはPBR等(目的変数)との関係(直接的な企業価値との関係)、ESG KPI(説明変数)と逆ROICツリーで因数分解した各項目(目的変数)との関係(間接的な企業価値への関係)を分析します(<図2>参照)。
(EYにて作成)
<図3>では、企業価値またはPBR等(目的変数)への影響の大きいKPI(説明変数)を解析しています。EYではKPIの目的変数への影響を可視化しており、横軸はPBRに寄与するKPIの重要度の相対比較を表します。
(EYにて作成)
<図4>ではKPI Aが0.26~0.27の間で目的変数(PBR)が増加するため、KPI Aを0.27まで改善させると、PBRが増加すると予測されます。一方で、KPI Aが0.27以上の数値となってもPBRは増加しないことがわかります。この場合には、KPI Aの目標水準の上限を0.27と設定することが考えられます。また、KPI Aの現状水準が0.10付近の場合には、たとえ0.15まで改善させたとしても、PBRの上昇効果は見られないため、別のKPIの改善を優先させるといった判断もあり得るかもしれません。
(EYにて作成)
上記より、EYのESGモデルは、企業価値(または株式価値)の向上を目指す上での、①経営管理上の重要なKPI特定、②経営管理上の重要なKPIの目標値設定、に有効であると言えます。
他方、一般的な分析モデルでは、ROEとESG KPIがPBRにどのような影響を及ぼすのかを、重回帰分析に基づき、線形の関係として解析します。これにより、ESG KPIが1単位変わるとPBRがどの程度変動するのかを分析します。強みとして、分析結果の解釈のたやすさが挙げられます。しかし、欠点としては、KPIが向上するほどPBRが増大するという結論につながり、特定の指標、例えば1人当たり人件費が増加するほど、企業の営業利益が減少し、さらに利益幅が縮小するにもかかわらず、PBRが向上するという結果が得られるかもしれません。そのため、経営の目的に即した具体的な目標値を設定するために使用することには適さない可能性があります。
企業が企業価値向上を追求する際には、価値創造プロセスを可視化することが重要です。価値創造という抽象的な概念をどう具体化し、明示するか。1つのアプローチが市場での評価をベンチマークとした「定量化」です。企業戦略にひもづいたKPIと会計・財務・市場株価等の実際の数字との関係性を定量化することで、企業がどのように価値を創造しているのかを視覚的に理解しやすくなります。
そして、この価値創造プロセスの定量化に欠かせないのが、目的に応じた適切な評価モデルの選択と活用になります。
EYのESGモデルでは、機械学習を利用してESG KPIの増減が企業価値に及ぼす影響を明らかにします。これにより、適切なESG KPIの目標水準の特定が可能となり、企業の価値創造プロセスの可視化に貢献するツールとなります。本稿では、EYのESGモデルについて解説しました。
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