グローバルバンクの取り組みを参考とした気候変動対応に関する計画策定の観点

グローバルバンクの取り組みを参考とした気候変動対応に関する計画策定の観点


気候変動問題そのものの特性とグローバルバンクの先行事例を参考としながら、短期間で実効性のある気候変動対応に関する計画を策定するために必要となる観点を概観します。


本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)
ストラテジー・アンド・トランザクション(SaT) 綱田壮己

外資系コンサルティングファームを経て、2020年にEYパルテノンに参画。主に金融機関向けの経営・事業・サステナビリティ戦略、事業ポートフォリオ管理、M&AやPMI、ガバナンス整備の業務を担当。SaTの銀行証券セクターリーダー。



要点

  • 気候変動対応として、実質的な効果を意識した具体的な行動が求められています。
  • 先行事例を参考にすると、短期的に実効性のある計画を策定するには、価値観、削減計画、推進体制・方法、及びコミュニケーションの観点での検討が必要となります。


Ⅰ 気候変動対応に求められる社会的期待の変化

新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて短期的な経済成長期待が後退したこともあり、長期的な視点に立ったビジネスへの取り組みに気運が高まっています。特に気候変動をめぐる動きが国際的に加速しており、民間ビジネスにも影響を及ぼし始めています。従前では取り組むこと自体が高い評価を得ていましたが、取り組みがもたらす効果の程度や社会変化を促すリーダーシップの発揮といったことが高い評価を得る対象に移ってきています。ただし先進的な企業であっても、具体的な効果の水準や周囲の参画等を計画に織り込み始めた段階にあり、今後包括的な計画の策定に取りかかる企業が増えてくると想定します。

そこで、気候変動関連の大きな動向を紹介した後に、気候変動問題の特性とグローバルバンクの取り組みを参考に、気候変動対応に関する計画策定において必要な観点を考察します。

 

Ⅱ 世界を取り巻く気候関連の動向

国際的には、1992年の地球サミットを契機として、年次で国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催されています。1997年のCOP3では京都議定書が採択され、先進国に法的拘束力を有する数値目標が設定されました。2008年~2012年が第一約束期間、2013年~2020年が第二約束期間と位置付け、取り組みが進みました。2015年のCOP21では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をするという目的を掲げるパリ協定が採択され、2020年以降の温室効果ガス排出量削減に向かう新たな国際的枠組みが示されました。

国・地域を見ると、欧州連合(EU)では欧州理事会がポーランドを除き2050年までにカーボンニュートラルを目指すことで合意しています。イギリスでは2050年までに全ての温室効果ガスの排出量目標をネットゼロとする法案が成立しています。米国ではジョー・バイデン大統領が2050年までの温室効果ガスのネットゼロを公約として掲げています。日本では、2050年に温室効果ガスのカーボンニュートラルを宣言しました。最大の排出国である中国では、国連総会において2030年までにCO2排出量を減少に転じ、2060年までにカーボンニュートラルを目指すことを表明しています。

企業においては、ネットゼロに向けたイニシアティブが盛り上がりを見せており、銀行を中心としたNet-Zero Banking Alliance、資産運用会社を中心としたNet Zero Asset Managers initiative、機関投資家を中心としたNet-Zero Asset Owner Alliance、米国民間セクターを中心としたTransform to Net Zero等が直近1年程度で立ち上がってきています。また、パリ協定が求める水準と整合した温室効果ガス排出削減目標を設定し、推進する取り組みとしてSBTi(Science Based Targets initiative)がありますが、認定あるいはコミットメントの社数は1,300社を超えています。

これらの動向は社会的な期待水準の変化を示唆しており、より実質的効果を意識した具体的な行動が求められていると解釈します。

 

Ⅲ 気候変動問題の特性

気候変動は周知の問題ということもあり、わざわざ立ち止まって考えることは少ないと思われますが、問題を正しく理解することは行動に先立って重要です。問題の特性として少なくとも次の五つが挙げられます。一つ目は世界規模の課題であり、地理的に広範にわたることです。温室効果ガスの計測は国単位や事業者単位等に便宜的に区分できますが、課題そのものはボーダーレスです。二つ目は社会的課題であり、個々の目標達成ではなく、多様なステークホルダー、結果的には全世界の総和として解決する必要があることです。たとえ個別の事業者が目標を達成したとしても、それが全体課題に与える影響は極めて小さく、大多数の周囲も達成することが必要です。三つ目は長期的課題であり、各国の宣言通りに進めてもネットゼロに達するには2050年頃まで時間を要することです。企業の中期経営計画は長くても5年程度であり、その何倍も先まで取り組みを続けることが必要です。四つ目は時限的課題であり、対応が遅れるほど問題が大きくなり、最悪の場合には制御不能に陥ることです。温室効果ガスを削減するにもさまざまなシナリオがあり、例えば2050年近くになって急激に削減させたとしても、リスクが顕在化してしまっている可能性があります。五つ目は不確実性です。問題そのものの解釈や、政治、技術、および科学的理解等において確実と言えないことも多く、これからもさまざまな点において変化する可能性があることです。例えば、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2018年に公表した「1.5℃特別報告書」においては2030~2050年に地球温暖化が1.5℃に達するという見解でしたが、2021年に公表された「第6次評価報告書」では2021~2040年の間に気温上昇は1.5℃以上になる可能性が高いという研究結果が示されました。

このような特性を踏まえると、目線を自社のみならず周囲まで広げること、早急に取り組みを開始して長期間にわたり取り組みを維持・改善すること、そして変化に対して柔軟であることが求められると考えられます。

 

Ⅳ グローバルバンクの取り組み

金融機関は自社の企業活動に伴う温室効果ガスの削減に加えて、資金を供給し産業を育成するという本来持つ機能により、社会の目指す方向性やその取り組みのスピードを調整する重要かつ重大で特殊な社会的役割を担っています。その社会的役割の大きさから、自社の理念や価値観、その対外的な説明責任が強く問われます。また、その理念や価値観を実現する段階においては、価値観が異なる顧客や投資先にも行動を促す必要が生じます。そのような背景を踏まえつつ、日本に比べて先行してきた欧米のグローバルバンクの気候変動への対応を参考にしたいと思います。特に、2020年頃にGHGスコープ3を含めたネットゼロを宣言する先が現れ始めてから、その対応の早さが増してきている印象を持ちます。ネットゼロ計画に関する傾向は次の通りです。

  • 目指す社会や自社像の提示
  • ネットゼロと達成時期の宣言
  • ネットゼロの宣言後から計画を具体化
  • 計画は段階的に具体化
  • ネットゼロまでの中間目標の設定
  • パリ協定に沿う削減計画
  • 自社分(GHGスコープ1,2)と取引先分(GHGスコープ3)のそれぞれについて取り組みを推進
  • スコープ3は排出量の多いセクター(電力、石油、ガス等)から取り組みを開始
  • 大規模なファイナンスやイノベーション(クリーンテック等)の投資計画
  • 測定や取り組みの運用に関する方法論の策定
  • 顧客や社内の移行を手伝う推進組織の設置
  • 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)等の開示強化
  • 気候変動に特化したCEOメッセージ発信やウェブサイト掲載
  • ブランドマネジメントの強化

上記から、価値観、削減計画、推進体制・方法、および周囲とのコミュニケーションといった内容を中心に整理や説明が行われていると理解できます。

 

Ⅴ 気候変動対応の計画策定

グローバルバンクの先行事例から抽出した価値観、削減計画、推進体制・方法、およびコミュニケーションといった観点や個々の取り組み内容と、気候変動問題の特性から求めた社会目線、早期開始と長期間の維持・改善、および変化への柔軟性といった要件を踏まえ、短期間で実効性のある気候変動対応の計画を策定するには次のような観点および内容について検討することが必要と考えられます(<図1>参照)。

図1 計画の概念的イメージ

【価値観】

  • 環境や社会の理解
  • 自社の目指す姿

【削減計画】

  • 現状の温室効果ガス排出量の把握
  • 自社排出分(GHGスコープ1,2)と他社排出分(GHGスコープ3)の最終目標と中間目標の設定
  • 科学的根拠と整合する削減計画
  • 長期の完璧な計画策定よりも、短期の実現可能な取り組み開始を優先させながら次第に具体化
  • 取り組み効果が大きい領域の優先着手
  • 即時に効果が期待できる対象への投資と、クリーンテック等の今後革新が期待される対象への戦略的な先行投資

【推進体制・方法】

  • 常に変化する環境や情報を把握して適応する仕組みや体制
  • 自社排出量(スコープ1,2)および取引先排出量(スコープ3)のモニタリング方法
  • 長期間にわたり遂行維持するための運営体制
  • 顧客および内部向けの専門性を有する支援組織の設置
  • 大規模なファイナンスや投資の見通し

【コミュニケーション】

  • 取引先を含めた周囲との価値観の共有や行動変容を促すコミュニケーションやリーダーシップ
  • ステークホルダーに向けた開示や対話の充実方法
  • 目指す姿の積極的発信とブランド管理方法

     

Ⅵ 外部リソースの効果的な活用

気候変動の対応をめぐっては、さまざまな価値観を有するステークホルダーの合意を形成しながら進めることが必要となる難しさがあります。そのため、自社の価値観の押し付けにならないように、計画策定段階からステークホルダーに配慮しながら進めることが重要と考えます。これまで計画策定の観点について簡潔に説明してきましたが、実務上は非常に広範な内容を踏まえて整理する必要が生じます。例えば、ビジネス機会の把握やリスクの評価を行い、ガバナンスやオペレーションを確立し、必要に応じて組織変更やシステムおよびデータの整備を行う等、全社的な取り組みが求められます。どの企業においてもリソース制約があり、自社が得意な範囲と得意ではない範囲を見極め、得意ではない範囲については外部リソースを効果的に活用することが合理的と考えられます。

 

Ⅶ おわりに

EYでは気候変動の対応として、「気候変動によるリスクおよびビジネス機会の理解」「気候変動に係る戦略の策定」「策定した気候変動戦略の導入」および「対外的な対話」の4フェーズによる推進を推奨しています。金融機関向けの気候関連領域の経営・事業戦略策定、オペレーションやシステム構築などの支援だけではなく、ソリューションを提供するメーカー等の支援も多くの実績を有しており、広範な領域を踏まえた総合的な支援を提供しています。


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サマリー

気候変動問題そのものの特性とグローバルバンクの先行事例を参考としながら、短期間で実効性のある気候変動対応に関する計画を策定するために必要となる観点を概観します。


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