IPOに際し、スタートアップはどのように株主利益と社会貢献活動の追求を両立させるべきか?

IPOに際し、スタートアップはどのように株主利益と社会貢献活動の追求を両立させるべきか?


SDGsやESG投資の広がりに伴い、企業にも社会に対する貢献がよりいっそう求められるようになりました。

日本では以前から、上場企業の株主である公益財団法人が、社会貢献活動を行う例が見られます。IPOを視野に入れるスタートアップにおいても、このような例は参考になるのではないかと考えられます。


要点

  • スタートアップはIPO後、多様化したステークホルダーのもとで、株主利益と社会貢献活動の追求を両立しなくてはならない環境に置かれることとなる。
  • 日本においては、上場企業が自らの株式を公益財団法人に保有させ、その配当金を公益事業の原資に充てることが行われてきた。
  • 公益財団法人への寄附に対する税制上の優遇措置もあり、今後スタートアップが株主利益と社会貢献活動の追求の両立を目指す場合にも、公益財団法人の活用は引き続き選択肢の一つになると考えられる。



1. はじめに

多くのスタートアップにとって、IPOは資金調達や知名度の向上などの観点から、選択肢の1つとして常々意識されているのではないかと思われます。

その半面、IPO後はステークホルダーが多様化し、その期待や要求もより複雑になることも想定されます。例えば、それまでは事業の収益化に注力してきたようなスタートアップでも、IPO後はESG・SDGsなどの観点から、環境・社会に向けた取組みについて問われることは多くなると思われます。反対に、社会問題の解決を主旨とするスタートアップであっても、IPO後は短・中期的な株主利益に対する責任を負うことは避けられないでしょう。

このような株主利益と社会貢献活動の追求を両立させなくてはならない場面において、スタートアップはどのように対応することが考えられるでしょうか。本稿では、考えられる選択肢の1つとして、上場企業が公益財団法人を株主とする事例をご紹介し、併せて公益財団法人制度・公益財団法人の税務上の取扱いについて簡単に説明させていただきます。

なお、本稿においては、次の略語を使用しております。

  • 一般法人法 一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(平成十八年法律第四十八号)
  • 認定法 公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成十八年法律第四十九号)
  • 租特法 租税特別措置法(昭和三十二年法律第二十六号)

また、本稿の内容は掲載日現在有効な法令に基づくものであり、かつ、筆者の私見を含むものであることをご了承ください。


2. 上場企業が公益財団法人を株主とする事例

日本においては以前より、企業の創業者・創業家が公益財団法人(2008年11月以前は財団法人)を設立し、その企業の株式を保有させて、配当金を原資の1つとして公益事業を行わせる例が一定程度見受けられてきました。公表されている著名な事例として、例えば次が挙げられます。

公益財団法人 石橋財団

  • ブリヂストンの創業者である石橋正二郎氏により設立され、美術館事業及び芸術・文化・教育活動を支援する寄付助成事業を二本の柱として活動1
  • 株式会社ブリヂストンの株式76,693千株を保有(保有割合10.89%)2

公益財団法人 出光美術館

  • 出光興産の創業者である出光佐三氏が蒐集した美術品の展示・公開等を目的として設立3
  • 出光興産株式会社の株式20,392千株を保有(保有割合6.85%)4

また、スタートアップよりはむしろ、相対的に歴史の長い企業に多いと思われますが、上場企業が過去の自己株買いなどにより取得した自己株式を、1株1円など足元の株価よりも低い価格により公益財団法人に割り当てる事例も見受けられます。ただし、このような手法は、通常既存株主の持分の希薄化を招くほか、場合によっては有利発行によって安定株主を創出する狙いがあると受け取られかねない面もあり、実際に議決権行使助言会社がこのような第三者割当増資に係る株主総会決議について反対を推奨した例も複数あるようです。公益財団法人への第三者割当増資を検討する場合は、他の既存株主への丁寧な説明・対話は欠かせないと考えられます。


3. 公益財団法人制度の概要

公益財団法人とは、公益目的事業を行う一般財団法人で、都道府県知事または内閣総理大臣の認定(公益認定)を受けたものをいいます。
ここでいう一般財団法人とは、一般法人法に基づき設立された一般財団法人をいいます。一般財団法人の設立に際しては、300万円以上の財産の拠出と、評議員・理事(各3名以上)及び監事(1名以上)の選出が必要となります。なお、評議員・理事・監事はいずれも兼任することはできません。

また、公益目的事業とは、学術、技芸、慈善その他の公益に関する認定法別表各号に掲げる種類の事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものとされています。
公益認定を受けるための要件(公益認定要件)は、認定法第5条に詳細に規定されています。詳細は割愛させていただきますが、本稿との関係においては特に同条第15号について触れたいと思います。

同条第15号は、他の団体の意思決定に関与することができる株式等の財産を保有していないことを求めるものとなっています。ただし、株主総会等における議決権の過半数を有していない場合には、他の団体の事業活動を実質的に支配するおそれはないものとして、この要件には抵触しないこととされています。
この要件により、公益法人は株式会社の議決権の50%超を保有することができない点に留意が必要です。

なお、その他の公益認定要件には、その法人の関係者や営利事業を営む者等に対し特別の利益を与えないものであること、配偶者・3親等内の親族や他の同一の団体の理事・使用人等である理事・監事がそれぞれの総数の3分の1を超えないこと、清算をする場合において残余財産を類似の事業を目的とする他の公益法人等に帰属させる旨を定款で定めていること等のほか、公益目的事業を促進するための財務上の3基準(収支相償、遊休財産の保有制限、公益目的事業比率の制限)があります。


4. 公益財団法人の税務上の取扱いの概要

上述のとおり、公益認定を受けるためには厳しい要件が課されている半面、公益財団法人には各種の税制上の優遇が認められています。

以下では、スタートアップの個人株主(創業メンバーなど)が、公益財団法人にそのスタートアップの株式を贈与(無償譲渡)する場合を前提として、その公益財団法人・個人の課税関係について簡単に説明させていただきます。

公益財団法人に対する法人税課税の概要

公益財団法人に対しては、収益事業(次に掲げる事業で、継続して事業場を設けて行われるもの)から生じた所得についてのみ法人税を課すこととされています。


表1 収益事業の範囲

1.     物品販売業

2.     不動産販売業

3.     金銭貸付業

4.     物品貸付業

5.     不動産貸付業

6.     製造業

7.     通信業

8.     運送業

9.     倉庫業

10.   請負業

11.   印刷業

12.   出版業

13.   写真業

14.   席貸業

15.   旅館業

16.   飲食店業

17.   周旋業

18.   代理業

19.   仲介業

20.   問屋業

21.   鉱業

22.   土石採取業

23.   浴場業

24.   理容業

25.   美容業

26.   興行業

27.   遊技所業

28.   遊覧所業

29.   医療保健業

30.   技芸教授業

31.   駐車場業

32.   信用保証業

33.   無体財産権の譲渡または提供を行う事業

34.   労働者派遣業


さらに、公益財団法人が収益事業に属する資産のうちから公益目的事業のために支出した金額は、実際は同一の法人における内部取引であるにもかかわらず、その収益事業に係る寄附金の額とみなされ、損金算入限度額までの損金算入が認められます。

損金算入限度額についても、公益財団法人の場合は株式会社など普通法人に比して大幅に拡充されており、所得の金額の100分の50に相当する金額と公益目的事業の実施のために必要な金額として一定の金額のいずれか大きい金額が限度額とされています。

公益財団法人が個人から株式の贈与を受けた場合の法人税の課税関係

公益財団法人が個人から株式の贈与を受けた場合に、公益財団法人において所得(受贈益)は発生するのでしょうか。

この問いに対する国税庁の見解が、同庁ウェブサイトで公表されている質疑応答事例(『公益法人等が収益事業に使用している土地の寄附を受けた場合の課税関係』)において示されています。これによると、「収益事業課税のもとでは、公益法人等が他人から贈与を受けた寄附金収入(金銭以外の現物資産の贈与を受けた場合を含みます。)などについては、原則として、課税対象とはならないと考えられます」とされています。

なお、この質疑応答事例は収益事業(不動産貸付業)に使用している土地の贈与を受けた場合に関するものですが、「贈与を受ける固定資産が収益事業の用に供されているか否かによって、上記1の取扱いが異なるものではありません」とも述べられています。
したがって、公益財団法人が個人から株式の贈与を受けた場合においても、公益財団法人においては原則として法人税課税は発生しないと考えられます。

個人が公益財団法人へ株式を贈与した場合の所得税の課税関係

個人が法人に対する贈与により、譲渡所得の基因となる資産を移転した場合には、実際は譲渡益は発生していないにもかかわらず、その資産を時価で譲渡したものとみなすこととされています(いわゆるみなし譲渡益課税)。

ただし、公益財団法人に対し資産を贈与した場合において、次の要件をすべて満たすときは、上記のみなし譲渡益課税の適用はないものとされます 6(租特法第40条)。

  • その贈与が公益の増進に著しく寄与すること
  • 贈与財産が贈与日から2年以内にその公益財団法人の公益目的事業の用に供されること
  • その贈与をしたことにより、贈与者の所得税または贈与者の親族等の相続税・贈与税の負担を不当に減少させる結果とならないこと

この規定の適用を受けるためには、贈与者が贈与日から4カ月以内(先に確定申告書の提出期限が到来する場合は、その提出期限まで)に納税地の所轄税務署長に対して、所定の承認申請書を提出する必要があります。提出後、国税庁が審査を行い、その後贈与者に対して承認または不承認を通知することとなります。

また、その株式の贈与が、公益財団法人の主たる目的である業務に関連する寄附金等(特定寄附金)に該当するときは、その個人は一定の所得控除(寄附金控除)の適用を受けることができます。

さらに、特定寄附金のうち、一定の要件を満たす公益財団法人に対するもの(税額控除対象寄附金)については、上記の寄附金控除に代えて、一定の税額控除(寄附金特別控除)の適用を受けることが可能です。

なお、みなし譲渡益課税の非課税措置の適用を受けた資産の贈与については、寄附金控除または寄附金特別控除の適用にあたって、特定寄附金の額または税額控除対象寄附金の額は、その資産の取得費に相当する部分の金額とされます。

寄附金控除・寄附金特別控除の適用を受けるためには、確定申告にあたって一定の要件がありますので、ご留意ください。


5. 終わりに

以上で見てきたように、上場企業が公益財団法人を株主とする事例は多数見られるものであり、税制上も各種の優遇措置が設けられています。スタートアップがIPOに際して株主利益と社会貢献活動の追求の両立を目指す場合においても、このようなスキームは一案として検討に値するのではないかと考えられます。この場合には、IPO後の株主構成・資本政策をあらかじめ検討しておき、それを踏まえてIPO時の売出し・新株発行を戦略的に実施することが大事なポイントになるでしょう。

その半面、本稿では紙幅の関係から各論点について網羅的な記載とはなっておらず、割愛した論点も多々あります。実際の検討・実行にあたっては、適宜専門家のアドバイスを受けられることを強く推奨させていただきます。


脚注

  1. www.ishibashi-foundation.or.jp/about/ (最終閲覧:2023年11月2日)
  2. 株式会社ブリヂストン 2022年3月期 有価証券報告書より
  3. http://idemitsu-museum.or.jp/about/outline/(最終閲覧:2023年11月2日)
  4. 出光興産株式会社 2022年3月期 有価証券報告書より
  5. https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/hojin/21/19.htm (最終閲覧:2023年11月2日)
  6. より厳しい要件を満たす場合に、承認申請が原則として自動承認される特例もありますが、紙幅の都合上説明は割愛させていただきます。

【執筆者】

鈴木 駿(EY税理士法人 マネージャー)

2022年にEY税理士法人へ入社 。EY Privateのメンバーとして、主にプライベートカンパニー及び そのオーナーファミリー向けに各種の税務アドバイザリーサービスを提供 。

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー 

上場企業が社会貢献活動を行う公益財団法人を株主とする例は数多く見受けられる一方で、スタートアップがIPOに際して同様のスキームを検討する場合には、公益財団法人に関する各種税制上の優遇措置の適用可否 や、IPO後の株主構成・資本政策なども踏まえ、総合的な戦略を立てることが重要になるでしょう。


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