EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
ESGやサステナビリティをいかにマネジメントサイクルに組み込み、企業価値の向上につなげていくべきなのか。10年以上前から長期志向の価値創造へと経営のパラダイムシフトを図ってきたオムロンの安藤聡取締役と、企業の長期的価値創造を自社のミッションとしているEY Japanパートナーの馬野隆一郎(EY新日本有限責任監査法人所属)が、真のサステナビリティ経営について語り合った。
(注)この記事は、DIAMONDハーバードビジネスレビューで掲載されたPR記事です。
馬野 金融資本市場からESG情報の開示の充実を求められるなど、上場企業全体でサステナビリティ経営に対する意識が高まりつつあります。一方、オムロンはサステナビリティ経営という言葉が一般化する前から、環境・社会価値や長期的な企業価値の創出を重視する経営を実践してこられました。ESGやサステナビリティをめぐる昨今の状況をどうご覧になっていますか。
安藤 企業は、まずサステナビリティ経営の本質は何かを考える必要があります。もちろん「ESG情報開示」=「サステナビリティ経営」ではありません。オムロンでは、サステナビリティ経営の目的は持続的な企業価値創造を実現することであると認識しています。
当社は、特に2011年度以降、過去・現在の延長にある近い将来を想定する「フォアキャスティング」的な経営から、あるべき未来を構想・デザインし、そこから「バックキャスティング」する長期志向の経営へとパラダイムシフトを図りました。
別の表現をすると、短期的な利益のみを追求しがちな「PL(損益計算書)経営」から、価値創造の源泉である技術・知財資産、人的資本、顧客資産活用などに継続的な投資を行い、将来キャッシュフロー(CF)の創出力を高める「BS(貸借対照表)&CF経営」へと大きく舵を切りました。
そして、長期志向を想定する「BS&CF経営」においては、グローバルの社員全員が目指すべき未来に向かうためのナビゲーションシステムが必要であり、オムロンでは、企業理念がその重要な役割を果たしています。
しかしながら、企業理念を大切にするだけでは組織は動かないので、どのように価値創造するのか、という実践するための方法論を示すために10年の長期ビジョンを策定し、その10年間を3年または4年の3つのフェーズに区切った目標や課題を中期経営計画に落とし込んでいます。
その際、企業価値創造に関連する重要な財務・非財務目標とKPI(重要業績評価指標)を設定して自発的に開示しています。そのうえで、さまざまなステークホルダーからのフィードバックを真摯に受け止め、自社の取り組みの成果と課題を検証しながら常に経営の高度化を図っています。この一連のマネジメントがオムロンの最大の特徴です。
つまり、経営陣が企業理念に基づいて長期的な価値創造の道筋を示し、それを愚直に実践して、その結果についてステークホルダーに対して説明責任を果たし、緊張感のある信頼関係を構築することがオムロンの経営の矜持です。資本市場から求められているからという受身の発想ではありません。
言い換えると、企業理念を実践し続けながら、ステークホルダーの期待に応えて経営を高度化する気づきを得るために積極的に情報開示しているわけです。
馬野 未来についての具体的ビジョンに基づいて、人的資本や技術・知財資産などの無形資産に投資することで社会価値や企業としての競争優位性を高め、情報開示を積極的に活用し、長期的価値を創出していくという考え方には深く共感できます。
EYは、グローバルで展開するアシュアランス、コンサルティング、法務、ストラテジー、税務およびトランザクションの全サービスを通して、持続可能な長期的価値(Long-term value:LTV)の創出を目指す企業を支援しています。EY Japan(EYの日本におけるメンバーファームの総称)においても、2020年7月に各サービスラインの枠を超えLTV推進室を開設しました。2021年10月に設立され、私が室長を務めるサステナビリティ開示推進室も、LTV推進室と密接に連携しながら、経営者や投資家が企業の長期的価値を適切に評価できるような情報開示のあり方、開示情報の保証などを支援しています。
また、私たち自身においてもLTV経営を実践しています。2021年7月にEY JapanとしてのLTVビジョン(*1)を策定し、クライアント・経済社会・EY自身(自社)それぞれに対する活動方針と、「2025年度にネットゼロ実現」など自社の長期的価値創出の進捗状況を測定するKPI(重要業績評価指標)を公表しました。2022年1月に発行した統合報告書では、クライアントとともに社会の課題解決に取り組むことで世界の発展に貢献する日本を構築し、次世代につながる長期的価値を創るために、みずからの変革を促すビジネスモデルを示しています。
馬野 オムロンの考える持続的な企業価値創造を促すビジネスモデルとは、どのようなものでしょうか。
安藤 サステナビリティ経営の本質を因数分解すると、「企業理念実践経営」✕「資本コスト経営」✕「ESG経営」になると私は考えています。
オムロンにおける「企業理念実践経営」は、先ほど述べたように企業理念から長期ビジョン、中期経営計画、そしてステークホルダーからのフィードバックにつなげる自律的なマネジメントサイクルによって成り立っています。
馬野 御社の山田義仁社長は、「企業理念実践経営は、トップダウンで行うものではない」という趣旨の発言をされています。社員が自主的にチームを組んで事業活動を通じた企業理念実践の取り組みを宣言し、1年かけてそれを実行して、その中から優れた取り組みを表彰する「TOGA(The OMRON Global Awards)」は、ボトムアップで企業理念を実践する仕組みですね。
安藤 経営陣が企業理念や長期ビジョンなどを策定し、グローバルに組織全体をリードしつつ、現場の社員が価値創造を実践するというのがオムロンの考え方です。トップダウンのみでは企業理念を実践することはできません。多様な社員がグローバルに一体感を持ちながら、かつ一人ひとりが自律的にテーマを考え、共感し共鳴して行動するために「オムロングループマネジメントポリシー」を定めています。もちろんTOGAもそのようなボトムアップの活動の重要性を意識した活動の一つです。
オムロン 取締役
安藤 聡氏
オムロン取締役として社長指名諮問委員会、人事諮問委員会、報酬諮問委員会の各副委員長を務める。1977年4月東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行。同行ジャカルタ支店長などを経て2007年オムロン常勤監査役に就任。2011年執行役員経営IR室長、2015年執行役員常務グローバルIR・コーポレートコミュニケーション本部長。2017年より現職。
TOGAは2012年にスタートしましたが、1人で複数のテーマに取り組む社員もおり、2021年度の延べ参加人数はグループの全社員数を大きく上回る約5万1736人、テーマ数6944件でした。TOGAは、社員の自発的な企業理念実践のチャレンジを促し、そして全社員で共有し称賛し合うプロセスとして完全に定着し、グローバル各エリアで工夫をこらした形で運営されています。概要についてはホームページで公開していますので、ぜひご参照いただければ幸いです。
因数の2つ目である「資本コスト経営」について、オムロンではROIC(投下資本利益率)を軸にして展開しています。ROIC経営は資本コストを意識して、持続的に稼ぐ力を発揮するために欠かせない視点であり、PL中心の経営からBS&CFを重視する経営にシフトチェンジする目的で2013年度に本格導入しました。
ROIC経営に関しても、企業理念実践経営と同様に経営陣がトップダウンで啓発するだけでなく、社員それぞれが自分事として取り組めるよう「ROIC逆ツリー」を考案しました。これは、ROICの構成要素を分解したうえで、ROIC改善のドライバーを売上総利益率や付加価値率、製造固定費率といった現場でもイメージしやすい指標で示しています。さらに、製造固定費率であれば1人当たり生産台数や自動化率(省人数)といったKPIにまで分解して、社員の成果管理上の目標とROIC向上の取り組みが直接つながるようにしています。
馬野 会社全体で目指す資本コスト改善と各現場での活動KPIの関連がロジカルに示され、共有されることで、経営と現場が同じ目標に向かって取り組めるようになりますね。
3つ目の因数である「ESG経営」については、どのような点に留意されていますか。
安藤 ESG経営はESGファクターである「環境」「社会」「ガバナンス」を統合的かつ自律的に強化するものであり、経営陣は事業を通じて実現するテーマとステークホルダーから取り組みを期待される幅広いテーマに目配りすることが求められます。
現在のVRF(価値報告財団)、すなわち旧IIRC(国際統合報告評議会)の国際統合報告フレームワークは、長期的な価値創造を目指す「統合思考」(インテグレーテッド・シンキング)を徹底することにより組織の縦割りを打破し、企業全体としてつながることを啓発しました。
ESG経営では、このインテグレーテッド・シンキングを企業価値創造や事業運営に実装していく必要があり、各所管部門が役割分担しながら、一方で、それぞれの取り組みが全体として一体化されているのかを常に意識しています。
サステナビリティ課題や非財務KPIなどは経営陣と事業部門が十分に議論し、現場とも何度もやり取りしたうえで、取締役会において決議しています。サステナビリティの取り組み推進はCEOではなく取締役会が共同して責任を負うことを宣言しており、社内取締役と執行役員の報酬に第三者機関によるサステナビリティ評価や「E」(環境)および「S」(社会)に関わる社内目標に対する達成度を連動させて決定しています。こうした報酬ガバナンスの仕組みを導入して経営陣が本気度を示すことにより、社員もESG経営の推進は建前ではないと納得して能動的に取り組んでいます。
馬野 サステナビリティをいかに成長戦略やビジネスモデルに組み込み、各事業部門のKPIにまで落とし込んで、誰が何の責任を負うのか、経営とガバナンスの役割分担まで含めて明確に整理されているのですね。では、オムロンがサステナビリティ経営を実践してきた成果として、どんなことが挙げられますか。
安藤 株主や機関投資家からは「オムロンは生まれ変わった」という評価をいただくことがあります。まだまだ課題がありますが、ESG投資のグローバルな指標である「DJSI World」(ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・ワールド・インデックス)の構成銘柄に5年連続で選定され、セクター内で着実に評価が向上しており、著名なグローバルインデックスのほとんどに組み入れられています。
こうした外部評価の向上が、経営陣はもちろん、グローバル全体で社員起点でのサステナビリティ経営をさらに進化させる好循環を生み出しています。そのことは、2022年3月に公表した2030年に向けての長期ビジョン「SF2030」(*2)をご覧になれば実感していただけると思います。
馬野 サステナビリティ経営という文脈では、ここ数年、さまざまな非財務情報の開示要求項目が追加されています。たとえば、2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、東京証券取引所プライム市場の上場企業は、気候変動がもたらすリスクと機会に関してTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、またはそれと同等のフレームワークに基づく開示を求められるようになりました。企業からは戸惑いの声も聞こえてきます。
安藤 サステナビリティ経営は企業が自律的に実践するもので、社外のステークホルダーから提起されたから取り組む性格のものではないはずです。企業が持続的な価値創造を実現するための課題や具体的な目標をオートノミー(自律)を発揮して定め、その進捗を管理するためのKPIを設定していれば、TCFDなどさまざまな外部の関連団体が設定するフレームワークに沿った形で開示することは大きな負担になりません。
馬野 何を開示するのかではなく、何をやりたいかが先にあるべきだということですね。その意味では、開示要求の背景を理解することも重要だと思います。企業への期待が、短期的な財務リターンから長期的な価値創造に変わってきたことで、長期的にありたい姿と現在のギャップをどう埋めていくのか、その価値創造プロセスを具体的に説明してほしいというのが、現在の投資家のニーズです。
EY新日本 サステナビリティ開示推進室長
馬野 隆一郎
EYのメンバーファームであるEY新日本有限責任監査法人のパートナー。公認会計士として2007年から2009年までロンドン駐在経験を持ち、現在はグローバルに事業を展開する製造業(素材、自動車部品、消費財)、テクノロジー、小売業の監査業務を担当。日本公認会計士協会企業情報開示委員会/監査・保証基準委員会委員。EY新⽇本サステナビリティ開⽰推進室⻑として、企業の⻑期的価値(Long-term value︓LTV)創造を⽀援するため、LTVに関する施策の推進を担当。
また最近は、何に取り組み、結果はどうなったのか、課題を含めた開示を求める声を耳にします。つまり、投資家は開示を通じて経営者の取り組みの「本気度」を知りたがっているのだと思います。
安藤 経営者が本気で議論したうえでコミットした目標なのか、単なる願望でしかないのかは、極めて大きな違いがあります。きちんとしたコミットメントであれば、なぜ目標を達成できなかったのか、投資家から指摘される前にみずから課題に気がついて軌道修正する変化対応力が発揮できます。
そのような企業であれば、投資家も「経営の自律が機能しているから安心して長期に株式を保有できる」と判断でき、あれこれと注文をつけなくても開示された経営情報を定点観測するだけでモニタリングは十分であることを確信できるはずです。オムロンは株主から信頼され、長期にわたり株を保有してもらえるのが理想であると考えています。
なお、情報開示にはコストがかかると及び腰になる企業もありますが、適時・適切な開示によって持続的な価値創造プロセスを投資家に理解してもらうことができれば、必ず資本コストが下がります。情報開示を行う企業の資本コストは、行わない企業と比べて0.3%下がるという実証研究があります。
オムロンは自発的にさまざまな経営情報を開示しているので、0.8%の資本コスト低減効果があると認識しています。オムロンの資本コストは5.5%ですが、日本企業全体の資本コストも、おおむね5〜7%ですので、0.8%の効果は相応に大きく、結果として株価にもプレミアムが上乗せされます。
馬野 開示はコストではなく、リターンをもたらす投資だということですね。たしかに、サステナビリティへの適切な取り組みは企業のレジリエンスを高めるといわれますので、投資家にとっては資本コストを低く評価できる、ということにつながりそうです。サステナビリティ開示に対するリターンについての質問をよく受けますが、これは一つの明確な回答になりますね。
最後に、企業が長期的価値を創出していくうえで、非財務情報、特にサステナビリティ情報開示に対して監査法人などの第三者機関が果たすべき役割について、ご意見を伺えますか。
安藤 企業自身が財務・非財務の開示情報に責任を持つのは当然のこととして、今後はどのようにサステナビリティ情報の信頼性を担保していくかが重要になります。オムロンは2015年版「統合レポート」から重要な非財務情報に第三者保証をつけていますが、IAASB(国際監査・保証基準審議会)など関係機関の動向を見ると、近い将来、監査法人が保証の担い手になることを期待されているように感じています。
私は社外取締役や社外監査役、監査法人と定期的にミーティングを行っていますが、それは自社の経営の実態や課題を第三者の視点を知ることにより把握するためです。監査法人は、会計監査やJ-SOX監査を通じて経営の強みと課題をよく理解しています。企業経営の実態について深い知見を有する監査法人には、財務情報だけでなく、サステナビリティ関連情報の保証についても関与していただくことを期待しています。
馬野 私たちは監査において、企業の財務数値に対する監査手続を実施する前に、常にまずビジネスを深く理解することから取り組みます。同業他社や他業種との比較から強みや課題を浮き彫りにするという点で、企業開示やその取り組み支援に対する私たちへの期待が大きいこともひしひしと感じています。
また、ご指摘の通り、非財務情報のより広範な、かつ財務情報と整合性のとれた開示、ならびにサステナビリティ情報の信頼性を担保するための保証ニーズが国際的に高まっています。たとえば、気候変動のリスクと機会を分析したら、それに呼応して事業戦略を変える必要がありますし、その結果が企業価値に大きく影響する場合もあります。財務情報と非財務情報は切っても切れない関係にあり、非財務情報を含めた開示情報の網羅性、正確性、整合性、信頼性は、投資家にとっても経営者にとっても今後ますます重要になります。
EY Japanとしても、ESG関連の開示への取り組みを積極的に行っており、ESG課題に対する自社のKPIを設定し、その進捗を実証するための統合報告(*3)を始めました。EYが目指す持続可能な長期的価値の創出をさらに加速させるため、「ステークホルダー資本主義指標」に基づいたみずからのKPIを設定し、その達成の進捗を実証していく取り組みの一環です。
EYのパーパス(存在意義)である「Building a better working world〜より良い社会の構築を目指して」の実践に向けて、私たちEYの強みであるサービスラインの枠を超えたグローバル連携を通じ、長期的価値の創出に取り組むクライアントに対して、「One EY」体制でさらに貢献していきたいと考えています。
*1 EY JapanにおけるLong-term valueビジョン
*2 オムロン長期ビジョン「Shaping the Future 2030」 (オムロン株式会社 ウェブサイトへ)
*3 EY Japan 統合報告書 2021
ESG(環境、社会、ガバナンス)経営やサステナビリティ経営が、時代のキーワードになっている。とはいえ、ESG関連の開示ルールに受動的に対応しているだけの企業も少なくない。
ESGやサステナビリティをいかにマネジメントサイクルに組み込み、企業価値の向上につなげていくべきなのか。10年以上前から長期志向の価値創造へと経営のパラダイムシフトを図ってきたオムロンの安藤聡取締役と、企業の長期的価値創造を自社のミッションとしているEY Japanパートナーの馬野隆一郎(EY新日本有限責任監査法人所属)が、真のサステナビリティ経営について語り合った。